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第123話 終着駅はエチゼンヤ

地下鉄の終着駅はいずこ?

そしてその時レインは?

第123話、よろしくお願いいたします!

「ふぃ~、やっと落ち着いたで~。お疲れさんやったな、ユリ!もうすぐ昼やし、お前も一旦休憩入ってくれや!」


「了解~。まあ、飯食うたらすぐ戻ってくるわ。おとんもぼちぼち交替してや!…けどほんま、毎日忙しいなぁ。お金稼ぐ代わりに、何かどんどん寿命が縮んどる気がするわ」


 ここはグレイトバリア王国王都中央広場に程近い商業特区。

 その広大な敷地内において、最も人通りが多く、絶え間ない賑わいをみせる一等地に建てられた自宅兼店舗において、ユリ・エチゼンヤは、額の汗を高級なハンカチで拭いながらそうつぶやいた。


「ははは!その割にはお前、毎日えらい楽しそうな顔しとるやないか!悩んどる奴の顔やないぞ、それは!」


「へっへっへっ~。そこはまあ、うちもおとんから商売人の血を受け継いどるからな。お金のチャリチャリする音とか聞いたらもう、溜まった疲れも吹っ飛ぶっちゅうもんやで!」


 ユリはニヤリと笑うと、右手の親指の先と人差し指の先をくっつけ、『お金のマーク』を形作る。

 聖職者などが聞けば眉を顰めそうな仕草や会話ではあるものの、ここではこれがスタンダードであり、お金こそ神様といっても過言ではないのだ。


 ユリから()()()、と呼ばれた男、彼の名はソウキュウ・エチゼンヤ。

 現在、雑貨や食料品の販売をはじめ、武器、防具、服飾の他、運送や魔道具に至るまで、枚挙にいとまがないほど多くの部門を多角的に経営し、かつ、王都でも断トツの売上高をほこるエチゼンヤ商会の創業者であり、そしてユリ・エチゼンヤの父親だ。


 このソウキュウ・エチゼンヤ、外見は中肉中背黒髪の男性で、一見どこにでもいそうな、いわゆる普通の人間だ。

 だが一度(ひとたび)商売の話になれば、その表情や雰囲気は一変する。

 儲け話に対するその嗅覚はとても鋭く、また、お客や取引相手に対する細かな気配りは当然ながら、時には莫大な金銭が動く、ヒリつくような巨大な商談においても、長年培った勘と天性の直感による大胆かつ迅速な判断で、必ず成功を勝ち取るなど、一代で巨大なエチゼンヤ商会を築き上げたその手腕は伊達ではない。

 また、平素の朗らかで前向きな人柄も、たくさんの人が付いてくる要因の1つであろう。


「けど、今こうやってうちの商会が上手く回っとるのも、全部レインフォード卿のお陰やで。5年ほど前にお前がたまたま知り合いにならへんかったら、さすがにうち商会でも、あのまま潰れとったかもしれんしのう」


 ソウキュウは、午前中の売り上げとして、支払いカウンターに置かれた多くの硬貨を一枚いちまい丁寧に数えつつ、感慨深そうにそうつぶやいた。


「ははは、確かにレイン君の件は運がよかったかもなぁ。結果的に敵対しとったラプトン商会はなくなってもたし。ま、阿漕な商売しよったあいつらは、どない考えても自業自得やけどな」


 チャリ、チャリっと、硬貨と硬貨がぶつかる小気味良い音に気をよくしながら、お気に入りの青いリボンでまとめていた父親譲りの自慢の黒髪をほどき、ユリは軽く首を左右に振った。


「ははは。まあそれもそやけどな、レインフォード卿は、何や突飛なアイデアを次から次に思い付きはるやんか?まさかわしが、あの恐ろしいワイバーンを飼育したり、ましてや配達に使うことになるとは夢にも思わんかったわ。高いとこだけは、ほんま苦手やのに…」


 ソウキュウは、レインとともに、初めてワイバーンに跨って王都の空を飛んだ時のことを思い出し、顔を青くして身震いした。

 いくら商売のためとはいえ、自分はもう二度とワイバーンには乗らないぞと、心の中で改めて固く誓う。


「確かにその辺はほんまにありがたい思とるで。けどまだまだ他にも色んなこと考えとるみたいでな。やれ王都は娯楽が足らんとか、やれうまい飯屋が足らんとか。えっと…、何やったかな、確かオペラとかアイドルのオシカツ…?あと何や、ヤキュウやサッカーとか…?ははは、知らん言葉ばっかで、上げたらキリがあらへんわ」


