第106話 無詠唱魔法を使ってみよう
無属性魔力の操作要領から、ついに無詠唱魔法の訓練に移るエドガーたち。
その時レインは…?
第106話、よろしくお願いいたします。
「さあ、いくよ~?」
訓練開始から一週間。
俺はいつものように身体の中で無属性魔力を練り込み、殺気を込めて解き放つ。
「「「来い!!」」」
当初、幾度となく腰を抜かしたり気絶したりしていたエドガーやクロウそしてクリントンの面々は、俺の予想を遥かに超える勢いでメキメキと腕を上げ、軽い殺気程度なら難なくはじき返してしまう程に成長していた。
(う~ん、これは予想以上だぜ。これなら昔王城で闘った悪魔程度の殺気なら、怯むことなく闘えそうだ)
俺は仲間の成長を嬉しく感じながら練り込んだ無属性魔力を消すと、一旦休息の時間を設け、無詠唱魔法の説明に移ることにした。
俺を囲むように、3人が地面に座り込む。
「ふ~、みんなお疲れさま。…さて、基礎的な身体強化もいい感じに進んできたし、そろそろ次のステップ、“無詠唱魔法を使ってみよう”に移行しよっか」
「お…おお!ついに魔法の訓練に進めるわけか…!この一週間の苦労は無駄じゃあなかったんだな…。ぐっ…思い出しただけで胃液が逆流する…」
「うぅ…。魔力切れ→強制回復→魔力切れ→強制回復→魔りょ…うぅ、今思い返しても地獄のような日々だったな…」
「…オエップゥ~…」
みんな一様に、青い顔をしながら引きつった笑みを浮かべた。
本格的な魔法の訓練ということで、何かホッとしたような顔をしているが…。
(くくくく…、セルジの奴もそうだったけど、本当にしんどいのはここからなんだけどなぁ…。ま、そこはそれ、別の話ということで…笑)
「まあ、仰々しく“無詠唱魔法”なんて呼び方をしたけど、実はそれ自体、特段難しいことでもなんでもないと僕自身は思っている」
俺は3人の顔を交互に見ながら、自分の無詠唱魔法に対する考え方を話す。
だがその反応は俺が思っていたものとは少し違っていて…。
「いやいや、そんなことはないだろう!?俺たちからすれば、ノータイムでポンポコポンポコ魔法を出すお前はかなり異常だぜ!?お前自覚が無かったのかよ!」
「うむ、エドガー様の言うとおりだ。杖などの発動体はおろか、詠唱すらぜずに魔法を行使するなどという行為自体、全く意味がわからん。私が思うに貴様のそれは、もはや人外の領域だぞ?」
ひ…酷い言い草だなお前ら…、俺のことそんな風に見てたのかよ。
わしゃ化け物か何かか。
オレサマオマエマルカジリ…ってしちゃうぞ?
「ふっ…。要はね“イメージの問題”なんだよ」
「「「イ…イメージ…?」」」
顎に手を当て、頭に?マークを浮かべて首を捻る仲間たち。
俺は予想どおりの反応に、少し笑いながら続けた。
「そう、大事なのはイメージさ。…ところでエド、君は火の魔法が得意だけど、火って何色だと思う?」
「…むむっ…、どういう意味だそれは?無詠唱魔法に関係することなのか?」
俺をバカにしているのか?とでも言わんばかりに、怪訝な顔で俺を見るエドガー。
まあ火の上級魔法を行使できる彼ならそう思っても仕方がないかもしれない。
だがこの質問は、無詠唱魔法の根本とも言える大事なことなのだよ?
