修業をしたい系男子が断罪シーンのさなかに悪役として転生したら
「あなたとの婚約、破棄させていただきますわ!レオン・アックス!!」
そんな声が聞こえ、俺の意識は目覚めた。
周りを見渡す。
俺の周りには大勢の人間がいた。
誰もかれもが高校生ぐらいの年齢で、制服を着ていることから学生であることが分かる。
しかしその顔つきは、どこからどう見ても日本人ではなかった。
顔の彫りが深く、輪郭もシャープ。
目の色も違う。金や青、緑、ピンクもいる。
髪の色も個性的だ。先程の目の色と合わせ、赤や白など色とりどりだ。
こんな人間に会ったことは一度もないが…まあ、人生生きていればこんなこともあるのかもしれない。
そして群衆から一歩俺に進み寄ってきているのは金色の髪をした女性。
制服を着ていることから、彼女も学生であることがわかる。
外見だけで言うならば優しそうに見えなくもないが、睨むような表情がすべてを台無しにしているのだろう。
そして彼女は、人差し指を俺に突き出していた。
おそらく、先程の大声は彼女が発したものだろう。
確か…「婚約を破棄させろ」だったか。
俺は婚約などした覚えはないのだが。
それに、レオンなどという名前にも心当たりがない。
しかし彼女はそう断言しているのだから、彼女は俺をレオンだと思っているのだろう。
第一、俺はなぜこんな所にいるのだ?
記憶が混濁していてはっきりしない所もあるが、俺はこんなところにいた覚えは全くない。
…まあでも、俺はレオンでないことは確実なのだし、勘違いだと訂正させてもらおう。
そう口を開こうとした時、声が響いた。
『嘘、マジか!?俺転生しちゃった!?』
その声は洞窟の中にでもいるかのように、頭のなかをこだましていく。
「誰だ?」
周りを見回してみるが、声を発したと思われる人物は誰もいない。
『あれ、俺動けない?…というか俺もしかしなくとも人じゃない!?マジか!?どうなってるんだ!?…あ、もしかして今俺の声聞こえてる?』
「ああ。」
『マジか、レオンと話出来てる!…あ、俺の声他の奴らには聞こえてないみたいだから心の中で話しかける感じでお願いします。このままじゃレオン変人になっちゃうし。』
確かに、そうだ。
でも心の中で会話など、出来るものなのだろうか。
『大丈夫っす!考えが全部筒抜けってわけじゃないけど、はっきり強く考えたことは分かるみたいなんで!とりあえず心の中の自分に問いかけるみたいなノリで答えていただけるといいかと!!
あ、俺カケルって言います。よろしくお願いします!レオンさん!!』
(あ、ああ。分かった。…だが俺はレオンではない。)
少年の声に押されつつも、俺は答える。
『え、レオンじゃない?』
(ああ。俺もついさっきここにいることに気が付いた。記憶がはっきりしないが、少なくても俺の名前はレオンじゃない。)
『ってことは…もしかしなくとも同じ転生者!?うわー同郷の人にさっそく会えた!マジラッキー!』
(転生はいいものじゃないと思うのだが…。)
『だってここ、あの“ハピアタ”の世界っすよね?』
(ハピアタ?)
『あれ、もしかして知らないっすか?ハピネス・アタック、通称ハピアタ。今大人気の恋愛ゲームっすけど。』
(悪いが、色恋に興味はない。)
『じゃあハピアタ見たこともないっすよねー…あれ、もしかしなくともこれって、既に詰みゲー?』
カケルの声が、青ざめたものに変わった。
それにしても、カケルは“もしかしなくとも”という言葉にハマっているのだろうか。
『確かに今マイブーム中の言葉っすけど…それどころじゃないっすよ!これはヤバい展開っす!!』
ヤバい?
『マジでヤバいっす!俺の記憶によれば、この場面は断罪シーンです!!』
断罪?
