第16話 絶技繚乱
レイン、本気です。
第16話、よろしくお願いいたします。
森は大爆発の余韻を残しながらも、徐々に暗闇と静寂を取り戻しつつあった。
辺りに立ち込めた、鼻をつく焦げくさい臭いも、上空を覆いつくしていた黒煙も、ゆっくりとその姿を消してゆく。
「さて…どんなものでしょうか」
レインは霧散していく黒煙の向こうに目を凝らす。
しかし。
…そこに見えたのは、猛烈な火炎の竜巻にその身を焼かれながら、未だ悠然と夜空に浮かぶ巨大なドラゴンの姿だった。
『…グフフフフ…やるではないか人の子よ。その小さき体でもって、多少なりとも我に傷をつけるとはな…』
お?
さしものドラゴンも、超高熱の炎に焼かれたとあっては、無傷とはいかなかったらしい。
まあ仮にもドラゴンってことだし、火とかそういうのには耐性があるんだろう。
ならば。
「お褒めに預かり恐縮ですが…シロの痛みはそんなもんじゃあなかったはずですよ?」
俺はそう言いながら、再び急速に魔力を練り込んでいく。
次は水と風だ。
(イメージは極地で荒れ狂うブリザード…。生きとし生けるもの全てを、吹き荒ぶ氷の暴風で拒み続けるような強烈なブリザード。…強く…強く…強く…!!)
強く、早くそしてより鮮明に、行使する魔法のイメージを固めていく。
同時に、今度は両の掌を上空に向け、その照準をドラゴンに合わせる。
オッケー、ピッタリ!
そして俺は身体中を駆け巡る、水と風の魔力をそれぞれ掌に集中、混合させた。
次の瞬間。
限界まで高まった魔力を怒涛の勢いで放出。
キュォォォォオオオオオオ!!
解き放たれた膨大な魔力。
美しい白色の結晶を煌めかせながら、極低温の猛烈な暴風が、上空のドラゴンに容赦なく襲いかかる。
『…むおおぉぉ!?…こ…これは…!?…か…体が…!!』
強烈なブリザードは巨大な台風さながら、いとも簡単にドラゴンを飲み込み、瞬時にその巨体を凍てつかせてゆく。
吹き荒れる猛吹雪の中、さしものドラゴンも苦しそうな叫び声を上げた。
うんうん、思ったとおり。
やっぱり爬虫類?だけあって、暑さよりも寒さの方に弱いみたいだな。
加えて超高熱でこんがり焼かれた直後の極低温。
いかに頑丈そうなドラゴンの体と言えども、熱疲労を起こすはず。
硬質の鱗をまとってるならなおさらだぜ。
しかしその時。
俺の放ったブリザードのど真ん中を突き抜けるように、巨大な魔力の塊が、俺に向かって豪速で一直線に飛来する。
(うわっと!!)
俺は咄嗟に両脚を無属性魔力で強化し、風魔法で補助をしつつ上空に跳び上がった。
その刹那。
ドッガァーーーーン!!
「…くっ!?」
下方から響く凄まじい爆発音と襲いくる強烈な衝撃波。
俺は今度は全身を強化しつつ、風の魔法で身体をガードするようにバリアを張り、その衝撃波をいなす。
そしてそのまま着地すべく足下を見ると…。
「…これはまた…」
俺の眼下に見えたのは、ぽっかりと口を開けた巨大なクレーターだった。
森の木々が同心円上に消し飛び、あるいは吹き飛び、倒れ、あれだけ鬱蒼と緑に覆われていた森の一部が、今はその茶色い地面を剥き出しにしていた。
森に忽然と顕れたクレーターの真ん中付近に着地する俺。
その直後。
ズッシーン!!
大きな衝撃に、大地が揺れたように感じる。
何を思ったか、俺の目の前にドラゴンが着地したのだ。
…着地っていうより寧ろ着弾だよな、これ。
大砲かよ、お前。
巨大な二本の後脚で大地を踏みしめ、俺の眼前に降り立ったドラゴンは、まるでそそり立つ絶壁のようにも見える。
そんなドラゴンが苦しそうに、しかし同時に、なぜか嬉しそうに口を開いた。
『…ウググ……グハ…グハハハハ!…やるではないか…。我が他人に恐怖を感じたなど、一体いつ以来のことやら…』
ドラゴンの体を観察してみると、全身を覆っていたその美しい銀色の鱗は、火炎と吹雪の連続攻撃で、かなりボロボロに傷んでいる様に見える。
加えて優雅に羽ばたいていた一対の翼も、所々痛々しく穴が開いている。
(相当効いたみたいだな)
…そこで俺は一呼吸つき、少々ドラゴンに問いかけてみる。
「…1つ確認なのですが、まだやりますか?…うちのシロを傷つけたことに対し、一言謝罪してこの場から退いてくださるなら、これ以上僕たちが闘う必要はないかと思われますが?」
しかし俺の提案も虚しく、ドラゴンは耳を貸そうとはしなかった。
『…グワハハハハハハハ!…バカを言え!我は退かぬ、媚びぬ。…さあ人の子よ…我が供物となり、その極上の魔力を堪能させてくれ…』
北○の拳のサ○ザーかよ、お前は!
