第134話 戦いの幕開け
ついに切って落とされる戦いの火ぶた。
目の前の悪魔にエドガーやクリントンは…!
第134話、よろしくお願いいたします!
マルコシアスは、右足をやや前に出しつつ両手で剣の柄を握り、正眼に構えた。
漆黒の鎧を着た全身から発せられていた乱雑な殺気はいつの間にか鳴りをひそめ、今は逆に、そこに存在していることすら疑いたくなるほどの静寂をその身にまとっている。
だがレインやヴィンセントとともに、日々必死に訓練に励んできたエドガーやクリントンは、ひしひしと感じていた。
その静寂こそ、無造作に撒き散らされていた殺気よりも数段恐ろしいものであることを…。
「…か、変わった形の剣や構え方だな?あんた異国の剣士なのか?」
嫌な汗が伝っていく感触を背中に感じながら、エドガーはマルコシアスに質問する。
『ふむ、そうだな。ここにおいては異国の剣術…ということになるか。時に少年たちは、我の持つカタナは見たことはないのか?』
「カタナ…?その長剣のことか?さぁ、そんな形の剣、俺は見たことも聞いたこともないぜ。クリントンはどうだ?」
「わ、私も右に同じです…。ただ、見るからに切れ味が良さそうだということだけは、剣に疎い私でも理解できますが…」
ゴクリと唾を飲み込んだクリントンはそう答えた。
まるで鏡の如き銀色の刀身に反射する光や、そこに描かれた美しい刃紋など、目の前の悪魔がカタナと称した異国の剣を構成するその全ての要素が、おそらく凄まじいまでの切れ味をほこるであろうことをクリントンに想起させていたからだ。
「だな…。ヴィンセント様のエクスカリバーや、オリハルコンでできたレインの短剣とはまた違った怖さというか…。何かこう、とびっきりの芸術品のようなあの見てくれが、逆にそのやばさを引き立ててる感満載だぜ…」
その実、エドガーとクリントンは、剣を構えたマルコシアスを前に安易に動くことができなくなっていた。
何か一つでも迂闊な行動や余計な動作をすれば、途端に自身の身体をバラバラに斬り裂かれてしまうような、そんな予感に苛まれてしまっていたのだ。
『ふふふ…、その歳でそれがわかれば大したものよ。時に少年、いや丸い方の少年ではなく、赤色の長髪の少年。お主の小さな動作や身のこなし、またその両の掌に見える幾度となく潰れたマメの痕…。察するにお主、剣を使うのであろう?…見たところ、今は丸腰のようだが…』
「へぇ、さすがだな。…ま、ちょっと訳あって俺の愛剣は木っ端微塵になっちまったんでね。今日はこの工房に剣を打ってもらいに来たところ、タイミング良く…いや、悪くかな?あんたと鉢合わせたってところさ」
『ふはははは…!成程!しかしそれはいかんな、少年!戦士たるもの常在戦場。いついかなる時であれ、己が剣を手放すことはすなわち死と同義。年端がいかぬとはいえ、戦いの中に身を置く者としては、些か以上に覚悟と危機感が足りぬと言わざるを得んな』
マルコシアスはカラカラと笑ったかと思うと、まるで諭すようにエドガーにそう申し向けた。
「だからぁ、タイミングが悪かったって言ってんだろ!…けどまあ、あんたに言うのも変な話だが、覚悟や心構えがなっちゃねぇっつう点は、素直に反省してるよ」
『ふむ、その謙虚さやよし。だが丸腰のままで我にどう立ち向かうというのだ?よもや我が手心を加えることを期待しているなら、それは見当違いも甚だしいぞ?我は決して…』
カーン…!カーン…!!
カーン…!カーン…!!
その時だった。
工房内の静寂を破るように、小気味よい金属音が鳴り響いた。
『むぅ…?』
「ガ…ガラテアさん…?」
カーン…!カーン…!!
カーン…!カーン…!!
そう、その音は、一心不乱に金属を打つガラテアから発せられたものだった。
さらに、他の職人たちもこぞってガラテアの周りに集り、何某かの作業を始めている。
「エドガー様!少しだけ耐えてくださいニャア!親方以下、超特急で剣を作りますからニャア!!」
通りのよい甲高い声でそう叫んだシャーレイは、目を丸くしていたココを片手で抱き上げると、猛ダッシュで奥の炉の方へと走っていき、調整を始めた。
ひたすらに金属を打つガラテア。
レイピアの柄やグリップを作る職人たち。
炉の炎を最もいい状態で維持できるよう目を凝らすシャーレイ。
そんな鍛冶職人たちの目に、一切の迷いはない。
悪魔という異形の存在を前にして、ともすれば王国騎士クラスの者でも慌てふためき、自身の執るべき行動を見失ってしまうかもしれない。
だが彼らは違った。
自分たちの身に重大な危難が差し迫ろうとそうでなかろうと、今はただ、必死に戦うエドガーやクリントンのため、自分たちが為すべきことをする。
――そう、言うなれば、これは彼らなりの『戦い』なのだ。
「皆さん、本当にありがとうございます…!」
エドガーは、自身の胸が内側から熱くなるのを感じた。
俺の火の魔法よりも熱いぜ、ガラテア工房…!などと考えつつ、エドガーはマルコシアスを見つめながら、身体の中で火の魔力を急速に高めていく。
「エドガー様、防御の方は私にお任せください!日頃からの執拗な虐待…おっと、訓練を受けておりますれば、かの刃も必ず止めて見せましょう!」
エドガーの前にサッと躍り出たクリントンは、体内の無属性魔力を練り込みながら、不敵に笑うとそう叫んだ。
『ふっ…、ふふふ…、ふはははははは!!謝罪しよう。剣を持たぬという理由だけで、我は刀鍛冶をみくびっておったわ!お主らも立派な戦士だったというわけだ!!』
工房内を見渡しながら、マルコシアスはひとしきり嬉しそうに笑うと、その呼吸を整え、再び刀を握り直した。
『では参るぞ少年たち。果たしてお主らの思惑どおり、剣が完成するまで我の刀を防ぎ続けることができかな…?』
「来るぞ…!気合い入れろよ、クリントン!!」
「はっ!!」
やや力みすぎのエドガーやクリントンとは対照的に、マルコシアスはゆっくりと、そしてほんの少しだけ自身の膝を曲げると、ふわりと跳躍した。
そのマルコシアスの跳躍は、決して顔を上げたり目線で追う必要があるような高さではなく、言うなれば運動前の軽い準備体操であるかのような、そんな落ち着いた様子のものだった。
だがマルコシアスが床に着地した次の瞬間――。
ズドン!!
「「……!!」」
マルコシアスは凄まじい勢いで工房の床を蹴ったかと思うと、その轟音を置き去りに、猛然とエドガーたちに向かって突進したのだ。
前衛として立っていたクリントンは、2メートル近くはあろうかという巨躯のマルコシアスからひねり出された予想外のスピードに驚愕し、大きく目を見開く。
だが当のクリントンに、ゆっくりと驚いている暇などなかった。
なぜなら…。
『早々で恐縮だが…、さらばだ、丸い方の少年』
既にマルコシアスの刃は正確に、そして一切の慈悲などなく、クリントンの首筋に向かって振り下ろされていたのだから――。
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