第129話 口は禍の門 〜発言には気をつけよう!〜
悪魔の話を聞き続けるレベッカとシロ。
その非道っぷりについにレベッカが…。
第129話、よろしくお願いいたします。
「スタンピードを…引き起こす…?」
レベッカは悪魔の言葉を小さく繰り返した。
スタンピード。
この世界において『魔獣大暴走』や、ある種の宗教においては『古き神々の鉄槌』などとも呼ばれるそれは、一言で例えるならば『災害の類』である。
未だ明確な発生原因が不明のこの現象は、有史以来幾度となく発生し、その都度甚大な被害を及ぼして、そこに生きる生命を脅かしてきた。
ある時は美しい街が飲み込まれ、またある時は、巨大な国家そのものが一夜にして灰塵に帰したという。
そんな恐ろしい現象を、目の前の悪魔は人為的に発生させるというのか?
一体なぜ…?
レベッカは、ニヤニヤと笑う目の前の悪魔の言葉に理解が追いつかないでいた。
だが、そんなレベッカなどどこ吹く風、悪魔は嬉々として話を続ける。
『幸いここから2日ほど歩いた場所に、まあまあでけぇダンジョンがあんだろう?その中に適当に攫ったり、借金で奴隷落ちしたゴミ虫どもを放り込んでよぉ、特殊な方法で編んだ魔法陣の中に焚べれば、あら不思議!ダンジョンの中に湧いてる魔獣どもが凶暴化した上、爆速で増殖していきまーす!んでもって、それがダンジョンの許容量を超えた時…』
「……!」
「ガルルル…!」
ゴクリ。
レベッカは思わず唾を飲み込んだ。
『ダンジョンの中にいた凶悪な魔獣たちが、こぞって王都に押し寄せ、未曾有の大災害になるってこった!きゃーはっはっはっはっ!!』
「…酷い…何てことを…」
「グゥ…ガルルルル…!」
小躍りしながら語る悪魔を前に、レベッカは握りしめた自分の拳から、赤い血が滲み出ていることに気が付いた。
自分が、家族が、そして何の罪もない多くの人たちが暮らすこの王都を、目の前の悪魔は、消し去るというのか?
あまりの横暴さと理不尽な振る舞いに、レベッカはこれまで生きてきた十数年の中で、初めて心の底から怒りに震えた。
その気持ちはレベッカの隣にいるシロも同じらしく、鋭い牙を剥き出しにして悪魔に対して怒っている。
『おぉ?おぉ~??もしかしていっちょ前に怒ってんのかぁ?あっひゃっひゃっひゃっひゃっ!ま、ゴミ虫がいくら怒ろうが、所詮どこまでいってもゴミ虫はゴミ虫!せいぜい玩具としての役目を果たして、苦しんで死んでけよぉ。…そろそろあたしの方も、抑えが効かなくなってきてっからさぁ…』
悪魔は興奮の絶頂に達しているのか、口から多量のよだれを垂れ流しながら、誰憚ることなく舌舐めずりしている。
何か1つきっかけがあれば、今すぐにでもレベッカに飛びかかり、自ら宣言したような残虐な行為を始めるのだろう。
だがレベッカはそんな悪魔を意に介することもなく、うつむきながら、静かに言葉を発した。
立ち昇る火柱によって影のさしたその表情は、周囲からは窺い知ることはできない。
「…最後にもう1つ…。路地裏の商店『ヴァレンティーノ服飾店』に火を放ったのはあなたですね…?」
『路地裏の店…?ん〜?んん〜〜…あ!もしかしてさっきの豚小屋のことかぁ?そうそう!確かに火を点けたのはあたしだわ!けど、それがどうしたんだぁ?』
「…なぜ…、なぜそんなことを…?」
『きゃはっ!なぜってお前、元々借金名目で2人のゴミ虫を連れてく手筈になってたみてぇなんだけどな?そのゴミ虫たちが言うんだよ「娘2人だけには手をださないでくれ」ってさ。詳しく聞いてみると、何かガキのゴミ虫が2匹いるらしくってよぉ』
