第118話 一難去ってまた一難
アリさんレディは静かに立ち去った。
この後始末、どうしよう…。
第118話、よろしくお願いします。
驚くべきことに、真っ黒な巨大アリさんが突如、蠱惑的美人レディに進化して立ち去った後、再び訓練場内には静けさが戻っていた。
「あ、あれは一体何だったんだ?自分の言いたいことだけ言って、そのまま帰っちゃったような感じだけど…」
俺は、アリさんレディが土の魔力で創り出した、巨大かつ見事な細工の施された扉を見つめながら、大きくため息をついた。
同時に、クロウから突然の目潰しを食らったために、まだ少しヒリヒリする目をごしごしと擦る。
(しかも未来の旦那様とか何とか変なこと口走ってたし…?そういうのはもうシルヴィアだけでお腹いっぱいだっつーの…。しかし、目が痛いなおい…)
「なんじゃレイン、ぼーっと締まりのない顔しおって。大方さっきの新女王アリのことでも考えとったんじゃろ?フンッ!よかったのう。我と違うて、何やらムチムチした肉感的な体だったしのう。フンッ!」
シルヴィアは頭の後ろで手を組み、口を尖らせながら恨めしそうな目で俺を見る。
何がフン!だよ。
まあムチムチっていうのは、概ねあってるけど…。
うん、ムチムチはあってる…ムチムチ……。
「ハッ…!い、いやいや、勘弁してくださいよ…。あなただけでも手一杯なのに、そういう候補に新しい人?が増えても困りますから…」
俺は首をブルブル!と左右に振り、頭の中のMUCHIMUCHIのイメージを消去しつつ、顔の前で手の平をブンブンと振った。
「…ふーん、どうだかのう?まあでも、我は別にお主の番候補が何頭何匹増えようが別段構わんぞ?強い雄を求めて雌が群がるのは自然の摂理。種族の違いなど、我々にとっては些末なことよ」
「ちょっと!何で単位が頭とか匹なんですか!?せめて何人と言ってほしいですけどね!」
何で俺の奥様が人外前提なんだよ!
レイン君は断固訂正を要求するぅ!
「ぐっはっはっはっはっ!何を今更!!我は義母上や義妹君以外に、お主が人族の雌にちやほやされている様など見たためしがないぞ!!人族でお主の周りをうろうろする雌といえば、あの金銭を神の如く崇拝する、エチゼンヤとかいう欲の化身のような雌だけじゃろうが」
「ぐっ…!むくくっ…」
「ん?どうした?我何か異なことを言うておるか?んん?」
シルヴィアは、俺のかわいいほっぺを指先でグリグリしながら、意地の悪い笑いを浮かべている。
ちぃ…!
気にしてることをどストレートにぶっ込んできやがって…。
…事実だけに反論できんが…。
「レ…レイン。俺は、シルヴィアさんはてっきりお前の身の回りの世話をする従者だとばかり思っていたが、実はそういう関係だったのか…。さっきのアリさんの件もあるし…。お、お前、純情そうな顔をしながら、なかなか爛れた暮らしっぷりをしてるんだな…」
いや、エドガー君!?
そういう勘違いやめてもらえません!?
全然爛れてないし、清廉にして堅実な俺だから!
勝手に変なのが寄ってくるだけなんだよぉ〜…。
「ふんっ!女性関係にだらしない人間は、いずれそれが元で己が身を滅ぼすことになると忠告しておいてやるぞ。まあその辺り、この私は高貴な貴族であることを自覚し、正しく弁えているがな!」
「…クリントンの場合、ただ女性に人気がないだけでは…?」
エドガーにかぶせて俺に苦言を呈したクリントンに対し、クロウの鋭利な刃物の如き言葉のナイフがぶっ刺さる。
しょんぼりするクリントンの姿に思わず吹き出してしまった。
ほれ!もっと言うたって!
「うぬっ!し…失礼な!私はいつか出会うであろう運命の相手に全てを捧げると決めておるのだ!あぁ、そういえばクロウ、貴様も貴様だ!突然目など狙いおって!!めちゃくちゃ痛かったわ!!」
「ふっ、悪かったよ。エドガーに対しても謝罪しよう。けど俺は、どうしてもレディが素肌を無碍にさらす姿が耐えられなくってね…。特にクリントン、君は高貴な貴族の紳士なんだろう?レディの名誉のためなら多少の苦痛も我慢できるのでは?」
「むむっ…。まあ、そういうことなら仕方あるまい…。ま、魔獣とはいえ、やはり一応レディはレディだしな…ブツブツ…」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながらクロウに迫っていた肉壁であったが、レディや名誉という言葉に簡単に矛を収めてしまうあたり、実は本当に紳士なのかもしれない…。
そんなああでもない、こうでもないという俺たちのやり取りを近くで見ていたモニカとレベッカは、ポカンと口を開けたまま、青い顔をして立っていた。
「あ、あんたたち、えらく余裕ね…。レインフォード君の爛れた女性関係はさておき、さっきのアリ…いや、人型に進化したアリの女王だっけ?途轍もない魔力だったんじゃないかしら…?学校内に魔獣がうろうろしてるのも問題だし…」
「わ、私は卒倒する寸前でした…。あんな凄まじい魔力の波動を受けて、なぜあなたたちは平気なのですか…?」
おーい。
爛れたネタ、いつまで引っ張るのかなー。
勘弁してくれないかなー。
「いや、まあ何ていうか…。確かに凄い魔力であることに間違いはないんだろうが…なぁ」
「う、うむ…。似たような魔力、いや、むしろそれ以上のものに何度も何度も当てられてしまうと、もう色々と麻痺してしまっているというか…」
「俺たちも強くなっている…という証なのかもしれないな」
(おっ?アリさんレディの魔力に物怖じしないとはね…。ふふふ、ちょっとは訓練の成果が出てきたかな?)
