第82話 リアクションは、きっとお茶の間へ届く
「な…何をしたんだ…お前…?」
俺の目の前で呆然と立ち尽くす男。
たしかチープ子爵家云々と言ってたはずだ。
まあなんだか安っぽい名前だし、別段どうでもいいんだけどね。
コト、コト…。
俺はチープな男がうさ耳少女に投げつけたパンプーキンを風の魔法で切り揃え、さらにそれを美しく盛りつけた皿を、近くのテーブルへそっと置いた。
そして一切れ、薄切りにしたパンプーキンを手に取る。
ブン…!
ブンブン!
俺はそれを目の前で軽く振りながら、同時に軽い火の魔法で手に取ったパンプーキンの両側を炙る。
ジュウウゥゥゥ…!
…ざわ…ざわざわ…!
「おい…、い…いつの間にか焼けてないか…?」
「ま…魔法か?けど…いつ…?」
「…いい匂い…」
シンと静まり返っていた食堂内が、にわかに色めき立つ。
きっと俺がいつどんな風に魔法を使ったのかが理解できなかったのだろう。
「…ぐっ…?」
俺と対峙するチープな男も、威張っていたわりには他の生徒たちと反応は同じ。
寧ろ自分の理解を越えた訳のわからないものを見たような、焦りと困惑とに満ちたそんな表情を浮かべていた。
(お、いい色に焼けてきたな。…さてと、モッフモフンのうさ耳少女に怪我を負わせるところだったんだ…先輩にはその辺り、きっちりわかってもらわないとな…。まあ、理由はもう1つあったが…)
カリッ…。
俺は炙ったパンプーキンを軽く齧った。
だが。
「ぅわっちい!?あっつ!あっつうーー!!?」
あちちちち!!
ひええぇぇ!?
ちょ…ちょっと焼き過ぎたか!?
俺は炙ったパンプーキンのあまりの熱さに、口元を手で押さえて地面を転げ回る。
かっこつけて齧ったわりに、我ながらなんと情けない姿だ、グスン…。
「…?…レ…レインは時折、我には理解不能な行動を取りよるのう…」
『クゥ~ン…』
口元や舌を火傷して悶え苦しむ俺の姿に、シルヴィアやシロが、白けた表情でこちらを見ている。
そ…そんな冷めた目はやめて!
いやいや、ほら!そういうこともあるじゃん!
カッコつけてポーズ決めたらズボンのチャックが開いてました的な…(涙)
しょんぼり…。
だが、ポカンとするギャラリーやシルヴィアたちを他所に、さっきまで俺の横にいたエドガーだけは、真剣な眼差しで床のある一点を凝視していた。
「(な…なんという速さだ…。あれは無属性魔力による身体強化…。レインが蹴った床からは煙が出ているじゃあないか…。この俺の目でも“一瞬何かが動いた”という程度しか見えなかった…。魔力の制御もなめらか過ぎてゾッとする程にスムーズだ…。……誰もそんなとこ見てやしないだろうが…)」
「…はっ。お前…新入生か…?こ…この俺の前に立つ意味をわかってやっているんだろうなぁ…?」
口を押えて床に転がったままの、お世辞にもかっこいいとはいえない俺を見下ろしながら、それでもチープな男は、わざわざドスを効かせたような低い声で言葉を投げかけてくる。
「ふぅ…。よいしょっと」
俺は何事もなかったように装って床から起き上がり、チープな男を見つめた。
く…口と舌はちょっとだけマシになってきたかな。
「…さて、そんなどうでもいいことよりも先輩、水がご希望なんでしたよね?僕はそれを叶えるために参りました次第でございます」
「あぁ…?なんだとぉ…?」
ふふふ。
水のおかわりを熱望されていた先輩に、とびっきりのものを差し上げようじゃあないか。
(イメージは…そうだな。でっかい風呂みたいなものにするか。あんな小さな女の子を傷つけようとしたんだ、先輩にもしっかりと身体を張ってもらおうかな!)
