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8 俺が振り返ってから、結構危なかった事に気が付いたんだが

 イノシシが森の浅い部分に出てから二ヶ月近く経った。

 ちなみに、一ヶ月は四週間、28日で、一年は12ヶ月、336日だ。

 あれ以降、森の浅い部分では変わった事も無く、平穏な日々が続き、結局あのイノシシはたまたま迷い出てきただけだろうという事で大人たちの間では話が落ち着いていた。

 ところがある日、俺とデミスとアグレインが話していると、その話が再燃した。

「流石に、もういないんじゃないか?」

「そんな事分かるもんか!」

「そうだ、絶対また出て来るに違いない! そうしたら今度こそオレがブッ飛ばしてやるからな!」

 2ヶ月近くも前の事だ。いくら何でもいるわけがないのだが。まあ、また浅い所まで出てきているという可能性ならあるかもしれないけどさ。それを言ったらきりがないし。

「どうせならオレたちで森の奥にイノシシを退治しに行かないか?」

「おっ、デミス、いい考えだな。川の所から出たんだから、えっと……」

「森の奥は止めておけよ。危ないって父さんも行ってたし」

「何だよフォルト、やっぱりお前怖いんだろ」

「そうだぜ、森の奥もイノシシも大した事無いだろ」

 はあ。こういったタイプは大人だろうが子供だろうが、はなから人の話を聞きやしない。まったく。

「大人たちが言ってるんだから注意した方がいいって話だよ。それに……」

「フォルト、ナーザ母さんが家で呼んでる!」

 少し向きになりかけたところで、遠くから俺に向かって叫ぶ声が聞こえてきた。

 振り向けば、一番上のアムルト兄さんが、遠くから大きく手を振って俺を呼んでいる。

「分かった! 今帰るよ!」

 俺はアムルト兄さんに大声で応え返してから、デミスとアグレインに振り返る。

「それじゃあデミス、アグレイン、わるい。俺、母さんが呼んでるらしいから帰るな」

 俺はその場から走ってアムルト兄さんの所まで行き、一緒に家に帰った。


   ◇


「オレたちはフォルトより1才も年上なんだから、イノシシなんて簡単に倒せるぜ!」

「そうだよな。父さんたちが話してる魔物じゃないんだし、フォルトだけに良い恰好させておけないもんな」

「リノアに良いとこ見せてやろうぜ!」

「じゃあ、武器になる物持って行こう」


   ◇


 俺は今、家に帰り、ナーザ母さんから頼まれたバーバラお婆ちゃんの家へのお使いを済ませてから、治ってから始めた右腕のリハビリを兼ねて投球練習をしている。

 森の中で採取した時に空間収納に手あたり次第入れておいた石から手ごろな大きさの石ころを取り出し、ピッチャーの投球フォームよろしく投げてみた。

 狙っていた20メートルくらい離れた所にある木に当たり、カンッと乾いた意外と小気味の良い音がする。

「おっ! 当たった! 当たった! ストライク! ナイスコントロールじゃん」

 5歳児の身体で投げた割りに、随分と早さも重さもある

 右腕も完全に治ってから一ヶ月以上たっているし、身体の動きもかなり良い。

 とは言え、5才児の身体からあまり無理に投げ込み過ぎると肘を痛めてしまう事もある。所謂『野球肘』と言われるものだ。だから無理をしない程度に気を付けながら投げている。

 俺は高校のころから野球を始めたので自分自身はそれ程考えていなかったが、当時のチームメイトに小学校から野球をやり続けていたヤツがいて、真剣に注意された事をよく覚えている。