“強くなっているかもしれない”
そんな風に少しずつ自信をつけてきた彼らの様子を見ながら、俺も少し誇らしい気持ちになる。
さて…、残る問題はあの2人か…。
(ふーむ、俺たちの訓練のことや、アリさんが校内を闊歩していることなど、全部秘密にしといてくれってのは、ちょっと無理があるかぁ。…それかいっそのこと、何か適当な理由をつけて、あの子たちも訓練に巻き込んじゃうか…?そうすれば共犯…げふんげふん!良好な人間関係を構築できるかも…?)
俺はふと何気なく、いつも持ち歩いているハンカチをポケットから取り出すと、魔石の炎で煤だらけになった額を拭った。
だが、その時の出来事だった。
「ちょっ!?レ、レインフォード君!?あなた…それは…!!」
「ん、何?」
突然モニカが目を剝いて俺の頭部を凝視したかと思うと、凄い勢いでこちらに駆け寄ってきたのだ。
「ハッ!?も、もしかして僕のチリチリの髪型に興味が湧いてしまったとか?いや〜…、けど君にはちょっと難しいかなぁ。これはどんな高熱にも負けない耐久力と、生まれつきのハプニング体質が織りなす素敵なハーモニーというか…。どうしても同じにしてみたいなら、髪の毛を焼いてあげるけど?」
「やめい!っていうか、髪型の話じゃない!私が気になるのは、あなたの持っているそのハンカチよ…!!そ、それ…。それはもしかして…シルクで作られているんじゃない…!?」
もの凄い力でハンカチを持った俺の右手を掴んだモニカはそう叫ぶと、俺が持っていたハンカチを強引に取り上げてしまった。
レベッカもすぐにモニカの元に駆け寄ると、2人でジッと俺のハンカチを凝視し始める。
「す…すごいです、これ…。まるで手に吸い付くかのようなこの感触、そして細やかな糸の一本に至るまで一切妥協のない素晴らしい品質…。まさに極上といえるこれは、王都で一般に流通しているシルクとはまさに別次元…」
モニカたちは顔を紅潮させながら、煤や汗で汚れた俺のハンカチを頬に擦り付けたり、時にはスンスン匂いをかいでにやっと笑ってみたりと、はたから見るとちょっと危ない行動をとっている。
(きゅ、急にどうしたんだコイツら…?)
…ハンカチ、あんまり洗ってないし、鼻水とかも平気で拭いてることは黙っておくとして…。
けどまあ、エルフ村産シルクに目を付けるとは、この2人はなかなかにお目が高いな!
もしかすると彼女たちは、ユリと同じような商売人か何かなのだろうか。
「2人ともよくわかりましたね。実はそれ、うちの領地で売り出し中のシルクなんですよ。…いや、正確に言うと売り出す予定というか…」
「予定…!?そ、それは一体どういうことなの!?詳しく教えてよ!!」
「と、取り乱してすみません、レインフォード君。…実は私たちの実家は、王都で紡績や服の仕立てを生業としているんですけれど、これはまさに私たちが探し求めていた極上のシルクなんです…。一体どこでこのようなものを…」
「いやぁ、どこで…って言われてもなぁ。確かご近所さんの所にいる“モスーラ”っていう魔獣が吐き出す生糸が材料だったと思うけど…?」
俺は天井の方に目をやり、エルフ村内に設けられている、数多くのモスーラが住んでいる小屋の風景をぼんやりと思い出す。
「モ…」
「モ……」
「…も?」
「「モスーラですってぇーーー!!?」」
ガシィ!
グリィ!
「ぐへぇ!?」
モニカは凄い剣幕で俺の肩を掴むや、思いっきり俺の身体を前後に揺すりながら、大声で捲し立てる。
「あ、ああ、あなたねぇ!!自分が今何を言っているのかわかってんの!?モ…モスーラっていったら、乱獲が元で、とっくの昔に絶滅したと言われる幻の魔獣じゃないの!!冗談でも言っていいことと悪いことがあるわよ!!?」
「あわわわわ!?そ…そそそ、そんんんなここことと…い、いい言われてももも……」
モニカの両手にどんどん力が入っていくと同時に、逆に万力のような握力で締め付けられて悲鳴を上げる俺の肩が、確実に崩壊へのカウントダウンタイマーを進めていく…。
いででででででぇ!?
ど、どど、どんだけ必死なんだお前ぇ…!
これ、素の力はイザベルより強いんじゃないの…!?
の…NO〜ぉ!!
「レ…レレレベッカ…、たたた助けてててぇ〜…」
俺はモニカの後方にいるレベッカに対し、何度も目をパチクリさせ、必死に助けを求めるのだが…。
(あれ…レベッカ…?な、何だかうつむいてプルプル震えてない…?)
ガシィッ!
グワシィ!!
ミシィ!ゴキィ!
次の瞬間、モニカを超えるとんでもない勢いで、レベッカが俺の胸ぐらを思いっきり掴んだ。
ちょっ…何か今変な音しなかった!!?
「レインフォードさん…。いえ、レインフォードォォ!!モスーラに関して知ってること…洗いざらい話しなさーい!!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛……!?」
レベッカに締め上げられ、今度は凄まじい勢いで左右に振り回される俺…。
縦横無尽にこねくり回される俺は、あたかもゲームのコントローラーの丸いスティックのようだ。
時折視界の隅に、青い顔で顔を引き攣らせるエドガーたちが見えるのだが…。
(あ…、これあかんやつや…。意識がだんだんと、まるで洗濯したての…真っ白なシルクのハンカチのように、白く…遠ざかって…ゆく……ガク…)
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