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4. 入学(アルトン視点)

◇◇アルトン視点◇◇



静かな正門の前で息を吐く。

これからウラクス騎士学園へと入学する。

貴族の社交場……とも揶揄されている環境だが、そんな場所で俺は過ごさなくてはならないのだ。


イマドコッド大公の嫡子。

その肩書は重く、俺は過度に期待されている節がある。

贅沢な生まれだから弱音も吐けないが……正直、煩わしい。


学園でも言い寄ってくる者が数多くいることだろう。

ぬるま湯のごとき環境に身を置きたくはないが、名門ウラクスを出なくては貴族の名折れ。

ここで三年間、息苦しい日々を過ごすことになる。



俺は事前に呼び出され、他の新入生が来る前に学園内に入っていた。

やってきたのは職員室。

目の前には担任となるアイゼンバッハ先生が座っている。


「アルトン・イマドコッド。お前が所属する学級はトレッシャ大公国の生徒が集う。そこで大公の嫡子であるお前に、学級を取り仕切る役目を頼みたい」


……やはり、こうして特別扱いされることになるのか。

慣れたものだ。

最初からわかっていたさ。


さあ、演技をしよう。

そつのない笑みを浮かべる、貴族の基本を。


「喜んで引き受けさせていただきます。貴族が集う学級ですし、俺と顔見知りの生徒も多いでしょう。次期統治者として俺が学級を背負います」


「そうか、ありがとう。だが背負いすぎるなよ。あくまで担任は俺なのだから、基本的には俺に相談するように」


「はい、頼もしいです。そういえば名簿はありますか?」


「ああ、これだ。今年の公国学級は八名だな」


アイゼンバッハ先生から名簿を受け取る。

ざっと名前を確認……ああ、違和感はない。

大抵が見知った名前だ。


「知らない名前はあるか? アルトンのことだから、公国の貴族はほとんど把握しているだろう」


「そうですね。夜会などで会ったことのある者ばかりです。ただ……」


名簿は階級順に並んでいるようだ。

いちばん下に目を落とす。


「平民のレグウィフ・エラード……彼とは顔見知りではありませんね。他の者とは夜会で会ったことがあるのですが」


「ああ、彼は唯一の平民だ。貴族ばかりの学校では何かと風当たりも強くなるだろう。建前上は生徒の間に身分差はないことになっているのだがな。俺も配慮するが、アルトンも気にかけてやってほしい」


「わかりました。お任せください」


……本当にくだらない。

生まれで人を差別するなど、貴族の風上にも置けない。

貴族は民の支えあってこそ生きられるというのに。

とりわけ帝国貴族の悪意からは守ってやらないと。


貴族連中は誇り高い。

俺が牽制しようとしても限度があるだろうな。

レグウィフ・エラードへの差別は止まらないだろう。

……蛆虫供の差別に負けないよう、俺が支えてやらなければ。


 ***


煌羽(ブリリアント)の生徒八名が自己紹介を終える。

自己紹介などするべくもなく、俺はみなの顔を知っていた。

アイゼンバッハ先生が学校で過ごす上での注意事項、今後の講義をどうしていくかなどを説明して今日は終わりとなった。


俺はすぐに最前列の席を立ち、後ろへ向かった。


「やあ、はじめまして。お前がレグウィフ・エラードか」


海のように蒼い髪と瞳。

顔立ちは良いが、素朴な印象がある。

どこか幼い……純粋性を宿していると言うべきか。


レグウィフは戸惑ったように俺を見上げている。


「あ、えっと……レグウィフ・エラードです! アルトン閣下、お会いできて光栄です! すみません、こういうときに礼儀作法がわからなくて……」


「ははっ、気にしなくていい。ここでは身分など関係ないのだからな。お前とだけ初対面だから、挨拶でもしておこうと思って。会ったことは……ないよな?」


「ないと思います。この学級はみんな貴族みたいで……少し気後れしています」


「お前のことを悪く言う貴族も多くいるだろう。誇り高い性格の者が多いからな。だが、困ったときには俺や先生を頼ってほしい」


「はい、ありがとうございます!」


レグウィフは明るく笑った。

……この笑顔が貴族の嫌がらせで曇らないことを願う。


俺はレグウィフの隣席に目を向ける。

やり取りを傍観していた少女は、慌てて俺から目を逸らした。


「……リア。お前もレグウィフを頼むぞ」


リア・アリフォメン侯爵令嬢。

長い赤髪に、エメラルド色の瞳。

見目麗しい令嬢だが婚約者がいない。


……理由はまあ、色々とある。

代表的な理由を挙げるとすれば、頭脳明晰すぎて反りの合う人物がいないことか。


「はい、閣下! 頼むぞというのは……監視しておけってことですか?」


「いや……そうは言ってないんだが。優しくしてやってくれ、という意味だ。わかるな?」


入念に釘を刺しておく。

リアは平民に差別意識を持っていない。

一見すれば穏やかな令嬢で、社交界での評判もかなり高い。


だが……貴族も平民も等しく利用するのが彼女の性格だ。

上手くレグウィフとやれるだろうか……?