俺はチープな男の前に向けて右手をかざし、急速に魔力を練り込む。
「…そーれっと!!」
ズズズズ…!!
バッシャアーン!
ざわざわ!
ざわざわざわ!!
「な…何か出てきたぞ!?」
「ま…魔法…?」
「あんな魔法見たこともないぞ…!?え…詠唱、詠唱も聞こえなかったぞ!?
突然の出来事に衝撃を受け、驚きで顎が地面まで届きそうな程のギャラリーたち。
ついでにうさ耳ダディやエドガーも、眼球が飛び出しそうな程、目を丸くしている。
(ふふふ~。俺が創り出したのは…)
「こ…これは…、…風呂…か?」
目の前の光景が信じられないチープな男は、青い顔をしながら俺が創り出したものを目を白黒させながら凝視する。
まずは土と火の合成魔法で創った丈夫な浴槽。
寸法はそれぞれ縦4メートル、横1.5メートル、ついでに深さは80センチ程度。
大理石…とまではいかないが、それなりに白っぽくてなかなかにツヤツヤでいい感じだろ?
そしてその中には…。
モワアアァァァ…。
食堂奥の調理場でも、できたて料理の熱々お皿からでもなく、食堂のど真ん中からほかほかと白く立ち昇る場違いな湯気。
離れていてもムンムン伝わって来る熱気&熱気。
〇ブやバ〇クリン等の入浴剤はもちろん入っていないが、俺が創った浴槽は“お湯”で満たされいるのだ。
まあ、お湯と言っても、どちらかといえば、かなり熱いお湯の部類なんだけどね、ひひひ。
「さすがは先輩!大正解!!いやぁ、お風呂って最高ですよね?僕大好きなんですよ、お風呂」
俺は両手を身体の横に広げ、片目を閉じて大袈裟にそう言った。
「お前ぇ…。一体どんな手品を使ったのかは知らんが、何のつもりだ…?はっ!!もしかして、薄汚い獣人などのため義憤に駆られ、子爵家の長男たるこの俺に喧嘩を売ってやがるんじゃないだろうなぁ…?」
スチャ…。
チープな男は薄ら笑いを張り付け、にやにやといやらしい顔でうそぶきながら、その懐から杖を取り出した。
「喧嘩…?まさか!僕は先日入学したばかりの新入生ですよ!?そんな僕が先輩に喧嘩なんて売るわけないじゃあないですか。これはただのお願い、純粋な後輩からのお願いですよ?」
「はっ!馬鹿かお前!!何で俺がお前のお願いなどを聞かなければいけないんだ!?笑わせるなよ!!」
チープな男は腹を抱えて大笑いする。
皮肉と侮蔑の目、そして嘲笑のトーンだけは立派なものだな。
「まあまあ先輩。そんなことおっしゃらず、かわゆい後輩のお願いを聞いてくださいよ…?ね?」
パチン!
俺はチープな男にウィンク1つ。
同時に右手の中指と親指で指を鳴らした。
その瞬間。
ギュルギュルギュルギュルギュル…!!
ドタンッ!
ズルズルズルズル……!!
「ひ…ひいぃ!!?な…なんだぁぁ!!?」
情けない悲鳴を上げながら、ズルズルと床を引き摺られてゆくチープな男。
その四肢には、目にも止まらぬ速さで浴槽の中から伸びてきた漆黒の鎖が、幾重にも恨みがましく巻き付いている。
「うっ…うわあああああ…!?」
ガシッ!!
