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第43話  工房をたずねて

ワッツがかつて働いていた工房を訪ねたレイン。

にこにこ笑顔で終わるはずもなく…。

第43話よろしくお願いいたします。

「こ…ここが…ガラテア工房…?」


 次の日の朝、俺は王都の西側、工業地区のほぼ中心に位置するガラテア工房の出入口の前に立っていた。


 ここは、うちの領地に住むドワーフ鍛冶職人ワッツが、ずいぶん前に働いていたという場所。

 うちのプラウドロード男爵領の更なる発展のためには、なんとしても、ここで腕のいい職人さんたちに助けてもらう必要がある。

 そう思ってここを訪ねてみたのだが…。


 俺は工房の建物を見上げる。


(な…なんてでかい工房だ…。ユリ曰く、かつて王都に技術革新をもたらした鍛冶集団ということだったが、この大きさを見ると納得だな)


 俺は漠然と、ワッツの工房のようなこじんまりとした建物を想像していたが、実際は全くそんなことはなかった。


 例えるなら、巨大な工場。

 前世の俺が住んでいた地域ではほとんど見られなかったが、かつて日本の要所で栄えた造船所のような大きな建物。

 出入口ドアは開放されており、中からは工房特有の製鉄の熱気や、職人たちの怒号が外まで響いてくる。


(この様子じゃあシロを宿に置いてきて正解だったな…。けど、正直ユリには来てほしかった…俺1人じゃ不安だし…)


 昨日ユリにガラテア工房への帯同を頼んだのだが、ユリは「あ、ごめん!うちレイン君に頼まれた物仕入れてイザベルさんに渡さなあかんし、ちょっと明日は無理やわ!ガラテアさんには、エチゼンヤ商会のユリの紹介ですねん!って言うてくれたら、万事上手くいくから!(…ボソボソ…ワッツの名前出したら、しばかれるかもやけど…ボソボソ…)」と言って断られてしまった。


 最後の方は何を言っているのかよく聞こえなかったが、大体の想像はつく。

 行くのは怖いから勘弁してください的な雰囲気が、ありありと出ていたからな…ちっ。


 いずれにしても、ガラテアさんとは相当ヤバイ人なのか…?

 いや、いやいや、所詮は噂。

 話が盛られているということも十分考えられる…と思いたい。


(さて、突っ立てても仕方ない。行くとするか)


 俺は意を決して出入口の方に歩みを進め、思い切って工房の中に入ってみる。


(うわっ!すごい熱気!!)


 やはり中は暑い、いや熱いという表現の方が正しいか。

 もちろん熱気が渦巻き、工房内の温度が高いことも間違いないのだが、外で聞いていた以上に、工房の内部は職人たちの活気に満ち溢れているのだ。


 工房内は、ほとんどがドワーフと思われる職人たちで占められているが、時折、人族や獣人族の姿も認められる。


 しかしながら、それぞれの種族に関係なく工房の中にいる全員が、常にダッシュでもしているかのように走り回り、資材を運んだり、炉から出した真っ赤な鉄をカンカン打ったりと、休む間もなく働いている様子で、皆生き生きとした表情をしていた。


「あら?かわいいお客様ニャ。お家の方のお使いかニャ?」


 俺が声のする方を向くと、そこには赤色のショートヘアーでおそらく猫の獣人と思われる女性がこちらを見て微笑んでいた。

 少し煤で汚れた服装をしているところを見ると、この猫の獣人も職人の1人なのだろう。


「は…はい。そのようなものです」


 突然話しかけられた俺は、初めて獣人と会話をするということもあり、若干緊張していた。

 そして何より、時折ぴょこんと震える、頭部から生えたふわふわの猫耳や、髪と同じ赤色でふりふりと揺れる尻尾についつい目がいってしまう。


(モ…モフ…モフりたい…。いや待て、待つんだレイン。ここでいきなり、ハロー!モフモフしたいんスけど触っていいかい?などと言えばただの変態…。ワッツ云々の前に、通報されてしまう…)


「えらいニャ君。けどごめんニャ?ここはガラテア工房っていって、武器や防具をはじめ、様々な日用品なんかを作っている場所なんだニャ。もしも君がお家の人に頼まれて商品を買いに来たのなら、王都のお店屋さんの方を訪ねてほしいんだけどニャ?」


 猫獣人の女性は優しくそう言うと、申し訳なさそうに眉根を下げる。

 耳やしっぽも同じように、ぴょこんと垂れ下がる。

 ぐっ…手が…手が伸びそうだ…。

 お…俺の右腕よ、鎮まれ…鎮まりたまえぇ!!


