第122話 王都へ行こう!③ 〜シナモンダディは、やはりダンディ〜
さて王都への列車の旅も終盤。
アリさんレディに見つかってしまったココの処遇やいかに。その時レインは…。
第122話、よろしくお願いいたします。
ガタン…ゴトン…。
ガタン…ゴトン…。
ガタン…ゴトン…!
ガタン…ゴトン…!
「うん!最初は戸惑ったけど、慣れればなんてことはないわよ、レベッカ!それに私の魔力ひとつで、この巨大な物体が動くというのがすごく快感だわ!それっ、加速!減速!加速!!減速!!きゃっ〜、楽しい!」
「え〜、ご乗車の皆様~、本日もデビル=レイン…、略してデビレイン鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございます。当列車はあと15分ほどで王都に着きま~す。お降りの方はご準備をお願いいたしま~す。…こんな感じでどうです、モニカ」
「うおぉい…!?レベッカ!!珍妙なアナウンスを披露する前に、しっかりと姉を見張っておきなさい!さっきから危ないじゃないか…って、またこのパターンか!!…うぷっ…!」
現在俺たちが乗る列車は、やや加速と減速を繰り返しながらではあるものの、王都へ向けて概ね順調に走行している。
最初こそ恐る恐る列車の運転を始めたモニカであったが、日々の訓練の賜物か、その魔力操作はエドガーよりも格段にスムーズで、今では自由に列車を操っている。
またレベッカに至っては、俺が渡した運行表を参照しつつ、まるで車掌さんのごとく振る舞っている。
見たことも聞いたこともないだろうに、どうなってんだ。
…あとデビレインはやめろ。
お前の心の声か?
心の声なのかそれは!?
…まあ、クリキントン君の様式美に関しては、もはや何も言うまい。
さて、レベッカの言うとおり、このまま行けば列車は間もなく王都に到着するだろう。
けれど、今差し当たっての問題は、俺たちも知らぬ間に列車に乗り込んでいた、シナモン食堂の娘さんであるココをどうするかなんだよな〜…。
「ねぇ、ココ。僕たちは何も怒っているわけじゃないんですよ。ただ知りたいのは、君がなぜこの列車に黙って乗り込むに至ったのかという理由。そして、そもそもどうやってこの地下施設のことを知ったのか、という2点なんだよね」
俺は、モフモフうさ耳をしゅんと垂らし、うつむいたまま座席に座るココに対し、極力不安にさせないよう、にこにこしながら優しく語りかける。
…だがその実、俺も心中穏やかというわけではなかった。
なぜかというと、ココが何らかの目的を持って王都に行くため、この列車に乗り込んだのは正直別に構わない。
シナモン食堂には普段から何かと融通を利かせてもらって世話になっているし、仮に最初から事情を話してくれていれば、シナモンダディに話を通した上で、喜んで乗車を許可しただろう。
だがそれよりも問題なのは、俺たちが秘密裏に進めていたこの地下関連施設を含めた一連の事柄が、こうも簡単に露呈してしまったことなのだ。
エドガーを始め、訓練従事員などに対しては、この場所のことをペラペラと他所で口外しないよう、しっかりと釘を刺していたし、万が一にも他の学生にばれないよう、わざわざクリントンの部屋の机の下に秘密の出入口も作った。
だが結果として、俺たちが隠そうとしていた事実は、いとも簡単にばれてしまったのだ。
しかも魔法使いでも何でもない、普通の食堂の女の子に、だ。
(くっ…、どうしてこうなった?やはり俺の部屋に地下への出入口を作るべきだったか…?いや、でもそれだと万が一の場合、クリントンに全責任をなすりつけることができなくなるし…)
地下施設露呈の原因や再発防止策などについてあれこれ考えていた時、ココが静かに口を開いた。
「えっと…、実は私、先日夜食を食べるモニカさんが、食堂で大きな声で話をしているのを聞いてしまって…。それで皆さんが何らかの方法で、こっそり王都へ行こうとしているのがわかったんです…」
「えっ!?わっ、私…!?」
ガタタン!