 今は独り、森の手前の手ごろに開けたところで投げていた。リノアはここにはいない。

 ここ最近ようやくリノアは俺から離れるようになり、少しの時間だが自分の時間が作れるようになっていた。

 代わりにナーザ母さんの所にくっ付いている様だけど。

 その間に今まであまり出来なかった空間収納の検証も少しずつ出来る様になっている。

 まず、イノシシの一件からずっと伸び伸びになっていた川に行って、魚を生きたまま空間収納に入れられるかを試してみた。

 結果としては駄目だった。

 魚を取って死んだ直後なら収納は可能なんだけど、生きている間は何度やっても入らなかった。何と無く、試している最中、うまく取れない金魚掬いをイメージしてしまった。

 次に鮮度はどうなるかを試して見た。

 これは簡単で取った魚を入れっぱなしにしておいて2週間程経ってから家の自分の部屋で一人の時に空間収納から出してみた。これならバレる心配がないので安全だ。

 結果としては入れた時の鮮度を保っていた。

 で、気付いたんだが、これ、もし時間経過があったら部屋の中、腐った魚の物凄い臭いで大変な事になっていたじゃないか! 確かスウェーデンの缶詰だっけ? 「シュールストレミング」って言うニシンの塩漬けがあって、それが物凄い臭いだっていうんで飛行機内には持ち込み禁止だし、家庭でも開ける時は外で開けるって話を聞いたことが有る。下手に室内で開けると何日も臭いが残って酷い事になるとの事だ。

 流石にそこまで悲惨な事にはならないだろうが、前世、クラスメイトたちの話で「空間収納は時間経過が無いのが当たり前!」という記憶を鵜呑みにしてしまった。

 今振り返って考えると危なかったと肝を冷やし、空間収納に時間経過が無くて本当に良かったと心底胸を撫で下ろしている。

   ~   ~   ~

『それで、スキルはどういったものを希望されますか? ……もしもし、聞いていますか?』

『んっ、ああ、俺こういうのあんまり詳しくないんだわ』

『そうですか。なら、お任せでよろしければ』

『なんか高い和食の店みたいな言いようだな。んっ、待てよ。確かこういうのに詳しいクラスメイトが「空間収納が最高!」とか騒いでたな。それで頼むわ』

『はあ、そんな他人まかせで自分の来世を託しても良いのですか?』

『分からないものは分からないし。こういうのは詳しそうなヤツからアドバイスを受けたと考えればいいんじゃないか』

『そうですか。割り切ってますね。最後の方ですし……』

   ~   ~   ~

 ふと、転生の時にあの薄紫髪ツインテール少女天使のパスティエルと交わした会話を思い出した。

 これからは検証作業と言っているのだから少しは考えてからやるようにしようとちょっと反省した。

 兎も角だ、鮮度は保てることが分かったのでこれはかなり便利だ。それにしても、時間経過が無いなんて、これも治癒魔法と並んで前世地球じゃまだ有り得ない物凄い技術だよな。それを言ったら、空間収納自体が有り得ないんだが。

 多分大丈夫だと思うけど、熱い物や凍った物もいずれ試して見ないといけないな。


 カンッ


 そんな事を考えながら、石を木に当て続ける投球練習を繰り返していると

「フォルトちゃん! 夕食のしたくできたよ!」

 リノアの声が聞こえた。

 振り返ると全身を使って一生懸命俺を呼んでいるリノアの姿があった。

 うん、年相応の可愛らしさが有るな。

 思わず、顔がホッコリしてしまう。

「分かった! 今行くよ」

 自然と笑みをこぼしながら、俺はリノアの元に駆け寄っい行った。

 合流するとリノアがすかさず俺の服の裾を掴んでくる。

 相変わらず信用ないのかなあ。

 俺はそれを見て少し苦笑いをしていた。

 ここ最近、何日かに一度、リノアは俺の家で晩御飯を食べて行くようになっていた。

 どうやら、オズベルト父さんとナーザ母さん、それにリノアの両親のバセルさんとスビリナさんで話し合って決めたらしい。

 俺の推測からして、多分、リノアのメンタルケアを考えての事だろう。

「フォルトちゃん、このスクランブルエッグわたしが作ったんだよ!」

 リノアがニッコリと両手でお皿を持って俺に見せて来る。

「へえ」

 うん、崩した卵だ。

「食べてみて! はい、ア~ン♪」

 で、朝食だけでなく何日かに一度、夕食でもこの状態が増えた。

 もう完全に右腕は直っていると主張しているんだけど、何故か今の今までリノアに押し切られてしまっている。

 最近、子供ながらアムルト兄さんとハワルト兄さんの視線が痛いです。

 ナーザ母さんはニコニコしているし、オズベルト父さんは……何だろう? 頑張れよ的な生暖かい感じの雰囲気を出しているのだが。俺にどうしろと?