ちっとは自分の行いを顧みろよ!
しっかし、とことん俺を喰うつもりかよ…。
どうしたもんかなぁ。
※※
その頃、エルとリアを含め、村のエルフたちは、まさに神話の御伽噺のような、レインとドラゴンの激しい戦いを目の当たりにし、半ば呆然自失の状態にあった。
「…リア、見たかい?彼の戦いぶり…」
「…おばあ様…私はあまりのことにもはや言葉が…」
通常エルフという種族は、膂力においてはドワーフ族や人族のそれには及ばないものの、こと魔法に関しては、強力な魔法を操る魔族にも引けをとらない。
またエルフの中でも、エルやリアは別格で、他のエルフよりも生まれ持った魔力量が多く、強力な風の魔法などを操ることができる。
だがさしものエルとリアも、目の前で異常とも言える威力の魔法を連発するレインの姿を目の当たりにし、これまで持ち合わせていた常識というものを木っ端微塵微塵に打ち砕かれていたのだった。
「…おばあ様。レインは一体幾つの魔力属性を持っているのでしょうか…。魔法を行使する際の詠唱も、やはり全くしていないようですし…」
リアは、魔法の先達であるエルに教導を求めるように自身の中で積もり積もった疑問を投げかける。
しかしエルの反応は、リアのそれとは少し違っていた。
「複数属性への適合や魔法詠唱の省略または破棄…。そうだね、君の疑問はもっともだ。どれもこれも、普通じゃちょっと考えられないよね。…その疑問はもっともなんだけど…」
エルの頬を一筋の汗が伝う。
「でもね、リア。僕は問題はそこじゃあないと思うんだよ」
「…と言いますと…?」
リアはゴクリと唾を飲み込む。
「まずそもそも現時点で、僕には彼の魔力量が全く見えないんだよ。…なんというか…僕の本能が無意識に彼の潜在魔力を感知することを拒否している、と言った方が正しいのかな」
「……!!」
「リアも知ってのとおり、僕は他人の魔力量をほぼ完全に感知することができる。エルフならある程度誰でも魔力感知ができるけど、僕はみんなより長く生きている分、かなりの精度で感知できると自負しているんだけどね」
一呼吸つき、エルは続ける。
視線の先には夜空から大地へと降り立ったドラゴンの姿。
大切な森が、荒野みたくなってしまっているのが物悲しい。
「おそらく僕が今、全開の彼の魔力を感知すれば…」
「…感知…すれば…?」
「僕の脳は魔力感知の負荷に耐えられずに、廃人と化してしまうだろうね」
「…そんな!?」
「彼の潜在魔力量に関しては、何故か大きく増減していることも含めて言いたいことや聞きたいことは山ほどあるが、今は置いておこう。それよりも、もう1つ。もう1つ異常事態が起きている。それもとびっきりのやつがね」
エルはその視線をドラゴンと対峙するレインからリアに移した。
いつになく真剣にリアを見つめる。
リアも真っ直ぐにエルを見つめ返す。
2人のエルフがまるで鏡写しのようになっていた。
「彼は複数の魔力属性を掛け合わせて、つまり混合して放出している」
「…混…合…?」
リアは驚愕の表情を浮かべた。
エルはそんなリアを差し置いて淡々と続ける。
「君も見たろ?彼が使った2つの魔法。火炎の竜巻と氷結の暴風」
リアはハッとした。
確かにレインは巨大な炎の竜巻と、猛烈な氷の暴風を巻き起こしてエンシェントドラゴンを攻撃し、大きなダメージを与えていた。
今思い出してもゾッとするような威力の魔法。
「僕は風の魔法が得意だし、火の魔法も少しぐらいは使える。だけど、同時に風と火の魔法を行使することなんてできやしないし、そんな無茶をしようものなら、まず体がもたないね」
「…どう…なりますか…?」
「あっはっは。どうなるもこうなるも、体が魔力の負荷に耐えきれず、下手をすれば命を落とすだろうね。仮に運良く助かったとしても、二度と魔法が使えない身体ぐらいには、なっちゃうんじゃあないかな?」
エルはカラカラと笑っている。
もはや一族でも屈指の魔法使いであるエルですら、考えが及ばない領域らしい。
「…そんな…ではレインはどうやって…」
「それは彼に聞いてみないことには全く想像もつかないね。もはや彼の力は、神々が闊歩していたとされる、神話の世界そのものだよ。そりゃエンシェントドラゴンもほいほいと釣られて出てくるわけだね!」
(レイン…)
リアは理解した。
レインの力は、自身の常識ではとても測れないものであろうことを理解した。
それでも。
(…どうか…無事に戻ってきてほしい…)
レインが対峙するのは山のような巨大なドラゴン。
体格差は歴然。
自分などドラゴンの視界にすら入れてもらえず、踏み潰されて終わるのが関の山であろう究極の生物。
そんな相手に臆することなく立ち向かう小さな少年レイン。
そんなレインの無事を、リアは祈らずにはいられなかった。