「いらっしゃいませ、先輩。ご希望どおり、たっぷりの水をご用意いたしましたよ?」
俺は洗練されたキャビンアテンダントのような、はつらつとした笑顔でチープな男に笑いかける。
当の男はというと…。
「て…手が…足が!?何かに引っ張られるぅ!?このままでは水の中に落ちてしまう…!!しかも…水というか、これは…。あっ…熱い、すごく熱いぃ!!」
チープな男は、熱湯の中に落ちてなるものかと、両手で浴槽の両サイドをしっかりとつかみ、また両足を広げて浴槽の上部に踏ん張るような、かなり情けない四つん這いの姿勢を晒していた。
そしてその顔は、立ち昇る湯気の熱さと、鎖に抵抗して必死に浴槽を掴む疲労とで、瞬く間に汗まみれになっており、徐々に鼻水やよだれも垂れ始めていた。
「おお、先輩!素晴らしいですね、その熱湯の中に落ちまいとする必死な様子!!…実は僕の故郷にも、そうやって身体を張ってお茶の間に笑いと感動を与えてくれる大道芸人さんたちがいましてですね…」
俺は、前世でリアクションをモットーとして笑いを取っていた素晴らしい芸人さんたちを思い出しつつ、チープな男の方へゆっくり歩み寄ると、その手足をツンツンと突っついた。
「バ…バカ、近寄るな!やめろ、触るな!おい、押すな!お…おお押すなよ…!?絶対押すなよ!!?」
鬼のような必死の形相でそう叫ぶチープな男。
いや、今だけは熱湯に挑戦する勇者と呼んでもいいかも(笑)
ぶひゅっ!
い…いかんいかん、あまりのリアリティーについ吹き出してしまったぜ…。
その台詞は異世界を超越し、万国共通か…。
「ぐ…ぐうう…。ぎ…貴様!?し…しし…子爵家の長男たる俺に…こ…ここ…こんなことをして、ただですむと思うなよ…?お…お父様に言いつけて…」
「興味ありませんね」
俺はチープな男の言葉を最後まで聞くこともなく、冷笑を浮かべて即答した。
男の表情は予想外の俺の言葉にさらに歪む。
「なっ…!?」
「もう一度言いましょうか?…僕、興味ないんですよね。貴族だとか平民だとか、身分が高いだの低いだの金持ちや貧乏…、そういうつまんないことに全く興味がないんですよ。…逆に聞きたいんですが、先輩みたくご家族の方が身分の高い人であるのならば、小さな身体で必死に働いている(モフモフの、主にモフモフの)女の子に対しても、怪我をして当然のような勢いでかぼちゃ…じゃなかった、パンプーキンを投げつけても許されるんですか?」
俺はそう言いながら、うさ耳少女とそのダディに目をやる。
「…あ…」
うさ耳少女は、目を丸くして俺と男を交互にを見ていた。
「ば…馬鹿かお前は!?ぐぐぐ…ゆ…許されるに決まっているだろうが!!身分の高い者が低い者に罰を与えて何が悪い!?く…くっくっく…、俺をこんな目に遭わせているお前も、お父様の手にかかれば…、って、お…おい!?ケツに手を掛けるな!?押すんじゃあないぞ!?絶対にだ!!」
「はぁ…成程…。」
俺はため息をつきながらゆっくりと歩を進めると、チープな男の耳元で小さく囁く。
「(ヒソヒソ)…先輩、申し遅れましたが、僕はレインフォード・プラウドロードと申しましてね。ご存知でしょうか?どうでもいいんですが、うちの父はですね、先輩が大好きな身分の高い辺境伯を務めておりましてですね…(ヒソヒソ)。あと別にさらにどうでもいいんですけど…(ヒソヒソ)僕自身も、王様から子爵の位を与えられ叙爵している身なんですよ?(ヒソヒソ)」
「プ…プラウ…ド…ロード…辺境伯…」
湯気に当てられて真っ赤だったチープな男の顔色が、途端に真っ青になる。
顔中にじんわりと付着していた汗は、瞬く間に背中からドクドクと流れ出る冷汗へと変わってゆく。
「も…もも…申し訳…ありませんでしたぁ!!そ…そのようなお方だとは露知らず…俺…、い…いや私は、とんだご無礼を…!!ど…どうか…どうか、このとおりでございます、平にご容赦を…!」
チープな男は四つん這いの姿勢からさらに力を込め、土下座よろしく、器用に頭を下げる。
