七夕イベント:星の巡り
「お嬢様。そんなに慌てなくても星は逃げませんよ」
「良いの良いの♪ こーんなにも綺麗なんだもの。もっと長く見たいと思わない?」
ねっ? とウィンクするカトリナお嬢様。俺は仕方ないと、息を吐き持ってきている物を心の中で確認する。
ラーゼルン国がというよりは、この世界の中で不思議な事がいくつか起きる。例えば今日の様に、星空が沢山あり明かりが要らない。むしろ、王都で賑わうような明るさの方が邪魔な位に勿体ない。
この時期は、星の輝きが増す。それが星の川のようにも見えた。
スラムで暮らしていた時にも変わらずに起き、最初は星なんてと思っていた。だが、レゼント家に拾われてこうしてカトリナお嬢様と関わった事で……少し位は星が好きになった。
「ファール!! ほら、ここに立って。星が手に届きそうなの!!!」
ぐぐっ、と背伸びをしながら俺を呼ぶお嬢様。
成人年齢である15歳になり、ラーゼルン国の王子であるルーカス様の婚約者。17歳になった今でもお嬢様は変わらず星が好きあり、よく俺を呼んでは星は掴めないのか? という永遠に解けない謎をやっている。
「無理ですよ、お嬢様。星と俺達とでは距離が全然違いますし」
「む~~。あんなにキラキラしているのに、なんでこんなにも遠いのかな」
拗ねるお嬢様には、ホットココアが一番。
初めてバレンタインデーのチョコを貰って以降、拗ねる時と嬉しい時、浮き沈みが激しい時にはピッタリな飲み物だ。お嬢様の中で落ち着くと言うのもあり、俺が用意しているというのが重要らしい。
「ほっ……ファールが作るの、あったくて美味しいぃ~~」
今も安心しきった表情で、うっとりした様子で星空を見ている。さっきまで拗ねていたというのは、お嬢様の中で消え去った様だ。見ていて心安らぐし、少し肌寒いこの時期には良いだろう。
俺達が居るのはラーゼルン国領土内。その中で、王都の外れにある丘だ。全ての領土内には騎士団の小隊が配置されている。1週間ごとに部隊が変わるので、その間に行き来している人物の証明なりサインが必要になる。
俺達も通行書代わりにサインしたのだが……その時に担当した騎士が「あっ」という声を聞き逃さなかった。
どうしたのかと聞いてみれば「い、いえ……」と明らかに目を逸らしたのだ。
その時に帰れば良かったのだが、お嬢様が星を楽しみにしているのもあり気のせいだと思う事にした。
そう……。やはりというか、執念なんだか勘なのか。果てはお嬢様の匂いにつられてなのか、よく分からないが。
「カトリナ~~♪」
「ルーカス様!? えっ、ど、どうしたんです?」
ルーカス様はこの国の王子だ。護衛はいるし、城から出る際には言伝を頼んでい置くのが普通なのだが……。
「なんか楽しそうな雰囲気だから、来ちゃった♪」
こういう人なのだ。
予想の斜め上はいくし、トラブルは当たり前。宰相の息子であるラング様がストレスに晒されて、いつもは「ルーカス様」なのが「バカ犬!!!」と怒鳴り散らす。
コントロール不能だ。
今も、お嬢様に抱き着き「会いたかったんだぁ~」と甘えた声を出している。護衛は居ないのだろうかと思っていると、後ろから声を掛けられる。
「さっきはどうも」
「あぁ……貴方がリンド様でしたか」
「あー、ごめん。怒らないでね? ルーカスに言われててさ」
ラング様から聞いてた。リンド・ペーデラムというこの青年は、ルーカス様、ラング様の幼馴染であり色々と苦労したのだと。クリーム色の髪に青色の瞳という女性に人気がある容姿。
幼い頃、それで苦労したのだと聞きルーカス様の性癖を知っている数少ない人物。……成程。彼が言うには、俺なりお嬢様の名前があったら報告するのが義務になったとか。
おかしいだろ。
「ほら、婚約者であるカトリナと一緒に居たいっていう要求だし。地味に脅してくるから嫌なんだよね」
「貴方が居るとルーカス様は、素に戻れるから良いと」
「まぁね。だから、国内でも王都から外れたりこうした丘に行くにはサインするでしょ? 騎士団の間で情報交換されてるんだよ」
「……権力を使う所、間違ってませんか?」
「でも嬉しそうなルーカスを見ていると、頑張った甲斐はあったと思うし」
「ラング様がまた叫びますよ」
そう言うと、そっと目を伏せた。あぁ、それも仕方ないとしてなかったことにするんですね。あとでラング様には、癒されるお土産を持って行こう。
「へぇ~~。毎年、ファールと来てるんだ。これからは私も誘ってよ。一緒に過ごしたいし!!!」
「で、でも……お仕事は」
「こんなに綺麗な星空、2人占めするのズルい!!!」
目を離した隙に、ルーカス様がズルいを連呼している。
これは黙らせないと……。
「失礼します、ルーカス様」
「なに――」
文句があるだろうが、軽く首を締める。お嬢様には見えない角度で行い、その隙にリンド様が会話を繰り広げてくれるだろう。ラング様が言うには空気は読めるし察せるからだ、と。
「う、ぐぐぐっ」
「あまりお嬢様を困らせないで下さい。それとも……お嬢様の信用を損なうような秘密を暴露すれば良いですか?」
「!?」
さっと顔色が変わる。
段々と青ざめていき「いやだ、いやだ……」と訴えている。
「でしたら、王子らしく……。婚約者として振る舞って下さい」
「う、うん……。ごめん、なさい」
力技だが、ルーカス様を脅す事に成功する。
彼は幼い時にお嬢様に執着するあまり、屋敷と家名を自力で調べ上げたのだ。お嬢様が犬が好きであることも把握されており、手作りの犬の被り物を用意して会おうとした。
そこを俺が密かに気絶させて、中身を見れば……頭を抱えたのはお嬢様のお父様だ。
まさか、この国の王子だとは誰も思うまい。なんで、縫物が得意なのかとか色々と謎だ。その後も、デビュタントまで俺達が妨害し続けて来たのに負けずに被り物をして会いに来るとは思わなかった。
その気合は、別の所で生かして欲しい。
「カトリナ。星の巡りだろうがなんだろうが、私は変わらずに好きだからねーーー!!」
「わ、私も同じ位に好きです」
「やった、嬉しいーーー!!!」
さっきまでビクビクしていた人物とは思えない。
なかった事にして、お嬢様に抱き着くのだから困りものだ。とりあえず、人数分の軽食はあるのを確認し俺はお嬢様達に提供する。
ルーカス様に先を越されましたが、俺も変わらずお嬢様をお慕いしていますからご安心を。
七夕は過ぎてしまった、関係ないぜーーー(*´▽`*)