一瞬、電車が大き揺れた。
俺は目を細めると、目を泳がせながら狼狽するモニカをジッと見つめる。
(モニカ、お前か…)
「あっ!でもどうかモニカさんを責めないで!大変な訓練の後で疲れていたんだと思うし、食堂にはお父さんと私以外は誰もいなかったの!」
ココは申し訳なさそうに、モニカと俺とを交互に見ながら、モニカを庇うようにそう話した。
うんうん、優しいな、ココは。
だがモニカは許さん。
「それ見たことか!全て貴様のせいではないか!モニカ!!だからあれだけ平素から言動や行動に注意するように言っておいただろうが!…まったく、これだから注意力散漫な人間は困る…!!」
「むぐっ…!ぐぐぐ…!」
ココの話を聞いたクリントンは、なぜか急に元気を取り戻すと、すかさずモニカに詰め寄った。
モニカはクリントンに指摘されたことが癪に障ったのか、悔しそうに歯噛みしながら、クリントンを睨みつけている。
「…あともう1つあって…。また別の日に私、訓練で疲れた様子のクリントンさんの後をこっそり付いて行ったんです…。実は前々からクリントンさんが食事中に『あの机の下の変な空間は何とかならんもんか!ぷんぷん!』って独り言を言ってたから、もしかすると…って思って…」
「う…!?わ、私もだとぉ!?…あ、あぁ、気分が悪い、気分が悪い…。ちょっと後ろの荷台の方へ…と」
(クリントン…、お前もか…)
俺は顔の位置を動かすことなく、モニカへ向けていた視線をそのままクリントンの方へと移す。
おっと、額に青筋が…。
「あ、あんたも人のこと言えないじゃないの!クリントン!!魔法使いともあろう者が、こんな小さな女の子に尾行されるってどうなのかしら!?」
「だっ、黙らっしゃい!そもそもは貴様がおしゃべり妖精の如くペラペラと話をするからこんなことになったのだろうが…!!」
「何よ!!あんただってブツクサ独り言を言った挙句、猪突猛進の魔猪みたいに前しか見てなかったんでしょうが…!!」
「「ガルルルル…!!」」
ブワァ!!
「「……うへっ!?」」
その時俺は、醜い争いを繰り広げる2人に対し、訓練の時以上に殺気を込めた強烈な威圧をぶち当てた。
そして…。
「お~ま~え~ら~……」
「「ひ、ひえぇ…!?お、鬼…!?」」
さっきまで額をピタリとくっつけて罵り合っていたモニカとクリントンは一転、地獄の底から這い出て来たかのような俺のドス黒い魔力に対し、肩を寄せ合いながら、青い顔をして尻餅を突くのであった。
誰がオーガだ、誰が。
反省なさい!
※※※
「うんうん、成程ね。要点をまとめると、結局のところココは、王都では一体どんな素晴らしい料理が出されているのか、その味も含めて自分の目でしっかりと見てみたかったというわけなんだね?」
俺が顎に手を当てながらそう問いかけると、ココは静かに頷いた。
「はい、そのとおりです。実は私は、物心付いた時から魔法学校の食堂でお父さんのお手伝いをしていて、正直あまり外の世界のことを知らないんです…」
ココは遠い目をしながら、薄暗いトンネルの天井を見上げた。
トンネル壁面に等間隔に設置された光の魔石に照らされながら、これでもかというぐらい天井に刻印された美しい幾何学模様が、列車の進行に合わせてどんどん流れていく。
「お父さんや私は、美味しいご飯を食べた時の生徒の皆さんの嬉しそうな笑顔が本当に好きで…。だから、この国の中心である王都という場所に行って色々な料理を学ぶことができれば、もっと皆さんを喜ばせることができるんじゃないかと思ったんです…!」
エドガーの運転によって走行を再開した列車の中、ココは静かにそう答えた。
かわいらしいうさ耳がぴょん!と伸び、目にはしっかりとした意志の光が宿っている。
「ココさんと申されましたか…。あなたのその崇高な決意、その迅速な行動力…、私はとても尊く素晴らしいものだと思います。やはり地上に暮らす種族はすごい…。肉体的な強さや内在する魔力とは全く別次元の『意志の強さ』という得体の知れないものが、こうも他者の心を震わせるのですね…」
「ははは!違ぇねえ!アリさんの話は多少飛躍しちゃあいるが、確かにアンタくらいの年のガキが、貴族だの悪徳商人だのが跳梁跋扈するあの王都で一旗あげようなんざ、正気の沙汰じゃあねぇよな!ま、アタシはそういうバカは好きだけどね!!」
ココの側にしゃがみ込むアリさんレディや脚を組んでふんぞり返って座席に座るイザベルの褒め言葉に、ココは顔を赤くしてうつむいた。
「ふぅ…。ココもその様子じゃ、このまま大人しく魔法学校へ帰るつもりはないんですよね?」
