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第139話 戦いの果て、託されたもの

いよいよ決着の時を迎えるマルコシアス戦。

その時マルコシアスは…、そしてエドガーとクリントンは…。

第139話、よろしくお願いいたします。

『ふっ…、見事としか言いようがあるまい。よくもまあ、我の体にこれほど多くの風穴をあけてくれたものよ』


 マルコシアスは、再生の始まらない自らの体、とりわけ胸骨の部分を軽く二度叩きながらそうつぶやいた。


「…いや、俺だけの力じゃねぇ。あんたの攻撃に必死に耐えながら攻略の糸口を見出してくれたクリントンや、必死に剣を打ってくれた工房の人たちの力があればこその勝利だったさ。…そもそも俺が使った無属性魔力の運用方法も、あんたから盗んだもんだしな」


『否…、それを初見で我以上にやってのける少年の才能があればこそよ。ふふ…、だが素晴らしい戦いであった。かような少年たちに敗れたとあれば、皇帝陛下も我を責めはすまい。…そもそも民を生贄奴隷とするなどあまり褒められた所業ではない故、まったく気乗りのせん任務であったしな』


「そ、そういえば最初にそんなことを言っていたな。生贄などという物騒な言葉…、一体何をしようというのか…モゴモゴ…」


 覚束ない足取りでエドガーの横に立ったのは、応急手当を終えたクリントンだ。

 シャーレイによる顔や身体への個性的な包帯の巻き方により、まるで物語に登場するミイラ男のような風体になってしまっているが。


『…ふむ、実はそれについては我もよう知らぬのだ』


「「?」」


『ふふふ、こう見えても我は考えることが少々苦手でな。どちらかといえば肉体労働派故、他の悪魔からは、深く考えずに言われたことをやればよいと言われておったのよ』


「…ま、まあ元々あまり賢そうには見えんがな…。脳みそも詰まってなさそうだし…」


 カラカラと笑いながら話すマルコシアスに、思わずクリントンが突っ込みを入れた。


『…あぁ、そういえば1つ。生贄とする者たちについては、ここ王都近郊のダンジョンとやらに送り込むよう指示されておったな』


「…ダ、ダンジョンだと?魔獣たちがウヨウヨいるダンジョンに一般人を連れて行けとは、一体どういう了見だ?」


『ふむ…、難しいことはようわからんが…。あやつ、何ぞ聞き慣れぬ言葉を話しておったな…。スコップ…?いやスタンプだったか…?ストン…スタン……』


「ダンジョン…、スタン…?そ、それって…」


 顎の骨をさすりながら、しばらくうつむいて考え込むマルコシアスだったが、ふいに何かを思い出したように、顔を上げた。

 また、同じくエドガーとクリントンも何かを閃いたのか、ほぼ同時にハッとしてマルコシアスの方へと視線を送る。


『「「スタンピード…!」」』


 3人はそれぞれ人差し指で双方を差し合いながら、申し合わせたかのように、同じ単語を口にした。


 その言葉に、水を打ったように静まり返っていた工房内もどよめき立つ。

 恐るべきは、屈強な鍛冶職人たちの誰もが顔を青くしていることだろう。

 グレイトバリア王国においては、長年その発生や被害はないものの、やはり過去に発生し甚大な災害となったことが記録されているスタンピードは、この世界全ての生き物に対する脅威となっていることを如実に示していた。


「そうか、そういうことか…!おのれっ…!ダンジョンに生贄を焚べることで、人為的にスタンピードを引き起こそうというのか!何という悪辣なことを思いつくのだ…!!」


「クリントン!くっちゃべってる場合じゃねえぞ!一刻も早くレインたちと合流して国王陛下にこのことをお伝えしなけりゃ、全部手遅れになっちまう!!」


「しょっ、承知いたしました!しかしながら、このガラテア工房を死守することができたのは、不幸中の幸いかと。これで今しばらく時間に猶予が…」


『いや、駄目だな』


 すぐにでも出発しようとするエドガーとクリントンだったが、その時マルコシアスが、頭を左右に振りながら再び口を開いた。


「なっ、何だと貴様!?この期に及んでまだ我々の邪魔をする気か!?ほら、後でちゃんと供養してやるから、工房のすみっこでじっとしていろ!」


「いや違う、よく見ろクリントン!マルコシアスの体に変な紫色の魔法陣が浮かび上がってる…!」


 ゴオォォォォォオオオオ!!


