いー薬です
突如、私たちの前に現れた飯テロ生物。
蛸のときは、切ったりしたけど。
「これ、どうすんのよぉ!ー」
食べ物に注射するの?
会話できるの?
そうこうしてるうちに、カップルのそばに、どんぶりが落ちてきて、パリーン!!
また落ちてくる。
ああ、また落ちてきた。さらに落ちていく。
飯テロがどんどんと落ちてきてる。
「エチル、アリン」
私が呼び掛けようとしたけど、アリンはすでにピザと戦っていた。
くわせろーとかいって、包帯で捕獲しようとしてるし。
忙しそうだ。
「アリン! それ食べちゃだめだよ。寄生されちゃうかもしれない!」
「え?」
アリンが、くるっと回転して着地したのちに戻ってきて、私に聞き返す。
「それ、寄生生物なの! みんなに食事させるふりをして、私たちをのっとる気よ」
アリンが なんだってー!という顔をする
エチルは冷静に「こうやって降ってくるのがまずおかしいでしょ」とつっこんでいる。
「なら、こいつら……どうすりゃいいんだよ」
アリンが私と同じく、悩ましい表情になった。
最初と違い、寄生生物そのものの姿じゃなく、人が食べるものになりすましているのが怖い。
「ピザは、普通のピザっぽいぜ」
「……うーん、どうにかして、食べ物からあいつらだけを集めなくちゃね」
まだまだ、どこかで
『前奏曲7番イ長調』のピアノが流れてる。
みんなに、眠くなる催眠をかけていたエチルの腕が、私を捕まえた。
「……えっと、何」
「私に考えがあるわ」
エチルがそう言ってスプーンを振ると、そこから美味しそうなハンバーガーとショートケーキがひとつずつ、現れて、手のひらにのった。
「あ。やっぱり、出来た!この力は食品などの物品になることは本来出来ないんだけど……
食用と思わずに出せば、出てくるみたい」
まぁ、食べられないし、食べようとしたら消えちゃうけどとエチルはつけたした。
どうやら犯罪防止らしい。魔法少女にまで魔法ルールは厳しめになってきてるのか。
「今、これを食べたいと思った人のところへ!」
エチルがスプーンを軽く叩いて唱えると、少しして、カップルの近くに居たおじいさんおばあさんの方にいったのを見た。
……が、見向きもせず、寄生生物の方の食べ物ばかり目にしてる。
「なるほどな。願った人の精神自体とダイレクトに繋がる精神物質を出してるのかもしれねぇ」
経験者といわんばかりに、アリンが呟く。
そう、ピザが食べたいって一番言ってたのはアリンだ。
冷静に考えればこのスプーンさんと同じように、性質を引き出す物質かもしれないってことだ。
私は考える。
アリンとエチルも悩んでいた。
その間に、メロンやトマトなどが、落ちてくる。落ちてきてどこかに向かう。
こうして、私たちが悩むあいだ、落ちてばかりだ。
このまま落ち続けては……
『前奏曲7番イ長調』のピアノは、まるで煽るようにも聞こえてくる。
「スプーンさん……」
私は、手に握りしめたスプーンさんを見つめる。これじゃ落ち物パズルだよ。
エチルが私の肩を叩いた。
「モノクルを使って」
私は言われた通り、モノクルを使う。
エチルの力でみんな眠っているんだけど、意識だけは働いてるから、そこに食べ物が、落ちて、落ちて、落ちて、危ない。
そこに急に地面が斜めに歪んで、落下した食べ物が、するすると滑り始めた。
意思に逆らって、遠くへ滑って落ちていく食物寄生生物たちは、一点へと向かって行く。
どれだけ降ろうと試みても滑り落ちるだけ。
うまく寄生が出来ない生物たちは、次にどうするのだろう。
と。
「はぁっ、アリン……」
いきなり、弱々しい声を出しながらエチルが短剣で自らの腕の皮膚を切った。
