62 俺が早起きして素振りをしていたら、思わぬ人に稽古を付けてもらえたんだが
「はっ! はっ! はっ!」
早朝。
俺はヒューク司祭とリノアが眠っているテントからそっと抜け出して森の中の少し開けた所で木剣に似た木の棒を振るっている。
いつもなら、旅先でも朝起きて、リノアも一緒に軽い運動をしているのだが、今日はなんだかいつもよりも早く目が覚めてしまい、一人で先に鍛錬を始めることにしたので、一人でそっとテントを出た。
一応、見張り番をしていたオズベルト父さんとベーシウスさんには朝の挨拶がてら、森に入っていることは言ってある。
昨日の今日だけに、居場所はしっかり伝えておいた方が良いだろうという判断からだ。
「はっ! はっ! はっ!」
精神的にも疲れていたせいか、すぐに眠りに落ちたみたいだけど、それなりに気が高ぶってもいたのか、睡眠時間は短めで目がパッチリ覚めてしまった。
それに、なんだか早く身体を動かしたい気分だったし。
「はっ! はっ! はっ!」
木剣代わりの木の棒を振っていると、背後の方から人が近づいてくる気配がする
「おお、やってるな。感心感心」
「ベーシウスさん……騎士様だからベーシウス様ですね」
オズベルト父さんとナーザ母さんの知り合いだからと、心の中で「さん」付けで呼んでいたけど、騎士様なのだから立派な貴族階級になるわけだよな。
「ベーシウスさんで構わんよ。旧友の息子に様付けされるのはこそばゆいからな」
「でも」
「ああ、人がいない時ってことだ。その辺は分かっているみたいだな」
「ええ。で、どうしたんですか? 皆さん起きてきたんですか?」
「いや、オズベルトからも話を聞いてな。ちょっと稽古を付けてやろうと思ってな」
「俺に!? 本当ですか!」
やったあ。
本物の騎士様から稽古を付けてもらえる機会なんて、この先あるかどうか。
「よろしくお願いします!」
おれは深々と頭を下げた。
「そう緊張しなさんな」
ベーシウスさんは腰に履いた剣ではなく、そこらへんに落ちていた適当な棒きれを拾い上げて無造作に構えた。
俺はボライゼ師匠から習った基本の構えを取る。
「ほう、いい構えをしているな。オズベルトから教わったのか?」
「違います。剣は村の昔剣士をして世界を旅していたという友達のお爺ちゃんに倣っています」
「そうか。なるほどな。どおりで、オズベルトとは違うと思ったわけだ。では、来い!」
「はいっ!」
俺は返事をした瞬間に、一気に間合いを詰めて打ち込んでいった。
でも、ベーシウスさんは片手でそれを軽々と受け流してしまう。
続けざまに俺の横凪ぎが迫るが、それも難なく受け流されてしまう。
何となくボライゼ師匠の剣術に似ている気もするが、ボライゼ師匠の受け流しより手ごたえがない。
正直、とてもやりにくい相手だ。
俺の想像する騎士の剣術はどちらかというと、真正面に打ち合う感じが基本になるような感じがしていたので、一撃目で受け流されたのには驚いた。
でも、ボライゼ師匠の剣術を知っていたおかげで、それにも一応反応することが出来た。
それから数合打ち合って、少し間合いを取る。
俺は少し肩で息をしているが、流石にベーシウスさんは息を乱してすらいない。
構えたまま俺もすぐに息を整える。
「いいぞ。思った以上にいい動きをするな」
「ありがとうございます!」
褒められたことに例はいった者の、見事に手玉に取られていることが悔しい。
「では、これはどうかな?」
ベーシウスさんが一瞬、ちょっと意地の悪いニヤッとした顔をしたかと思うと地面を蹴り上げた。
これは!
おれは咄嗟に片目を瞑り右手は構えたまま左手で顔を庇い砂が飛んでくるのをガードする。
その後すぐにベーシウスさんが間合いを詰めて木剣を振るってきたので、それに対応してこちらも応戦する。
「ほう、これに反応できるのか」
以前ボライゼ師匠が使った攻撃方法だから反応が出来た。
「では、これはどうかな」
お互い打ち合いながらベーシウスさんがそう言うと左から右足が蹴りあがってきた。
「えっ!?」
一瞬驚きはしたが、何とか反応しようと身体を逸らす。
「ほう」
ところが。
(軌道が変わった!?)
蹴りあがってきた右足の軌道が急に横凪ぎに変化した。
おれは流石によけきれず、それを脇腹にくらい吹き飛ばされる。
手加減はしてくれていたのだろうが、7歳児には結構痛い
一応自分でも威力を逃がすために右に跳んだつもりだったけど、間に合ってなかったみたいだ。
「ふむ、その年でなかなかの反応だな。その師匠の教えが、よっぽど良かったと見える」
倒れている俺にベーシウスさんはそう感想を述べる。
俺はすぐさま立ち上がり構えなおす。
「ほう、てっきり「大人なのに足をつかうなんてズルい」くらいは言うかと思ったが」
「俺は魔物狩り専門の冒険者を目指しています」
「ああ、そうだったな」
「だから正当な剣術を身に着けたいわけじゃありません。いろんな状況に対応できる剣術を身に着けたいんです」
このひとは恐らく剣術というより、体術を主体に剣術を取り入れた武術を治めている人なのだろうと予測する。
元々、オズベルト父さんと同じ冒険者だったというし、正当な騎士の剣術を身に着けているわけではなさそうだ。
前世を含めて武術に精通しているわけではないけれど、運動関係は結構やっていたから、何となくそういう予想は出来る。
「ああ、フォルトちゃんズルい! 先に運動始めちゃうなんて。しかも、騎士様に稽古を付けてもらえて」
すると、いきなり後ろから声が飛んできた。
振り向けば、そこにリノアが少し頬を膨らまして立っていた。
「お嬢ちゃんも剣術を習っているのかい?」
「はい! フォルトちゃんと一緒にボライゼ師匠から剣術を習っています!」
「ほう……これは」
ベーシウスさんが何やら小声で考え出した。
「よし、お嬢ちゃんも稽古をつけてやろう」
「本当ですか! ありがとうございます」
「ベーシウスさ……様、リノアにはもっと手加減してくださいよ」
「心配するな。分かっている。しばらくは体術は使わんさ」
それから朝ごはんまで俺とリノアはベーシウスさんに稽古を付けてもらっていた。