 その瞬間、マルコシアスの体に浮かんだ毒々しい紫色の魔法陣から、悪意に満ちた紫色の風が凄まじい勢いで吹き出し始めた。


『ふふふ、勘違いするな少年たち。何もお主らを邪魔立てしようというのではない…。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「何という禍々しい魔力の風…!何だこの魔法は…!?」


「ほ、保険だと…!?説明しろ貴様!それは一体どういう…!」


『…最早一刻の猶予もなかろう、手短に説明しよう。件のダンジョン最奥に陣取る悪魔、其の名はネビロス。悪魔騎士の一柱にして、膨大な魔力を操る魔法使いよ。我にはあやつの意図するところがようわからなんだが、お主らの反応を見るに相当ロクなことではないようだな…』


「ろっ、ろくでもないことこの上ないわ!だがたった今、我らはここガラテア工房から人々が連行されるのを防いだばかりではないか。最早生贄にする人員など…」


『ふっ…、最初に申したはずだ。悪魔はもう一柱いると。我とともに王都にやってきたのはエキドナという女の悪魔だが、頭のネジがニ、三本外れている奴故な、大喜びで生贄奴隷を確保したことだろうさ。加えて…』


 マルコシアスは親指で、スッと自分の胸部に浮かぶ魔法陣を指す。


『…今まさに、我が体に残存する魔力がこの忌々しい魔法陣を通じて彼奴の元へと送られているのだからな…』


「なっ、何だって!?」


「ばっ、ばばば、馬鹿者ぉ!笑っとる場合か!そっ、それを早く言え!!今すぐその魔法陣を消してやる…って、あれ?…な、何故だ!?消えん、魔法陣が消えん!?」


 エドガーとクリントンは剣で突いたり拳を振り抜いたり、火炎の魔法や(勢いはとてもしょぼい)水魔法で魔法陣を攻撃するが、それは一向に消える気配はなく、それどころこますます紫色の風が勢いを増してゆく。


『無駄だ、少年たち…。ネビロスが用意周到に準備した魔法陣だ、そう簡単に消せはせんだろう。…いや、むしろ奴はこうなることを予想して準備していたのやもしれぬ。仮に我やエキドナ女史まで斃された場合、ゆうに並の人間数百人分の魔力は収集できようからな』


「何てことだ…。このままでは国王陛下に知らせる前にスタンピードが……。何か、何か方法を考えねぇと…!」


「ぬおぉぉ…!一体どうすれば…!!」


 エドガーとクリントンは、目の前のマルコシアスをじっと見据えながら血が滲むほどに拳を握り締め、必死に考えを巡らせる。

 だが考えれば考えるほど思考は泥沼にはまっていく。


 最早これまでなのか――?


 エドガーとクリントンの脳裏にそのような諦めの色がよぎったその時だった。


『ふふふ…。案ずるな、少年たちよ…』


「「…!?」」


『かあぁぁぁぁぁああああ……!!』


 マルコシアスは、ぽっかりと黒い穴の空いた両眼をカッと輝かせたかと思うと、突如雄叫びを上げ始めた。

 するとどうだ、マルコシアスの胸部に浮かび上がっていた紫色の魔法陣が、みるみるうちに消え去るとともに、吹き荒ぶ紫色の風も急激に弱まっていくではないか。


「なっ、何て力技…!俺たちがどうしようもなかった魔法陣を、気合でたやすく消し飛ばしちまったぞ…!」


「ぬおぉ!?ま…、まだそんな余力を残していたのか…!!ですがエドガー様、奴の体が…!!」


 禍々しい風と魔法陣が消失し、工房内は再び静けさを取り戻した。

 しかし同時に魔力が尽きかけているのか、徐々にではあるが、マルコシアスの体全体が薄く見えなくなっていく。


『ふぅ〜……。これで今以上に我が魔力がダンジョンの供物となることはあるまい…。我が命の源たる魔力も残り僅か…、だがもう一つ、我には成し遂げねばならぬことがある…』


 ジャキ…!


『ぬあああああぁぁぁぁ……!!』


 消え行くマルコシアスは、意を決したようにそう言い放つと、右手に把持していた刀の切先を突如クリントンへと向け、再び魔力を集中させ始めた。


「ぬぬっ…!?きっ、貴様!最後に私を道連れにしようというのか!?」


『かあぁぁぁぁ…!!』


 若干後ずさるクリントンを意に解することなく、マルコシアスはなおも叫び続ける。

 再び緊張状態となった工房内だが、そこでエドガーがある変化に気付いた。


「…クリントン、どうやらお前を道連れに…ってわけじゃあなさそうだぜ?よく見てみろ、消えてゆくマルコシアスの体とは対照的に、奴が握る異国の剣だけが再び色濃く実体化していっている」