血がぼたぼたと落ちてくる。落ちてくる。
「え、ちょっと、なにして!」
私が慌てている横で、ふらっとアリンがそちらに向かっていく。
そのときだった。
一ヶ所に集まった寄生生物(食べ物になりきれない)が、いっせいに、エチルの姿に変わる。
アリンがよだれを拭う。
「おい! これややこしくしたんじゃねーのか」
アリンが我に返る。
本当に血が吸いたいのかアリン……
「アリンは、『あの身体』になってから生き血を啜りたくなるみたいなの」
エチルが言いながら、腕から流れ落ちる血を眺める。
アリンは何やら目が輝いていた。
……でも、そうか。
「話が通じるなら別だわ!」
目を閉じて、スプーンさんに祈った。
望むものは、あなたの気持ち……
私がそうしているうちに、エチルとアリンが、あの謎空間の扉を開いていた。
アリンがいつのまにか手にしている巨大注射器が、エチルの偽物をひとりずつ吸い込んでいく。
私はすぐにモノクルのモードを切り替えた。
幾何学模様みたいな、呪文の言葉の固まった筆記体、みたいなやつが、液体の中に浮いてる。
しかも『前奏曲7番イ長調』のピアノをかなでていた。
「うわ、こいつら、音まで聞こえる」
アリンが少し引いた顔をする。
「このままの形で、形質を調べられないかな」
私はなんとなく聞いてみる。
「博士にこのまま提出したら何か面白いことがわかるかもしれないわね」
エチルはそう言って、どこかにでんわをかけた。
気持ちを知りたいと願うだけでは、あの『まぼろし』は出てこなかった。
やはり異次元コーヒーカップみたいなのが無いとだめなのかと思ってきょろきょろしていると、エチルと目が合う。
彼女がスプーンで線を描くと、大きなあのコーヒーカップが現れた。
「この中身はね、コーヒーじゃなくて、黒い黒い寄生生物の身体にある液体なの」
「え……」
「濾過しきれなかった、不純物の、溶液」
溶液は、液体の均一な混合物。たしか塩が溶質で水が溶媒だったな……
この辺り、理科でも苦手だった覚えがある。
「だからね、なんていうのかな、これはきっと、弔い、ではないけど……
あなたに、想いを見せてくれるというのならば、救って欲しいからでしょうかね。私には」
私には、だけを言ってエチルは、話を切った。
アリンが「お前の役目は一旦中断だ」と言ったから、私も二人について行く。
「だったら、この、異空間は!」
「念のためだ。
寝ている人に、寄生しようとするかもしれないからな」
アリンは冷静に言う。
「それに……」
そこまで言い、彼女も言葉を切る。
スプーンを、ちらっと見たのを私は見逃さなかった。
「ちょっとまってて」
アリンが携帯電話で、博士の家に電話をかける。
「おいっすたー!」
と話すと、スピーカーモードにしてくれた向こうから、バーチャルアイドルみたいな機械音声。
「おいっすたー! みなのもの、元気かにゃーあ!
どうした我がアリンよ」
「元気っすよ我が博士」
アリンがかけたわりにめんどくさそうに返事をする。
「そうかそうか、ちゅっちゅっ」
「おえ……、あ、博士。あんさ、あたしらの仲間が増えたぜ」
「ほーう? 仲間っちゃかー……どーれっかなー? だーれっかなー?」
「電話の向こうからきょろきょろして、見えるわけないだろ、博士」
ほい、とピンクいろの可愛い端末を渡され、私は慌てて耳に当ててみる。
「ひゃっ、はじめまして博士……」
「クエケケケ!!!」
高笑いをされた……お、おお?
「我が、が抜けてるよんよん」
「失礼しました、改めて初めまして我が博士」
また、強烈なしゃべり方のひと来たなあと私はぼんやり思う。堅苦しいよりいいか。