9 俺が心配して、森の奥に探しに入ったんだが
リノアがうちに遊びに来て帰りが遅くなってしまったので、オズベルト父さんと俺と三人でリノアの家まで送る為に夜の道を歩いていると、道の途中でデミスの両親のポルテスさんとアドミナさん、アグレインの両親のクラインさんとエグラタさんの四人に出くわした。
オズベルト父さんがどうしたのかと尋ねてみると、どうやら日が暮れてもまだデミスとアグレインは家に帰って来ていないらしかった。
居場所を知らないかと尋ねられた俺とリノアだったが、俺は昼過ぎにはアムルト兄さんに呼ばれて二人と別れたし、それ以降は姿を見ていない。
リノアに至っては今日は俺の家に入りびたりで、何やらナーザ母さんとしていたので、二人の居場所は全く知らなかった。
「そうか……もう少し村中を探してみるしかないな」
「そうだな。今度は教会の方を探してみるか」
「俺も手伝おう」
オズベルト父さんが4人に助力を申し出る。
「済まない、助かる」
「悪いな」
「気にするな、お互い様だ」
済まなそうに礼を述べるデミスとアグレインの父親達の態度に、オズベルト父さんが軽く首を振る。
「アドミナさん、エグラタさん、済まないが俺の代わりにリノアちゃんを家まで送ってはくれないだろうか?」
「ええ、分かりました」
「こちらこそすみません」
その後、母親達にリノアの事をお願いしている。
二人の母親の方に押し出されたリノアも心配そうな顔をしていた。
それから親たちの話が続く中、俺は昼間の会話を思い出していた。
~ ~ ~
「流石に、もういないいんじゃないか?」
「そんな事分かるもんか!」
「そうだ、絶対また出て来るに違いない! そうしたら今度こそオレがブッ飛ばしてやるからな!」
「どうせならオレたちで森の奥にイノシシを退治しに行かないか?」
「おっ、デミス、いい考えだな。川の所から出たんだから、えっと……」
「森の奥は止めておけよ。危ないって父さんも行ってたし」
「何だよフォルト、やっぱりお前怖いんだろ」
「そうだぜ、森の奥もイノシシも大した事無いだろ」
「大人たちが言ってるんだから注意した方がいいって話だよ。それに……」
~ ~ ~
「……フォルト、父さんはデミスくんとアグレインくんを捜すのを手伝うが、一人で家に帰れるな?」
オズベルト父さんが何やら俺に話掛けていたようだが、俺はその言葉が耳に入ってはいなかった。
「あいつら、まさか!」
次の瞬間には俺は咄嗟に河原に向かって走り出していた。
「フォルトちゃん!」
「おい! フォルト! 何処へ行くんだ」
リノアとオズベルト父さんが叫んでいる。
「川原の近くの森の中!」
俺は振り向かず自分の予想した場所だけを簡潔に告げ、河原の方へと掛けていった。
「こら! 待ちなさい! 探すのは大人たちに任せて大人しく家に帰りなさい! おいっ、聞いているのか! 戻って来るんだフォルト!」
俺はオズベルト父さんの呼び止める声を背中越しに聞きながら、無視してそのまま河原に向かって走り続ける。
「何やってるんだよあいつら」
ああいうタイプの連中は、大人にしろ子供にしろ一旦思い込んだら人の意見を聞きやしないとあの時も思っていたじゃないか。
今更の話だが、もっと真剣に止めるべきだった。
もとはといえば、2ヵ月近くも前のイノシシの一件が、あいつらの中でずっと尾を引いていた訳だし、こうなった責任の一端という訳では無いが、気持ち的に収まりが付かない。
まあ見つかったら、一緒に怒られるか。明日の朝食は抜きかな? ふう、一日二食の世界で朝食抜きはこたえるんだぞ、まったく。
おれは河原に出ると以前イノシシが飛び出てきた辺りから森の中へと入っていった。
ガサッ!
