第127話 異形
炎に巻かれたモニカとレベッカ、そしてシロは?
そして放火犯の正体は…!?
第127話、よろしくお願いいたします。
「きゃっ~っはっはっはっはっ!熱いか?苦しいか!?喉がジワジワ焼けていく感覚はどうだ!?目ん玉の中の水分がグツグツ沸騰していくのは圧感だろう!?もっちろん、すぐに死んじまわないよう、火力はレアで調整済みだからなっ!!きゃっ~はっはっはっはっはっはっ!!」
突如、モニカたちのいた鐘楼を包み込んだ激しい炎は、まるで生きているかのように、次々に周辺の建物を飲み込み、静かな教会通りは瞬く間に紅く染まっていった。
その渦巻く炎の中心部において、赤髪の女が発する下卑た笑い声が異様なまでに響き渡るとともに、妙に甲高いその声が、一層不快感を増長する。
ドッゴォォォーン!!
「きゃっはっはっはっ……は?」
だが耳につくその声をかき消すような爆発音とともに、燃え盛る鐘楼の中から飛び出した3つの影に、女はまるで初めから一切笑っていなかったかのように、ピタリと笑い声を止めると、その顔から一切の表情が消えた。
そしてまもなく、狂気に濁ったその両眼を、さらなる憎悪と怨嗟で染め上げてゆく。
「ぺっ、ぺっ!ふぅ~、びっくりした。レベッカが咄嗟に土壁を創ってくれなかったら、ちょっとやばかったかも~。ごめんね、レベッカ、せっかく忠告してくれてたのに」
「…まあ、いつものことですから」
「ワフ、ワフ…、くしゅん!」
赤髪の女の前に降り立ったのはもちろん、モニカとレベッカそしてシロだった。
炎に巻かれた瞬間、逸早く危険を察知していたレベッカは、土属性魔法を行使して分厚く固い壁を構築して炎の侵入を防ぐとともに、全員が無属性魔力で十分に肉体を強化した頃合いを見計らい、創り出した壁を破って脱出したのだった。
すすや埃にまみれた服をぱんぱんと手で払い、一通り身だしなみを直したところで、モニカは眼前で沈黙したままの赤髪の女をキッと睨み付けた。
「ちょっとあんた!バッカじゃないの!?いきなり攻撃してくるなんて、一体どういうつもりよ!?」
「……」
通りを歩いていた赤髪の女に、不意打ちの先制パンチとして、ミニ台風のような風の魔法を打ち込もうと考えていたモニカは、自分のことは棚に上げ、赤髪の女を責め立てる。
だが赤髪の女は、先ほどとは一転、ジッと押し黙ったまま何も答えないばかりか、その前髪をだらりと顔の前に垂らしてうむついており、周りからはどんな表情をしているのかすら、窺い知ることができない。
「…まあいいわ。元々あんたを捕まえるつもりだったんだし?衛兵さんに突き出す前に、何でうちの家に火を点けたりしたのか、きっちり話してもらうんだから!」
モニカは、胸の前で両手を組んでパキパキ鳴らすと、フンッと鼻を鳴らした。
「気を付けてください、モニカ。未だ相手の魔力は得体の知れないものです。この人には何か秘密があるのかもしれません」
スッとモニカの横に並び立ったレベッカは、赤髪の女を見つめながら再び警告を発する。
だがその時、レベッカの声を聞いた赤髪の女が、その肩を一瞬ビクッ!と震わせるとゆっくりと顔を上げ、血も凍るような冷たい目でレベッカを睨みつけた。
「…おい、そっちのお前…。この人だと?…今あたしのこと、この人っつったのか?」
それは、先ほどまでの甲高い笑い声とは一線を画し、まるで深く暗い地の底から響いて来るような、そんな印象すら持ってしまうような声だった。
ただの一般人ならば、その声を聞いただけで卒倒してしまったことだろう。
「…申し上げましたが、それが何か?」
「下等生物の人族…。便所の糞やそれを喰うドブネズミ以下の人族風情が…、よりにもよって…、このあたしを……、同列に見やがっただと……?」
ギリギリと歯を食いしばりながら恐ろしいまでの殺気を発しつつ、やがて赤髪の女はプルプルと身体を震わせ始める。