「はい!私は1人でも王都見て回ります!あっ、私のことは気にしないでいいです!このまま連れて行ってさえもらえれば、帰りは自分で何とかしますから!」
いや、そういうわけには…。
いくら比較的治安がいいとはいえ、中には小さな女の子を攫って売り飛ばそうかという輩もいるかもしれない。
そうでなくとも、仮にココが迷子になって衛兵さんが保護したとして→どうやって来たの?→チカテツ?何それ?→クリキントン?レインフォード?誰それ?魔法学校の生徒?→学校へ通報→勝手に穴掘ったり外出たり、何してくれとんねん!→俺しょんぼり…、という恐怖の光景がありありと目に浮かぶ。
俺はブルブル!っと首を左右に振り、再びココに語りかける。
「わかったよ、ココ。僕たちと一緒に行こう。王都は広いし、迷子にでもなったら大変だからね」
…主に俺が。
「えっ!ほっ、本当にいいんですか!?」
「ああ。シナモンさんには普段から何かとお世話になってるし、少しぐらいは恩返ししないとね?」
「レインさん…!ありがとうございます…!本当にありがとうございます!!」
ココは何度も勢いよく頭を下げる。
やはり大人びていても、まだ小さな女の子だ。
行ったこともない巨大な都市において1人は不安だったのだろう。
(しっかし、大人しいと思ってたココが、こんなに向こう見ずな子猫ちゃんだったとはな…、あ、子ウサギちゃんか…。昔冒険者をしていたというシナモンダディと、血は争えないってことか…)
…その時の出来事だった。
「うん?…ココ君、何か落としたぞ?これは…?」
「…え?」
全員に向かって律儀に頭を下げ続けるココのスカートのポケットから、1枚の小さな羊皮紙がふわりと舞った。
ココの側に佇立していたヴィンセントがそれを拾い、サッと目を通すと、小さく笑って俺に手渡してくる。
「ふっ…。これはお前宛だよ、レイン。あの食堂の主人、只者ではないと感じてはいたが、やはり大した御仁だったらしい」
何だ?
シナモンダディから俺宛の手紙?
何だってそれがココのポケットから…。
俺は頭に?マークを浮かべながらヴィンセントから手紙を受け取った。
するとそこには驚くほど丁寧な文字で、短い文章が
記されていた。
…そう。短いが、とても胸が熱くなる文章…。
「…ココ。シナモンさんから僕宛の手紙さ。君も読んでみて」
「え?お父さんからの手紙…?そんな、どうして…?」
ココは怪訝な顔で俺から手紙を受け取ると、シナモンダディからの手紙を声に出して読み始める。
「親愛なるレインフォード卿 我が愛する娘ココに、どうか広い世界を見せてあげてください。何卒よろしくお願いいたします。そしてどうか、笑顔で無事に帰って来て…くだ…さい…。温かい…スープを……用意し……て…、待って……おります……。シナモン・レオン…ハート……」
ココは父からの突然の手紙に、最後は涙を流しながら、声にならない声でそれを読み終えた。
ココの涙が次から次へと羊皮紙に滴り落ち、幾つもの小さなシミを作っていく。
「わ、私…、王都へ行くことは、誰にも…言ってないのに。お父さんは…、どうして……」
嬉しいやら不思議やらで、複雑な表情を浮かべるココに、俺はにっこり微笑んだ。
「言葉はなくとも、きっとシナモンさんは全部知ってたのさ、ココ。やっぱりシナモンさんは、とても素敵な人だったんだね…」
「う、うわーん…!お父さーん…!!」
俺の言葉に感極まったココは、勢いよく俺の胸…ではなく、横にいたヴィンセントに抱きつくと、大声で泣き始めた。
一瞬驚いたヴィンセントだったが、すぐに優しくココを包み込むと、ぽんぽんと頭に手を添えている。
…さ、さすが絵になるわぁ…。
けどイケメン爆発しろ…。
シナモンダディの優しさに包まれ、涙が止まらないココを皆が優しく見つめていた。
※※※
ガタン…ゴトン…。
ガタン…ゴトン…。
ガタン…ゴトン…!
ガタン…ゴトン…!
列車は静かに進んでゆく。
きっと程なくして王都へと到着するだろう。
…おっと、エドガー、運転には十分気をつけてくれよ?
楽しいのはわかるが、あまりスピードを上げすぎると、列車の後ろから身体強化で必死に駆け足で付いてくる頑張り屋さんの2人が、置いてけぼりになっちゃうからな。
「おーい、急げよー。置いてくぞー?」
「「ひぃっ…、はぁっ…!ひぃっ…、はぁっ…!ま、待って…、待ってくれ〜…!!」」
2人の元気な声に、ココは少し申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら、ペロリとかわいい舌を出すのだった。
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