59 俺がさっきのことを、振り返って見たんだが
河原でゾンビの集団に襲われたとはいえ、もう日が落ちかけてしまっているし、馬車も動かすことが出来ない以上、移動したいのはやまやまではあるが、この場で夜営するしかないという事になり、各々準備を始ることとなった。
見張りを大人の中でそれぞれ、騎士様2人と冒険者経験のある2人、計4人が合同で出すこととなり、2人ずつ2交代で行なう事になった。
話し合いで組み合わせは最初がヒューク司祭とエニムさん、夜中から明け方がオズベルト父さんとベーシウスさんということになった。
御者のロイドさんとリノアは俺が火おこしをした後の火の番をしてくれている。
キサナティアお嬢様とメイドのクレールさんは馬車の中にいるらしい。
もう貴族様の馬車は動かすことが出来ると思うんだけど、何故それが分かるかを聞かれると返答に困るので、言い出せずにいた。
それに、俺自身、少し思う所があったし。
俺は一段落着いたところで、一人手ごろな岩の上に座ってさっきのことを考えていた。
一応はゾンビ達を操っていたとみられる女の人も傷を負っているはずなので、深手ではないかもしれないけど、そう連続では襲ってはこないだろうと思う。
生きている女の人。
そう、俺は敵でありはするものの、知らなかったとはいえ、生きている女の人に木の棒で殴りかかり、頭に出血までさせる怪我をさせてしまった。
しかもゾンビの頭を潰すつもりで打ち下ろしたから、基本、殺すつもりで。
そう、ゾンビに対してだから意図していなかったとはいえ、殺すつもりで……。
自分の両手をまじまじと見る。
この手で……。
落ち着いて考えたと同時に全身に震えが来た。
前世自分のけが(けが)で大量出血をしたこともある。
チームメイトが怪我をしたところも見ている。
ドラマや映画で人が傷つくシーンなんて幾らでもみてきた。
この世界に生まれて、この手で魔物も倒したし、オズベルト父さんから教えてもらって、動物の解体もした。
なのに……。
~ ~ ~
「冒険者になるという事は様々な依頼をこなすという事だ。まだ、小さいお前にいうのは酷かもしれないが、その中には人の命を殺める事もある。例えそれが悪い人間だとしてもだ」
「……魔物だけを狩る冒険者になるのは?」
「魔物を専門に狩る冒険者は存在する。遺跡を探索する事を専門にする冒険者も、貴重な素材を採取することを専門に活動する冒険者もだ。だが、そんな冒険者でも時には人と戦わなければならないこともある」
「……」
~ ~ ~
不意に以前、オズベルト父さんが言っていたことが頭を過る。
~ ~ ~
「例えば、魔獣を追い、山道の途中で野盗に出くわしたとする。自分は魔物専門だからと見逃してくれるなんてことはない。向こうが命を奪いに来ている以上、自分達も身を守らなければならない。自分の身を、仲間の身を。そして、それは相手の命を奪うことにもなる」
~ ~ ~
命を懸ける。
命を奪う。
言葉で言えば、恰好良くも聞こえるが、いざそれが現実味を帯びた時自分はどう考えどう動くのだろうか?
そうあの時考えた。
命を奪うという事。
それをまだ本当に真剣に考えるのは大分先のことだと高をくくっていた。
それが、7歳で向き合わなければならなくなる日が来るとは思ってもいなかったな。
(あまいのかな? 俺の考え)
……。
「ねえ、貴方」
(はっ!)
不意に声をかけられ驚いて顔を上げる。
そこにはなぜか腰に手を当てて仁王立ちしているキサナティアお嬢様の姿があった。
少し離れた所にメイドのクレールさんが控えているが、お嬢様が平民の俺に接するのを止める様子はない。
「なに? 私を元気づけようとしたくせに、今更になって自分が怯えてるの?」
「そっ、そんなことはな……」
「手が震えてるわよ」
「えっ? あっ! これは……」
見られてたのか。
「気にする必要はないんじゃないかしら。男の子とはいえ、貴方は私と同じ、まだ子供だわ。ゾンビなんてあんな近くで初めて見て、私も怖いと思ったもの」
いや、そっちの話ではないんだけどな……。
「貴方はそれでもゾンビに立ち向かおうとしたわ。子どもなのに大したものよ」
自分だって子供じゃないか。
……ひょっとして、お嬢様なりに元気づけようとしてくれているのかな?
的は外れているけど。
まあ、あの状況なら、ゾンビの方がインパクトは強いもんな。
「貴方、名前は?」
「えっ、あ、俺、フォルト……と言います」
いきなり問いかけられたため、慌てて答えたせいで、敬語なんてそっちのけで少ししどろもどろになってしまった。
間抜けだな、俺。
「そう……フォルト」
あれっ?
「覚えておくわ」
「えっ!?」
この流れって、最近どこかで……って、フードの女の人と交わした会話? じゃないか!
熟々、間抜けだな、俺は。
「それから……ありがとう。本当に美味しかったわ」
「ああ、いや別に大したことはないよ……ですよ」
「嘘ね。あの飲み物に使われていたハチミツや砂糖。平民の貴方が、そう易々と手に入れられる質の物ではないわ」
はっきりと物を言うお嬢様だな。
本当に病弱なのかよ?
「あんなに上質な飲み物をどこで?」
でも……。
「な~いしょです」
おれは誤魔化すために、わざとおどけて言って見せた。
うまくつくろえたかは分からないけど、おかげで少し吹っ切れたような、気持ちが軽くなった気がした。




