旅路
薄暗い森の中。
燃える様な夕焼けに照らされた森の中は、なんとも異様な雰囲気を与える。
時折鳴り響く獣の雄叫び、絶叫がさらに不気味さを際立たせる。
その中、一人の幼い少年がただただ呆然と目の前の巨体に目を奪われていた。
それはなんとも醜い姿をしていた。
聖と闇が混じりあった様に、白と黒の刺々しく、荒々しい鎧の様な鱗に包まれた巨体。
片翼はボロボロに欠けた穴のだらけ白翼。
もう片翼は傷つきながらも、黒光りする程に光沢を見せる美しさを魅せる黒翼。
醜い白と美しい黒。チグハグな印象をもたらすその翼。
折れた前足、裂けた腹部から赤い液体をだだ流しにし、己の血溜まりの中に浸かるかの様にし動かない竜がそこにいた。
「悪魔‥‥?」
少年が震える声は、微かな疑問符が付いていた。
『悪魔』
人々の命を刈り、見境なく襲い続ける異形。
狼、熊、キメラ、竜‥‥多種多様な姿形へ進化を遂げ、今なお進化を続けながら脅威を振りまく化け物。
目の前の竜はまさに悪魔と呼べる化け物であった。
だが、少年の目はその図体へは向けられていない。
彼が伝聞で聞いた竜の姿は、頭部は蜥蜴や蛇。
だが‥‥
「人‥‥なのか? 生きてる‥‥のか?」
本来頭部があるべき場所には、美しい女体が生えていた。
風に吹かれる長い銀髪の隙間、そこから覗く相貌が俺を捉え、彼女は口を広げ‥‥
「グエッ!」
頭部に強い衝撃を受けて目が覚めた。
周りを見回すと竜はおらず、そこは馬車の中だった。
どうやら眠りこけていた様だ。
「にしても懐かしい夢見たな‥‥」
懐かしく、苦しい過去の夢。
最近じゃすっかり忘れていた記憶だ‥‥。
寝ている間に崩れていた姿勢を正す。無理な姿勢をしていたのか首が痛い。
枕が悪かったのかなぁ、壁じゃ仕方ないかと考えている俺の頭に再び衝撃。
「痛ってッ!?」
「ねぇ、勝手に肩を枕に使われた私には何もないの? よだれついたんだけど?」
何度もパシパシと頭を叩かれ、訳もわからず必死の頭を両手で守っていると、隣から咎める連れの声が聞こえてきた。
俺と同じ黒髪を両サイドで結んで長いツインテールにした碧眼の少女。
彼女の顔は火で炙られたかの様に真っ赤にし、目尻を吊り上げて怒りを表している。
「痛ッ、悪かったッ!! 悪かったよ!! どうも嫌な夢見ると思ったら硬い肩が枕だったのか‥‥いや、ごめんって、手を下ろしてあだッ!!」
「反省してないでしょ、謝った側からそんな口出せるんだから」
「申し訳ありませんでしたカノメ様」
「もう一発いっとく?」
そして再び手を上げようとする彼女と俺を目の前に座るおっさんが睨んでくる。
そりゃ狭い馬車の中で騒がれちゃストレスも溜まるだろう。
それを確認したカノメは少しむくれたままだが、大人しく腰を下ろした。
現在、俺たちはアルワルド王国、その都市部へ向かうために商人の馬車を間借りさせてもらっている。
周りを見渡せば薬やら食べ物やら衣服やらでいっぱいいっぱいだ。
見たところ駆け出しの商人なのだろうか、品の質もそこそこ、護衛も同乗者の俺らと目の前のおっさんが代わりに請け負う形であり正規に雇っている人はいない様だ。
まぁ馬車と馬を手に入れるだけの力があるのだから成功したのだろうな。
とかどうでもいいことをぽへーと考えていると突然大きな揺れが馬車を襲い始め、切迫つまった若い商人の青年が声を張り上げながら俺たちに警告を発してきた。
「土竜だッ、土竜型の悪魔が地面から目の前にッ!!」