「どうしました?シャーレイ」


 俺は、シャーレイと呼ばれた猫獣人の女性とほぼ同時に、ふいに聞こえてきた声の方に目を向けた。


 そこには、高い身長とオールバックに整えられた黒い髪、髭まできっちりと手入れされた精悍な顔立ち、そして柔和な口調と優しい眼差しの、細マッチョドワーフが立っていた。


 …こりゃまた意外。

 一見ドワーフには見えんけど、髭を伸ばしたりすれば、ワッツなんかにそっくりかも…。


「あ、親方ニャ!」


 シャーレイはピッと背筋を伸ばし、姿勢を正す。


(親方…?ということは、もしかしてこの人が…)


「すみません、親方。この子お家の人のお使いで、ここに物を買いに来たみたいニャンですけど…」


 シャーレイがそう説明すると、親方と呼ばれたドワーフは、ぽんっと俺の頭に手を置き、優しく微笑んだ。


「そうですか。うちの工房の品物に興味を持ってくれてありがとう。でもここは物を売る場所ではなく、作る方の場所なんですよ。ごめんね?」


 ぽんぽんと、俺の頭に優しく触れる手。

 ゴツゴツと分厚い感触を感じるが、その手からは優しさや、温かさがしっかりと伝わってくる。


(…おいおい、めちゃ優しいドワーフじゃん…。なんだよユリの奴…、嘘ばっかりじゃねえか。こんな優しい人が剣や金槌を投げたって…?ナイナイ。あり得ないよ。まったくこれだから噂というやつは…)


「あの…すみません!実は物を買いに来たのではなくて、家の都合でガラテア工房の皆様にお仕事を依頼できないかと思って来たんです!先日、友人のワッツというドワーフからここの工房を紹介されて……ってあれ…?」


 安心しきっていた俺は、笑顔で親方と呼ばれたドワーフに対し、来訪の目的を告げた。

 …告げたのだが…。


 シーン…。


 広い工房内は、俺が「ワッツ」という言葉を発した途端、水を打ったように静まり返った…。

 炉の中で燃える炎の音や、冷却用の水が流れる音だけが不気味に響く…。


 さっきまでにこにこと笑っていたシャーレイや、作業中のドワーフたちも一斉に手を止め、青い顔でこちらを凝視していた。


「…ん??なんか頭が痛い…って…あいてててててててて…!!?」


 俺の頭に置かれたあの慈愛に満ちた温かい手はどこへやら。

 今は5本の指それぞれが無慈悲な万力のように、機械的かつ容赦なく俺の頭を締め付ける。


 さ…三蔵法師でも、孫悟空を戒めるのに、こんなに力は加えないんじゃあないだろうか…?

 さらに相手が笑顔のままなのが逆に怖い。


「坊や…?私の聞き間違いだったらごめんね…?坊やは今、ワッツって言わなかったかな…?しかも友人とかなんとか…?んん…どうかな…?」


 ギリギリギリギリ…。


 わ…われるぅ…。

 な…中身がでるぅ…。


「いてててて…!痛いですけど…ワ…ワッツは…僕の…大切な…(悪い)友人です!う…嘘はつけません…!!」


「そうですか、わかりました…。では今すぐここから…」


「お…親方!!相手は子供ですニャ!?やめてくださいニャ!!」


 そんなシャーレイの声など届くはずもなく、親方ドワーフは、俺の頭からその手を離すと、今度は襟首をギュッと掴む。

 そして。


「出て行きなさい!!」


 そう叫ぶと、そのまま俺を出入口の方へ向かって、思い切り投げ飛ばしたのだ。

 

 ひえっ!コントロールも抜群!

 このまま飛んで行けば、ジェットコースターみたく出入口を通過し、最後には地面と熱いキッス!?


(…けどまあ、このままってわけにはいかないよな)


 俺は空中で身体の中に風の魔力を練り込むと、進行方向に風魔法を噴射して投げ飛ばされたその勢いを殺し、クルリと一回転してその場に着地した。


「な…なに!これは…魔法か…?」


 俺の動きに驚く親方ドワーフ。

 そこにシャーレイが駆け寄り、親方ドワーフの両肩を掴む。


「お…親方、親方!いい加減ちょっと落ち着いてくださいニャ!!」


「はっ…!?す…すまない…つい…」


 シャーレイの一層大きなその声に、ついに親方ドワーフは我に返った様子。

 万力のような手から解放された俺も頭をさすりさすり一安心で、親方ドワーフの方へ歩みを進めた。


(いてててて…それにしてもワッツの名前を聞くと怒り出すって言う話は事実だったか…迂闊だったぜ…)


「す…すみません。私はあいつの名前を聞くと、昔を思い出してついついカッとなってしまう癖が…。もし坊やが大人だったら、あのまま頭を握り潰してしまっていたかも…」


 いや怖えよ!

 やめてくれよ!!

 トマートじゃないよ、俺の頭!?


