第4話 さあ、スローライフの準備に取り掛かろう
第4話です。よろしくお願いします!
シロが我が家の家族になってから3ヶ月が経過していた。
シロはとても元気にしている。
大怪我をしていたとは思えないぐらい走り回るし、食欲も旺盛。
とても賢く、愛嬌もあって父や母もすぐに受け入れてくれた。
エリーが父に叱られてしょんぼりしていると、そっと体をすり寄せて慰めてくれたりもする。
本当にシロはいい奴だよ。
だけど…。
「シロ、お前さ。ちょっと大きくない?」
「ワオ?」
シロはこの3ヶ月でかなり大きくなっていた。
いや、どう見ても大きすぎるだろ!?
ざっくり言うと、俺がかつて生きていた世界でよく見る「一般的なジュースの自動販売機」ぐらいの大きさだ。
両親やフリードに聞いてみても
「すまん、私はあまりペットに詳しくなくてな」
「うふふふ、モフモフね」
「坊ちゃまもシロのように、大きな人間に育っていただきたいものです」
なんて言う始末だ。
エリーにいたっては、シロの上にまたがって遊んでいる。
まあそれは俺もなのだが。テヘ。
(まあ異世界だし、ペットのサイズも色々なのかも)
と俺自身も勝手に納得し、特に気に掛けることなく、今日もモフモフするのであった。
あの時の話を少しすると、家族は俺がシロを連れて帰ってきたことよりも、巨大な魔石を持って帰ってきたことにすごく驚いていた。
あれぐらい大きな魔石を持っている魔獣であれば、国家レベルで討伐隊が組まれるほどのものらしい。
俺はオークとの戦闘経過を説明したのだが、どうもみんなの反応がピンシャンこない。
なので、さらにオークの持っていたでっかい斧や、真っ赤な身体の色等の特徴を説明すると、どうやら俺がオークだと思って戦った魔獣は「オークキング」と呼ばれる、通常のオークの上位種らしいということだった。
この「オークキング」という魔獣に関しては、その怪力や凶暴性などから、過去幾度となく、種族を問わず多大な被害を出しているらしく、このことがあったため、うちの領内でも一時大規模調査隊が組まれ、白銀の森の調査が行われたほどだ。
その時森の奥に指揮官として入って行った父は、
「森の奥にあんな大きな池や、長城のような壁があったかなぁ…?」
などと考え込んでいた。
テヘペロ。
その後、俺の証言どおりの場所から無事オークキングの死骸の燃えカスや、残された斧なんかが見つかったこと、またオークキングどころか通常のオークが生活する痕跡も認められなかったことから、現時点では対処の必要なしと判断された。
よかったよかった。
父は巨大な魔石の使い道や、王様への報告で頭を悩ませていたけどね。
頑張れマッチョ父!みんなのために!
※※
そんなある日のこと。
俺は父の執務室へ行き、ある提案を持ちかけていた。
父は難しい顔で、顎をさすりながら言葉を発する。
「うむぅ、確かに荒野で農業ができれば、領民の生活は豊かなものになるだろうが…。そんなことが可能なのか?」
「はい父上。私はそのためにこの10年、森の中で遊…、ではなく、研究と実験を重ねていましたので」
父はため息をつきながら続ける。
「具体的にはどうするのだ?あそこはずっと昔から不毛の大地だ。農作物はおろか、井戸の一つも掘ることはできないのだ。それはレインも知っているだろう?」
「承知しております。ですので私はそこに灌漑設備を作り、耕した土地の隅々まで水が行きわたるようにした上で、領民に土地を耕作させてはどうかと考えています」
「灌漑設備と簡単に言ってくれるが…。そんなことは昔から何度も試みられている。まずあそこは土地が固すぎるのだ。どんな農具もすぐに傷んでしまう。加えて水脈の類が全く見つかっていないゆえ、水を引くなど夢のまた夢なのだぞ?」
俺はにっこり笑って答えた。
「ダムを造るんですよ、父上」
「ダム?」
おそらく俺が何を言っているのかよくわからないであろう父は、頭の上に「?」マークが見える。
「先日のでっかい魔石をお借りできれば、きっとできます。どうか僕に試させていただけませんか」
いつになく真剣な眼差しで父を見る。
俺だって真剣だ。
だってこれは俺の「あくせく働かず、領内を豊かにしてスローライフを送ろう計画」の第一歩なのだから!わははは!