「そうか。何やようわからんけど、失敗してもかまへんから、お前はどんどん新しいことにチャレンジせえよ、ユリ?店のことはわしらに任しといたらええ。優秀なスタッフもぎょうさんおるからな」


 ソウキュウはにっこり笑いながら、数え終わって麻袋に包んだ硬貨をドンッ!っとカウンターにおいた。


「オッケー!任せといてや、おとん!うちが一生懸命お金稼いで商会をもっともっもおっきして、おとんが死ぬまで働けるような環境作ったるさかいな!ほな、うち休憩しに部屋戻るわ」


「あいよー、お疲れさーん」


 満面の笑みでそう言うと、ユリは店舗裏口から居住スペースへと去ってゆく。


「…ふふふ、親孝行な娘を持って、わしは果報者やで。…あれ…?けど今のなんかちょっとおかしないか…?『将来おとんを楽さしたる!』やなくて、死ぬまで働けと…?あれは、親孝行…なんかなぁ…?」


 もう一度振り返って手を振るユリを見ながら、ソウキュウは苦笑いで手を振り返すのであった。


 ※※※


「はぁ!疲れたぁ!」


 ユリは自室に入るなり、そのままベッドの上へと倒れ込んだ。

 使い慣れた柔らかい枕にしばらくの間顔をうずめながら、ユリは思いを巡らせる。


「確かにおとんの言うとおり、うちがここまで色んな経験できとんのは、レイン君のお陰やなぁ。そもそもあん時、あの子に会うてなかったら、うちの商会もどうなっとったかわかれへん…」


 ユリはゆっくりと起き上がると、木製の鏡台の前に腰掛けた。

 そしてお気に入りの櫛を手に取ると、長い黒髪をさっととかし始める。


「レイン君、か」


 ユリは、鏡に映る自らの顔の向こうに、レインを想像する。

 レインフォード・プラウドロード。

 ふわふわの銀髪に、くりっとした青い眼をした男の子。

 知り合ってから5年になるが、初めて出会った時と比べると、少しだが背丈も伸び、肩幅も広がって男の子から()()()に近づいてきたようにも感じる。


 最近は、新規事業の会議や出店場所の下見に同行することはあっても、ともに冒険をしたことはない。

 しかしながらユリは、5年前の出来事を忘れてはいない。

 いや、忘れようとしても忘れられるはずもなかった。


 彼との出会いがきっかけで、ヴィンセントをはじめ、あのグレイトウォール公爵家と深いつながりを持つことができたこと。

 王都において、長らく無法地帯となっていたスラム街に迷い込んだ挙句、その支配者として君臨していたイザベルと戦ったこと。

 そしてその度、自分の盾となって護ってくれた小さな(レイン)の背中が、とても大きく見えたこと…。


「…はっ!?な、何を考えとんや、うちは!」


 鏡の向こうに思い浮かべていたレインの像を打ち払うように、ユリは勢いよく首を左右に振ると、サッと立ち上がって着替えを始める。

 いくら商売人といえども、もちろんユリ自身も年頃の女性であり、度重なる接客で汗ばんだ服を着替えたいと思うのは当然のことだ。


「…あっちはお貴族様、うちは平民…、や」


 パサッ…。


 ユリは首周りに巻かれた赤いリボンをほどくと、上から順に1つひとつボタンを外し、着用していた真っ白のシャツを脱いで上半身下着姿になる。

 それを無造作にベッドの上へと放り投げると、そのままクローゼットを開け、新しいシャツを取り出した。

 真っ白に洗濯されたそれは、先ほど放り投げた物と全く同じ型、同じサイズのシャツだ。


『ユニフォームを作りましょうよ、ユニフォーム!お店のみんなで同じ服を着れば、見た目にも美しいし、何より、一層の連帯感と仲間意識が芽生えますから!あと、絶対どこかにエチゼンヤ商会のマークを入れてください!おしゃれなデザインのやつですよ!』


 ユリは洗濯したての綺麗なシャツを取り出すとともに、胸のポケットの部分に赤い糸で刺繍されたエチゼンヤ商会のマークをじっと見つめながら、再びレインのことを思い出していた。