(悪いが、それはなんだ?…時間の許す限りでいいから、俺に説明してほしい。)
正直、いつ金髪の少女が次の言葉を発するか分からないのだ。
彼はこの場面を知っている?というのだし、情報は少しでも多い方がいい。
『あ、それなら大丈夫っす!俺の見た所、この会話をしている間は時間が経たないかすっごく時間がゆっくりになってるみたいなので、話し放題です!』
そんなこと、ありえるのだろうか…。いや、生きていればそんなこともあるのだろう。
『ゲーム系しないのに適応力高いっすね!?…じゃあとりあえず俺が知ってることを話しますね。
ハピアタってのは恋愛ゲームで、しかも男性向けのゲームっす。主人公は男で、まあ早い話ヒロインとイチャイチャするゲームです。
でもハピアタが人気になったのはこれが乙女ゲームっぽい要素がたくさんあるって理由なんすよ。
あ、乙女ゲームは知ってます?』
(いや。)
『乙女ゲームも恋愛ゲームなんですが、こっちは主人公が女性なんすよ。
なのでイチャイチャは男とする感じなんすけど、そのイチャイチャが男性向けよりも柔らかめで、しかも胸キュンするようなシーンがたくさんあるっていうのが特徴っすかね。
最近じゃシナリオも面白くなってて恋愛とシナリオどっちが主軸なのか分かんないとか。乙女ゲームの場合、大抵が大恋愛っすかね。
で、その要素を取り入れたのがハピアタ。
性別は逆っすがどっちかっていうと全年齢対象な内容で攻略対象―つまりヒロイン―に萌えるシーンも色々あって、シナリオもちゃんとしてるってことで男性だけじゃなく女性層も獲得したらしいっす。
でももちろん、がっつりイチャイチャしたい男性陣にもウケるようなルートがあって、それが“ハーレムルート”なんすよ。』
(ハーレム?)
『要するに、主人公に対してヒロイン陣が群がるルートっすね。
大抵は主人公とヒロイン一人って仕様なんすが、ハーレムルートはそれをガン無視です。手っ取り早く言えば、主人公独り勝ちルートっす。
…で、多分俺らがいるルートもそのハーレムルートっす。』
(何故わかるんだ?)
『どのルートもこんな断罪場面があるんっすけど、もしエリーナルートだとしたら隣に主人公がいないのはおかしいんすよね。
あ、エリーナってのは今こっちに向けて指さしてる金髪の女の子です。他のルートならその子がレオンを断罪してるんでこれはハーレムルート確定っす。』
(…どのルートでもレオンは断罪されるということか?)
『あ、そうっす。言い忘れてたけど、レオン・アックスは悪役っす。どのルートでもレオンは主人公の邪魔をして、いじめとかなんやら引き起こしますからねー。
ちなみにエリーナルートのバッドエンドだとレオンと無理矢理結婚させられて涙に暮れたエリーナがドナドナされていきます。』
(そうか。それで、その後はどうなる?)
『レオンの断罪後っすか?えっと確か…このルートだと国外追放されますね。でもニュアンス的には途中で暗殺されるっす。』
(そうか。)
『…なんかめちゃくちゃ落ち着いてません?』
(別に俺はレオンではないからな。)
『いや、どっからどう見てもレオンっすよ?』
(だが俺はレオンではない。俺がここにいることに気が付いたのは、エリーナとかいう少女が婚約を破棄したいと言ったところからだからな。)
いじめも俺がやったわけではないのだし。
『いや、それはただの言い訳にしか聞こえないと思うっすよ?既にレオンの好感度は最低なんでそんなの嘘だって言われるのがオチっす。』
そうか。でもそれだと…
(俺はこの後すぐ死ぬってことだよな。)
『そうっす。だからマズいんすよ!あーもう、こういうのはシナリオ前から始まるってのが鉄板なのに、なんでよりにもよって断罪シーン中なんすか!?もう手の打ちようがないじゃないすかー!』
確かに、俺も困る。
(まだ真理にたどり着けていないというのに…。)
『え、真理?』
(ああ、なんでもない。こちらの話だ。…ちなみに、なぜレオンは主人公を邪魔するのか、教えてほしい。)
『あ、エリーナの場合は婚約者に色目を使ったという理由らしいっす。
レオンはこの国のお偉い貴族さんの息子なんで、地位が低い主人公を見下してるんすよね。だから他のヒロインルートでも主人公にちょっかいをかけてきます。
他のヒロインも全員地位のそこそこある貴族の子供なんで。』
レオンは地位に固執していたのか…くだらないな。
地位なんてものは、人の世にしか通用しないものだというのに。
『バッサリ斬りますねー。でも地位を気にするレオンの性格は、この世界の貴族としてはあながち間違ってるわけじゃないんすけどね。ただレオンはやり方がうまくなかったってことで。
ちなみにエリーナルートだとレオンにも同情の余地があるってことで修道院送りになりますけど、他は奴隷だの幽閉だのひどくてひどくて…。
一番マシなのは平民に降格っすかね。レオンとしてはかなりの屈辱らしいんすけど、俺たちにはあまり関係がないですしー…。』
(待て、今何と言った?)