慌てて俺とおっさんが外に出てみれば、二メートルを超える巨大な土竜が三匹迫ってくる所だった。
悪魔。
太古から存在し、今尚人類に脅威を振りまき続ける存在。
その危険性は一般的な肉食動物を遥かに凌ぎ、抵抗を続ける人類に対し、それを凌ぐ勢いで進化を続ける貪欲なまである学習能力を合わせ持つ化け物共だ。
悪魔との戦闘は初めてではない。
自分の暮らす村では戦える戦士が不足しているため身を守る術を学ぶ。
俺らもそうだ。
それを活かし、出世して村の助けをするのが俺たちの目的だったのだが‥‥ここでアピール出来そうだ。
「おっさんッ、戦えるよな!?」
巨大な大剣を両手で構えるおっさんに問いかける。それは杞憂だった様で、そこに恐れや恐怖は微塵も感じられない。
「余裕だ」
「よし、じゃあ俺とカノメとおっさんで一人一匹づつな」
遊んでるんじゃないぞ、とおっさんがまた無言の圧力をかけてきたので片手で返事を返しつつ駆け出す。
「土竜らしく土の中に還ってろ」
背中に背負っていた片手剣を抜き放つ。
この悪魔は知能が低い。注意する点は泥や石を生み出して放ってくることくらい。それも別に重要視しなくてもいいだろう。
所詮巨体を持つとはいえ低級。動きも遅ければ泥や石を放つのにだって挙動のせいで簡単の見切れる。
土竜が向かってくる俺を迎撃する為に背中を海老反りにし、その口から泥を放つ姿勢に入るが‥‥それこそが大きな隙になる。
泥を放つ前に土竜の目の前に到着、海老反りにし、欲しがりなそのどてっ腹に刃を三つほどくれてやる。
土竜はそのまま足元にいる俺に向けて大量の泥を吐きかけてくるが、それを奴の足を駆け上る事で回避。
そのまま頭部まで駆け上がり、その首を大きく斬りあげたことで戦いは終えた。
今の世、都の外で生きる者にとって今の様な戦いは日常茶飯事だ。
比較的悪魔の数が少ない場所に村を作るが、それでも時折悪魔は村周辺に現れる。
週一は見回り、狩りを行はなければならない。
悪魔の肉は美味‥‥なら良かったのだが、とてつもなく不味く、人間の体を害する成分を持っている為余り利益は出ない。
鱗や皮も特別金になるわけじゃないしなぁ‥‥。
あ、今はちょうど商人も一緒にいる事だし高く買い取ってもらおう。新人商人だろうし、命救ったんだから〜とかなんとか言えば買い取ってもらえるんじゃないか?
とか考えながら他二名の様子を確認してみると、すでに戦闘を終えた様だ。
おっさんがカノメに驚嘆の声を上げている。
あいつは昔から天才肌というか、剣の腕はそこらの戦士を軽く超えてるからな。
とりあえず危険はないか‥‥。
そう一息ついていると商人が笑みを綻ばせながら走り寄ってくる。
「いやぁ流石兵士志望の方々に開拓者様です。これだけの腕をお持ちならこれから先の危険もないも同然‥‥」
浮かれているそんな彼の背後、不意にその地面が不自然にひび割れる。
異変に気づいた商人が転び、戦える三人が慌てて駆けるが間に合わない。
新たに現れた土竜型悪魔の口内に商人が飲み込まれる。
瞬間。
その土竜の首が大きく裂け、裂け目から商人がズルリと顔を出した。
惚ける俺たちに泣き出しそうな商人を置いて、いつの間にいたのか土竜の死体のそばで大柄な男が快活そうに声を上げた。
「護衛対象が離れた位置にいるんだ、最後まで気を抜くんじゃねぇぞ素人共」
アカメが斬るに感化されまくって書き始めました。
指摘される前にバラします。
感化されまくりました、はい。