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7 俺が動けるようになった後、困った事が有るんだが

 怪我をしてから2週間が経って右腕の骨折は完全に元の状態に戻っていた。

 治癒魔法ってすごい! 前世日本なら考えられない程の早さだよな。流石に骨折が一瞬で完治って事は無かったが、多分多少の切り傷とかなら一瞬で傷跡も残さず治すことが出来るんじゃないだろうか、コレ?

 前世のクラスメイトたちの話からこういった異世界は兎角、文明レベルが中世ヨーロッパ水準で語られている事が多いらしいが、こと治癒魔法というものがある時点で前世地球の医学に勝るとも劣らないと思う。

 ヒューク司祭の話では上級の治癒魔法を使う人の中には、失った部分の再生すら可能な人もいるらしい。それって前世地球ではまだ難しい再生医療の理想形な部分じゃないだろうか? なんたって義手や義足や義眼ではなくて、完全に自分のものなんだから。まあ、おいそれと受けることはできないだろうけど。

 あと、いくら治癒魔法でも下級クラスでは傷を負ってから時間が経てば経つほど治りが悪くなり、古傷だと完全にお手上げだそうだ。まあ、前世から見てもそりゃあそうだろう。

 もしかして死者の蘇生とかもあるのだろうか? そうなると完全にこの分野では前世地球を超えることになるよな。流石にそれは無いか。

 ただ、やっぱり両親が話していたように治癒魔法を使える人は下級の治癒魔法が出来る人を含めても圧倒的に数が少ないらしい。それに個々人の魔力にもバラつきがあり、魔力の多い人でも日に魔法で治療できる人の数にも数十人程度と限界が有る為、医療的な知識もある程度は発展しているらしい。

 なので流行り病などへの治癒魔法での対応は難しく一般的な医療に頼るところが大きいそうだ。

 それはさておき、動けるようになったし、早速外に出て身体を動かしたいと思う。流石に家の中だけだと身体がなまって仕方がない。

 寝ている時に考えていた朝のトレーニングでもそろそろ始めようかな?

 治りたてだと無理すると碌な事にはならないから、柔軟や右手をあまり使わないものとか足腰を鍛えるようなトレーニングをメインで始めた方が良いよな。普通、病気とか大怪我した奴って、皆治るといきがって無茶して大抵また同じ事になるんだよな。普段病気とか怪我とか障がいとかを軽く見ている奴程、その傾向は強いと思う。

 そう考えると、柔軟とランニングくらいからにしておこうかな。

 それはそうと、あれ以降、ちょっと困ったことが起った。

 それは……

   ~   ~   ~

「フォルトちゃん、どこ行くの?」

「ヒューク司祭に怪我の具合を診てもらいに教会に」

「わたしも一緒に行く!」

   ~   ~   ~

「フォルトちゃん、どこ行くの?」

「ビンセントさんの家にお使いに」

「わたしも一緒に行く!」

   ~   ~   ~

「フォルトちゃん、どこ行くの?」

「森に野草を取りに行って来る」

「わたしも一緒に行く!」

   ~   ~   ~

「フォルトちゃん、どこ行くの?」

「井戸に水を汲みに行ってくる」

「わたしも一緒に行く!」

   ~   ~   ~

「フォルトちゃん、どこ行くの?」

「動いて汗かいたから家の裏手に水浴びに」

「わたしも一緒に行……」

「来なくていいから!」

 ……。

 ……。

 ……。

 万事に付けてこの調子で、イノシシからリノアを庇って以降、リノアが事あるごとに俺の後ろを着いて歩く様になった。

 これでは一向に空間収納の能力の検証が進まない。

 あと、村内の同世代の男の子連中、特にデミスとアグレインの対抗意識が前にもまして強くなったという事だな。

 俺が家から出られないでいた時、デミスとアグレインがお見舞いに遊びに来たんだが、その時たまたま……ずっと俺の部屋に入り浸っていたリノアを見てデミスとアグレインが物凄く不機嫌になった。

「たまたまリノアを助けたからって、いい気になるなよな! なんだよ! オレ様ならイノシシなんて簡単に倒してみせたのによ!」

「そうだ! 今度出てきたらオレたちがやっつけるからな!」

「お前ら、お見舞いに来たんだよな?」

 確か二人とも、あの時驚いて川の中で尻もちをついてびしょ濡れになっていたような気がするんだが。子供らしい虚勢に思わず苦笑がもれる。このくらいの子は自分を大きく見せたがるもんだから仕方がない。むしろ十代半ばまでの記憶がある分、いきがってる中学生よりは微笑ましく見える。

