第143話 避難場所はどこ
スタンピードの危機に現れた次代のアリの女王。
避難場所を提案してくれる…?
第143話、よろしくお願いいたします!
「その役目、私がお引き受けいたしましょう」
次代のアリの女王は、小さく微笑みながら静かにそう言った。
それはあたかも、俺たちとともに、最初からこの謁見の間に入室したかの如く、ごくごく自然なものだった。
あまりに落ち着いたその様子に、王様の懐刀たる近衛兵ですら、ほんの一瞬、時間が止まってしまったかのように微動だにできなかったほどだ。
「なっ!何奴!?」
だがそこは平素からの訓練の賜物だろう。
近衛兵たちは身体を張って咄嗟に王様の前に立つと、すぐに長剣を抜き、臨戦対戦をとる。
さらに首から提げていた召集用の笛を思い切り吹鳴させると、次々に謁見の間に兵士たちがなだれ込んできた。
「だっ、誰だ、貴様ぁ!」
「くっ…、一体どこから現れたのだ…!?」
「あぁ、これは失礼いたしました。私は地下の方で待機していたのですが、少し気になってそっと耳をそばだてると、何やら皆様大変お困りのご様子。ですので、この城の地下から一直線にこのお部屋まで掘り進み、まかり越した次第です」
まるで昼下がりのティータイムのごとく、こともなげにそう答えた次代のアリの女王は、にこにこ笑いながら、床にぽっかり空いた穴を指さした。
「ほ、堀り…?」
「何を言って…」
その穴を見てさらに真っ青な顔色になった近衛兵たちは、理解不能な目の前の存在と、同時に謁見の間にこうも容易に侵入されてしまった焦りから、酷く狼狽している。
だが、そんな彼らを尻目に、当の王様とセドリック宰相だけは、まったくもって動じることなく、かつ、苦笑いすら浮かべていた。
「…ふふっ、皆の者よ、心配はいらぬよ。下がるがよい」
ざわ…?
ざわざわ…??
小さく上げた右手とともに発せられたセドリック宰相の言葉に、近衛兵たちは一様に顔を見合わせて首を傾げる。
「ふふふ…、レインフォードよ。私が思うに、この優雅な佇まいの女性も、君の仲間、という理解でよいのだな?」
「えっと…、その…、まあ、あ、あははは。そ、そんな感じです…」
セドリック宰相の言葉に、俺は苦笑いを浮かべつつ、たどたどしくそう答えるのが精一杯だった。
お、おいおい!アリさんったら、何でここにいるんだよ!?
近衛兵さんたち以上に、一番びっくらこいたのは俺だわ!
地下トンネルの整備をしてたんじゃなかったのかよ!
いや、その地下トンネルの件がばれるとまずいんだって!!
「うふふふ、それは些か認識が違いますわ、宰相閣下」
冷や汗をかきながら作り笑いをする俺をよそに、次代のアリの女王は、そう言いながらおもむろに正座をすると、三つ指をつき、恭しく頭を下げた。
「私は仲間ではなく、レインフォード様の未来の妻でございます」
(うわぁ、出た!奥様はアリ宣言…!!あと、どこでそんな礼儀作法を習ったんだよ…!?)
そんな次代のアリの女王の様子に、ずっとうつむいて沈黙していた(笑いを堪えていたという表現が正しいか?)王様が声を上げる。
「ぷっ…!くくく…!あっはっはっはっはっ!!未来の妻ときたか!こりゃあいい!!レインよ、お前の結婚式は、この王たる俺が手ずから盛大に執り行ってやろうじゃないか!」
王様は何度も膝を叩いて大笑いしながら、呆気に取られたままの兵士たちを退出させると、そのまま次代の女王へと問いかけた。
「驚かせて悪かったな。いや、君も楽にしてくれ。俺も堅苦しいのは嫌いでな、ほんとはこういう軽い方が性に合ってるのさ」
カラカラと笑い、砕けた口調で話す王様の姿に、セドリック宰相は、首を左右に振りながら小さくため息をつく。
その表情からは「常に王としての威厳を保ってほしいものですな…」という心の声が、ありありと聞こえてくるようだ。
ご苦労様です…。
「まずは初めまして、だな。俺は一応この国の王で、ルーファスという者だ。そこのレインは俺の親友の息子でね、これまでも色んなことで助けてもらっているのさ」
「それはそれは奇遇ですね。実は私もレインフォード様の未来の妻であると同時に、地下に住まう一族、皆様がキラーアントと呼称される者たちの、次代の女王にございます」
「おぉ!それはそれは!かの女王殿の所へは、俺も何度かご挨拶に伺ったことがあるぞ。以前から我々にとって大変貴重な鉱石等を分けてくださっていてね、俺としても頭が上がらないんだよ!あっはっはっ!」
王様がそう言って豪快に笑うと、次代のアリの女王もにこにこと優しく笑った。
…まあ、相変わらず、相手がたとえ魔獣だろうと差別せず、お互いに尊重して付き合っていこうという王様の姿勢は素晴らしいな。
王様もうちの父も、理解あるマッチョでよかったぜ。
「いや、しかしなるほど〜。貴女のようなお美しい方、しかも次代の女王たるお方を妻に娶る予定とは、まったくレインはこの国一番の果報者だな!」
「うふふふ、王様ったら、お上手ですこと。ところで先ほどおっしゃったレインフォード様との婚礼の儀の話ですが…」
王様と次代のアリの女王は、その立場の類似点から妙に馬が合う様子。
しかしながら、承諾も何もしていない結婚式の段取りを勝手に進めていくのは、ぜひともやめていただきたい。
招待客?余興?さらには引出物?そんなの誰も頼んでませんけど?
