1. 時の螺子は逆向きに
親友がみんな死んだ。
ひとり残らず死んでしまった。
もちろん私も死人の中の一員だったが。
それは一方的な蹂躙だった。
強大な勢力を持つ帝国が、突如として隣接する公国に侵攻。
わが祖国たる公国は一夜にして死の未来に囲まれたのだ。
公国側は抗ったが抵抗も虚しく。
帝国軍の猛攻に城は陥落。
その後も撤退を続けて抗戦したが、やがて公国の主勢力は全滅した。
一方的な大虐殺。
貴族も平民も関係ない。
多くの人が殺された惨劇……『私』の友も数多く殺された。
無念と悔恨を抱え、私は戦火の中で死に――
***
『そしていま、目覚めたと』
――っ!?
気づけば真っ白な空間にいた。
慌てて身を動かそうとするが、感覚がない。
自分がどうなっているのかもわからなかった。
私は戦で死んだはずでは……?
眼前には不思議な生物がいた。
蝶……だろうか。
燈色と水色の羽を持つ、不可思議な蝶。
『我の声が聞こえているのか? 聞こえているなら返事せい』
――"一応、聞こえている"
その蝶は言語を発している。
ひらひらと輝く鱗粉を撒きながら、こちらに音の波を向けて。
『おお、そうか。我は……神のようなものじゃ。ところでお主、酷い死に様じゃったの。あんなに酷い死に方、早々あるものではないぞ』
――"私は……死んだはずだが。それに、ここは?"
『ここは精神世界のようなものじゃ。お主は死に、魂だけの状態で我と話している』
そう……魂か。
あまり霊的な話は信じない性質なのだが。
こうして実体験している以上、信じるほかあるまい。
『あまりにお主の死に方が酷すぎたのでな。ひとつ機会をやろうと思って』
――"機会……?"
『時間を戻してやる。戦争が起きた以前の、お主が騎士学園に通っていたころに』
心臓が跳ねた。
……いや、死んでいるので心臓はないが。
私は公国の貴族として『ウラクス騎士学園』という場所に通っていた。
学園は公国と帝国の中間にあり、両国の友好の証として互いに貴族を通わせる場所にもなっていた。
だが帝国は突如として裏切る。
騎士学園に襲撃し、公国へ侵攻を開始したのだった。
かつて同じ学び舎で育った生徒たちを平然と手にかけて。
――"それは本当なのか"
『ああ、我が許してやろう。だが、我も単純に時間を戻してやるだけではつまらん。ゆえに条件を提示するぞ』
条件……神が出す条件か。
どうにも胡散臭いが、今は縋るしかないようだ。
私が肯定すると神は意気揚々と語り出す。
『まず、公国と帝国の戦争には明確な『原因』があり、それを引き起こした『犯人』が一人だけいる。いや、奇人とも言うべきかな。絶対的にそいつが犯人だと断言できる者が。お主にはその『犯人』を見つけてもらいたいのじゃ』
――"『犯人』とやらを殺せば……戦争を防げるのか"
『ああ』
ニタリ、と神が笑ったような気がした。
とはいえ表情なんてものは見えないが。
人を殺すのには慣れている。
戦争が起こり、嫌というほど人を殺してしまったから。
本当は……殺人などに慣れたくはなかった。
それだけの条件なら……悪くはない。
そう思った矢先、神は二の句を継いだ。
『足がかりを二つやろう。ひとつめ、『犯人』はお主と同じ学級の中にいる』
……!?
そんなはずはない、と喉元まで出かかった言葉を呑み込む。
戦争を仕掛けたのは帝国だ。
私は公国側の学級に属しており、犯人が自分の学級にいるわけがない。
そう、私たちは被害者なのだから。
『二つめ、『犯人』はお主と同じように時間を巻き戻ってくる』
――"時間を……? 神様、あなたが犯人の時間も戻すということか"
『ま、そういうことじゃ。意図して戦争を起こさんとする輩も共に時間を巻き戻す』
そんな人が、私の学級の中に……?
三年間も共に学んだ仲間に、そんな罪人が紛れているなど。
信じたくとも信じられない。
私の衝撃を気にも留めず、神は語り続ける。
『次に制約じゃ。『犯人』にお主が『時間を巻き戻ってきた存在』だと認識された瞬間、お主の肉体は消える。『犯人』は自分以外に時間を巻き戻してる者がいるなど思っていないが、それでもボロを出せば感づかれる可能性はあるじゃろう。不用意な言動はしない方が身のためじゃな』
――"つまり私が未来を知る人間だと悟られず、犯人を暴いて殺せと?"
『お、物分かりが良いではないか。そういうことじゃ』
敵兵を手にかけるならまだしも、学友を殺すなど。
だが、仮に神の言葉が真実なら……学級に裏切り者が潜んでいるということになる。
そんな人間を私は許せない。
虐殺された同胞を『犯人』はどんな気持ちで見ていたのだろうか。
――"ひとつ聞きたいのだが"
『なんじゃ』
――"神様はどうして、私の時間を巻き戻してくれるのか"
私の問いを受けた瞬間。神は嗤った。
羽を大きく広げて、ヒトの口のように歪めて。
『決まっている。見ていて面白いからだ』
……ああ、ロクな神じゃないな。
そう思った刹那。
私は再び肉体を得ていた。
時間が戻っていた。
戦争が起きる前、ウラクス騎士学園の入学日。
五年前の、あの日に。
***
かくして『私』は二度目の生を受けた。
ざっと現状を確認してみる。
前世の知識はもちろん有しているが、体は五年前に戻っている。
しかし、習得した武術や魔術の腕は衰えていない。
やや体は重いが、そのうち慣れるだろう。
ウラクス騎士学園の正門を見上げる。
多くの新入生が私の横を通り過ぎ、学園に入っていく。
彼らの瞳には期待の色が浮かんでいた。
そう、ここは貴族の遊び場だ。
ウラクス騎士学園を出たというだけで箔がつく。
高い入学金を払って遊びにきて、三年間を終える……というのが通例だ。
だが、私の代は違った。
あと半年……卒業間近というところで、帝国が侵攻を開始。
国境にある騎士学園もろとも蹂躙してきたのだ。
「…………」
あの日を繰り返させはしない。
戦争を起こした絶対的な『犯人』を殺してみせる。
神に伝えられた事項を心中で復唱。
ひとつ、『犯人』は時間を遡っている。
ふたつ、『犯人』は私と同じ学級にいる。
みっつ、『犯人』に私が時間遡行していると知られてはいけない。
大丈夫、うまくやれる。
私は……公国の未来を変えてみせる。