「あぁ、とても大切なことさ。どうだい?」
「うーん…火だろ?そりゃお前、火って言えば赤色というか橙色というか、そういう色以外ないだろ?」
「成程。じゃあ次だけど、火ってどんな形をしてると思う?」
「ど…どんな形ったってお前、何度も言うけど火だぜ?改めて形がどうのこうのなんて言われてもなぁ…。別に決まった形なんてないだろう?ボウボウとかゆらゆらとか、そんな感じじゃないか?」
突然矢継ぎ早に質問を振られたエドガーは、天井を見上げながらしどろもどろに答える。
だがその時、うつむいて何やら考え込んでいたクロウが、ふと何かに気付いたように口を開いた。
「…そうか、わかったぞレイン。君はこう言いたいのではないか?俺たちは魔法を知っているようで知らない…と」
「ふふふ、正解。クロウの言うとおりさ。君たちは詠唱によって自動的に発現する詠唱魔法に慣れ過ぎていて、自分たちが生み出しているもののことをちゃんと理解していないのさ。見てはいるけど観てはいない、聞いてはいるけど聴いてはいない…ってところかな。例えば普段、地面に転がってる石コロなんてあんまり気にしないだろ?風景として漠然と認識はしていても、それがどんな模様でどんな形をしている石コロかなんて、詳細に観察しやしないだろう?そういうことさ」
「むぅ…?わかったような、わからんような…」
エドガーはあぐらをかいたまま、さらに首を捻る。
おいおい、そんなに首を曲げたら、訓練が始まる前にポキッといっちゃうぞ?
「ははは。まあ百聞は一見に如かず、さ。じゃあ早速エドからチャレンジしてみよっか。さあ、今から僕が出すもの、それをよ~く観察してよ…?」
俺はそう言うと、手の平を上に向けて右手を差し出し、そこに火の魔力を集中させた。
そして。
ボォッ!
「うぉっ…!」
俺の右手の上で勢いよく燃えだした炎に驚き、少々身をのけぞらせたエドガーだったが、すぐに態勢を立て直すと、ゆっくりと炎に近づいてくる。
彼のトレードマークである燃えるような紅い髪が、揺らめく炎に照らされ、さらに赤く染まっていくようだ。
「さあ、よく見てね。この炎をいつでも頭の中で再現できるぐらいしっかりと観察してよ?…あ、あとさ、せっかくだから、ちょっとこの炎の中に手を入れてみてくれない?」
「えっ!?いやいやそりゃ無理だろ!けっこうな勢いで燃えてるし、火傷しちまうじゃないか!」
「そう見える?けど大丈夫、大丈夫。これは僕が作った特別性の炎だから熱くないよ。ほらゆっくり手を近づけてみるだけでもいいからさ…」
「…ほ…ほんとに大丈夫か…?…どれどれ…?」
俺の提案にビビりながらも、エドガーはおそるおそる右手を炎へと近づける。
すると。
「うわっっちぃ!?お…お前、これめちゃめちゃ熱いじゃねぇかぁ!!?フー!フー!フーー!!」
物凄い勢いでその場から飛び退くと、恨みがましい目で俺を睨むエドガー。
「あははは、ごめんごめん。特別性ってのはデタラメで、実は普通の炎だったんだ。やっぱり熱かったかい?」
「あ…熱いに決まってんだろう!?全くとんでもない嘘をつくな、お前って奴は…」
「ふふ、もし火傷したなら後できっちり治してあげるさ。…ところでエド、さっきの話に戻るんだけどさ。君は今みたく、炎の熱さを実際にその身で体感したことはあったかい?」
「——————…!」
右手をさすっていたエドガーは、俺の一言を聞いた瞬間、何かに気付いた様子でハッと目を見開いた。
「もう気が付いたろう?君はこれまで、実は火というものがどんなものなのか、知っているようで知らなかったんだよ。何となく赤色っぽい、何となくメラメラした形…、そりゃ火だし当然熱いだろう…ってな具合にね。まあ火に触れさせたのは、さすがにやり過ぎだったかもしれないけど、火というものの在り方をよく知るきっかけにはなったろう?」
エドガーの様子を見たクロウやクリントンも、俺が言わんとしていることの意味に気が付いた様子で、真剣にそのやり取りを見ていた。
「さあ、じゃあ実践してみよう。そのまま目を閉じて手を出して。そう、右手の手の平を上に向けて。おっと、肩に力が入り過ぎだよ?リラックス、リラックス♪」
俺はエドガーの肩をぽんぽんと軽く叩きながら続ける。
「さっきの炎をそのままイメージしてみて。色、形、音、そして熱さに至るまで。まずは頭の中で炎をイメージするんだ。強烈に、真に迫るように。イメージが本物を超えるぐらいにね。さあ、クリントンやクロウも同じようにやってみてよ。水でも土でも、自分がイメージしやすいものでいいからさ」
俺がそう言うと、全員が静かに目を閉じる。
呼吸を整え、じっと集中し始める。
「イメージがしっかり固まってきたら、あとは身体強化で練習してきた無属性魔力を操作する要領さ。頭の中のイメージを崩さないようにしつつ、魔力を手に集中させてそれぞれのものを形作るんだ」
全員の額に、じんわりと汗が滲み始める。
彼らは今、かつてないぐらい真剣に魔法と向き合っているのだろう。
(無属性魔力の操作は全員申し分ない。あとはマジでイメージの問題だけだが…。さて…)
キィ——…ン…。
その時、俺は小さな音を聞いた。
それはとても小さくかすかな音で、ややもすれば耳鳴りか何かと間違えてしまいそうな、そんな程度の音。
だがしかし、確かに聞こえたその音。
それは———
「「「…!」」」
「うんいい音。魔力が手の平に凝縮される綺麗な音色だね」
ジャバッ…!