「…!」
『そこで賢いあたしはピーン!ときたわけよ。やっぱ生贄にするなら、劣化したゴミ虫よりも若いゴミ虫の方がまだマシなんじゃないかってさ!きゃはっ!あたしったら、超賢いだろ!?』
悪魔は親指を立て、サムズアップのポーズをとりながら、さも誇らしげに胸を張った。
『…けど、その劣化ゴミ虫どもときたら、とんだ強情っ張りでさぁ。どんなに脅しても痛めつけても、ガキのゴミ虫たちのことを一切喋らねぇの!マジでムカッつくだろ?ゴミ虫のくせしてあたしの思い通りになんないなんてぇ。だからあたし…』
「…だから…?」
『生きたまま、じ〜っくりローストしてやろうと思って火をつけたのさ!けどよ、小汚ぇ豚小屋の消毒にもなったし、ゴミ虫風情があたしの魔法を堪能できたんだから、逆に感謝されてもいいと思わねぇ?あっ、でも1匹は連れてかねぇと叱られそうだからさ、雄の方は豚小屋から放り出したけどねぇ。今頃ダンジョンに連れてかれて、ミンチにでもされてんじゃね?ど〜でもいいけど!きゃはっ!』
周辺には、燃え盛る炎の音ともに、聞くに耐えない悪魔のささら笑う声が響いている。
そんな中、レベッカは無言でうつむいたまま、ただ立ち尽くしていた。
戦闘態勢にないばかりか、先ほどまで体内で練り込んでいた魔力は既に霧散し、今のレベッカは完全な丸腰の状態である。
『…さてと、もういいかぁ?色々話してやったんだ、今度は目一杯、あたしを楽しませてくれよ。ギブ&テイクでいこうぜ?さぁ、まずはその細い指から一本一本引きちぎって…』
下を向いたまま微動だにしないレベッカに、悪魔は目を細めて口角を歪める。
絶対的な存在である自分を前に、ついに諦めて完全な玩具になったのだと解釈し、悪魔はレベッカを弄ぼうと、その右手を伸ばした。
「…まれ…」
ふいにレベッカがつぶやいた。
それはほんの小さな声だった。
たとえこの場が美しい静かな森の中だったとしても、聞こえるか聞こえないかぐらいの、ほんか小さな声。
『…あぁ…?何?何か言ったかぁ?』
悪魔はレベッカの言葉が聞こえず、片眉を上げながら尖った右の耳に自分の手を添え、レベッカの方へと近づいていく。
その次の瞬間だった。
ズドォン!!!
『……ウォゴェェ…!?』
何かを硬い物で殴ったような、そんな鈍い音が響いた。
その直後、悪魔は両手で自分の腹部を押さえながら、膝から崩れ落ちる。
『オ、オエェェェアアァァ!!…ァァ…ア…ア…』
「黙れと言ったんです…。聞こえませんでしたか?」
何が起こったのか全く理解できない悪魔は、襲い来る強烈な痛みと吐き気に身悶えしつつ、ただただ、目を白黒させるばかり。
そう、その原因を作ったのはもちろんレベッカだった。
悪魔の度重なる暴言についにキレたレベッカは、凄まじいまでの速度と密度で土魔法を行使して硬質の岩製棍棒のようなものを創り出し、思い切り悪魔の腹部を目掛けてフルスイングしたのだ。
もちろん、研ぎ澄まされた無属性魔力で、肉体を超強化するというおまけ付きで。
「大人しく聞いていれば次から次へと、ゴミ虫だの豚小屋だの、汚物は消毒だの…。いけないのは、そのお口ですか?」
『おっ…、汚物は言ってな…はぶぅ!?』
レベッカはそう言うが早いか、何か言いかけていた悪魔の大きな口の中に、強化済みの右腕を素早く突っ込むと、その中で、土の魔法を行使する。
「悪い口には、お仕置きしなければいけませんね…?」
『はが、はて!はひやはれ!(まちやがれ)』
「ストーン・ステイク」
ズシャズシャズシャア……!!