ザッザッザッザッザッ
もう日も沈んでいる。
更に森の中は一層暗い。
だけど、今日は満月。
加えてこの世界の月は二つある。
満月の日であれば多分、月明りだけなら二つの月のおかげで前世の地球より明るいと思う。
そう、二つの月。
この世界が異世界だと実感できる所以の一つ。
この森は比較的浅い部分であれば、昼間も日差しを完全に遮る様な空を覆い尽くすようなうっそうとした森というわけでは無い為、ところどころに月が光を落としている場所が有る。
おかげで満月の夜なら、月明かりが差し込みさえすれば割と視界が効く。
あくまで割とではあるが。
その反面、足元の草木も成長している為、走りやすくはない。
自分の腰の高さくらいはある草木を抜け、走りやすそうなところを選んでとにかく走る。
当てが有る訳じゃないけど、奥へ奥へと向かって走る。
俺は走る。
走る走る走る。
居場所が解っているわけでは無いけど。
ただひたすらに、真っ直ぐに、森の奥へと向かってひた走る。
俺がデミスとアグレインと別れたのは昼過ぎぐらいだった筈だ。
となると、それからデミスとアグレインは森に入ったことになる。
なのに、夜になっても帰って来ていない。
もう半日程時間が経っている事になるわけだが。
森は一見同じように見えても、そこで育った者ならその違いで自分のいる場所の大体の見当は付く。
パスレク村に産まれた子供なら、森の奥手前、中ほどなら昼間であれば大体問題なく帰ってこれる。
浅い所なら夕暮れ近くでもまず迷う事は無い。
それが、この時間まで帰って来ていないという事は帰れないくらい森の深い所に入った可能性が高い。
それはかなりマズイ事態だ。
オズベルト父さんの受け売りだが、森の奥には肉食の動物もいて夜活動する夜行性の動物もそこそこいるらしい。
そうなると危険度は跳ね上がる。
逆に浅い所は比較的安全で子供達だけでも入ることが許されているくらいだ。
実際、ここ数十年浅い所での動物による人への被害は出ていなかったらしい。俺の一件を除いてだが。そう考えると、なんとなく恥ずかしい。
だが、繰り返すが奥は別だ。魔物はいないにしてもこの前のイノシシの様にそれなりに危険な動物もたくさんいるという話なのだから。
奥に進むにつれて、段々と森も深くなってきた。
それにつれて、視界は徐々に暗くなっていく。
なのにまだ不思議と夜目が効く。これも薄紫髪ツインテール少女天使のおかげだろうか。
ちゃんと視界が効くとまではいかないが、走れないというほどでもない。
「デミス! アグレイン! いたら返事しろ!」
叫んだ俺の声が大した反響もせず森の中に吸い込まれていく。
夜のどこか閉鎖されたような感覚を覚える空気の中、思ったよりも声が籠って意外と響いてないような気がした。
多分、発した声は大して遠くまで届いてないだろうと思う。
その事に一層焦りを覚える。
「あいつら何処に行ったんだ!?」
草を踏み分け、木の根を跳び越え、石を蹴り、枝を躱す。
前世の意識を取り戻してからもう半年以上は経つけれど、5才児が夜に村の中を歩き回ることだって滅多にないのに、夜の森の中を駆け抜けるなんてことある訳なかったが、思っていた以上に視界が効く事に少し驚いた。
そんな時、森の暗闇の向こうから何かの動物の様な鳥の様な、警戒とも威嚇ともつかない声が聞こえてきた。
「ギイイイィィィ!」
そして、その直後。
「うわあああ!!! 来るな! 来るな!」
俺の耳に、微かだが聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「今の声は! デミスか!?」
俺は声のしたであろう方向へと向きを変え走り出した。
姿はまだ捉えることはできない。
だが、しばらく走って行くと、徐々に声が大きくなっていく。
「ギイイイィィィ!」
「来るなって言ってるだろ!」
間違いない。この声はデミスの声だ!
俺は走る速度を更に速め、少し背の高い叢をお構い無しに一気に真っ直ぐ抜ける。
ガササッ
見つけた!
開けたところに出た瞬間、少し離れた所にデミスとアグレインがいるのが見えた。
が、アグレインが地面に倒れている。
その前に立ってデミスが鎌らしき物をメチャクチャに振り回していた。
そしてその先には、
「ギイイイィィィ!」
「何だアレ?」
黒い塊の生き物が、歯をむき出しにして唸り声を上げながらデミスと対峙していた。
イノシシじゃない!
イノシシじゃなく、違う生き物。
だが、今までにこの森でオズベルト父さん達が狩ってきた獲物を含めても見た事が無い生き物。
大きさは俺達の腰の高さくらいだろうか。
イノシシよりは大分小さい。
顔はネズミに似ている感じがするが、背中は鱗がびっしり並んでいる様になっている。
そして、その生き物は暗闇の中赤い目を爛々と輝かせてデミスとアグレインたちを狙っていた
「ギイイイィィィ!」
「何なんだ、あの生き物は?」