緩死
大地は点々と明るくなっていて、森の中には沢山の光の柱が生まれていた。空気は冷ややかで、シンとした静けさは世界に唯一私しかいないかのように錯覚させた。それはどこまでも優しく、そしてどこまでも孤独だった。
私はリュックを降ろして、あたりの中で一際大きな木の根に腰を下ろした。私の住んでいた世界とはどこか違う。幻想的な空間。夜露で湿る土は都会のどぶのような空気とは違って、何者にも邪魔されない孤高の爽やかさをたたえていた。
私は光の柱を眺め、森の香りを嗅ぎ、後ろにできている道について考えた。光のさした場所、輝かしい時間、先の見えないトンネル、進まなくなった時計、そして戻ることのない想い。どれくらいの時間を内側で過ごしたか分からない。時間(という概念)は森の前に置いてきた。
立ち上がり、再びリュックを背負う。その木を時計周りに半周して、左を向くとそのまま真っ直ぐ歩き始めた。
日の当たらない道をどこまでもゆっくりと歩いていった。
初めまして。和茶餡子と申します!
これから不定期で投稿していきたいと思いますので、どうぞ末永くお付き合いください。
『緩死』という言葉は存在しません。この短編(短編と呼んでいいのでしょうか笑)を生み出すにあたって、私が作った語です。
緩死:ゆっくりとしんでいく。
現代に生きる人々は表裏を行き来しながら、生きるために生きている。今まで歩いてきた道は、過ぎ去った思い出の中にしか残らない。前と後ろを区別するだけ。時間を生きるのではなく、時間に流されていく。そして、死出の旅をゆっくりと進む。