60 俺が自分の甘さを深く考え込んでいる時、リノアがなんか隣りで妙な感じになっていたみたいなんだが
夜も更けてきて、子どもの俺とリノアは一足先にテントに入り、眠る準備を始めている。
思い返してみると、今日の夕食は人数が9人と、いつもの倍以上に増えたにも関わらず、誰一人喋らず、皆が黙々と食事をする静かな夕食だった。
まあ、それも仕方のないことだろうな。
まさか、いきなり河原でゾンビに襲われるとは思ってもみなかっただろうし。
俺とリノアは、朝は森の中でスラッガースラッグなんていう巨大なナメクジに追いかけられもしたしさ。
如何に俺たちの暮らしているパスレク村が、平和なところか、身に染みて分かったよ。
パスレク村なら、精々が河原にイノシシだしな……。
自爆ネタだな、コレ。
止めよう。
改めて、ここが異世界だということを、そしてそこに産まれ生きているんだということを思い知らされたよ本当。
そういう訳というのかもしれないけど、いつも以上に大人たちは神経を尖らせているみたいで、話し合いが長引いているようだ。
最初の方だけ話を聞いていたけど、今日は先にヒューク司祭と女騎士のエニムさんが見張りをして、夜にオズベルト父さんと騎士のベーシウスさんが交代で見張りに入る予定になっているらしい。
なので、先に仮眠を取る予定のオズベルト父さんが後から来る予定だ。
今、オズベルト父さんとヒューク司祭はベーシウスさんとエニムさんとで夜の見張りの打ち合わせをしている最中。
「フォ~ル~ト~ちゃん」
毛布を整えていたリノアが、ふと声をかけてきた。
「んっ? どうしたリノア、なんか変な笑顔作って」
「キサナティアお嬢様と、何話してたのかなあって?」
「……大したことじゃないよ。俺が成り行きとはいえ、生きている人間の女の人を本気で殺しかねない勢いで殴りかかったことに落ち込んでいたら、励まされたというか、叱責されたというか……ボライゼ師匠から折角、剣を習っているっていうのに情けないよな俺」
自分で言っていてなんだが、大したことじゃないワケないよなコレ。
本当に、情けないというしかないと思う。
咄嗟の覚悟が出来ていなかった。
あの時、石をぶつけた瞬間、声を上げたのを聞いて、生きている人間、それも女性だと理解して、敵であるかもしれないというにも関わらず、剣筋がぶれてしまったし。
結果、その敵であるかもしれない人を、逃がしてしまうことになった。
まあよくよく考えてみたら、俺如き子供が、捕まえられるとは最初から思えないけどさ。
散々、オズベルト父さんに言われて、自分でも理解している気になっていたのにな。
少し、いろいろ思い上がっていたのだろうか?
「ふ~ん、そうなんだ」
なんかちょっと不機嫌そうだな?
「なんで、そんな事聞くんだ?」
「な~んか、楽しそうだったように見えたけど」
「そうかあ? 確かに、落ち込んでいたところに話しかけられて、少し気分が楽にはなったけどさ」
正直、余裕をなくしかけていて、視野が狭くなりかけていたような気がする。
「キサナティアお嬢様、可愛いもんね」
「う~ん。まあ、可愛いと言えば、可愛いけど」
「むぅ」
「リノアと同じくらいじゃないか?」
なんで今、そんな話が出てくるんだ?
あっちは貴族のお嬢様だろうに。
もしかして、このくらいの年齢によくある小さな嫉妬ってヤツかな?
「えっ! 本当!?」
いきなり、パッと表情が明るくなったな?
なんか、急に機嫌が直ったんだが。
俺なんか言ったっけ?
……。
ああ、言ってるわ。
自然に言っていたんで、自分でも気が付かなかったや。
まあ、機嫌が直ったのなら良しとするか。
「それよりも、リノアこそ、キサナティアお嬢様と喋ったりして友達にでもならなかったのか?」
同世代の女の子同士なんだから、仲良くなれると思うんだけど。
「それこそ無理だよ。相手は貴族のお嬢様だもん。それに、傍にいるメイドさんになんか近づけさせてもらえないような雰囲気があったし」
「そうか……そうだな」
確かに、あのメイドのクレールさんもそうだし、女騎士のエニムさんもそんな雰囲気を醸し出しているしな。
この世界では当たり前なのかもしれないけど、俺たちなんか、思いっきり平民扱いだったし。
そう考えるとまあ、下手に近づいて貴族のお嬢様に粗相をするよりはマシか。
無礼討ちなんて、ほんとシャレにならないもんな。
まあ、前世の歴史の先生が、実際上は手続きが複雑で、そうそう成立するものじゃなかったって言ってたけど、この世界が、そういう世界とも限らないし。
こっちの世界では割とある話のようだから。
向こうから話しかけてこない限り、あまり不用意に近づかない方が無難だろう。
タイミング的に、少し沈黙が続いた頃に、不意にテントの入り口の布が跳ね上げられるパサリという音がした。
「んっ? どうかしたのか?」
テントに入ってきたオズベルト父さんが、俺たちの様子を見て訝しむ。
「なっ、なんでもないよ」
「うん、なんでもないなんでもない」
「……そうか。二人とも、もう寝なさい。明日も早いぞ」
「「はーい!」」
「おやすみ」
「「おやすみなさーい」」
俺たちはそれぞれ毛布に包まって、眠りについた。