怒りに震えて握り締めたその両拳からは、赤い血がドクドクと流れ出ていた。
だがその言葉の意図や怒りの理由が掴めず、モニカとレベッカそしてシロはお互いに顔を見合わせると、少し首を傾げて視線を元に戻す。
「…さねぇ…」
「…?」
「絶対に許さねぇぞぉ!この下等生物どもがぁ――!!手足を引きちぎった後に腹を裂き、そこから丁寧に内臓を抉り出しながら、じわじわと焼き殺してやらあぁぁ――っっ!!」
その時、赤髪の女が突如天を仰いだかと思うと、恐ろしいまでの怒号を発した。
あまりに満ち満ちたその狂気と殺意に、周囲に渦巻いていた炎が呼応するかのように、一層激しくうねり、紅くそして激しく燃え広がってゆく。
「…魔力量、著しく増加!来ます!!」
そう叫んだレベッカを含め、すでに3名ともが臨戦態勢を整えていた。
無属性魔力で肉体を強化するとともに、それぞれの身体の中で魔力を練り込み、いつでも魔法を発動できる状態をとっていたのだ。
だが、そんな準備万端のモニカたちの目の前で、さらなる異常事態が起こり始める。
「ちょっ…、えぇ…?な、何なの、あれ…。流れ出ていた血の色が…変わっていく…?あと、なんかあいつの身体…、おかしくない…?どんどん大きくなってない…?」
「…か、髪が異様に伸び、皮膚の色も変化していっています…。魔力量は…くっ…、さらに爆発的に増加していきます…。こ、これは、まさか…。前にレイン君が言っていた…」
「ガルルルルル!!」
モニカとレベッカは自分たちの目を疑った。
赤髪女が怒りに任せて握り込んだ拳から流れ出ていた赤い血が、徐々に青色へと変色していく様を目の当たりにしたのだ。
そしてさっきまで同じくらいの背丈だった女の身体が、ビクン!ビクン!と不気味に痙攣する度、みるみる大きくなっていくばかりか、腰の辺りまでの長さだった赤い髪は、まるで何か別の生物のように地面を這って長く伸びてゆく。
さらに、口は裂け、その両目が黒一色へと染まってゆくとともに、やがて女を覆う皮膚の色までもが、薄い水色へと変化していった。
――悪魔。
まるでシンクロしたかのように、モニカとレベッカの脳裏を同じ言葉がよぎる。
「早く寝ないと、悪魔に連れて行かれて食べられてしまうぞ!」などという言葉は、この世界で、なかなか寝ようとしない子供に対し、親がよく遣う決まり文句だ。
しかし、怖がって布団を頭からかぶって眠りにつく子供だけでなく、言うことを聞かない子供を叱りつける親でさえも、もちろん実際には悪魔の姿など見たことはない。
いや、そもそも実在するかしないか、などということすら、考えたこともないだろう。
だが訓練の合間、モニカとレベッカは、かつて王城で戦ったという悪魔の話をレインから聞かされたことがある。
元々人の姿をしていた、いや、正確に言うと人の皮をかぶっていたのであろうソレは、この世のものとは思えない異形へと変貌していったこと。
人ならざる業とその再生力で、ヴィンセントやイザベルとともに苦戦を強いられたこと。
そして――。
「いつか別の悪魔と戦うことになるんだろうな、はぁ…、なんて彼は言ってたけど…」
「…はい。どうやら、それが今、この瞬間のようですね…?」
眼前の凶悪な化け物と対峙しながら、モニカとレベッカは苦笑いした。
突然顕現した異形を前につい笑ってしまったのか、それとも、こんな非常事態においてすら、いつものように同じことを考えていたのが可笑しかったのか、それは2人にもわからなかった。
――だが、ただ1つ、彼女たちが冷静に、かつ、はっきりと理解している事柄があった。
それは、もしかするとここで死ぬかもしれない、という冷酷な事実だった。
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