「…い、一体何を考えているのだ…?」


『くはぁっ…、はぁ…、はぁ…、ふぅ~…。何とかこいつだけはこの世に残すことができたわ。…さぁ、これを受け取るがいい、丸い方の少年よ』


 小さくそうつぶやいたマルコシアスは、消え行く右手で、持っていた刀をクリントンへと差し出した。


「…なっ!?貴様の剣を受け取れと!?一体何を考えている!?」


『…ふむ。…似ているのだ、丸い方の少年よ…』


「…似ている…だと…?」


 似ている――。


 その意外な言葉に虚を突かれたクリントンは、目の前の悪魔に対する警戒心が薄くなっていくのを感じる。

 それは思いもよらぬ言葉をかけられたからなのか、もしくは初めて命のやり取りと呼べる死闘を繰り広げた相手だからなのか…、それはクリントン自身にもわからない。


『うむ…、丸い方の少年、貴様は申したな『狂気に堕ちた兄を打ち倒して領内の平和を取り戻す』と…。その言葉が、何故かまるで水面に小石を投げ込んだかの如く、かつての記憶を失っていたはずの我の心に幾重にも波紋を呼び起こすのだ…』


「……」


『果たしてお主の何に自分を重ねているのかはわからぬ。だが感じてしまうのだ…、お主と我は似ている…と』


 刀を差し出しながら、やや視線を上に向けて話していたマルコシアスは、再びクリントンへと向き直る。

 その両眼の部分は相変わらず空洞であったが、エドガーもクリントンも、また工房内にいる全ての者についても、なぜかマルコシアスが嘘をついているとは感じなかった。


『…かつて我の辿った生涯が栄光の旅路であったのか、はたまた破滅という名の煉獄であったのかはわからぬ。だが唯一確かなことは、多くの仲間との戦いの果てに、決して後悔のない最期を迎えたということ。そしてともに乱世を駆け抜けたこの我が愛刀も、その大切な仲間の一人なのだ…』


「…マルコシアス、貴様…」


『だからこそ、丸い方の少年よ、どうかこいつをともに連れて行ってやってはくれぬか。そして今度こそ炎と血煙とに包まれた最期ではなく、明るい陽の光を見せてやってほしい』


「クリントン…」


 エドガーは、ぽんっと軽くクリントンの肩に手をやった。

 クリントンもそれに応えるように小さく頷き、ゆっくりと前へ出る。


 チャキ…。


「…お、重い…。だが、これはどうしたことだ…」


 マルコシアスから刀を受け取ったクリントンが美しく銀色に輝く刀身を見つめると、そこには驚いた表情の自分自身が映る。


 最初は敵の武器を受け取るなど信じられなかったクリントンだったが、その刀の柄を握り締めるや、まるで吸い付くように手に収まり、あたかも昔からずっとそれを使っていたかのようにすら感じられた。


『ふっ…、そいつもお主を(あるじ)と認めたようだな。…これで、最早思い残すことは何もない』


「…マルコシアスの体が…」


 エドガーがそうつぶやくと同時に、マルコシアスの体は不思議な金色の粒子に包まれるように、いよいよもって薄く儚いものとなっていく。


「ま、待て!待つんだ剣の悪魔!!貴様…、貴様はもっと狡く戦えば、容易に我々を殺すことができたであろうが!加えて今の貴様の発言…、もしや生前の記憶も取り戻しておるのではないのか!?…にもかかわらず、私に大切な剣まで譲って…!貴様は一体…!」


 ヒュンと刀を一振りしたクリントンが、納得がいかないとばかりに消えゆくマルコシアスに詰め寄る。


『…さあな…、我にもわからぬよ…。ただ強いて言うなら、再び得たわずかな生、最後の最期にあらゆるしがらみを捨て、ただただ誰かと全力でぶつかり合いたかった…という理由では足りぬか?』


「「!!」」


 マルコシアスは笑いながら、そう、確かにマルコシアスは優しく笑いながらそう答えた。


『…さらばだ少年たち。そして最後の頼みだ、この我を見事討ち取った強敵(とも)の名を教えてくれ』


「俺はエドガー。エドガー・キングスソード」


「…クリントン・アルバトロスだ」


『ふふふ、良い名だ。エドガーにクリントン。我はお主たちのような強者に出会うため、この世界に召喚されたのやもしれぬな…』


「まっ、待てっ!待たんか貴様!私の話はまだ…!!」


『…さらばだ、エドガー。誰にも負けるなよ、武士は常に強くあれ。…そしてクリントン…、我と同じ道を往く者よ…、我が愛刀薄緑(うすみどり)…、確かに…託した……ぞ……』


 振り絞るような最期の言葉を遺し、今度こそマルコシアスは光となって消えた。

 クリントンの右手に残った刀には、最後までそれを慈しむように、美しい光が舞っていた。

 いつも応援ありがとうございます!

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 今後ともよろしくお願いいたします! 

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[一言] なんとなく牛若かと思ってたけど合ってたか。
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