王子視点⑤
王子side終了です
バレンシア公爵が会場から去ると、国王は大貴族会議の閉会を宣言した。
貴族達は興奮冷めやらぬ様子で大広間を後にして行った。
大広間には私と私の侍従とグレン、父にクォーツ公爵にルチアーノ騎士団長の六人だけが残った。
「ジル……」
「はい、王子」
私は会場の端で控えていた侍従の名前を呼んだ。
侍従……ジルは目に涙を溜めながら私の側まで来た。
「王子、先ほどはとてもご立派でした。
あのバレンシア公爵に臆することなく、バレンシア公爵を追い詰める姿は、後世に語り継がれて行くことでしょう」
「ジル……」
私の活躍を誉めちぎるジルに、暗澹たる気持ちになった。長年使えてくれた侍従のジルに残酷なことを言わなければならないからだ。
「ジル
なぜ、私に嘘をついた?」
私の言葉に、ジルは油の切れた懐中時計のように固まった。
「王子……私は王子に長年使えている者です。王子のことなら誰よりも知っております」
「あぁ、知っている」
そう、ジルは誰よりも私のことを知り、私のために行動してくれていた。
「自分で書いた手紙をカレンからだと言って手渡したことも、カレンを突き落とした犯人の証拠を捏造したことも、全て私のためだったのだろう」
カレンのために仕立て屋とマナー講師を手配した人物はジルではない。そもそも、カレンがドレスを破られていたのは、だいぶ前の事だ。
だから、マナー講師も仕立て屋も不思議そうな表情をしたのだ。
ただ、ジルが手配したと勘違いしていた私を悲しませたくないために、偽物のお礼の手紙を自分で書いて私に渡したのだ。
偽の証拠も同じ理由だ。
カレンを突き落とした犯人が分からず、イライラしていた私の心を落ち着かせたかったのだろう。
「そうなんです!そうなんです。やっと私の思いが王子に届きました!今までのことは、全ては王子の「ならば、なぜカレンを突き落とした?その罪をマリンに負わせた?」」
想いが届いたと思ったジルは、感激の涙を流しながら言葉を綴るが、私はその言葉を遮り一番聞きたかったことを、ジルに問いかけた。
「それは………
カレン・ストレンジャーは全然王子の思いに応えようとしなかったからです。あれほど、酷い嫌がらせを受けているのですから、一言王子に助けを求めればよかった。
王子は何度も助けの手を差し伸べたと言うのに!!なので、少し痛い目を見れば王子に助けを求めると思ったのです」
カレンを傷つけた理由を語るジルは、酒に酔っているかのように、頬を赤く染めていた。
「殺す気など毛頭もございません。わたくしめは、ほんの少し背中を押しただけでございます。まさか、あんな大事になるとは予想も及びませんでした。結果的にカレン・ストレンジャーを傷つけてしまったことに関しましては、十分に反省しております」
ジルのあまりにも自分勝手な言い分に、怒りがふつふつと込み上げてきた。
私の怒りに気づかないまま、なおジルは言葉を続ける。
「マリン・クォーツに罪を被せた件につきましても、王子のためでございます。王子は大変カレン・ストレンジャーとの婚姻を望まれていました。」
「黙れ」
怒りを押し殺し、ジルに口を閉ざすように命じた。
「しかしながら、マリン・クォーツがいましては、その望みは叶えることはできません」
だか、自分の話に夢中になっているジルの耳には入らない。
「そこで名案を思い付きました。カレン・ストレンジャーへの嫌がらせ全てを、マリン・クォーツが行ったことにしようと。そうすれば、マリン・クォーツは王妃に相応しくないという烙印が押せる。カレン・ストレンジャーは、自分を傷つけた犯人を見つけた王子に感謝し王子との結婚を考えるとようになる。そして、王子はマリン・クォーツと婚約を破棄することができる。王子はカレン・ストレンジャーと婚約を結ぶことができる!!
なんて素晴らしい案なんでしょう!
マリン・クォーツに全て負わせることで、王子の願いが全てかな……「黙れと言っているのだ!ジル!」」
あまりのことに耐えられなくなり、怒鳴るようにしてジルの言葉を遮った。
ジルは免罪符のように何回も『王子のため』という言葉を使い、己の行動を正当化してゆく。
「王子……なぜ怒っていらっしゃるのですか?