『え。平民に降格は俺たちに関係ない…』
(その前だ。)
『奴隷だの幽閉だの…?』
(もっと前だ。)
『修道院送り…?』
(そこだ!)
『え、修道院っすか?あ、修道院ってのは日本で言うお寺みたいなところで…』
(知っている。修道院へ行く道があるんだな?)
『え、そうっすけど…。』
(決めた。そこへ行こう。)
『えええ!?』
カケルはひどく驚いた。
『え、修道院っすよ!?なんでっすか!?』
(そこは修業できる場、ということだよな?)
『まあ、そうっすね…。たしか豆知識には“自身を心身共に磨き上げる場で、特別な事情がない限りは生涯独身を貫く。俗世に戻る以外には敷地内を出ることは許されない、隔離された場所”的なことが書いてあったっすよ。
ちょっとお寺の修業が混ざってるみたいな設定だったっすけど…。』
(決定だ。そこへ行こう。)
『だからなんでっすか!?』
(一度やってみたいと思っていたからだ。今までは独学で修業していたからな。人に教わることで新しく見えてくるものもあるかもしれない。)
『ええー…。さっきの真理発言といい、もしかして僧侶系男子っすか?』
(そんな大層なもんじゃないと思うが。)
それにそんなことを言えば、本職に怒られそうだ。
『なんで独学なんすか?寺とかには?』
(行っていない。まずは自分一人でやってみようと思ってたからな。)
だが思ったよりも上手くいかなかった。なのでやはり、教えを乞う方がいいのかもしれない。
(なかなか上手くいかないので試しに断食を試みたのだがな、それも上手くいかなかった。)
『途中でご飯食べちゃったんすか?』
(いや。途中で意識を失って、気づいたらここに。)
『それ、もしかしなくとも餓死してません!?』
ああ、確かにその可能性もあるな。
(ちなみにカケルはどうしてここに?)
『俺は普通に事故っす!調子に乗って石に頭ぶつけました!!』
…それは転んだからなのか?それとも自分で自分の頭に石を投げつけたということか?
『転んだからっす!!なんすか後半の考えは!?いくら何でもそんなことしないっす!!』
…………そうか。
『なんすかその妙な間は!』
(で、ひとまず修道院が最適なのだが…。)
『スルーはひどいっす!というかもう修道院ルートは確定なんすね…。でもどうするんすか?今のルートじゃ、確実に国外追放&暗殺ルートっすよ?』
(ああ。だから交渉してみようと思う。)
『交渉?』
(作戦としては行き当たりばったりだが……カケル、もし交渉の途中で知っている情報があったら俺に伝えてくれないか。何か役に立つかもしれない。
この時間はどうやったら元に戻るんだ?)