不安な点もあるが、俺にもやるべきことがある。

しばらくは学級生徒の関係性に注意し、俺が円滑に回していこう。


 ***


割り当てられた寮へ向かう。

表立っては身分差がないとしている学園だが、割り当てられた寮には立派な格差がある。

警備の数に部屋の大きさ、施設に清掃員の数。

大貴族、貴族、平民の寮で格差がみられる。


これに関しては文句を言う輩が出るので仕方ないだろう。

なぜ自分が劣等階級の者と同じ寮なのか……と。

生徒だけではなく、子息を入学させる親からも文句を言われる可能性がある。

俺も大貴族用の寮だが、従者などは煩わしいので雇っていない。


「……ふっ」


部屋に荷物を置いて、一息つく。

ようやく周りの目がなくなった。

孤独の場が俺にとって一番の憩いとなる。


……なんだか疲れたな。

ベッドに身を沈め、瞳を閉じる。

そのまま眠りに入ってしまうかと思われたとき……


「っ!?」


隣の部屋で鈍い音が響いた。

大きな何かが倒れ、地面に打ちつけられたような音。

慌てて部屋の外へ出て、音が聞こえた隣室に向かう。


開け放たれた扉。

部屋の中には男がひとり倒れており、それを巨漢が起こそうとしていた。


「殿下!? 大丈夫ですか、殿下!」


倒れている男は……リアス帝国の皇子?

そうだ、俺の隣室は留学しにきた帝国皇子だと先生から聞かされていた。

第一皇子、ネトバス・ハール・ロクフォス。

それが彼の名だ。


ここウラクス騎士学園は、トレッシャ公国とリアス帝国の境目に位置している。

今年は各国の次期国王が入学する異例の年だったはず。


「これは……何事だ!?」


俺の声に巨漢が振り向く。


「な、なんだ貴様は……!」


「俺は隣室のアルトン・イマドコッドだ。大きな音がして慌ててきたのだが……」


「隣室のアルトン閣下でしたか、これは失礼しました……! 私はネトバス皇子の従者です。いきなり部屋に何者かが侵入してきたかと思うと、殿下を斬りつけて逃げていったのです! 毒が回っている可能性もある、早く治療しなくては……!」


暗殺か……!

入学早々、物騒なことだ。


毒が回っていたら危ういな。

解毒ができる者は……!


「入学したばかりで、医務室がどこにあるかわからん。貴族寮にいる俺の知り合いが解毒の魔法を使える。急いで連れてくるから待っていてくれ。傷口を洗い、斬られた箇所を心臓より低い位置で固定しておくんだ!」


早口でまくしたて、俺は部屋の外に駆け出した。

向かう先は、ひとつ下の貴族寮。

あの場所が最も近いはずだ。


貴族寮に到着。

扉の前に書かれた表札を見ては走り続ける。

煌羽(ブリリアント)の生徒の部屋をめぐり……あった!


ムイネレフ男爵令嬢。

彼女の部屋の扉を勢いよく叩く。


「ロマナ! ロマナ、いるか!? アルトンだ!」


『わ、わぁあああっ!? な、ななな、なんですか!? アルトン閣下、私のことを罰しにきたんですか!?』


「急用だ、入るぞ!」


扉を開けるとロマナは床に座り込んでいた。

銀色の髪を肩のあたりで切りそろえた、金色の瞳をもつ少女。

窓を開け放ち、奇妙な物体を組み立てている。

何をしているかわからないが、今は彼女を連れ出すことが先決だ。


「毒を受けた者がいる! お前の解毒魔法を借りたい、来てくれ!」


ロマナの腕をつかみ、強引に引っ張った。


「ひえぇ……毒!? ああ、やっぱりこの学園は策謀と悪意に満ちた階級社会なんです……ぅ……」


ぼやきながらもロマナは走ってついてくる。

卑屈なきらいのある少女だが、こうして他者のために行動してくれる美徳を持っている。

彼女が部屋にいてくれて本当によかった。


 ***


「……ありがとうございました。アルトン閣下に、ムイネレフ男爵令嬢。お二人のおかげで殿下は一命を取り留めました」


ネトバス皇子の従者が深々と頭を下げる。

ロマナに解毒と治癒の魔法を施してもらった後、医者に診てもらった。

どうやら致命には至らなかったらしい。

早期の治療が効いたようだ。


「入学早々、刺客の襲撃か……下手したら国際問題になりかねんな」


俺は何よりも政情が不安だった。

ウラクス騎士学園は公国と帝国の境にあるものの、一応は公国に属している。

何かあれば公国側の問題になってしまう。


下手をしたら戦争に発展するかもしれない……。


「その件ですが、ネトバス殿下が意識を取り戻された際に『国際問題にする気はない』とおっしゃっていました。刺客から殿下を守れなかったのも、従者である私の不始末。アルトン閣下に責任はございません」


「そ、そうか……ネトバス皇子には感謝しなくては」


従者の言葉を聞いて安堵する。

しかし、刺客が入り込むなど……警備は何をしているんだ?

それとも警備を欺くほどの手練れが入ったか?


「犯人の捜索には公国も協力しよう。二度目の暗殺を起こすわけにはいかないからな」


「はっ、ありがとうございます。アルトン閣下もお気をつけて」


「ああ、それではネトバス皇子にもよろしく頼む」


従者に別れを告げて、ロマナと共に部屋を出る。

ロマナの顔は青ざめ、体は露骨に震えていた。


「ロマナもありがとう。お前の協力もあって命を救えた」


「あふぇ、いえ……はひ。お役に立てのなら、何よりでございますぅ……」


「具合が悪そうだが……大丈夫か?」


「!? ……い、いいい、いえ、大丈夫です!! わた、私はここで失礼いたしますぅー!」


ロマナは叫んで走り去って行った。

まるで鬼でも見たかのように……何をあんなに恐れているんだ?

まあ、暗殺未遂などという事件があったのだから怖いのも仕方ないか。



さて、俺も暗殺には注意しないとな。

件の『犯人』……絶対に俺が突き止めてみせる。

蛆虫は徹底的に駆除してやろう。

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