博士
「んー。初めまして、3番目のお嬢さん。
お目にかかりたいとこだけど、私には使命があってなー! んまあ、なんだ、いきなり、こんな、巻き込まれてびっくりだしょ?」
「ええ。びっくりしました」
「きみたちの出生など、到底きみにも、まだ実感ないとは思う。ただ、なんていうか『あいつら』がいる以上は、どうとも言えぬのだちょん」
「はい……」
話したいことがあるとアリンに受話器をもってかれ、私は代わりにエチルに微笑みかけた。
「なんか、元気いっぱいな人だね!」
「そうなの……同じ家にすんでたらおちおち眠ってられなくってね」
なにか思い出したのか、エチルがフフフフ、と笑う。
「それで今は、二人で暮らしてるの」
「な、なるほろ……」
「博士が、私たちの進展を聞いてきたぜー」
アリンがよこから話しかけてきた。
進展?
「『ふしだらな! 二人暮らしなどけしからんわ! 』 だとさー!」
「『死ね』って返しといて」
うふふ、とエチルが微笑む。
博士なんでしょ? いいのか。
「……いんだよ。愛があるから」
「そうよ、愛があるから」
二人がにこにこ笑って言い合う。お……おう。
愛は偉大だ。
「一応聞くけどさ……どうやって生活をしてるの?」
「博士のありがたい支援とーあと、バイトかな」
「ふうん、そうなんだ」
「私でもできるお酒を飲ませて会話する仕事があるって聞いたのに、こんな田舎じゃそもそもろくに無いのよね……」
いや、年齢でまず引っ掛かるって。
昔、その仕事をしていた親戚が言っていた言葉を思い出す。
「貧しいから学校も行かずこんな仕事につくしかなかったのよ」
その通りなんだろうけれど、あわれむものとは思わなかった。
『人』が好きでないと向かないし、そもそも都会だから、選ばなければド田舎よりは仕事自体はあっただろうって気がして。
人を好きになる才能はあったのだから、私は、恵まれてると思う。
それさえも無い人に残るのは、なんだっていうんだ。
……と。
「博士」
アリンの、いつの間にか、刺すような真剣な声。
「今から、サンプルを転送したい」
博士のがやがやしていた声が、ぴたり、と止み、急に「なんだ?」と真面目なトーンになった。「『私たち』に準ずるものかもしれねぇ」
アリンが、悲痛な、絞り出すような声で呟いた。ぶち、と音がして携帯の電源が落ちる。
それからしばらくして再起動した。
「ハァ、もうこの会社の携帯買わねぇ……」
改めて通話が、博士に繋ぎ直される。
「携帯会社はだいたい 裏組織が買収しているからにゃ。なんかまずかったんじゃろて。ハハハ! テレビをつけてみろ、携帯会社を強く批判する番組なんか一個もないでな」
……確かに。
聞いたことないなと私はうなずいてしまった。
「個人の携帯まで勝手に切っていーのか
よ!」
「まー、まー、あんまり騒ぐなだちょん。宇宙が引っくり返ってこの作品が万が一アニメ化したときにゃこの台詞は消されるだろうけど、いくらほぼ無いかのうせーといえどもだな」
「とりあえずっっ! サンプル送る! 博士、なにで送ればいい?」
アリンが強引に話を戻す。エチルが手にしていた注射器からは、あの曲が流れる。
『前奏曲7番イ長調』
「しょ、ショパン……? なんだか曲が聞こえるが」
博士が、慌てた声をあげる。
アリンが淡々と言う。
「そう。音を奏でる。
それに求められる形……食べ物に、変化できるんだ」
起こったことを話すと、博士は真面目そうな声で、考えこんだ。
「むむ、確かに、食べ物限定とはいえ、きみたちに与えたスプーンと性質がにているちょん」
そうか。アリンが気にしてたのはこの寄生生物がまるで私たちの身体みたいだってこと……
エチルが強い口調で言う。
「今までは、こんな性質を持ったなんて聞いたことなかったわ……」
博士も、気になっていたようだった。
「確かに、単純行動しかしないはずの彼らがなぜ……私も別の知性を感じるにゃ。誰かが手を貸しているのやもしれん」
「私たち、がアレになる可能性があるの?」
私は恐る恐る聞いた。
エチルが顔をうつむかせた。
「わか、らない……」
「郵便局から、あとでいう住所に送ってくれだちょん」
博士がアリンに話しかけていて、アリンは住所についての話を逃さないように聞いていた。
「郵便でいいのか? こいつまだ、生きてるけど、うっかり寄生なんてことになったら」
「むむ、あいつらは、『容器』に入っている間は動かないはずだちょん。だが可愛い娘っ子たちになにか万一があるかもしれん。よぉし、大博士!!! デデーン!!の家に来なさい!」
博士って、デデーン!! って名前なの?
アリンに聞いてみよう。
「ねえねえ、博士って」
「効果音だ」
とりあえず博士の家に行くことになった。
のだがそのとき急に、あたりが目映く輝きだした。
「うわっ」
とアリン
「な、なにー」
と私。
「あらあら」
とエチルは驚いた。