『よく分かんないすけど…りょーかいっす。あ、時間なら俺と会話するのを止めれば元に戻ると思うっすよ。俺が話し始めたらまた時間が止まると思うんで情報も聞き逃しはありません!!』
(そうか、分かった。)
そう言って会話を止めると、時間が少しずつ進みを速め…元に戻る。
「誰か、ですって?白々しい。私とショウの仲を切り裂こうとしていたのは他ならぬレオン様でしょう!私、知っていましてよ!」
『ちなみに言いますけど、ヒロインたちはそれぞれ個性がありまして、エリーナはお嬢様系っす。このよくわかんない口調もそれを反映してます。』
カケルからの補足が入る。
エリーナは更にレオンの悪行を語り出す。確かに、呼び出しや陰口、無視などとそれなりのことをやっている。
「証拠は既に我が家のものが掴んでましてよ。…弁論の余地もありません。故に私は、正当な処置として婚約を破棄いたします!」
そして声高らかにそう宣言すると、エリーナは一人の少年の元へ駆け寄った。
「~~~っ!怖かったですわ!ショウ様!!」
「よしよし、よく頑張ったね。」
ショウと呼ばれた少年はエリーナの頭を優しく撫でた。
「エリーナ、もう大丈夫よ。」「よく言ったわ。これでもう安心ね。」「ほら、泣き止んで?」
ショウの周りにいた少女たちも、口々にエリーナを慰める。
『おお、あれが主人公&ヒロインっすね。いやー生で見れるとは。でもこれからのことも考えると複雑…。』
カケルが呟く。
だが俺も思う。これは確かに…
「ひどいな。」
ほんの呟き程度だったが、少女たちはキッと俺を睨みつけた。
「それは、どういう意味でしょうか。」
エリーナの言葉には怒気がこもっていた。
「なぜって、これほどひどい断罪裁判はないな、と思ってな。」
「ひどいのは、あなたの方でしょう!」
そう言ったのは、青い髪の少女だ。
『あれはセリア。深窓の令嬢タイプっす。性格はおとなしい感じなんすけど…今は違うみたいっすね。』
「ああ。見ていて痛々しい。」
「どういう意味ですの!?」
思わず声にしてしまった言葉を勘違いしたのか、エリーナが突っかかってくる。
まあ、いいか…。このまま交渉に入らせてもらおう。まずは彼らの欠点を挙げる所から。
「まず、ここには平等性がない。エリーナ嬢は俺の罪状を散々と語っていたが、対する俺は何の釈明も許されなかった…これは明らかに不平等だ。」
「それはっ!」
「二つ目。」エリーナの言葉を遮り、俺は話を続ける。
「証拠があまりにも不十分だということ。証拠はエリーナの家が掴んでいるということだが、逆に言えばそれ以外の証拠がないということだ…違うか?」
「我が家を、御疑いになるおつもりですの!?」
「いや、だがこういうものは第三者に任せるべきだ。その方が信憑性が高くなる。そして三つ目。このような公共の場で断罪を行ったこと。」
ここは食堂だ。今はちょうど昼の時間。学生たちが最も押しかける時間帯だ。当然、人目につきやすくなる。
「訴えるのであれば、先生や学長など権威のある人物にまず言うべきだ。そして彼らの前で、かつ人の目がない場所で訴えるべきだ。」
今回はレオンが悪いのだが、もしこれが冤罪であったらどうする。
例え後で無実だと分かったとしても、疑いはくすぶり続ける。
一度疑念が生じてしまえば、それを払しょくするのは難しいのだ。
「エリーナ嬢が行ったことは、断罪に見せかけた吊るし上げと同じことだ。」
こうなるともはや、喜劇に近い。
そういうとエリーナはみるみると涙を目にためてショウに縋りついた。
「レオン殿、僕の出る幕ではないかもしれないが、それは少し言い過ぎでは?彼女はか弱い女性ですよ?」
ショウが口を開いた。
「これは性別に限ったことではない。仮に彼女が男性であったとしても、同じことを言う。
…まあ、こちらから言わせていただけば、仮にも婚約を結んでいるのにも関わらず何の連絡もなしに他の男に身を寄せるなど、あってはならないことだと思うが。」
『そうそう。それは俺もハピアタやってて“んん?”って思ってた。
少なくてもエリーナルートとハーレムルートに関してだけ言えば、レオンはそんなに悪くないはずなんだよねー。陰口とかだって、元はと言えば主人公が礼儀を覚えていないことが原因だし。
それにヒロインルートは進めれば進めるほど貴族の礼節からは外れてるからねー。まあ恋愛ゲームなんてそんなもんっすけど。』
カケルの言葉で、自信が持てた。
「もし事前に連絡があれば、穏便な婚約破棄もありえたかもしれない。
婚約の破棄に関しては現当主同士が決めることなので確実ではないが…それでもこのような大ごとにはならなかったはずだ。
婚約者としての責務を怠ったことで、このことは醜聞として取り上げられるだろう…。原因の一端は、あなたにもある。」
『断言したっすねー。え、でもこういう話とかゲームとか、知らないんすよね?』
(確かに知らない。だが貴族が体面を気にするということは知っている。あと、結婚は恋愛結婚よりも政略結婚が多いこともな。だからそれを踏まえたうえで押し通した。
問題になりそうなことはあったか?)