 ところがそれが余裕にでも見えたのかデミスとアグレインはますます不機嫌になった

「フォルトちゃん、お水持ってこようか?」

 そんな時でもリノアはマイペースである。

「はあ、何か気の毒だなあ」

 そんなこんなで完治してからもう1ヵ月以上経とうとしているというのに、右腕の骨折が治ってからもリノアは相変わらず何かと俺の世話を焼こうとして来る。

 その為、日中は殆ど俺の後ろをひっついて歩いている。

 一度、真剣に()こうと村の中を逃げ回り()いた結果、俺の家の前で泣いていたリノアをナーザ母さんが見つけ、俺はメチャクチャ怒られ、晩御飯が抜きになった。

 一日二食の習慣のこの世界で、夕食抜きのお仕置きはキツい。特に育ち盛りの年頃には格段に堪える。

 そしてそれ以降、リノアは俺の服の裾をしょっちゅう握って来るようになった。

 多分俺が逃げ出さない様にする為なんだろうけど、物凄く動き難い。

 おそらく、俺がもう逃げないからと言っても前科が有る以上、今のところは信じてもらえそうにないし。

 そんなある日、

「リノア、俺川に行くけど、付いてくるのか?」

 俺は思い切って切り出してみた。

 怪我する前にやろうとしていた魚、生き物を空間収納に入れることが出来るかの検証をしようと思って川に行くことに決めたからだ。

 このままではずっと検証できないままだし、リノアもこのままにしておくわけにもいかない。

 かと言ってトラウマのある場所に連れて行くわけにもいかないけど、この村で暮らしていく以上、避けて通れる場所でもない。

 もう少し時間を空けた方が良かっただろうか?

「……フォルトちゃんが行くなら、私も付いて行く」

「無理しない方がいいぞ」

 おれは確認する様に、澄んだリノアのハチミツ色の瞳を覗き込む。

「フォルトちゃんがいるなら大丈夫、それよりフォルトちゃんは怖くないの?」

 おれはその言葉にハッとなりしばし思考が止まる。

 ある種当たり前で、それでいて思いがけない質問が返ってきた。

 リノアは俺がイノシシに跳ね飛ばされ右腕を折られた場所に行くことに怖さが無いかと聞いて来た訳だが、自分の事より俺の心配をしてくれていたのか。ちょっと嬉しい。

 改めて考えてみる。

 俺自身か?

 前世も怪我とかはしょっちゅうだったからな。骨折は兎も角、打ち上げたフライを取るのにボールに意識が向き過ぎていて無防備にチームメイトとぶつかった事も何度かあるし、他のスポーツでも良く怪我してたから、今回の怪我に対する恐怖心は覚悟を決めていたせいもあるかもしれないけど意外と薄かった。ちなみに他のスポーツって言ってるけど、俺、前世、小・中・高って違う運動系の部活に入っていたんだ。

「特には」

「……」


   ◇


 パスレク村のはずれにある川は今日も穏やかな流れを湛えてゆっくりと右から左へと流れて行った。

 天気も穏やかで、相変わらずここが魔物も存在する異世界ファンタジーな所だとはとても思えない穏やかな景色が、俺の目の前に右から左へと延々と続いている。実際魔物なんて見たことないし。

 温かい日差しはリノアの長い綺麗なハチミツ色の紙に輝きを与えている。

 でも、一緒に来たはいいけど、俺の服の裾をギュッと握るリノアの小さな手は少し震えている様に感じられるように見えた。

 やっぱり怖いのだろう。無理もないか。5才の女の子だし。

 仕方がない。今日はリノアのリハビリを兼ねてこの辺を軽く散歩して帰るだけにしようか。

 そう思った俺は空間収納の検証を諦め、川べりを30分くらいゆっくりリノアと歩いた。

「……フォルトちゃん」

 リノアが俺の服の裾をクイクイと引っ張る。少し顔が赤いか。ちょっと無理をさせただろうか。そろそろ帰った方が良いかな。

「んっ、どうしたリノア。そろそろ帰ろうか?」

「あのね……オッ……コ」

「へっ?」

「……オッ……コ」

 リノアが俺の服の裾を握っているせいで殆ど密着しているにも関わらず、リノアの声が小さすぎて良く聞こえない。

「えっ、何? 良く聞こえない」

 どことなくモジモジとしていたリノアが、キュッと服を引っ張り俺の耳元に手を当てて口を近づけて言う。

「……オシッコ」

「なんだ。それなら森の茂みに入ればいいじゃん。ここで待ってるから早く行って来なよ」

 それにしても今ここには俺とリノアの二人しかいないんだから耳元でヒソヒソ話しなくてもいいのに。

「……だって森の中……」

「ああ、イノシシが潜んでいないか心配なのか。だったら」

 時間も経っているし、今更な話ではあるがリノアにとってみれば重要な事だと理解できる。それならその不安要素を少しでも取り除いてやる行動をすれば良い筈だ。

「待ってて」

 俺は徐に河原の石を一つ拾い上げると投球フォームよろしく森の茂みに向かって構えた。


 ガサッ! 

 ガサッ! 

 ガサッ! 


 スリーストライク。バッターアウト! 三球三振ってね。狙いは適当だったけど。

 森の茂みに向かって何回か河原の石を投げつけてみる。

 どうやら、近くに動物はいない様だ。

「大丈夫そうだな。リノア、おれはここで周りを見張っているから、今のうちに行って来なよ」

「うん。でも……フォルトちゃんも一緒に行……」

「一人で行って来い!」

 その後、渋々茂みの影に入って行ったリノアは、茂みから出て来るまでの間中、俺の居場所を確認する様に何度も声を掛けて来ていた。

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[良い点] 読みやすいし 分かりやすい文章 [気になる点] この地雷メンヘラはこのままヒロインなの? それならこの先読むのは厳しいです
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