「まあお前がそこまで言うのだから、何か考えがあるのだろう。いいだろう、やってみようではないか」
「ありがとうございます、父上!」
よし!よーーし!これで父の言質は取った!
あとは行動あるのみだぜ!
「では父上、さっそく行きましょう。今から行きましょう!すでに場所の目星はつけてありますので!」
「お、おい、レイン。ちょっと待ちなさ、おーーい」
「いざいざ!参りましょう父上!」
俺はためらう父の背中を半ば無理やり押しながら、砂塵の舞う荒野に向かうのだった。
※※
「ここです、父上。ここにダムを建設しましょう」
俺はシロに乗り、父は無理やり馬車に放り込んで、以前から目星をつけていた小高い山のようになった場所へ降り立つ。
既に「ダム建設予定地!危険、近寄るな!」と書いた立札まで立てていたもんね。
「はぁ、レインよ。ここで何をしようというのだ?実は何か悩み事があって、私をこんな所まで連れてきたのか?まぁ男同士でそういう話も悪くはないがな」
父は何か勘違いをしているようだ。
「父上、ありがたい話ですが、それはまた別の機会に。まずは私の計画を説明します。この丘からあちらの丘までの範囲にダムを造ります。ダムとは、自由に貯水と放水を操ることができる超巨大なため池とご理解いただければ良いかと思います。その上で、そこから水路を網目状に張り巡らせるとともに、領内の河川までつなげます。そうすればこの広大な荒野は、ほら!肥沃な農地に早変わり、という寸法です」
俺はフンスと鼻息を出しながら、胸を張って父に計画を説明する。
しかし父は表情を曇らせながら、諦めたような表情でつぶやいた。
「レインよ…。お前の年齢不相応な思慮深さや頭の良さは誰もが認めるところではあるがな。それはさっきも説明したように、どう転んでも無理なのだ。先達も幾度となく開拓を試みたが、その度に失敗してきた…。もはやこの荒野は捨て置く他に手段はないのだ」
だが俺は、父の懸念を吹き飛ばすように、にやりと笑って父を見る。
「父上ともあろうお方が何を申されますか。それを可能にするのが、この世界のとんでも魔法ではないですか」
「ん?とんでも?」
父が困惑した顔で俺を見た。
おっと、本音が漏れちゃったぜ。
「まあ百聞は一見に如かずと言います。まずはご覧ください。少々揺れると思料されますので、十分に注意してくださいね」
そう告げると俺は両手を前方に向け、火魔法と風魔法を集中させ、前方に向ける。
この10年間培ってきた魔力の向上は、今日この日のためと言っても過言ではないだろう。
こんにちは俺のスローライフ。
(まずはここの余分な土を削る)
「いらっしゃい!食っちゃ寝生活!!さらばブラック企業!!」
俺はついついそんなことを叫びながら、両手から一気に魔力を放出する。
もちろん目の前の土地を大規模な爆発で消し飛ばすため、自分たちが爆風にさらされないよう、風の魔法で結界を構築しつつ、火の魔法を圧縮して行使し、爆発の範囲をしっかりと制御することを忘れない。
ズッドオォーーーーーーーーン!!!
凄まじい轟音とともに、大規模な砂嵐のように粉塵が舞う。
父は咄嗟に身構え、防御の姿勢を取っている。
さすが、王国で騎士と呼ばれているだけのことはあるな。
「それっ」
俺は再び風魔法を発動させ、辺り一面に舞う粉塵を吹き飛ばした。
そして徐々に視界がクリアなっていくと、側にいた父は眼前の光景に言葉を失った。
「…こ、これは…」
そこには超巨大なクレーターが、ぽっかりと姿を顕していた。
「よし、堤高は十分。次に壁をコーティングしてっと」
続けざまに土魔法を発動し、でクレーター内部を固い土で覆うように、コーティングしていく。
ここでしっかり基礎工事をしておかないとな。
もしダムが決壊するなんてことになったら、シャレにならない。
横で父が凍ったように固まっているが、俺もかなり集中してるのでかまってられん。
シロは見慣れた光景に飽きたのか、既に眠っている。
それから30分程度でダムの基礎工事は完了した。
いやー、魔法って便利っすな。
「いかがですか、父上。これがダムと呼ばれるため池のようなものです。あそこの水門を開放して放水すれば、任意に貯水量の調整や、農地への水の供給が可能です」
父はしばらく固まっていたが、ハッと我に返った様子。
「レ…レインよ。お前…、一体いつからこんな大規模な魔法を…、それも2種類の魔法を同時に行使していなかったか…?あぁ、それよりも魔法の詠唱は、詠唱はどうした?食っちゃ寝云々のよくわからない言葉は聞こえたが…」
ん?
