61 俺が夢の中にいる間、ベーシウスさんとオズベルト父さんでお酒を酌み交わしていたんだが (ベーシウス視点)
夜半過ぎ。
焚火を挟んで座り、久々の古き友人と酒の入った杯を酌み交わす。
深夜の交代により、ヒューク司祭と部下の騎士エニムと交代をして見張り番をしている。
風もなく、森に囲まれた静かな空き地には火にくべた木の爆ぜる音と草むらの中から聞こえてくる虫の鳴き声だけだ。
焚火を挟んで向かい側に座っているのは、もう10年も前にパーティーは違ったが同じ冒険者ギルドに所属し、たびたび組んで依頼を熟したこともある旧友のオズベルト。
今の時期、夜はそこそこ冷えるため、番をするときは酒を飲んで身体を温める。
勿論、あんなことがあったばかりだ。
お互い加減は分かっている。
俺たちは別々のパーティーに所属していたが、依頼内容や状況によっては複数のパーティーが組むこともあり、こいつらのパーティーとは相性が良く、過去何度か組んで仕事を熟すこともあった。
だから昔は時折、こういう二人だけで酒を酌み交わす機会もあったものだ。
あんなことがなければ、もう少し気楽にもできただろうに。
本当に残念なことだ。
それにしてもと、俺は思う。
お互い杯を傾ける仕草が様になるような歳になったもんだと、久しぶりの目の前の古い友人を見やる。
「……で、ある程度の事情くらいは説明してくれるんだろ?」
それがタイミングとなったのか、オズベルトが徐に切り出してきた。
俺は杯につけかけた口を離し、オズベルトを改めて見やる。
まあ、あの状況ではまず間違いなくこちらの事情に巻き込まれたと察するのが自然の流れだろう。
「ああ、勿論だ。一応、話せるところまでになるがな」
「それでいい。余計なことには深く首を突っ込まない。貴族間の厄介事に関する冒険者の基本だろ」
フッ、厄介事ねえ。
間違いはないな。
「そうだな。ただ、今回は少し深いところまで話すことになるかもしれん」
「いいのか?」
「ああ、少々こちらにも思惑ができたからな」
「……嫌な予感がするんだがな。お前がそういう顔をするときは巻き込む気満々な時だからな」
「流石だな。察しが良くて助かる」
俺はニヤリと笑って見せる。
この辺のやり取りは昔と全く変わってないことに、懐かしさと共に、嬉しさを覚えるな。
「だから、嫌な予感と言っているだろうが」
憮然とした態度でそう言いつつも、先を促してくるオズベルト。
嫌そうな表情はしているが、事情を聞かないという選択肢はないようだ。
まあ、そうだろうな。
偶然とはいえ、オズベルトの息子、フォルトが、襲撃してきたゾンビ達を操っていたかもしれない人物に、一太刀浴びせたんだ。
それにしても、素直にあの年で大したものだと思う。
しかも、後でフォルト自身から詳しい話を聞いたところ、名前を聞かれて、思わず名乗ってしまっているという事だそうな。
更に、ご丁寧なことに、相手に「覚えておく」という言葉まで貰っているらしい。
そうなるとこの先、俺達と一緒にラドンツの町まで行き、別れたとしても、完全にかかわりがなくなったとはいえなくなっただろうな。
そりゃあ、ある程度の事情を知っておきたいのは理解できる。
「実はな。パスレク村を通って別荘に言ったのはキサナティアお嬢様の静養だけではなく、しばらく身を隠す為だったんだ。……」
かなり伏せていることもあるが、オズベルトは恐らくそれも理解したうえで話を聞いてくれている。
10年経っても変わらない目の前の男に、再び嬉しさを覚える。
「狙われていると言う訳か。……いいのか? そんな話を俺にして?」
「ここだけだ。それにお前は昔と変わってない。フォルトを見ればそれは分かる」
「随分とフォルトを買ってくれているじゃないか?」
「まあな、フォルトは育てれば多分、冒険者なら俺達を抜いてAランクも狙える逸材になると俺は見ている。お前だって10年前、冒険者を退いていなければAランクになれていたろうに」
実際はオズベルトの冒険者ランクはBランクなので、自主的に冒険者資格を返納しない限りは今でも冒険者なのだが、今はそのことはいい。
「お前だって、実入りがいいわけではない上に常に危険が付きまとうのはよく分かっているだろう。だからこそ専属を経てあのお嬢様の護衛騎士になったんだろ?」
「まあ、そうなんだが。騎士と言うならお前だって……」
「その話は止めてくれ。俺は三男だ。関係がない」
「そうだったな。すまん……話が逸れたな。
少しの時間、沈黙が辺りを支配する。
そういえば、フォルトも三男だと言っていたな。
状況は違うものの、冒険者を目指しているという事に因果を感じる。
血は争えないという事なのだろうか。
俺は傍らに置いてある木を焚火の中に無造作に放り込んだ。
パチリと、木の爆ぜる音が、やに暗い森の中へと響いていく。
それから、俺は杯の酒を一口飲んでから話を切り出した。
「なあ、オズベルト。フォルトを鍛えてみる気は無いか」
「?」
酒を飲もうと杯を口元に運びかけていたオズベルトの動きが一瞬止まる。
「なにをいきなり」
「何なら俺が少し見てやってもいい。体術もなかなか役に立つぞ」
俺の剣術は少しこの地方では特殊だ。
体術を組み合わせた闘い方を得意としている。
故に他の剣術より屋内向きとされている。
だからこそ、病弱で屋敷内に籠りきりとされるお嬢様の護衛騎士を任されることとなったわけだが。
話を聞いただけだが、恐らく、フォルトにはオズベルトの大剣を振るう剣術よりも、俺の体術を交えた剣術の方が向いていると思う。
森の中で敵に気取られず木を渡って近づき不意討ちを浴びせることが出来たのだから。
「だから、いきなり過ぎだ。話が見えん」
少し、話を急ぎ過ぎたか。
正直こういう話をしているのは同年代でキサナティアお嬢様をお守りできる人材が欲しいという思いからだ。
まだ先とはいえ、これから学園に上がることになるキサナティアお嬢様。
少々、込み入った事情のあるお嬢様のために、出来る準備はしておきたいと思う。
そのために打てる手は打っておきたい。
それに……。
「考えておいてはくれないか?」
「……あの子がなりたいのは冒険者だ。貴族のお抱え用心棒じゃない」
「手厳しい言い様だな」
思わず苦笑いをする。
流石はオズベルト。
やはり、ある程度の事情は察しているようだ。
「分かっているさ。フォルトは魔物狩り専門の冒険者になりたいんだろ? さっき、フォルト本人から聞いたよ」
「まあ、それも先の話だ」
オズベルト自身はあまりフォルトが冒険者を目指していることに乗り気ではないように見えるな。
まあ、気持ちは分からんでもないが。
親というのは自分がしてきた苦労は子どもにはさせたくないようだ。
だからこそ、オズベルトとナーザは冒険者パーティー『大地の息吹を解散した後、冒険者の間では魔物が出ず実入りのないことを揶揄して「聖なる森」なんて呼ばれているアストランの森の近くのパスレク村に移り住んだんだろうしな。
少し沈黙が続いた後、同時に二人して、残っていた杯の酒を一気に呷るった
東の空が白み始める。
そろそろ朝日が昇り始めてきた。
どうせ、今日からラドンツの町まで数日同行することになるんだ。
オズベルトには悪いが、フォルト本人も望んでいるみたいだし、早速今日から、時間を見つけて稽古でも付けてやるかな。