「い…いえ…、僕の方こそ突然すみませんでした…不躾に彼の名前を出したことをお詫びいたします…」


 俺はまだ痛む頭をさすりながら謝った。


「改めて、僕はレインフォード・プラウドロードと申します。このガラテア工房のことは、うちのプラウドロード男爵領に住むワッツや、エチゼンヤ商会のユリさんから伺いました」


 ピクッ…!

 親方ドワーフの額に再び青筋が浮かぶ。

 つ…次は何かされる前に逃げよう。


「…貴族の方…でしたか…」


 親方ドワーフはそう呟いた。

 シャーレイや、他の職人たちも顔を見合わせて、一様に不安そうな表情を浮かべる。


「実は今回、うちの領内で新事業を始めたいと思っているのですが、それを行うにはあまりにも人手不足や技術不足で…。ですので有名なこちらの工房から、少しでも職人の方々に、技術支援等で応援に来ていただけないかと思い、本日訪問させていただいた次第なんです」


 親方と呼ばれたドワーフは、目を閉じると、大きくため息をつく。

 そしてしばらくの後、スッと目を開くと、何か意を決したように口を開いた。


「私も改めて名乗らせていただきます。私はガラテア。このガラテア工房の総責任者です。…此度は貴族の御子息とはつゆ知らず、大変なご無礼を働き、弁解の余地もございません…。私めは如何なる処罰もお受けする覚悟ですが、どうか…どうか、他の従業員たちは見逃していただけませんでしょうか…」


 深く頭を下げるガラテア。

 静まり返ったままの工房。

 その時。


 ガバ!


 突然シャーレイが俺の前で土下座の姿勢を取り、目に涙を溜めて叫びはじめた。


「レ…レインフォード様!も…申し訳ありませんでしたニャ!ど…どうか、どうか親方を許してほしいんですニャ!!悪い人ではニャいんですぅ!!何卒、何卒お許しを…!!」


 他の職人たちも次々に俺の側へ駆け寄り、額を地面にこすりつけて土下座を始めた。


「なんとか…お許しを…!!」


「何卒ご慈悲を…!!」


 そして俺に対し、口々にガラテアに対する許しを乞う。


(…し…信頼されてんだなぁ、この人。ワッツとは大違いだろ…)


 …しかし同時に、あらためてこの世界の貴族の立ち位置には驚かされる…。

 神様かなんかと勘違いしてるんじゃないの?と思う程。

 かつて日本で育った俺が、こういう身分制度に慣れていないだけなのだろうか。


「ありがとう、お前たち。しかし私は自分のしたことには、きっちり責任を取ります」


 ガラテアは笑顔で手を上げ、みんなを制する。


「…お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません、レインフォード様。私は既に覚悟はできております。…しかしどうかこの世最期の思い出に、一服だけ吸わせていただけませんでしょうか…?」


 再び頭を下げながらそう言うと、ガラテアは1本の古びたキセルを懐から取り出して火をつけ、うまそうに煙を吐きだした。


(あれ…あのキセル…どっかで見たことあるぞ…?どこだったかなぁ…)


「あ、思い出した!ガラテアさん、そのキセル…ワッツが使っている物と同じやつですね!?」


「—————!」


 ガラテアは鋭い目で俺の方を見た。


 うっ…!?

 しまった!!

 もしやがんばれゴ○モンみたく、今度はキセルで殴ってくるのか…?


「あいつが…まだ…このキセルを……」


 と思うと、今度は一転、少しだけ優しい目で、手にしたキセルを見つめるガラテア。

 そこで俺は周りのみんなにも聞こえるよう、身振り手振りを交え、少し大きく声を上げた。


「あの…皆さん何か勘違いをされていませんか?僕は頭を握られたり投げ飛ばされたりした程度で無礼打ちだのなんだのと、つまんないことは考えてませんよ?ただ少しだけお話を聞いていただければと考えているだけですので!」


 ざわざわ…!!


 工房内がどよめく。

 んん?

 …俺そんなに変なこと言った…?


「そ…それでいいのニャら、喜んでお話を聞かせていただきますニャ!ね?ね!?親方!!?」


 ガラテアは目を閉じると、再び大きく煙を吐き出した。


「新事業を…ということでしたね?レインフォード様」


「レインでけっこうですよ?みんなそう呼んでますんで」


「…では、レイン様。死罪にも等しい私の行為に目をつむってくださる寛大なお方…。私などでよろしければ喜んでお話を聞かせていただきます」


 おお…、やった!

 万力されたり、ぶん投げられたりした甲斐があったぜ!!


「ただ…」


「ん?」


「まもなくこの王都から跡形もなく消え去るガラテア工房が、大したお力になれるかどうか…」


 ガラテアは目を伏せたまま、そう言った。


 静まり返った工房内。

 炉の中の炎だけは、何事もなかったかのように、メラメラとゆらめいていた。

 

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