「詠唱とはなんでしょうか、父上」
「え、詠唱とはなんでしょうか、と真顔で言われても…。詠唱は…詠唱だろう?お前知らないのか?」
「…いや、知りませんでしたが…?」
「え…?」
「え?」
俺は父と顔を見合わすが、お互いに訳が分からないという様子だ。
父はもはや二の句が継げぬという顔で、俺の顔と基礎工事の終わったダムを交互に見やる。
そして一言つぶやいた。
「レインよ。お前の才能には昔から驚かされたが、ここまで驚いたのは生まれて初めてだ。色々と言いたいことや聞きたいことはあるが…。まあともかく、これがお前の言っていたダムというものなのだな」
おお、さすがは父。
色々と湧く疑問を飲み込んで、今必要な物事に集中できるということは素晴らしい。
というかこの世界の魔法を行使するには、一般的には詠唱というものが必要なんか。
百人一首を読み上げるようなものだろうか。
俺はむしろそんなのを暗記して言えるほうがすごいと思うのだが。
「はい、父上。これでダムの基礎工事は完了です。続いてここに水を貯めるのですが、ここで先日の魔石が必要になってきます」
俺はオークキングから出てきた、火属性の赤い巨大な魔石を取り出す。
「うむ?水を貯めるのに火の魔石を使うのか?もう一度爆破が必要なのか?」
「いえ、必要なのはこの魔石の大きさのみです。ここまでの大きさの魔石が手に入ったからこそ、今回の計画を実行に移すことができました。それでは頂いた魔石の属性を変えてしまいますね」
途端に父の顔色が変わる。
何言ってんだコイツ?という顔だ。
「おいレイン、魔石の属性を、変えるとは…?」
俺は胸元に抱いた魔石に水の魔力を集中させる。
魔石の中に渦巻く大きな火の魔力に対し、さらに膨大な水の魔力を流し込み、その魔石の属性を変えてしまうのだ。
この魔石の「属性変換作業」も自宅にある小さな魔石で実験済みだ。
そして淡く赤い魔石は、見る見るうちに青い光を帯びていく…。
「…まさか…。こ、こんなことが…」
父は驚きの連続にもはや疲れ切っているようだ。
こめかみの周辺から、後ろに束ねた金色の髪の毛がこぼれ、やつれている感がよく出てるな。
すまん父よ。
「これをここに、はめ込んでっと」
しばらくした後。
俺は淡い青色に輝く魔石をダムの外縁部に作った窪みに設置し、さらに魔石に魔力を集中させる。
するとどうだ。
水属性に変わった巨大な魔石から、凄まじい量の水が放出され始めた。
「この分だと2日もあれば、このダムを水で一杯にできると思います。あとはここから早急に水路の工事に着手しましょう。領民の方々にも手伝ってもらい、お給料を払えば経済も大きく循環するでしょうし」
「レインよ…」
「はい?」
「先ほど、ここまで驚いたのは生まれて初めてだと言ったが訂正しよう。驚きすぎると人間はもはや言葉も失ってしまうようだ…」
「あ、あれ。なにか問題があったでしょうか」
父は、真っ白に燃え尽きたように、引きつった笑みを浮かべていた。
もちろん俺はこの時全く知らなかった。
大小の差に関係なく、魔石の属性を変換するなどという技術はこの世の誰も持ち得ないということを。
また、この世界の魔法使いと呼ばれる人間は、仮に複数の属性をその身に宿していたとしても、通常は単一属性の魔法行使しかできないということを。
そして。
複数の魔法を同時に行使した上、それを「合成」して新たな物質を構築するなどという業は、もはや神話時代のおとぎ話の中でのみ、存在していたということを。
誤字報告いただきありがとうございました!
改稿いたしました。