『いえ、むしろそのハイスペックさに驚いてるっす…。さっきも言いましたけど、適応力高くないっすか?』
(そうか?自分ではそうは思わないが…。まあ、使えるならそれに越したことはないな。)
「そんな。ひどいっ…!」
エリーナは俺の言葉に衝撃を受けたようだ。お嬢様というくらいだから、このような言葉など生まれて初めて言われたのかもしれない。
「エリーナっ!…彼女に謝れ!!」
「正論を言っただけで謝ることになれば、この世の中は謝罪で一杯になりそうだな。」
「屁理屈を…!」
ショウは唇を噛んだが、次には歪んだ笑みを浮かべた。
俺のそばに近寄り、耳打ちをする。
「…もしかしてお前、妬んでるのか?」
「は?」
「俺が女たちと一緒にいる上に婚約者のエリーナまで取られて、お前悔しいんだろ?」
『うわ、裏の性格出現!?でもゲームじゃそんなことなかったんすけど…。』
カケルが何か言っているが、俺の心は真っ白になっていた。
きちんとショウに向き直る。
俺も小声で告げた。
「欲望だらけだな。ショウ殿は。」
「は?」
俺がさっきショウに言われた時と同じような反応を返すショウ。おそらく咄嗟のことに理解が追い付かないのだろう。俺と同じように。
「嫉妬、優越感、独占欲、支配欲…そんな感情がショウ殿の言葉には満ち溢れている。」
そんなもの、俺からすれば。
「俺からすれば、どれも不必要なものだ。」
「強がっても無駄だぞ。」
「どうして強がっていると思うのか…。己の感情が他人にも全て当てはまるわけではない。ショウ殿は彼女たちを独占したいと思い、俺はどれもいらないと思う…それだけの違いだ。」
『あ、もしかしたらもしかするかも!!』
唐突にカケルが声を上げた。
(どうした?)
『もしかしたら、主人公も転生者かもっす!主人公の名前は自分で決めるタイプで、何も決めてないとアイアンとかそんな名前になってましたから、ショウなんて名前はおかしいんす!』
主人公に転生なんてド定番、なんで忘れてたんだろーと叫ぶカケル。
俺はショウの目をまっすぐに見た。
「俺の願いは一つ。俗世を離れて修道院に行くことだ。俺が修道院に行けばお前は望み通り彼女たちと共に過ごすことが出来、俺は心安らかに暮らすことが出来る。悪い話ではないだろう?