カレン・ストレンジャーを逃がしてしまったからですか?
それに関しましては、大変申し訳ありません。
それは、王子の隣にいるグレン・ルチアーノがきちんとカレン・ストレンジャーを拘束しなかったことに責任があります。
ですが、王子安心してください。必ずわたくしめが見つけ出します」
私を見つめるジルの目は、自分の正しさを一切疑っていない。
私はその目に恐れおののいた。グレンも私と同じ事を感じたのか、私を守るように前に出た。
ジルの私に対する誤った忠誠心は、狂喜にも似ていた。
「カレンが行方不明になったことは、グレンの責任ではない。
それに、私はこんなことを望んでいない。
確かに、カレンとの婚約を望んだ。しかし、マリンを追い詰めることを望んだことはない。
私が言える立場ではないが、謝る相手は私ではない。本当に謝るべき相手はマリンとカレンだ」
真実を知ったあと、毎晩、夢の中でマリンとカレンに謝った。
夢の中だと知っていても、何度も謝り続けた。
何度でも
何度でも
「だから、一緒に神に赦しを請おう」
ジルは方法は間違ってしまったとはいえ、私のことを思って行った。私にもジルが行った数々の行いについて責任がある。
ならば、一緒に罪を償いたい。
心からそう思った。
「そんなはずありません。
王子もわたくしめも何もかも間違っておりません。神に赦しを請うことなどなに一つしておりません。
王子のことは、王子自身よりも私の方が知っております。
王子に関しては、誰よりも私が正しい」
しかし、ジルに私の思いは届かなかった。
「お前のせいだ
お前があのとき、王子と二人っきりになったときに、何か吹き込んだのだろう!」
ジルは狂気に満ちた目でグレンを睨み付けた。
そして、貴族会議に持ち込みが禁止されている、護身用の短剣を取り出し、グレンに襲いかかった。
「グレンっ」
規則通り、剣を身に付けていないグレンにジルの短剣を弾く術はなく、私はグレンの背中が赤く染まることを想像してしまった。
しかし、ジルの短剣はグレンに届くことはなかった。
この場で唯一帯剣を許されている人物、ルチアーノ騎士団長によってグレンに剣が届く前に、ジルは斬られた。
「ジェイド大丈夫かっ」
「怪我はない?」
私の叫び声に、大広間の前で私とグレンを待っていたマーレとルカが血相を変えて、大広間に入ってきた。
マーレはジルの遺体に目を見開き驚いていた。
ルカもマーレと同じように驚いていたが、直ぐ正気に戻り、ジルの遺体の側に来た。
そして、ジルに向かい一礼すると、静かに床に膝をつきジルの目に手をかざし、優しく瞼を下ろした。最後に、着ていたローブでジルの遺体を包み込んだ。
こうして、私たちの犯人探しは幕を閉じた。
その後、私たち四人はクォーツ公爵に謝罪をした。
クォーツ公爵は一つ頷き、私達のことを許してくれた。
父にもう一度、カレンとマリンの捜索することの許しを請う。
父は慈愛に満ちた表情で、私達四人の一人一人の表情を見たあと、『各々の職務を全うすること』を条件にマリンとカレンを探す許可を貰うことができた。
私は次期国王として内外問わず積極的に色々な社交界や会合に出席し、情報を集めた。
マーレは次期クォーツ公爵としての勉強の合間を縫って多く商家やギルドに問い合わせを行った。
ルカは下級神官の修行の一環として、地方の教会を多く訪れ、地元の人からマリンとカレンを見ていないか聞き回った。
グレンは騎士の地位を返上し、一兵卒からやり直した。上層部には上がって来ないようなマリンとカレンに関する噂話を集めその真偽を確めた。
そんな生活を続けて、一年が経った頃、ベリル国王からメトポーロン国内でマリンとカレンの死体を見つけたと報告を受けた。
マリンの遺体は一年前に崩落したエアル王国とメトポーロン王国をつなぐ山道で見つかり、カレンの遺体は漁をしていた漁夫が仕掛けた罠に偶然引っかかっていた。
