黒い右手
奥深い森の39階層。
僕はエルフの里の巫女の寝所にいた。
右手を奪われて失った僕は、左手だけで巫女の情報を操作していく。
「ジルエル様、ここはもう僕1人でも大丈夫なんで、クウデリア様たちのところに行ってください」
「いいのかい?」
「はい」
「アルル、無理はするなとは言わないが、これだけは言っておく。もし君が勝手に死んでクウデリアを泣かせでもしたら、君を殺しに行くぞ」
ここで、死んでるのにどうやって殺すんですか、と突っ込みをいれるほど僕もバカじゃない。
「わかりました」
僕の返事を聞き、ジルエルは軽く微笑むと部屋の外へと駆け出していった。
外の喧騒も里の中からは聞こえるし、リアさんたちもまだ近くにいるはずだ。
早く合流したい。
虹色の手の残り時間ももうあと僅かだ。
少し時間を残し、巫女様の処置は終了する。
「よし、これで巫女様は大丈夫」
僕は巫女様の体の情報を操作して呪いのナイフの摘出と変質したり破壊されたりした細胞の修復、そしてよくわからない黒い細胞のような光の分離を成し遂げた。
巫女様は元々、心臓に持病があったみたいだけど、ついでにそれも治しておく。
巫女様は目を覚ましていないものの、艶やかな肌の細く長い2本足も元通りになり、今は穏やかな呼吸で脈も普通になっている。
さてと、呪いのナイフはまだいいとしても、最後の問題は今も僕の目の前に自動で浮かんでいる、拳大の黒い細胞のような光の取り扱いだ。
おそらく、これがダンジョン細胞なのかもしれない。
こんなに小さいくせに、その情報量は階層主の比じゃなく、まるでダンジョンそのものを凝縮したみたいだ。
今から無害レベルにまで情報操作して分解するほど虹の光の残り時間はない。
だったら、僕はこのダンジョンに来てからさまざまな能力を獲得してきた自分の手を信じて、残った左手で黒い光を全力で掴んでみた。
僕の脳内にピコーンと音がする。
(神性耐性(手)を獲得しました。神性耐性(手)が神性耐性(手)レベル2に上がりました。神性耐性(手)レベル2がーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、神性耐性(手)レベル10が神性無効に進化しました)
えっ、この黒い光が神性っていうのにも驚いたけど、一気にレベルが10に上がって、無効にまで進化するなんて、嬉しい誤算だった。
これで準備は整った。
あとはほとんど運任せの賭けに近い行動だけど、ジルエルとの約束もあるし、リアさんたちにも会いたいし、死ぬわけにはいかない。
運命の神様なんてのがいるなら、ぶっ飛ばしてでも覆してやる。
「ふう」
僕は深呼吸して、手首から先のなくなった右手を黒い光に押し付けた。
禍々しい何かが僕の中に入って来ようとして、そのまま無効化されていくのを体内で感じた。
やがて、黒い細胞のような光は1つの形を形成する。
「黒い右手?」
黒い細胞のような光は、僕の右手首の先で増殖と収縮を繰り返したあと、失くなった僕の右手部分とまったく同じ形になっていた。
「お兄ちゃん、その手、大丈夫なの……」
「うーん、今のところ、痛くないし、僕の意思で普通に動くし、大丈夫みたいだよ」
外気に触れていないせいか、切断面の痛みも全然なくなっていた。
虹の手の残り時間も、ちょうど0になったので今の自分の状態について情報の読み取りも出来ない。
さすがに連続で封印耐性(手)を使うのは、何が起こるかわからないし、あとで必要な場面があるかもしれないので避けたかった。
ただ、封印耐性がレベル10に上がったせいか、前みたいに倒れるまでの負荷が来なかったのはありがたい。
これで、リアさんたちのところに行ける。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんを助けてくれて……ありがとう」
エルフの女の子は泣きながら僕にお礼を言ってくれた。
「大丈夫、他のエルフや僕の仲間も絶対に助けてみせるよ」
僕はみんなの元に駆け出した。
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