『全員が同じ服を着る…?』


 最初は半信半疑だったものの、その効果はあまりに絶大だった。

 ユニフォームという新しい装いの支給を受けた従業員たちは、とても喜んでくれたのだ。

 仕事用の服だからといって決して手を抜いて作られたものではなく、その丁寧な仕立てと上等な生地、そして洒落た刺繍は、すぐさま商会の皆を虜にした。


 また、無料での支給に加えて破損時の無償交換など、他の商会にはない気前の良さも、このユニフォームがすんなりと受け入れられることに一役買ったのだろう。

 さらに驚くべきことに、あまり深い付き合いをしていなかった者同士や、反りが合わずに対立していた者たちですら、同じユニフォームを着ているうちにいつしか仲良くなり、そして自発的に助け合うようになっていった。


 そして現在この王都では、多くの商店や飲食店がエチゼンヤ商会の始めたこの制度を真似、様々な形のユニフォームの制作がブームになっているほどだ。

 もちろん、エチゼンヤ商会縫製部が、この一大ムーブメントに()()()()()()していることは言うまでもないのだが。


「…そういえばうち、レイン君に面と向かってちゃんとお礼言うたこと、1回もないよなぁ…」


 ユリは、遠き日の思い出からふと我に返ると、小さくそうつぶやいた。


「いやいや、でも待てよ…?そもそもよう考えたらあっちはあっちで、エチゼンヤの知名度やシステムを利用して上前をはねとるわけやし、別にうちの方からお礼を言わなあかんことはあらへん気もするな…」


 ユリはクローゼットから取り出したユニフォームに視線を落とし、しばらく考え込む。


「…はぁ…、このユニフォームかて元はといえばレイン君のアイデアか…。よし、しゃあない。そういうの恥ずかしくて苦手やし、今更感バリバリやけど、思い立ったが吉日や!いつかちゃんとお礼言う時に備えて、練習だけはしとこ!」


 ユリはユニフォームを手にしたまま、しかし上半身は下着姿のままで、再び鏡台に座った。

 そして先刻と同じく、鏡の向こうにレインの顔を思い浮かべる。

 羨ましくなるぐらいサラサラの銀髪を揺らしながら、白い歯を剥き出しにしたレインがにっこり笑う。


「あ…あの…、レ、レイン君。今更やけど、何か色々おおきに…、いや、あ、ああ、ありがとうございます…!……って、あかん!恥ずかしすぎる!!…け、けどちゃんと言わな…!別に誰かに見られとるわけやなし、練習…、練習や!!」


 ユリは真っ赤に染まった頬を、両手でパンパンと軽く叩くと、気を取り直してお礼の練習を再開した。


「(な、何でこうなった…?…うちは一体何をやっとるんやろう…?)」


 ふとそんな考えがユリの頭をよぎったが、ここまでくると、とりあえずしっかり形にしておかないと気が済まないユリは、愚直なまでに練習を続ける。


 さすがは王都でトップクラスの商会の一人娘。

 日々の接客業で鍛え上げられた大きな声と滑舌の良さ、そして元々顔立ちの整ったユリから繰り出される無料のスマイルも相まって、当初ぎこちなかったレインへのお礼は段々と様になってきた。


「レイン君ありがとうございます!レイン君ありがとうございます♪レイン君ありがとうございます~☆キラリ☆レイン君、ありがとうございます、チュッ」


 キラリと輝く笑顔に加え、ウインクやぶりっ子そして極めつけの投げキッスなど、お礼バリエーションも無駄に豊富になってきたそんな折、悲劇というものは、突然前触れもなくやってくる…。


「うっふ~ん、レイン君~。いつもありがとうね。今日はいつもの感謝を込めて、ちょっとお姉さんのうちが、一生忘れられへんような濃ゆ~いお礼、してしもたろか…?うふふふ…」


 上半身下着姿のままのユリが調子に乗り、胸の辺りで腕を組みながら若干の前傾姿勢を取りつつ、濡れた瞳&上目遣い攻撃で鏡の向こうのレインを誘惑していた(不毛な)時の出来事だった…。


「な…、何してるんです…?ユリさん…?」


「ほぇ?」


 突然耳に届いた、聞き覚えのあるその声。

 だがまさか鏡の向こうのレインが言葉を発することはあるまい。

 聞き間違いやんね…?いや、そうであってくれ…などと思いながら、ユリは自身の事務机の方にぎこちなく顔を向けた。

 効果音を表現するならば、ギギギギッ…、という首が軋む音が適切だろうか。


 だがそんなユリの願いも空しく、なぜか机の床下からひょっこり顔を出していたのは、ついさっきまで鏡の向こうにその姿を想像しながら、何度もお礼を言う練習をしていた、レインフォード・プラウドロードその人だったのだ。


「え…?」


「え?」


「ぎゃぁああああああああああああああ!!」


 どったん!