先ほど褒めた件、謹んで撤回いたします。
「ゴッホン!次代の女王殿、素敵な結婚式の話も大変よろしいのだが、お聞きのとおり、現在我が王国は未曾有の危機に瀕しておりましてな。冒頭、引き受けるとおっしゃった、国民の避難に関する方法を伺いたいのだが…」
もう待ちきれん!とばかりに、セドリック宰相が王様と次代の女王様の間に割って入り、話を遮った。
どんどん進んでいく結婚式の話題が消え、俺は密かにガッツポーズをとる。
「うふふ、そうでした。私としたことが、ついうっかり…」
次代のアリの女王は、口元に指を添えながら小さく微笑んだ。
「それはとても簡単なことですわ、宰相閣下。この王都の地下に、不可侵の大空洞を造り、そこに皆様に避難していただくのです」
「ほぅ、地下か…」
さっきまでヘラヘラ笑っていた王様が、真剣な表情で話に聞き入る。
「左様でございます。たとえ幾千幾万の魔獣たちが押し寄せ、地上の建物が塵芥と消えようとも、地下には何の影響もありません。加えて私が築く地下空洞は、その周りを強固な土の魔力で構築した分厚い壁で保護しますので、私の許可なくしては、何人たりとも侵入できる道理はございません」
「ほほぉ、それは素晴らしい…」
感心しきりの王様とセドリック宰相だが…。
「ええ、無論ことが済めば、その地下空洞とレインフォード様の地下トンネルとを繋げ、さらに要所へ移動する際の利便性が向上するよう……」
「うおぉぉ!!そっ、それはいい案だぁ!もちろん地下空洞の部分ね!それ以外はなあんも聞こえませんでしたけどね!!うんうん、それくらいしか解決策がない!地下空洞バンザーイ!!こっ、これで王都は安全、安心んんん!!なっ、なぁ、クリントン君!?」
「な、なぜにそこで私に振るのだ!?」
俺は咄嗟に大声で話を遮り、さらに横にいたクリントンの背中をバンバン叩いた。
突然ハイテンションで女王の横に躍り出た俺に対し、怪訝な顔をする王様やセドリック宰相のことなんてこの際気にしない。
おい、次の女王さん!
勝手に地下トンネルを掘ったことがバレたら重罪なんだからね!
それとも「私の夫は、首なしのデュラハンなんです、おほほほ」とでも紹介する気!?
「…ふむ、何やら汗まみれのレインフォードはさておき、それ以外に方法はないか…」
「…しかし次代の女王殿。王都に住む数多の民たちを避難させるには相当の大きさの場所が必要となるが、事は一刻を争う。その空間は、どの程度で用意できそうかな?」
「そうですね。この王都の大きさと収容できる人数、さらに強度や必要最低限の設備などを考えると、5日もあれば充分かと」
「5日、か…」
セドリック宰相が眉根を寄せ、低く唸った。
王様も同じく、目頭を抑えながら深く考え込む。
「むぅ…、いつ何時魔獣が溢れ出すとも限らない状況下で5日程度かかるとなると…」
「こっちからダンジョンに攻め込むにしても、どうも分が悪い気がするねぇ…」
ヴィンセントとイザベルをはじめ、皆が頭を抱えていた時だった。
「…もっと期間を早める方法が、ないこともございませんが…」
「「「あるの!?」」」
次代の女王の言葉に、その場の全員が驚いて目を丸くし、転びそうなくらい身を乗り出して反応する。
そんな謁見の間の中、次代のアリの女王だけは、にっこりと笑っていたのだった。
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