その見事なまでの手の平返しは凄まじいな。
ざわざわ…。
突然の謝罪にどよめく食堂内。
他の人には特に名乗ってないし、チープな男にだけ聞こえるように言ったからそりゃ当然か。
「はぁ…。そういうところですよねぇ、先輩…」
「え…?うぐぐ…」
俺が大きくため息をついてがっくりと肩を落とすと、チープな男は再び顔を上げ困惑の表情に加え、涙も浮かべる。
「だからぁ…、ほら。謝る相手が違うんじゃあないかと思うんですよ…。先輩がやらかそうとした相手は、本当に謝るべき相手方は一体誰なんでしょうかね…?」
「あ…」
何かに気が付いたようなチープな男は、歯を食いしばりながら、うさ耳少女とダディの方を勢いよく見た。
「ぐ…。ゆ…許せ…、許せお前たち!!こ…ここは俺が折れてやるから!!」
俺は、まだあまりよくわかっていない素晴らしい先輩の背中に手を添え、ほんの少し力を入れる。
具体的に言うと、軽く押す。
「先輩…。ほら言い方、言い方が…」
「ひぃ!?ず…ずびばぜんでじだ!私が悪うございばじだ!!本当に、本当にずびばぜんでじだぁぁ!!お許しぐだざいいい!!?」
その顔はもはや、汗とよだれと鼻水などでごちゃまぜとなり、さらに熱湯に落ちてなるものかという必死さも相まって、凄まじく汚らしいものだった。
「さて、優秀な家柄の先輩はかなり反省されたようで、このようにおっしゃってますが、どうされます?ご希望であれば、あなた方自らが熱湯の中に放り込んでもいいですよ?先輩の方は、何やら押してほしそうにおっしゃってましたし…」
「い…言ってばぜんんん…」
そんなやり取りに、呆気にとられていたうさ耳少女とダディは顔を見合わせる。
そして少し考えてお互いに頷くと、うさ耳少女はちょっと困ったような笑顔を俺に向けた。
「いいえ、大丈夫です。父も私も怪我はしていませんし、お料理に使うかぼちゃも丁寧に切っていただきましたので…。どうかそちらのお客様を許してあげてはくださいませんか?」
「…いいんですか?」
「はい!」
(モッフモフの)うさ耳少女は、今度は屈託のない笑顔でそう言い切った。
「そうですか、わかりました。あなた方がそうおっしゃるなら、わざわざ僕が彼を罰する理由はありませんね」
「ぐぎぎぎ…。や…やっだ…。ありがとうござい…ばず…(憶えていやがれ…この借りは必ず…)」
天使のようなその言葉に、汚い表情をさらにくしゃくしゃにして喜ぶチープな男。
(…ちっ、よかったな先輩。うさ耳少女の優しさに感謝するんだな)
そんなことを思いながら、俺は全ての魔法を解除しようとしたのだが。
「あっ!そう言えばあなたはさっき、学生てんこもりもり定食を食べてらっしゃいましたよね?まだまだお肉のおかわりはありますので、よければ食べていってくださいね!そっちのおっきなワンちゃんの分もたくさんあるよ!!お水はちょっとないけど…エヘッ」
『ワンワン!!アオ————————ン!!』
食べ物に対する恐るべき執着心に定評のあるシロが、おかわり嬉しさに一際大きな雄叫びを上げる。
(あ、ばか。そんなに叫んだらお前)
「ひっ…!?あ…あわわわわ…!!?ああああああ!!?」
ドッボーン!!
「ぎゃああああああ!!?あちちちちちちちちちっちっちーーー!!?」
案の定、シロの雄叫びにビビったチープな男は熱湯の中に頭からダイブした。
先輩。
その必死にもがき苦しみながら熱さに耐える姿は、きっとこの世界においても、全国のお茶の間に勇気と感動と爆笑を与えることだろう…。
南無…。
(ま、正直温度はそこまで高くないし?火傷するような熱さじゃあないさ。いいお湯…とまではいかないが、いいお薬にはなったかな?先輩)
食堂内では、絶叫とともに浴槽から這い上がるチープな男の姿と、それを見守るギャラリーの笑い声がしばらく響いていましたとさ。
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