第138話 決着の時
対峙するエドガーとマルコシアス。
決着の時が迫る…。
第138話、よろしくお願いいたします。
「終わらせようぜ、剣の悪魔マルコシアス。俺はもう、誰も傷付けさせねぇ」
静かに、だが確かな迫力でマルコシアスに対しそう告げたエドガーは、右手に握り締めたレイピアを正眼に構えつつ左足を引き、半身に構えた。
『ふははははは!そうこなくてはな!ならばこちらも本気でゆくぞ、少年…!!』
ズゾゾゾゾゾゾゾ…!!
マルコシアスの体を溢れんばかりの無属性魔力が覆ってゆく。
その量たるや、誰が見ても先ほどとはまた別物だ。
もちろん、先刻エドガーによって穿たれた胸部の穴も、いつの間にか塞がっている。
「ぬぅ…、悪魔め!やはり私との戦いではその実力を隠していたのか…って、あいたたたたた…!あ、あの、シャーレイさん、も、ももも、も~う少し丁寧に包帯を巻いてもらえるとありがたいのだが…」
「あぁ!ご、ごめんなさいニャア!私ったら鍛冶仕事は得意ニャンですが、その他はちょっと苦手で…。えっと…、ここを思い切り縛ったらいいのかニャアアアア!」
「うぎゃああああ!?」
ざっくりと切られたクリントンの肩やその他の傷口に包帯を巻いていたシャーレイは苦笑いを浮かべた。
重傷を負ったクリントンは鍛冶職人たちによって救出され、現在はココやシャーレイから傷の手当を受けながら、エドガーとマルコシアスの戦いを見守っていた。
まだ手足は上手く動かせないが、工房の救急箱に備えてあった(やや古い)ポーションによって、多量の出血は収まりつつある。
「…あ、あの悪魔の魔力量もとんでもないが、エドガー様なら…」
『ぬうぅぅぅん!!』
ズシン!!
祈るような気持ちで発したクリントンの言葉をかき消すかのように、マルコシアスは気合いの掛け声とともに右足で強く床を踏みしめて深く腰を落とすと、右頬骨の横に刀を構えた。
その姿は、常人や達人に関わらず、対峙した瞬間に『死』を予感させられるほどの殺気と迫力に満ちているとともに、キラリと光る刀身が恐るべき切れ味を連想させる。
「……」
スッ…。
だが相対するエドガーは、自身でも驚くほど冷静に、先ほどの半身の姿勢から何も変わることはなかった。
あえて言うなら、当初の構え方よりもやや膝を曲げたという程度だ。
『ふふ…、見取り稽古とはよく言ったものよ。我と丸い方の少年との戦いで何かを得たか…。では、ゆくぞ少年…。それでもなお自分自身が許せぬというのなら、我を斃して乗り越えて見せろ…!』
「あぁ、元よりそのつもりだぜ…!」
ジリ…、ジリ…。
エドガーとマルコシアスは、細剣と刀をそれぞれ構えたまま動かない…、いや正確に言えば動けなかった。
軽率に相手の間合いに入ってしまうようなことがあれば、それはすなわち、即座に切り裂かれることを本能で理解していたからだ。
それは時間にすればほんの2、3分程度のものであったが、側で戦いの行方を見守る者たちにとっては、永遠にも等しい長さに思えた。
ゴクリ…。
応急処置を受けていたクリントンは、その沈黙と緊張感に耐えきれず、思わず唾を飲み込んだ。
「うんしょっと!ふぅ、これでよしニャア。最後にはさみで余分な布を切って…あニャ!?」
ふいにシャーレイが持っていたはさみを取り落とす。
もちろん意図して落としたわけではなく、慣れない応急処置についつい手からはさみが滑り落ちただけなのだが…。
カラン――。
ほんの小さな金属音が工房内に響く。
ズドン!!
その時、激しく地を蹴る音とともに、エドガーとマルコシアスが全く同じタイミングで、猛然と駆け出した。
「きっ、消えたニャア!?」
音に反応し、エドガーたちの方を見たシャーレイが思わず叫んだ。
常人にすれば目で追うのも難しいほどの速度であるため、一瞬彼らの姿が忽然と消失したように見えても不思議ではない。
「決まる…!恐らく勝負は一瞬だ…!」
戦いの趨勢を見守っていたクリントンは大きく目を見開くと、傷の痛みも忘れ、両の拳を強く握りしめた。
「はあぁぁぁぁぁ!!」
『ぬうぅぅぅぅん!!』
ガキィ――ンッ!!
その刹那、怒号とともにエドガーとマルコシアスの姿が一瞬重なったかと思いきや、閃光のような煌きと耳をつんざくような甲高い金属音をその場に残し、双方が駆け抜けて行く。
「……」
『……』
エドガーとマルコシアスは、互いに背を向けたまま動かない。
平時、職人達の活気に満ちた工房内は、耳が痛くなるほどの沈黙に包まれていた。
「くっ…」
ふいにエドガーがレイピアを地面に突き立てながら、その場に片膝を突いた。
見れば、右の首筋から若干の血が流れて出ている。
…エドガーは敗れたのか…?
誰とはなく嘆息し、どよめきとともに工房内に悲壮感が漂う。
だが…。
『ふ…ふふふ……』
突如、佇立したまま不気味に笑い始めたマルコシアスを、エドガー以外のその場にいた全員が注視した。
『ふははははは!は――っはっはっはっはっ!!見事だ、少年!!まさかこれほどとは思わなんだぞ!!よもやこの我が…』
マルコシアスは依然として笑いながら、ゆっくりとエドガーの方を振り返った。
『…敗れようとはな…!!』
――!!
その時、マルコシアスの姿を目にした工房内の誰もが驚愕に息を飲んだ。
なぜなら、マルコシアスの体は胸部付近を中心に、頭部から腰部そして右肩から左肩の部分にかけ、まるで十字を描くように無数の穴が穿たれていたのだから。
ヒュン!
ジャキ!
「強かったぜ、あんた。…けど最初に言ったろ?もう誰も傷付けさせねぇ、と。騎士は一度言った言葉を違えることは、できねぇからな」
レイピアを強く一振りして再びマルコシアスの眉間にむけて切先を構えたエドガーは、フッと小さく笑うと、ただ一言、力強くそう応えたのだった。
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