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ブラック・ボックス  作者: 久河シセイ
第一章 舞い降りた白姫
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Risa side 〜1〜



『……この事態に対し、政府は…』

テレビから流れてくるキャスターの声で目覚める。

ベットから起き上がるとリビングから良い香りが漂ってくるのがわかる。

扉を開けてリビングに出る。

「おはよぉ〜……」

「おはよう。」

朝食を作りながら答える弟。

「食事の前にちゃんと歯、みがいて来て。」

「分かってるわよ。それより、今日早いねぇ。」

フライパンを菜箸でかき回しながら答えられる。今日はスクランブルエッグだろうか?

「いや、かなり遅い方でしょ。」

言われてみれば、普段は………ん?

「りっくん!?」

弟が家にいるのはかなり珍しい。

「いつ帰ってきたの!?」

近づき、肩を掴んで揺らす

「危ないから!揺すらないで!」

「いつ帰って来たのか教えてくれたらね。」

グワングワンという効果音がつかんばかりに揺すってやる。

「昨日の夜!」

ほう、昨日の夜か。

素直に答えたので揺するのをやめる。

「いつ向こうに戻るの?」

ダイニングテーブルに向かうと、なんとも美味しそうな焼き魚と白米。楽しみだ

「このあとすぐ。今日から警戒任務だから、万一のこと考えて、父さんと母さんに会いに来ただけだから。」

…ふぅん、警戒任務ね。

…ん?

「あのさぁ」

「なに?」

コンロの火を止め、脇にあった皿に盛りつけを行う弟。違った、野菜炒めか。

…そうじゃなくて。

「お父さんとお母さんは?」

「もう仕事に出たよ。」

もう退職近いのに大変なことだ。

…仕事に出た?

「今何時?」

「8時30分」

よかった、まだ大丈夫だ。

「新入生歓迎会だからって、ベロベロになるまで飲むのはどうかと思うよ。」

そこを突かれると痛い。

「仕方ないでしょ、今週末予定あって平日やるしかなかったんだから。」

流しでスポンジを取り、フライパンを洗い始めた。…姉の事情には興味ないってか。

……ん?

「今日、大事なことあった気がするんだけど…」

「よく分かったね。」

こちらを振り向くと今更気が付いたのかという呆れ顔を浮かべられる。

「姉さん、今日授業変更で一限あったよね。」

一限……一限!!!

「ちょっ!今何時!?」

「さっきも言ったけど、8時30分。」

嘘!?確かに目覚ましは7時にセットしたはず。

「なんで起こしてくれなかったのよ!」

「起こしたよ。何度もね。」

返答を聞き終わる前に洗面所に駆け込む。マウスウオッシュを掴みキャップを外す。

「まったく!早く言いなさいよ!」

洗口液を口に含む。ぶくぶくぶくぶく…

「じゃあそういう訳で、お先にいただきます。」

洗面所の扉から首だけを突っ込んで告げてくる弟。ペッと洗口液を吐き出すと疑問に思っていたことを聞く。

「そういえばなんであんた授業変更のこと知ってるの?」

「母さんが、起きないから起こせって言って出勤してったから。」

「うそぉ……」

扉を閉めながらこれは独り言だけど、と前置きしてから宣告してくる。

「最悪の場合、9時のバスに乗って大学の構内を全力疾走すれば、30分に教室につくから1時間は講義できるよ。」

「ちょっ…」

私が続きを言う前に『バタン』と扉は閉まった。

「8時50分のに間に合わせるから、カロリーブロック用意しといて!!」






『バタン』と扉を開ける。講義室内の視線を一手に受ける。恥ずかしい…

「ごめんなさい…寝坊しました…。」

ヒソヒソと話し出す学生。

後5分私が遅れれば休講になったのにとか思ってるんでしょうけど、残念。

「待たせた代わりと言ってはなんですが、いつもより早めに終わらせます。」

喜ぶ学生達。コチラとしては授業時間が削られるのは痛い。まぁいざとなれば試験範囲を減らせば良いのだ、問題ないだろう。

「さて、では先週の続きから。」

教室のスクリーンを展開している間にPCを立ち上げる。

「ええっと…」

教壇のマイクのスイッチとアンプをオンにする。

「教科書、127ページを開いてください。」

プロジェクターの電源を入れ、PCとの無線接続を行う。

「早速ですが、プラスミドとは何かと研究分野での利用例を説明してください。前から三列目、右から5番目の彼。」

パワポを起動して準備が完了する。

「はい。プラスミドとは、大腸菌などの原核生物に存在するDNAで、環状(かんじょう)かつ二本鎖構造をしており、細胞分裂により娘細胞に引き継がれます。研究分野では、インスリン製剤生成が挙げられます。」

「例は正しいですが、説明が誤っています。点数化するなら60点でしょう。」

電子チョークの端末を教壇のボックスから取り出し、電子ホワイトボードに向かう。

「まず原核生物という点ですが、これは間違いです。皆さんが食べているパン、これに使用されている酵母菌、これは真核生物ですけれどプラスミドは存在しています。また、単にDNAと言ったことも減点対象です。核DNA又は、染色体DNA以外に存在するという点が抜けています。」

振り返り板書を一斉に写し始める学生達を確認して、続きを書く。

「染色体体DNA 以外に存在しているということはどういう事ですか?今の右隣の人。」

「生育に関与しない」

「正解です。生育、つまり生命活動に必要な基本の情報はどのような生物でも核DNAに入っています。プラスミドに入っている情報は端的に言ってオプションです。」

一部の学生が不思議な顔をしている。

「PCに例えましょう。細胞という箱物は、デイスプレイや本体に当たります。それを最低限動かすOSなどが核DNA、Ward・Excel・ウイルスセキュリティソフトなど作業の効率化や後付けで入れるソフトがプラスミドと言った関係ですね。」

今のは我ながら上手い例えではないだろうか?