「おいしい?」

 感想を聞かれたが、運動してきた身としてはちょっと薄味だけど、まあ普通だよな。この村では塩はちょっと高めらしいので仕方ないと言えば仕方がないのだけど。

「うん。まあ、美味しい」

「やったあ!」

 リノアが満面の笑みを浮かべて喜ぶ。随分大袈裟だなあ。

「じゃあ、いっぱい食べてね! はい、ア~ン♪」

 そう言って、二口目のスプーンが差し出された。

 ……頑張れの雰囲気はこれかな?


   ◇


「お邪魔しました!」

「リノアを送ってくるね」

 ペコリとお辞儀し、家に帰ろうとするリノア。

 夕食を終える頃には日はとっくに暮れていて、辺りは薄暗くなっていた。

 リノアも食べたらあまり暗くならないうちに帰れば良かったのに、ナーザ母さんと一緒に後片付けまでしていたから少し遅くなってしまった。

 俺とオズベルト父さんはリノアを送るべく、三人で夜の村を歩いている。

 風も穏やかだし、気温もそこそこ温かいので、夜の散歩には丁度良い日だ。

「月がきれいだね!」

 俺と手を繋いで歩きながら、リノアが上機嫌で夜空を見上げて言う。

 そこには同じ大きさの二つの月が丁度満月の輝きを放って俺たちを照らしていた。

 そう、この穏やかな村にあって、一見すると前世死んでから同世界の欧米の田舎の村にでも転生したのではないかと錯覚しそうな状況で、この世界が地球の何処かの国ではなく、異世界と実感できるものの一つがこの月だ。

 絶対に地球ではありえない光景。

 星空も綺麗だし、星座も全く違うのかもしれないが、俺はそこまで星座に詳しくない。せいぜい教科書で見たオリオン座とかカシオペアとか北斗七星とかくらいだが、それらしき星座はやはり見当たらない。

「……そうだな」

「どうしたフォルト、何か浮かない顔になっているぞ?」

「いや、別にそう言う訳じゃないけど 月って何か不思議だなあと思ってさ」

「ほう、フォルトがロマンチストだったとは。将来は吟遊詩人にでもなるか?」

 吟遊詩人は各地を転々とし、各地で歌や音楽を披露してお金を稼ぐ職業だ。この村にもお祭りなどの時に訪れたりする。

「ステキ! フォルトちゃんならきっとカッコいいよ!」

 女の子はああいうの好きだよな。

「無理だよ。考えるのはあまり得意じゃないし」

「そうかなあ、フォルトちゃん他の男の子よりも落ち着いてるし、なんか大人っぽいよ」

「だから無理だって」

 そりゃあ、前世の自我が有る分、高校生くらいの考え方をしているからだし。

「そうだな、養っていくのは大変そうだしな」

「何の話?」

「いや、なんでもない。まあ、なんだ、兎に角頑張れよ」

「???」

 それ以降は無言でしばらく俺たち三人は、虫の声を聞きながらリノアの家に向かって夜の散歩気分で歩いていた。

 もうあと少しでリノアの家に着きそうな頃、俺達の向かう方向に複数の人影が見えた。

「お~い、オズベルト!」

 遠くからその数人の人影が近付いて来る。

 よく見ればデミスの両親のポルテスさんとアドミナさんにアグレインの両親のクラインさんとエグラタさんだった。

「どうしたんです皆さん、こんな所で集まって?」

 オズベルト父さんが話しかける。

「丁度よかった。そっちに行こうと思ってたところだ。実は、うちのデミスがまだ家に帰ってきてないんだ」

「うちのところのアグレインもだ。フォルトくん、リノアちゃん。二人を知らないかな?」

「えっ!?」

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[気になる点] 地雷メンヘラがヒロインもどきムーブかましててかなりウザイ。。 なんでケガした本人じゃなくて原因を気遣わなきゃいけないのさ(ドンドコドン) うっとおしいのは当たり前だし、飯抜きはやりすぎ…
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