 ばったん!

 パリーン!!

 ドンガラガッシャーン!!


 ほんの一瞬、強力な氷結魔法にでもかかったかのように、思考を含めてその動きを完全に停止したユリだったが、次の瞬間には極大火炎魔法のように顔を真っ赤にし、近くの家具を倒したり、手当たり次第に周辺の物を投げつけ始める。


「な、ななな…!何さらしてくれとんねん、レイン君!?お、おお乙女の部屋に、しかも机の下からいきなり侵入してくるっちゅうのは、こら一体全体どういうこっちゃねん!!?」


「ちょ、うわわわ…!?も、物を…投げないでくださ…、って、ひえぇ!?そ、そんなでっかい壺、頭に当たったら怪我しちゃうじゃないですか!?」


 そんなことを言いながら、レインはササッと机の下の穴から這い出すと、飛来するあれやこれやを巧みにかわしながら、室内へと降り立った。


「な、ななな、何しれっと部屋ん中入ってきとんねんんん!!?あと多少の怪我は覚悟せぇ!!さっき見たこと聞いたこと、全部忘れて軽い記憶喪失になったらええんやぁぁぁ!!いや、むしろなってもらわんと困るんやぁぁぁぁ!!」


 もはや半狂乱になりながら、鬼女の如く大暴れするユリに対し、今度は別の女性が声を掛ける。


「おい、ユリ。アタシはちゃんとワイバーン便で手紙を送ったはずだぞ?週末の休日に合わせて、レインたちと地下鉄で王都に行くからよろしくってさぁ」


 声の主はイザベルだった。

 トレードマークの黒いコートと美しい紫色の髪をなびかせながら、様々な物が散乱した部屋の中へヒョイと滑り込む。


「『技術秘匿のために、地下鉄の出入口はうちの部屋の真下にしといたらええ!机の下やったら誰も見よらんやろ!』つってたのはアンタだろうが…。まさか今日のこと、忘れてたのかい?」


 ユリの独特のイントネーションを真似つつ、イザベルは眉間に皺を寄せながらそうつぶやいた。

 その後もヴィンセントを始め、エドガーやクリントンなどが続々と地下道から梯子を伝って入室してくるのだが、誰もがこの室内の悲惨な状況に、顔を歪める。


「ワ…ワイバーン…、手紙…」


 そのキーワードを聞いた瞬間、ユリは思い出した。

 確かに先週の半ば頃、王都魔法学校への野菜の出荷から戻ったワイバーンに、イザベルが言ったとおりの手紙が添えられていた。

 だが日々の業務に忙殺されていたユリは、ついそのことを忘れてしまっていたのだ。

 恐らく受け取った手紙も、この暴風が吹き荒れたかのような()部屋のどこかにあるのだろう。


 様々な事柄に、その思考回路がショート寸前のユリに対し、レインが小さな声で、かつ、少し申し訳なさそうに声を掛ける。


「あの、ユリさん…。と、とりあえず上着を着てはどうでしょうか…。下着のままだと、風邪…引きますよ…?」


「…………!!」


 バッターンッ!


 だがこの一言がトドメとなった。

 レインの指摘により、自分が下着姿であることを再確認すると、ついにユリは白目を剥いてその場で仰向けに倒れてしまったのだ。


 レインは、ヒクヒクと口角を揺らしながら倒れたままのユリの上に、近くの鏡台の上に放置されたままのユニフォームを、無言でそっとかけてやる。


「や、やっぱり凄まじいわね、エチゼンヤ商会は。そう思わない?レベッカ…」


「ええ、モニカ…。商売の道がいかに険しいものであるかを、あらためて痛感させられます…」


 重苦しい沈黙の中、遠くからそっとこの惨劇の場を眺めるモニカとレベッカは、『絶対にこうはなるまい…!』と固く心に誓うのであった。


 いつも応援ありがとうございます!

 よろしければ、下部の

  ☆☆☆☆☆

の所に評価をいただけませんでしょうか。

 ☆が1つでも多く★になれば、作者は嬉しくて、明日も頑張ることができます。

 今後ともよろしくお願いいたします!

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