「酵母菌などにも含まれていると言うことは、細胞分裂以外の生殖様式でもプラスミドの引き継ぎは行われます。接合などがいい例ですね。自然界に存在する薬剤耐性菌はこの様式で増えたものがいると言われています。」

次は誰に当てようか…大抵今の説明でつまらなそうにしている奴は、入試で生物を使っていた筈だ。それ以外を当てる必要がある。

「前からえーっと8列目、左から…6番目の女の子」

いかにもめんどくさいと言わんばかりに目を細められた。

「今までの話の中に、先程の説明で足りなかった理由のヒントが隠されていました。では、先程の説明で足りなかった点をそこから考えて発言してください。」

「…………分かりません」

考えてるフリしたやつだな。ノート見てないからバレバレだぞ…。

「核DNA以外の存在と言うことは、独立して増殖します。ミトコンドリアDNAなどと同じです。」

…書き込む様子がない。ああ、出席目的でノートは試験前に他人から借りるパターンか。これだから講義は嫌なんだ。でもどれだけ嫌でも今では日常の一部になっていた。




『ピピッ』というスマホのアラーム。

時刻を見れば、授業終了10分前だった。

「では約束の時間になりましたので、授業を終了します。」

何かに集中していると、時間が過ぎるのはあっという間だ。

学生たちが、教室から出ていく。

教授にどう遅刻の言い訳するかを考えながら、片付ける。

「ホワイトボードのデータ、消すけどいい?」

教室内にいる学生に向けて返答がないとわかっていながら一応聞く。

顔を上げて教室を見渡せば、そこはもぬけの殻。

「授業早く終わるの、学生の時は嬉しかったもんなぁ…」

データを無言で消し、教壇に忘れ物がないか軽く確認し、講義室を後にする。

腕時計をみれば時刻は10時30分、本来の講義終了時刻だった。






「スゥー…ハァー…」

扉の前で深呼吸をする。大丈夫、言い訳とその返答に対する答えは思い付く限りシュミレート済み。

よし、行くか。

『ガチャリ』と研究室のノブを回し、中に入ると同時に頭を下げる。

「教授、遅刻してすみませんでした!両親が早く出てったので目覚ましが止められてました!」

しばし頭を下げ続ける。

…………返事がない。相当お怒りのようだ。

「梨沙さん…流石に、社会人になって何年も経つのに未だに親に起こしてもらってるのはどうかと思います。」

「別に、親に起こしてもらってる訳じゃないわよ!」

しまった、思わず反論が出てしまった。

顔を上げると、教授のデスクには誰も座っていなかった。

「そうだった…」

二月ほど前に教授は長期の研究協力で出かけたきり帰って来ていないのだった。

「また勘違いですか?余程焦ってたんですね。」

ニヤニヤとしながら大学院生の野田がコーヒーを啜る。

「はいはい、焦ってましたよ。」

「いい加減ここに住んだらどうですか?」

「絶対嫌。」

それもそうか、と言いながら笑う。

「インスタントのドリップコーヒーある?」

これ以上の会話が嫌になったので、デスクに向かいながら4年生の学生に聞く。

野田が無言でこっちにコップを向けて少し上に掲げる。

「あんたの飲みかけなんて嫌よ。」

デスクの上に鞄を置き、

「いえ…鳥飼先生…」

申し訳なさそうに言う4年生。まさか…

「これが最後です。」

何がおかしいのかガハハと笑う野田。

………来月予定されてる院生の進捗報告プレゼン、あいつの発表の時にOSアプデ入るように、発表用PCの調節しておこう。そうしよう。

「買い出し行く人!」

声を掛けられたくないと思ったのか、一斉に作業に戻る4年生。

「はーい」

ふざけているのか野田が手を挙げる。

「本当に?」

「行きませんよ。」

………今月末のBBQであいつが取ろうとする肉を片っ端から食ってやろう。そうしよう。

「買い出し行くから、留守番よろしく。」

「准教授、いつものチョコバー買って来てくれません?」

「あんた、いくらうちの研究室が上下関係が厳しくないからって、流石に怒るよ?」

「すいませーん」

怒られちまったでゴンスと、近くの4年に小声で言ってるの聞こえてるからね…。

「4年生、買って来て欲しいものあったら今リストアップして!」

やった!といっせいに沸き立つ4年生。

「え?ちょ、何で僕はダメなんです?」

「あんたがふざけてるからよ。」

ふと卓上にあった実験器具のカタログが目に入る。

すっかり忘れていた。

カタログを手に取り、研究室の扉に向かう。

「ごめん、環境学講座の研究室行ってくる。戻るまでにリストまとめておいて。」

はーいと言う声を背に受けながら、研究室を出た。







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