もし俺を何らかの方法で暗殺しようと試みたら、俺はお前の秘密をばらす。どんな手段を使ってもだ。お前と、攻略対象の秘密をな。
…もしそのことがヒロインたちに知られたら、どうなるかな?死人は嘘をつかないらしいからな。」
攻略対象、ヒロインという言葉を聞いてショウの顔は青ざめた。
あくまでカケルの推測だけだったため、試しにカマをかけてみたのだが…上手くいったようだ。
「いいな、修道院だぞ。…そういうルートもあったんだ。問題はないだろう?」
俺はそのまま食堂を立ち去る。
結局断罪は、うやむやのまま終わりを告げた。
===
「――これで、一安心だな。」
俺は手紙を読みおわり伸びをした。
手紙にはその後のことが記されていた。送り主はレオンの両親だ。
俺はあの後すぐ修道院に発つことが決まったので、詳しいことは知らないままだったのだ。
『にしても、あの反論だけでまさか無罪になるとは、さすがっすねー。』
カケルも手紙の内容を読んでいたらしい。
その後きちんとした場で裁判のようなものをしたところ、レオンのしたことは多少行き過ぎた所はあれ同情の余地があり、また婚約者エリーナの不手際も責任の一端があるとしてほぼ無罪になったそうだ。
エリーナ含めたショウ一行は、公衆の面前でレオンを辱めたとして、厳重注意となったらしい。特にエリーナは一か月の停学だとか。
一見ぬるい措置にも思えるが、これから先彼らが社交界でやっていくのは大変だろう。一つ重荷を背負ってしまったのだから。常識知らずという重荷を。
こうなった以上は長い時間をかけて汚名をそそがなくてはならない。恋愛ゲームでは学生生活の一年だけを取り上げているそうなので、ショウはこれから自力で乗り越えなくてはならないのだが…まあ、俺には関係のないことだ。
『淡白っすねー。レオンと大違いっすよ。』
本当のレオンなら、もっとねちっこくて激昂しやすい性格らしい。
本来のシナリオなら、ブチ切れたレオンがエリーナに襲いかかるところを主人公がかばい、そこでレオンが捕まるという内容だったそうだ。
「性格が違うのに、よく気づかれなかったな。一人ぐらいは疑いそうなものだが。」
『そりゃあそうっすよ。むしろ断罪の瞬間に別人が転生したっていうのを信じる方がオカルトっぽいっすもん。噂では、エリーナに裏切られたことで吹っ切れたとか成長したとか言われてるみたいだし。』
そうらしいな。手紙にもそう書いてあった。
「だが俗世に戻らないかという提案をされた時には驚いたな。」
『あー、修道院行きが決定した後っすよね?』
修道院にすぐさま飛び立ち俺たちが到着したころ。一通の手紙がそこに届いていた。
手紙は速達のもので、中にはレオンの親から一言、貴族に戻ることもできるから戻ってこいと書いてあった。
だが俺の目的地は修道院だったので、それは断ったのだ。
親には体裁を整えて“心が深く傷つき人間不信に陥ったので社交界には戻れない”云々と書いたが。
レオンは跡継ぎではなかったので、願いは簡単に通った。
『せっかく貴族に戻れるチャンスだったのに、いいんすか?』
「地位に興味はない。」
それにあのまま社交界にいても、ぼろがでてくるだろうしな。
俺は貴族のたしなみを知らない。その点からいえば、修道院の決まりは一から教えてもらえるので助かる。
『全く、なんで俺がこんな修業三昧な日々に付き合わなきゃいけないのか。せっかくハピアタの世界に来たって言うのにー。』
「なら俺の傍を離れればいいじゃないか。」
『それが、できないんすよー。…ほんと、俺って何なんでしょうね。妖精かなんかっすか?』
「さあ、な。俺もカケルの姿を見たことがないから。」
『うー、俺だけ謎の存在!!でも、それもありっすかね。隠し要素みたいでミステリアスですし。
まあ例え離れられたとしたって、お別れはしないと思うっすけどね!案外面白いこともあるし。
修道院も、ゲームじゃ詳しく紹介されてなかったすからね。裏情報を掴んでるみたいで面白いっす。』
「そうか。ついでに、俺と真理目指さないか?」
『結構っす!…そう言えば、本当はレオンって名前じゃないんすよね?前はなんて名前だったんすか?』
ああ、そう言えば言っていなかったな。ええと、俺の名前は…あれ。
「忘れた。」
『ええっ!?』
どうやら俺は、まだ記憶が混濁しているらしい。
大抵の記憶は思い出せたが、名前だけがさっぱり分からない。
『いやもはやそれは、ただの記憶喪失っすからー!!』
最後まで読んでいただきありがとうございます。
何となく思いついたので書いてみました。
僧侶系とは書きましたが、あくまで欲があまりないというだけで、本人には僧侶系の自覚はありません。
せっかく自分が知ってるゲームの世界に来たのにその知識を断罪シーン以外で活かすことのできなかったカケル君は不憫ですね。