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第48話 その前日、とある侯爵閣下の屋敷にて

謁見の前日。

とある侯爵の別邸での出来事。

第48話、よろしくお願いします。

 ガッシャーーン!!

 グワッシャーン!!

 ドンガラガッシャーン!!


「うがぁぁぁぁ!!一体全体どうなっておるのだぁぁ!!?」


 とある男の執務室に飾られていた美しい絵画や豪華な調度品が、見るも無残な姿になってゆく。


 物盗り?強盗?

 否。

 執務室の物を破壊していたのは、まぎれもなく()()()()()()()


 その名を、ピケット・オーブリー・モートン。

 

 モートン侯爵家現当主。

 年齢46歳。

 毛先をくるりと巻いた、長く美しい自慢の金髪。

 …頭頂部は些か寂しい。

 また一般的な男性に比べてかなり低い身長に加え、それを補って余りある程でっぷりと突き出た腹、腹、腹。

 指にはゴテゴテとした指輪をこれでもかという程着けており、それが節くれた短い指を一層際立てる結果となっている。


 世の男の悪い部分全てを一身に集めたようなこの男。

 王国において、ピケット侯爵と呼ばれるその男は怒っていた。


 いや、怒っていたというよりも”怒り狂っていた”という表現の方が正しい。

 怒髪天を突く、とはまさにこのような状態をいうのだろう。

 …その分、大切な髪はハラハラと儚く散っていくが。


「ハァ…ハァ…。工房の地上げ(・・・)はどうなっている!?なぜ完了の連絡がこないのだぁ!!?」


「も、申し訳ございません!!今私兵たちにガラテア工房に向かった面々を探させてはいるのですが、そ…その姿は一向に見えず…」


 ピケットの執事と思しき初老の男性が必死に頭を下げ、荒ぶるピケットをなだめている。


 たが当のピケットは怒り心頭。

 元々人の話に真摯に耳を傾けるような人間ではないし、このような精神状態なら尚更だ。


「くそ、くそ、くそぉ!!あのゴロツキどもめ、元冒険者などと言いながら、俺の金を持ち逃げしたか!?でなければ、たかだか鍛治職人どもを皆殺しにする程度、失敗するはずがあるまい!!」


 怒りのボルテージは、下がるどころか上昇の一途をたどっていく。

 

 もはやピケットは”ただ怒るために怒る”というような状態になっており、一度こうなってしまうと誰も手をつけられない。

 あとはただただ、時間が解決してくれることを待つばかりである。


 ピケット侯爵の家、つまりモートン侯爵家は、グレイトバリア王国に存在する多くの貴族の中でも「侯爵」の爵位を与えられ、治める領地の大きさやその経済力は、他の追随を許さない程の大きな家である。


 その起源は、かつて他国との間に起こった戦争において大きな戦功を上げるとともに、戦後、疲弊した王国経済の復興においても、民のために私財を投げ打ち多大な貢献を果たしたことで現在の地位につながっているとされる。


 このグレイトバリア王国においては、国王ルーファスの下、人々から恐れ敬われる由緒正しい4つの家がある。

 グレイトウォール公爵家、キングスソード公爵家、セブンスシールド公爵家そしてスペルマスター公爵家という、いわゆる王国四貴族と呼ばれる絶対的な貴族である。


 彼らは建国より、それぞれの家が王国の要職に就いて王を補佐しながら、その繁栄に大きく貢献してきた。


 モートン侯爵家は、それら王国四貴族に次ぐ地位を与えられており、この国においてその権威権勢たるや凄まじく、当該四貴族を除けば、現当主たるピケットに対し、口出しできる者などいるはずもなかった。


「ハァ…ハァ……ブハァ…。あいつらは死刑だ!地の果てまで探せ!探し出して必ず殺せぇ!!」


「しょ…承知いたしました」


 執事は機敏な動作で身体をくの字に折り曲げ、ピケットに対し深く深く頭を下げた。

 

 このような状況で何か意見でもしようものなら、今度は自分自身や、それこそ何の関係もないメイドたちが、無惨に床に散らばった調度品のようになるのだろう。


「もう一歩…もう一歩で私が公爵になれるのだ。そうすれば、もはや王国四貴族などに媚びへつらう必要もない…。グレイトウォールのジジイのように、必ず殺してやるぞ…。ぐひ…ぐっひっひっひっひっ…」


 両眼を血走らせ、ひどく黄ばんだ歯を剥き出しにしながらほくそ笑むピケット。


 その様子を見ながら、代々モートン侯爵家に仕えてきた初老の執事は思う。


 最近主君であるピケット侯爵は、どこか様子がおかしい…。

 もちろん、以前から欲の皮の突っ張った強欲で下衆な性格ではあったが、まだ貴族としての威厳はあった。

 しかしここ最近で、まるで何かに取り憑かれたかのように人が変わってしまった。


 古くから侯爵家に仕えてきた者たちを、突如、次々に解雇しはじめたかと思えば、主君のためを思い諫言を行った古参の忠臣を即座に処刑。 

 …あろうことか、その家族までも逮捕監禁し、苛烈な拷問の末に絶命させるなどの、常軌を逸した行動。

 

