ピザ田中
「ああ、ダサいのって嫌い」
それを呼ばれる地域を歩きながら『僕』は嘆いていた。
夜中に電車を乗り継いでまで、なんだってこんな寂れた町に来なきゃならないのだ。
ちなみに、ダサいというのは、田舎を「だしゃ」と呼んだのが始まりとも言われていて、それは田舎を嘲る言葉だったという人、嫌な気分になるひともいる。
思いながら田舎をたなかだと思っていたクラスの田中君を思い出してしまった。
理由はあまりない。
田舎に暮らしたがる人間もいるみたいだが、
大抵「ダサいい!」とか宣っていて、僕には解せない。
『田舎は所詮田舎だけど良い』という見下しつつな気分になる。なるからなんだという話だし、僕は特に構わないが。
傘を振り回しながら、泣きたい気持ちをおさえつつ道を歩いていると、目の前を歩く奇妙な三人を見つけた……
「今日は夕飯作れなかったんでー。出前をとります!」
「いいえ、コンビニにしましょう」
しばらく歩いた丘の上に、寂れたアパートがあった。
その一室でエチルとアリンがもめている。私は、彼女らを見つめながらほほえましい気持ちで居た。
「どっちになるの?」
エチルが、私を勢いよく見て言う。
「アリンはどうせピザにするわ。しかもLサイズデラックス!」
「高くつくね……」
「コンビニの安めのおかずにしましょう」
「なんでコンビニ?」
「今は夜中よ!」
そうか、しまってる。
「んだよ、せっかく新入りもいるんだから豪勢にいこうぜええっ!」
アリンはテンション高い。
「私、ピザも好き」
「だろっ?」
わはは、と楽しそうな笑顔を見るとついうなずきたくなる。
「アリンはいつもそうやって、悪気を持って高いご飯にしたがる! 昨日も食べたし! というか今朝も食べてたし、私の奢りで」
エチルが怒る。
アリンが胸を張った。
「悪気がある方がマシだ!」
「確かに」
自分のやることを理解できてないって、まずいよね。
「っていうか、エチルの奢りなんだね」
「悪気はなかったんだ!」
「悪気がある方がマシだっつった口がほざくなぁあ!」
謎の争いが勃発しているなかで、私はそっとスプーンを握った。
これだけは変身が解けてもなぜかまだ、消えなかったのだ。
「ご飯……」
なにも出ない。
がくっとうなだれた。
やがて適当に買ってきたお弁当を食べていると二人から、自力で全部こなすとストレスがかかるから、という話を聞かされた。
なんの話かっていうと、寄生生物の話だ。
「心が弱い生き物で、本来なら、地球環境でまともな発育ができないくらいに弱いらしい」
アリンが、口にご飯つぶをつけながら淡々と呟いている。
「会話をするのも、目を合わせるのも、とても負荷がかかる行為だ。
本来の彼らは、人間以上に、それにより死に至る」
「それじゃあ別に、脅威でもないじゃない」
「彼らが思い付いたのは、ココロを保つための秘策……それが、人間の身体を借りてなりきることだった」
「と、いうのが、博士の説明よ」
エチルがウインクする。誰だよ、博士って。
テレビでは、鹿川綾人とかいう人が殺される事件がやっていた。
興味は無かったが、聞こえてくる死因は、不明。または突然死。
だけど、殺害。という言葉が使われるニュースだ。
「綾人って人が、寄生生物なんじゃないか?」
アリンが私と逆の、しかし似たことをのべた。
「確かに、この鹿川綾人さん、怪しい……」
二人が何を怪しむのかわからないまま、私は、エビフライをかじる。
二人は、この家で暮らして居るんだろうか?