学院の生徒であることを証明する物、クォーツ家の家紋が入った剣が側に落ちていたため、マリンとカレンで間違いないとのことだ。
その報告を受けて信じられなかった。
直ぐに父とベリル国王に許可をもらいメトポーロン王国へ行った。
出迎えてくれたベリル国王は、私にマリンとカレンの遺品を見せてくれた。
ネフリティス学院の生徒であることを証明する校章に、私がカレンに上げた本。
クォーツ公爵家の家紋とマリンの物であることを表す紋が入った短剣。
全て見覚えのあるものだった。
私はそれらを大切に国へ持ち帰った。
国へ帰ると、クォーツ公爵と共にルカの父親であるアーディン教教皇が出迎えてくれた。
教皇は私から持ち帰った遺品を受けとると、教皇はそれらをもってマリンとカレンの死亡を宣言した。
それからは、慌ただしくマリンとカレンの葬儀の準備が行われた。
カレンが行方不明になったあと、ストレンジャー男爵は没落し、男爵自身行方不明になったため、カレンの葬儀もクォーツ公爵主導で行われることになった。
二人の葬儀の準備が行われてゆくなか、私は未だに二人が亡くなった実感が湧かなかった。
葬儀当日、二人の死を悼むように雨が降り続けた。
「ジェイド……」
遺体の代わりに、二人の遺品が埋められていくなか、マーレは私にハンカチを差し出した。
初めて自分が泣いていることに気づいた。
「っ~~~」
涙を自覚してしまった後、溢れる涙を止めることができなくなってしまった。
葬儀には、マリンの親族だけでなく、多くの貴族や私たちの同級生が参列している。
そのもの達にみっともないと思われることも厭わず、大声を上げて泣いた。雨音を掻き消さんばかりの大声で。
二人の喪が開けると、私のために新しい婚約者が決まった。
しかし、どうでも良かった。
二人の葬儀後、私は全てのことを拒否した。
王子としての仕事を
笑うことを
怒ることを
泣くことを
生きることを
私を心配したマーレが、食べることを拒否している私の口をこじ開け野菜スープを流し込む。
そんな生活が続いていたある日、いつもならマーレが来る時間に新しい婚約者が私の寝室を訪れた。
「貴方はいつまでこんな生活をしているのですかっ」
既に、ベッドから起き上がることのできなくなっていた私に馬乗りになり、新しい婚約者は私を怒鳴り付けた。
「いつまでこんな生活をするのか聞いているのです!!」
答えないでいる私を、無理やりベッドから引きずり出した。
「そんなに、貴方はマリンとカレンのいる場所に行きたいのですか?」
怒り形相の婚約者の言葉に頷くと、婚約者は私の頬を殴った。
「貴方はどこまでバカなのですか?
王子がそう易々と死にたいなど口にするものではありません。」
初めて、殴られた。しかも女性に。呆然と婚約者の顔を見ると、その目には微かに涙が浮かんでいた。
「マリンは……マリンは貴方が立派な国王になることを夢見ていました!
貴方が本気でカレンを愛しているなら自ら身を引くことさえ考えていました!貴方と婚約を解消した後は、一貴族として貴方を支える覚悟さえしていました」
婚約者は怒りと涙で顔を赤くしながら私のことを怒鳴り続ける。
「立派は国王になる前に死ぬことを、誰が赦しても、例えマリンが、カレンが赦しても私は許しません。
もし、挫けそうなら私がマリンの代わりに支えます。
話を聞いて欲しいのなら、私がカレンの代わりに話を聞きます。
だから、どうか生きてください」
私に生きることを懇願する婚約者。
我が国の貴族に多い、その青い目はマリンと同じ輝きがあった。
私は婚約者の手をとり、マリンとカレンの想いを胸に抱き、再び生きることにした。
私は婚約者と手を取り合いながら、公務に勤しんだ。
私と婚約者の間には、最後まで恋愛感情は生まれることはなく、子供もできなかった。王家の遠縁の子供を養子に迎え、二人で立派な王に育て上げることができた。
最後まで、婚約者とは良い親友関係を続けた。