『ひっ…!ぎぃやあああああ…!!?』
レベッカがそうつぶやいた瞬間、悪魔の口の中で握りしめた拳から、外側四方八方に向け、硬質の細く鋭い杭が何本も何本も噴出し、その全てが容赦なく内側から悪魔を貫いた。
顔中から青い血をドクドクと流す悪魔は、たまらずレベッカから距離を取る。
『…ぐあぁぁ、痛ぇ、いってぇよぉ…。くっそぉぉぉぉぉぉおお!やってくれるじゃねぇかぁ、このゴミ虫がぁ…!!』
ビキ、ビキビキ…!
突然己が身に降りかかった激痛に、悪魔は両手で顔を押さえながら額に無数の青筋を浮かべつつ、憎しみに満ちた目でレベッカを激しく睨みつけた。
しかしまもなく、血まみれで穴だらけの悪魔の顔が、徐々に復元されてゆく。
無論、それは悪魔の肉体に宿る高い再生能力ゆえだ。
「あら、穴が空いても自動的に塞がるんですね。うふふ、まるであなたはスライムみたいですね?」
レベッカは唇に人差し指を添え、冷たく笑いながら目の前の悪魔にそう言った。
『ス、スライム…だと…?』
悪魔はさらに多くの青筋を立てつつ、レベッカを凝視する。
眼の周りの筋肉が、激しい怒りで痙攣している様子すら見てとれる。
レベッカは、感情のこもらない無機質な声で続けた。
「…そういえば私のお友達の領内では、スライムの強い消化能力をゴミ処理として用いることもあるとか…。ならば、それと似たような特性を持ったあなたはまさしく…」
『……』
「私たちと同じ、ゴミ虫ですね?」
『ほざきやがれぇ!このくそ女がぁ!!後でと言わず、今すぐお前も殺してやらぁ――!!』
レベッカが口角を歪めて冷たくそう言い放った瞬間、悪魔は猛然とレベッカに向かって走り出した。
いや、その凄まじい勢いたるや、最早撃ち出されたといっても過言ではなかろう。
そしてまもなく、悪魔がレベッカの首を刈り取るべく、まるで死神の鎌のように振りかざした右腕が、レベッカの喉元を捉えようとしたその時だった。
「お前も…?今、お前も、とおっしゃいましたか?ふふふ、…あなた、何か勘違いしてらっしゃるみたいですね?」
レベッカは悪魔の目を見ながら、静かにそうつぶやいた。
すると次の瞬間――。
スパン!
ドサ…!!
『んなぁっ…!?』
悪魔は驚愕に目を見開いた。
伸ばしていた右腕の感覚が突然失われると同時に、まるで鋭利な刃物で切り裂かれたかのようにそれが肩口から分離し、そのまま無造作に地面を転がっていったからだ。
「…ちょっと遅いんじゃありませんか?危うく私の首が、胴からサヨナラするところでしたよ?」
レベッカは自分の首元をそっと指で撫でながら、小さく笑ってそう言った。
「あらレベッカ、その台詞の言い回し、ちょっとレイン君に似てきたんじゃないの?」
『なぁにぃ!?お、お前…、なぜ生きている!?』
悪魔は声のする方を見るや、再び目を見開いた。
そう、悪魔の右腕を斬り裂いたのは、先ほど吹き飛ばされたモニカだった。
モニカは悪魔の攻撃を受けた瞬間、自らの肉体を瞬時に無属性魔力で強化するとともに、炎に焼かれる前に、身体全体を風のバリアで覆ってダメージを最小限に抑えていたのだ。
「話は聞かせてもらったわ…。私たちの個人的な怨恨はともかく、この王都に害悪をなそうなんていうあんたの計画、むざむざ成就させるわけにはいかない!全力でブッ飛ばすわよ、レベッカ!」
「ふふっ、モニカの方こそ、彼の影響をばっちり受けてるじゃないですか」
そう言って2人は顔を見合わせると、思い切り身体の中で魔力を練り込んでいく。
「ワンワン!ワンワン!」
もちろんシロも一緒に。
「「「さぁ、行くわよ!(アオーン!)」」」
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