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田所の爺さんは、騒音、奇行など、色々と問題は起こすし、多少、変なところはあるけど、ボケてはいないし、妄想癖があるとも思えない。むしろ、大企業の社長をやっていたこともあって、どちらかといえば、現実主義だったはずだ。
そおう考えれば、本物の魔王なのか?
いやいやいやいや、そんなわけはない。
しかし、爺さんは、今も目を輝かせている。
考えれば考えるほど混乱してくる。いや、そもそも、別世界の魔王ってなんなんだ? 仮に、この世界の魔王と言われた方が、まだ信用ができる。なんで、わざわざ別世界なんだ?
も、もしかして!?
「じ、爺さん……。やっぱり、さっきのガラスの割れる音って、誰かに、何かで殴られたんじゃないの? そのせいで、頭がおかしくなったとか?」
「らなちゃん。相も変わらず口が悪いし、失礼じゃなー。そもそも、頭を殴られているのなら、ワシは怪我をしているだろうし、打ちどころによっては死んでいるかもしれんじゃろ? しかし、ワシは、こうして普通に会話をしておるじゃろ?」
確かにそうなんだけど、ちょっと驚きすぎて、私もテンパっているみたいだ。
混乱する私を見て、爺さんはため息を吐く。
おかしい……。ため息を吐きたいのは、私の方なのに……。
「さっきのガラスの割れた音は、召喚の儀式に使っていた水晶が割れてしまったせいであって、卵が原因ではないんじゃよ。気づかんかったじゃろ?」
「あぁ、卵でないのは、最初から分かっていたけど」
「な、なんじゃと!?」
爺さんの顔が驚愕に染まる。
いや、常識的に考えて、卵を焼いただけで、ガラスが割れる音はしないよ。
「で? 結局のところ、魔王ってなに? 漫画やゲームみたいな魔王であるんなら、そんな危ないものを呼び出して、爺さんはどうしたいの? この世界でも、滅ぼしたいの?」
仮に、爺さんが呼び出した魔王とやらが本物だった場合、爺さんの目的が、わからない。そもそも、魔王の召喚なんて、漫画やゲームの話でしか、聞いたこともないし、爺さんからも聞いたことがない。
それどころか、爺さんって、漫画とかゲームってやらないんじゃないの?
「うん? らなちゃん。別世界の魔王じゃぞ? いろいろとツッコむところはないのかい?」
「あー、うん。正直な話、適当にあしらいたいというのが本音かな。そんな意味不明な物の存在より、お惣菜の値引きのほうが興味がある」
そもそも、信じる要素が何もないし、こんな無駄な会話をさっさと打ち切って、晩御飯のおかずを買いに行かなきゃいけないからね。あ、もう面倒くさいし、どっかで外食もいいかもしれないね。
「らなちゃんは、かわいらしい顔とは裏腹に、本当に性格が冷めきっておるなー」
「あはは。凶暴とか、悪魔のネコミミとはよく言われるけど、性格が冷めきってるとは、初めて言われたなー」
まぁ、こんなことを自分で言っておいてなんだが、自分でも、興味がないことには、冷めた態度になるのを、よくわかっている。
ふと思ったんだけど、現実主義の爺さんが、こんな嘘を吐くか?
そんな疑問が頭によぎる。
私は、爺さんを不思議そうな目で見る。
何のためにこんな嘘を? あぁ、最近、田所の爺さんの家族も寄り付いていなかったから、寂しかったのかもしれない。
そんなことを考えていると、爺さんの部屋の扉が開く。
「うん? 爺さん、お客さんでも来てた……の?」
私は、爺さんの部屋から出てきた人物に目が釘付けになってしまった。
その人物は、困った顔をして爺さんに声をかける。
「あ、あの……。お爺さん?」
真紅の長い髪の毛、スタイル抜群の目が覚めるような美人さん。
どう考えても、爺さんの親族じゃない。というより、日本人とは思えない。
私は爺さんの肩に手を置く。
「爺さん、あんた、どこからこの人を連れてきた? 連れ去りは犯罪だって、バカでもわかるよね?」
「らなちゃんは、普段からワシをどういう目でみとるんじゃ?」
「普段は、普通だね。決して、偏見の目で見ていないよ。でも、今は、イカレた犯罪者の爺として見ててる」
そうじゃないと、この爺さんと、この美人さんとの接点なんて思いつかない。
私が爺さんを睨んでいると、爺さんがため息を吐く。
「とりあえず部屋に入るかの……。今後のことを含めて、きちんと話し合う必要がある」
爺さんは、そう言うと、自分の部屋の扉を開かず、私の部屋の扉を開けようとする。まぁ、鍵が締まってるから開けられないんだけど……と思っていたら、爺さんはポケットから鍵を取り出し、開け始める。
「ちょっと待てーーー!? なんで、あんたが私の部屋の鍵を持ってるんだ!?」
「もちろん、合い鍵を作っておったに決まっておるじゃろうが」
爺さんの言葉に一瞬硬直したが、すぐに自分の携帯電話を取り出し、警察に電話しようとする。
そんな私の姿を見て、爺さんは焦り始め、赤い髪の毛の女性は、不思議そうに声をかけてくる。
「あ、あの……。その、板は、何なのですか?」
「板?」
板って、もしかしてスマホのことか?
彼女の言葉に、私は困惑した。
今の時代に、スマホの存在を知らないなんて、そんなことがあり得るのか!?
私は、目を見開き爺さんの顔を見た。
「だから言ったじゃろ。彼女が別世界の魔王じゃよ」
「あ、自己紹介がまだでしたね。私は、シェリル=シンクレア。レヴァンテインという世界の次期魔王候補です」
そう言い、彼女は軽く微笑んだ。