 そして…極めつけは、あの黒い悪魔の召喚。


 思い出すだけで吐き気を催す、酸鼻を極めたあの光景…。

 悪魔を召喚するためだけに、犯罪奴隷とはいえ、一体どれ程の命を犠牲にしたのだろうか…。

 

 古くからモートン家にお仕えする身でありながら、あのような邪悪な儀式をお諌めするどころか、気付くことすらできなかった私自身、ろくな死に方はすまい。


 ()()さえ現れなければ…。

 突然現れた、あのような()()()()()()()にさえ心をお許しにならなければ、我が主君は、あるいは…


「…い、おい!!聞いているのか!!貴様ぁぁ!!」


 突然ピケットに怒鳴りつけられ、思考を停止する初老の執事。


「…はっ!?も…申し訳ございません、我が主。少々考え事を…」


「ふんっ!長く居座っているだけの無能なお前の考えなど、どうでもよいわ!!…そんなことよりも例の件、滞りなく進んでいるのであろうな…?」


「…はっ。お任せください。現在のところ、国内外より約200名程度の奴隷を確保しております。…今しばらくお待ちくださいませ…」


 執事は恭しく一礼する。

 その様子を見たピケットは、ほんの少しだけ機嫌が良くなったのか、調度品を破壊する手を止めた。


「ひっひっひっひ…。もっとだ…。金はいくらかかってもよい…。奴隷どもをもっともっと集めるのだ…。それらを生贄としてより強力な悪魔を召喚し、我がモートン侯爵家はさらなる高みに登るのだ…」


「……」


「召喚の儀式のためには、あの広い工房の敷地はうってつけだ…。さらに地下にも施設を拡大すれば、奴隷どもの飼育や繁殖といった管理もしやすかろう…?」


「……」


 人を人とも思わぬピケットの心の闇…。

 初老の執事は視線を落とし、黙ったまま。


「無論、若い女の奴隷は男共とは別に拘束しておけよ…?生贄にするのは、たっぷりと楽しんだ後でもいいからなぁ。ぐひっ…ぐっひっひっひっひっひっひ…!!」


 虚ろな目をしつつ、強ばった下半身を手でまさぐりながら涎を垂らし、さらに下卑た笑いを浮かべるピケット。

 

 その姿はあまりに醜く、執事は思わず目を逸らしてしまう。

 一瞬、悪魔とは寧ろこのような人間のことを言うのではなかろうか…と思ってしまったが、慌てて主君に対する不敬を振り払う。


「あぁ…それと。俺は明日、国王陛下とよくわからん田舎貴族との謁見の儀に陪席せねばならん。晩餐等も予想される故、ここへ戻るのは幾分遅くなるだろう。それまでにあのいまいましい工房を必ず何とかしておけ。…次も失敗するようなことがあればその時は、わかっているな…?」


 ピケットは殺気に満ちた目で執事をねめつける。

 その恐ろしい形相に、途端に執事の身体中から冷汗が吹き出す。

 恐怖に飲まれて思考は停止し、自分が呼吸をしているのかどうかすら怪しい。


「は…ははぁ…!肝に銘じておきます…!!」


「ふんっ、俺はもう寝る。ここはちゃんと片付けておけよ。お前のせいで(・・・・・)お前が無能だから(・・・・・・・・)部屋がこうなったのだ。塵の一粒でも残っていれば、命は無いと思え」


 口角を歪めてニヤリと笑うと、ピケットは執務室から退室した。


「うぐっ…はぁ…はぁ…はぁ…!」


 しばらくの沈黙の後、恐怖から解放された執事は膝から崩れ落ちた。

 

 これ以上ない程に荒れた室内と、粉々に砕かれた調度品などを見つつ、徐々に落ち着きを取り戻す中で、初老の執事は思う。


 なぜこんなことになってしまったのだろうか…。

 恐らく、次に殺されるのは私だ。

 なぜなら、先程言った200人の奴隷など真っ赤な嘘…。

 たとえ奴隷とは言え、生贄に捧げるための、殺されるためだけの人間を集めるなど、私には到底できるはずもない…。

 

 今のうちに家族だけでも遠くへ…いや、不可能だ。

 そんなことをすれば、我が主は嬉々として追跡し、想像を絶する苦痛を与えた上で、平然と命を奪うことだろう…。


 幸いだったのはガラテア工房の接収に向かった者たちから何の連絡もないこと。

 王都の民のために働くあのガラテア工房を潰すなど、あってはならない。


 私は鍛治職人たちの腕っぷしが強いことはよく知っている。

 だからあえて裏社会でも()()()()()()()を選抜したのだ。

 

 カラン…カラン…。

 カチャ…カチャ…。


 部屋の中で、1人黙々と後片付けをする執事のその後ろ姿は、あまりに悲しい。

 

 私はどうなってもよい…最後の最期まで主君に尽くすのが、古くから執事として仕える私の責務。

 だがこのままでは、何の罪もない大切な家族までもが…。 

 もはやこの世に希望は無いのか…。

 

 執事の絶望を嘲笑うかのように、夜は更けていく。

 

 だが彼は知らなかった。

 国王との謁見に訪れる少年のことを。

 

 彼は知らなかった。

 その少年が、性格はちょっとアレだが、神の御業とでも言うべき魔法を統べることを。


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