結晶
「なに、これ……」
息が苦しくない。
びっくり。
なんかね、きれいな、ガラスの世界?
『あなたなら! わかってくれる!』
誰かの、高い声。
悲痛な声がどこかでしていた。
握ってたスプーンさんが、ぐにゃ、と曲がる。
「おおっと、こりゃあ……」
『あなたが私の声を聞いてくれた!』
「確かに、聞いた」
『寂しいよ』
透明な世界から、アリンとエチルが見える。なにか言ってる。わかんないよ。
ふっと意識が薄れそうになる。
『ここにいましょう。あなたなら、私を見届けてくれる』
なぜだろう。
なぜだか、また、泣きたくなった。
感情が、自分にも流れ込んでくるみたいだ。
きっと、とても理不尽なことがあったんだね。
あなたは。
でもね、此処にいたって変わらないよ。
「一緒に、外に出よう?」
『いや! 消えてしまう』
「ううん。大丈夫」
すっと息を吸い込んで、握っていたスプーンさんにお願いした。
どうか、ちゃんと、聞いていてください。
届けてください。
「大丈夫よ」
そして、私はにこっと笑う。
彼女の声が、わっと泣き出す。
『無防備、な、心が、閉じ込められて、』
スプーンさんに頼るか迷ったけど、やめた。
「私が以前のあなたに戻るための、魔法をあげます。だから、寄生されていたという記憶がしばってしまった心は、ちゃんと解放されますよ」
『ほんとう?』
「本当です」
静かに目を閉じて、覚えている言葉を唱える。
「ルオニュ……ブレシェ、ディシ、セリエト」
これは遠い昔に、誰かがおまじないに聞かせてくれたのだ。
大丈夫って意味を込めて……
スプーンさんは、聞いてくれてるかな。
彼女が、実体を持ち始める。バスの中にいたのと、同じ姿で、私の前に現れた。
モノクルを回すと、ゆっくりと、結晶が剥がれ落ち始めた。
あっ。もしかしてこれが用途だったかな……
『ありがとう』
最後に、そんな声がして、ガラスが弾ける。
世界に光がふり注いだ。
目が覚めると、二人が心配そうに私を覗き込んでいた。
「リセ、大丈夫?」
「心配したんだぞ」
「平気」
私は、結晶を握ったままいきなり倒れて動かなくなっていたらしい。
何があったのか聞かれたので、ぼんやりと考えながら答える。
「なんかね。取り込まれていたまま苦しんでいた心が、結晶化していたみたいなの。
あんな形で混ざっちゃったら、そりゃあ、苦しいよね」
『予期しないままわんちゃんに捕まった』ってところで、私に共鳴してしまったから、結晶になってしまうところだったみたい。
思い出すとなんだか胸が苦しくなって、ぶわっと涙が溢れてくる。
きれいな、純粋な想いの形だった。
夕暮れ時、アリンとエチルに支えられながら、帰り道を歩く。
滑り台は、元に戻ってたし、あの力は変な生き物が出てくるときしか解放されないんだって。
つまり、徒歩だ。
「相手にしないってことが、出来たらいいのになぁ」
二人のことは、わからない。
私のことも、まだ。歩きながら、二人の『普段』の格好をみていた。私と同じ学校の制服だ!
先輩かな……となんとなく思う。
「確かに、そうよね」
エチルがため息を吐く。アリンが、そういえばなぜあそこに居たんだ?
と聞く。
私は、ただしばらく出掛けたかったんだと言った。
「相手にしないことも、また戦いのひとつではあるよな」
誰彼構わず構っていたら、身体がもたない。
何かあったとしても、救えるのは、自分に救える範囲だけだから。
「うー、でも、目の前に居たら気になっちゃう!」
アリンが苦笑いする。
外は、夜になりはじめている。戦ってなければ、もう少し明るいうちに、旅行できたのに。
線引きは難しいなと思いながら、三人で歩く。
ああ、おなかがすいた。
「なんか食ってく?」
「そうね」
「うん……」
アリンに聞かれてエチルと私はうなずいた。
みんな思っていたらしい。