別に家があり、そこに私のように、お父さんお母さんが居るのだろうか。なんとなく、そんなことを考えた。
私はずっと一人で生きてやるというやる気があった。
けど、実際そうはいかない。
家族にも、進学先にさえ、あの場所はだめとかあれにしなさいとか口を出される。
いや、それは聞き流したっていいと思ってた。
問題は、どんなにやりたいことがあっても、周りからは、やる気が無いと見なされること。
親の成績や性格と同じだと見なされること。
私が努力しようが「あの家の子だから」、だめなのだ。
誰が悪いわけでもないかもしれないけど、
私はいつも期待されたことが無かった。
誰からも、そういう存在としては認識されなかった。
子どもはバカなくらいがちょうどいい、という親たちにしてみれば、
私が抱えたある夢は
「かわいくないもの」であり、「子どもらしくない」。
だからこそ、あそこから逃げ出した。
頭を、全身を、自由に使って羽を伸ばしたい。
例えば、大きな図書館にしかない分厚くて難しい本……お店じゃ、高いし珍しいしそう買えないような資料なんて、沢山読んでみたかった。
自由に発表して、自由につくって。
子どもらしくない、ことを、したい。
「あなたはまだ子どもだから、わかんないわよ」 と、いかがわしいわけでもないのに取り上げるなんて、ひどい。
あの日だってそう。
大人に口を出されるもんか、としばらくかくしてこっそり読んでいた本が運悪く見つかって。
父さんが強く叱った。
だから、ついカッときちゃった。
「いい加減にして。子どもらしく子どもらしくって、うんざりよ。
私は、あなたじゃない。あなたも、私じゃない。
親だからって、家族も、他人なんだよ。
わかる?
同じ家に居たって、
血が通ったって、
あなたとまわりは、それぞれ異なるのよ。
邪魔しないでよ!」
親の遺伝子が私の全てと言いたいような感じに腹が立って、つい、そのまま思ったことをいった。それからは、ずっとすれ違ったままだ。
「んぉ、どうした、暗い顔してるぜ?」
ふと、アリンが私をのぞきこんだ。
「あ、うん」
お弁当を食べていた手が止まる。
「ねぇ、アリン、エチル」
「なに?」
「なにかしら」
私は、聞いてみようと思った。
「あのね」
ごく、っと唾を飲み込む。そして。
「あ、あの、壁に貼ってあるのはなにかしら!」
聞きたいこと、からそれたことを聞いた。
目の前の壁には、呪文と絵が一体化した……というか、有名な文書を思わせるような、紙が貼られていたのだ。
「左から、右、下から上にかけて言語になっているわ」
エチルが、ああそんなこと、って感じで言う。
「わりと簡単だぜ、コツさえ掴めば読めるだろ」
えぇ……
私は、できないと思った。こんなの作者にしかわからないよ。
そんなときだった。
私たちはなにかのけはい、を感じた。
気配って不思議なもので、見えなくてもわかんなくても、なんか、急に『そのこと』を感じて意識が集中しちゃうわけ。
「なに……」
窓の外になにか、いるのがわかる。
恐る恐る外に出ると、どこかから、しんみりした『前奏曲7番イ長調』のピアノが流れてきた。
そして……空から大量に降り注いでくる『何か』が見えるぞ?
「ね、アリン」
私がアリンを振り返ると「リセも、感じるか」と聞かれた。頷く。エチルに至ってはさっさと弁当の片付けをしてくれてる。
「飯ぬきになんなくてよかったものの、乙女の休息を邪魔しやがるぜ……」
アリンがそういいながらも胸ポケットからスプーンを引き抜く。
戦闘準備だ。
私も同じようにした。
アリンは変身した。
なのに、私は……変わってない。
「え。なんでっ!?」
エチルが、ゴミ袋をきゅっと束ねながら言う。
「まだ、覚醒したばかりで慣れてないのね。しばらくは、緊急のときだけは私かアリンが変身させてあげる」
そしてさっ、とスプーンを振られて私は変身していた。
「わ。ありがとう、これって、他人の解除もできるの?」
「解除だけは無理だよ」
アリンが横から答えてくれる。
三人で外に出て、降ってきたものの正体に驚いた。誰かが食べたいと言った、食べ物がその人に降っている。
近くのアパートには、ハンバーグが局地的に降っていたし、すぐそばの公園を歩くカップルは、なんかが入ったどんぶりに命を狙われてる。
「うわっほい! ピザだでかい!!」
アリンが、はしゃぎながら外に向かってく。
いやいや、待ってよ!?
私がモノクルをつけた目で、観察したら、やっぱり。
「もろに寄生生物じゃん!」
うにょうにょした、黒い呪文みたいな生物が、絡み付いていた。
エチルが身体を震わせる。
「恐ろしい。
これこそ、飯テロだわ……」