その刹那。
1人の手から水がこぼれた。
量にすれば200ミリリットルのコップ1杯程度の水だろうか。
決して量が多いわけでもなく、濁流のような勢いがあるわけでもない。
だが、それは確実に自分自身の魔力によって生成された水だ。
もちろん、無詠唱で。
「ふふふ…。一番乗りは君だったか。やるじゃん、クリントン?」
「ぷはぁ…!はぁ…!はぁ…!はぁ…!!」
クリントンはその場に両手、両膝を付くと、必死に肩で息をする。
「お…おぉ…すげぇ…、すげぇじゃねぇか、クリントン!」
「ふっ…先を越されたか…。俺が一番になりたかったがな」
エドガーとクロウはクリントンに駆け寄ってその身体を支えると、まるで自分のことのように、クリントンの無詠唱魔法の発現を喜んだ。
(…ええ奴やな、君ら…。お…おっさんにはその青春のきらめきは少々眩しいぜ…)
「最初は“かなり疲れる”と断言しておくよ。イメージをそのまま魔力に変換する作業はなかなかに骨が折れるし、相当な集中力を要するからね」
「はぁ!はぁ…ふぅ~…。レ…レインフォード、貴様はこのようなことを常日頃から平然とやってのけていたというのか…。や…やはり貴様、人外と言わざるを得んな…。魔法を学べば学ぶほど、貴様の背中が遠のいてゆく気がするぞ…」
クリントンは頬の汗を拭いながら、怪訝な顔で俺を見た。
「…ふふふ、じゃあどうする?訓練は諦めて、自室に帰るかい?もっとも、君が訓練をやめてしまっても、ここの出入口は君の部屋にしか無いから、勝手に部屋に入っちゃうけどね?」
俺は両手の手の平を身体の横で上に向け、片目を閉じてクリントンを見る。
「ふんっ!私は諦めんぞ…!!兄も…、そして貴様もいつの日か必ず超えてやるからな!!…あと出入口は増設すればいいだろうが…」
俺とクリントンは少しの間見つめ合うと、お互いにニヤリと笑った。
俺は男と見つめ合う趣味は無いが、今日だけは勘弁してやるか。
「俺だって負けねぇぞ!クリントン!!」
「ふっ…。君たち、俺のことも忘れてもらっては困るな」
クリントンだけではなかった。
エドガーも、そしてクロウも不敵な笑みを浮かべる。
クリントンの言葉が全員の闘志に火を点けたか。
素晴らしい!!
これは俺もしっかりと、気合を入れんとな!
「みんなのやる気、僕も確かに感じたよ!よし、今日はエドガーとクロウも成功するまでとことん付き合おうじゃないか。んでもって明日からはウォーミングアップとして、今日の3倍の殺気を込めた威圧を200連発!その後、魔力がスッカラカンになるまで無詠唱による魔法の発現を繰り返す!そしてこれらを5セットずつ、確実にこなしてもらうことにしよう!!…えっ?魔力酔いプラス、今度は睡眠時間はどうするのか、だって…?あははは、そこはほら、各自で上手く調整してくれればいいよ。さぁて、じゃあ訓練を再開するとしようか?」
「「「…——————っ!!?」」」
…その日からしばらくの間、居眠りが原因で廊下に立たされる3人の姿が頻繁に目撃されたという。
あ、もちろん俺も入ってるから4人か。
なっはっはっはっは!
いつも応援ありがとうございます!
よろしければ、下部の
☆☆☆☆☆
の所に評価をいただけませんでしょうか。
☆が1つでも多く★になれば、作者は嬉しくて、明日も頑張ることができます。
今後ともよろしくお願いいたします!