僕の現状
アルル・シフォン、王国の貧民街出身の14歳。
黒髪のクセっ毛と黒い瞳。
貧乏だから同年代と比べたら多少細身だけど、自分ではわりと普通の外見をしていると思っている。
職業は、フリーの医術士見習い。
僕を知ってもらうとすれば、これで十分なはずだ。
「はあ、なんで僕はこんなところで、こんなことをしてるんだろ」
思わずため息が出る。
僕がいるのは、この国で最も危険な場所とされる王国所有のダンジョン。
その30階層目前という危険地帯。
医術士といえば、本来は治療のエキスパート。
怪我や状態異常の治療はもちろん、手術なんかもお手の物って感じだけど、その活躍の場は設備や環境の整った町中っていうのが普通だ。
そして、師匠となる医術士の元で研鑽を積みながら、知識や魔法を習得して晴れて独り立ちというのが本来の医術士見習いのあり方。
それで僕はというと。
回復魔法は使えない。
薬の知識と病気の知識は、それなり。
そんな状態で師匠の元を放逐されてしまっていた。
言っとくけど、僕が何か失敗したわけじゃない。
「悪い、興味のある面白い案件が舞い込んできたから、アルル、お前はお前で好きにやってみろ」ってのが、人格や倫理観や金銭管理に問題のある自称天才医術士の師匠からの餞別の言葉だ。
いやいやいや、師匠、どんだけ適当なんですか!
だけど、貧民街出身で他の誰も相手にしてくれなかった僕を弟子にとってくれたことには心から感謝している。
まあ、そんなわけで僕は強制的にフリーの医術士を名乗ることになった。
…………うん、かっこよく言ってみたけど、フリーの医術士見習いなんて、無職と変わりがないよね。
その日の食いぶちを稼ぐために、多少の怪しい仕事だろうと引き受けないといけないのは同じだし。
犯罪に手を染めずに、こうして生きて生活できている分、僕はマシな方だと思っておこう。
そんなわけで、今日は高額な報酬につられて、王子の体調管理兼付き添いの荷物持ちとして、ダンジョンにきているというわけだ。
まあ、高額な報酬と言っても、あくまで貧民街出身の僕の基準でという額だけどね。
このダンジョンは普段は立ち入り禁止区域だけど、主に王族たちが剣の腕や能力を磨いたり、その攻略深度で自分の実力を周囲に知らしめるために使用されていた。
因みに、最高到達記録は先々代の55階層ということになっている。
僕が持たされている荷物の中にあるダンジョンの記録では55階層が最下層だとは明言されていないことを考えると、このダンジョンは55階層以上はあるということだろう。
うーん、今回最下層まで行くってことはなさそうというか、無理そうなんだけど、どこまで付き合わされるんだろ?
そんなことを考えていたら、前のほうから怒声が聞こえてきた。
「さっさとこい、ノロマども」
「はいはい、ただいま」
先頭のほうを勢いよく進んでいるのが、僕の雇い主で、この国の第6王子エルリックだ。
今までのダンジョン攻略記録は20階層。
良くも悪くもなく普通の記録だ。
今回、エルリックは18歳の誕生日の記念も兼ねて、ダンジョン攻略に来ていた。
エルリックは国民の間でも有名なバカ王子で、ただの形式的なダンジョン攻略にしとけばいいのに、己の力量も考えず大量の一般王宮騎士さんたちを投入するという無計画で力業の攻略をすることで、30階層の入り口まできていた。
騎士さんたちを時に盾に、時に剣にしながら、エルリック自身は口だけでほとんど何もしない。
ときたま弱った魔物に止めをさす姿を見たけど、剣の腕は普通だし、魔法も初歩的な炎魔法を少し使っていたくらいだ。
「ふん、この程度の階層ではまだまだ俺の敵ではないな」
お付きの騎士たちが満身創痍の中、当のエルリックは無傷で、まだまだ先の階層を目指す気でいる。
僕も荷物持ちだから無傷ですんでるけど、このままだと誰か倒れると思う。
そこで壮年の騎士の1人が王子に近寄っていく。
「王子、この度は大幅な攻略深度の更新もかないましたし、この辺りで引き返してはどうでしょうか」
「この程度で泣き言とは貴様ら王国の騎士ともあろうものが、だらしない」
エルリックの言葉に言い返しこそしないまでも、この場の空気が重い。
結局、騎士さんたちは黙ったまま、エルリックに付き従う。
30階層につくと、そこは毒のエリアだった。
僕は荷物として持たされていた代々王宮に伝わるダンジョンの地図の写しを拡げる。
「この階層は見渡すかぎり毒の沼が広がっていますね。え~と、迂回路はと」
「さあ、者共いくぞ」
「えっ、王子、そっちは毒沼ですよ」
「だから、どうした。あそこに次の階層への出口が見えているではないか。そうだとすると、こっちのほうが絶対に次の階層へ近いだろうが」
「それはそうですが……」
道など関係なく毒沼を歩くバカ王子。
だんだん深くなる毒の沼に最終的には腰の辺りまで浸かっている。
本来ならそんな無謀な行為をすれば、当然、毒で体力が削られるはず。
だが、エルリックにそんな様子はみられない。
僕も覚悟を決めて手持ちの解毒薬を口に含み、バカ王子エルリックの後を追いかける。
「お前ら、この程度で音をあげるのは許さんぞ」と、エルリックは騎士さんたちに向かい傲慢に声を張り上げている。
そんなエルリックのすぐそばでは、必要以上に宝飾の施された高級な杖を手にした派手な美女が付き従っていた。
自分の柔らかな肢体を必要以上にベッタリとエルリックにくっつけているのは、この場では必要ない行為だと思うんだけど。
「王子、私がおりますれば、この程度の毒など、どうということもありませんわ」
派手な美女こと王宮魔術師のセレーナが、魔法でバカ王子の解毒と回復を常時行っていれば、そりゃ問題ないよな。
だが、セレーナの魔法の効果は本人とバカ王子エルリック限定。
周りの騎士さんたちは阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
「殿下、どうやら私はここまで……のようです」
1人の騎士さんがリタイアする。
フルプレートメイルのため顔は見えないけど、声からすると若い女性のようだ。
「リアっ!」
さっきの壮年の騎士さんが近寄ろうとするが、エルリックがそれを制止する。
「そのようなもの捨ておけ」
エルリックは冷たく言い放つ。
先を進むという方針に全く変わりはないらしい。
今の僕は医術士見習いの前にただの荷物持ち。
可愛そうだけど、僕に発言権はない。
ただ、何もできないわけじゃない。
僕は僕にできることをする。
他が進む中、僕は毒のない場所に移動し、ぐったりしている女騎士さんに近寄る。
「気休めだけど、これ使ってください」
意識も朦朧とし始めている女騎士さんに、僕は自前で調合した解毒薬と麻酔薬を渡す。
見習いの作ったものだから効果はわからないけど、一応僕にも効いてはいるみたいだし、何もしないよりはマシだろう。
「僕が生きてたら、必ず迎えに来ますね」
それだけ伝えると僕は、悲壮感漂うバカ王子エルリック一行のあとを追っていった。
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