51 俺が旅の途中、ある人に出会ったんだが
「ああ、って、まさかやっぱりベーシウスなのか」
「やはりそうか。久しぶりだなオズベルト」
二人とも久しぶりに旧知の友に会ったという感じで、思わず破顔していた。
オズベルト父さんとオズベルト父さんにベーシウスと呼ばれた男性の方の騎士はお互いに知り合いだと分かったようで、ヒューク司祭がいた関係で初めから薄かった警戒の空気がさらに薄くなった気がする。
オズベルト父さんは荷馬車を降りて、ベーシウスさんは近づいてきてお互いに久々の再開を喜んでいるようであった。
辛うじて、ベーシウスと呼ばれた騎士の隣りに立っている赤い髪を後ろで束ねた女性の騎士が警戒の色を多少浮かべているくらいだ。
「ああ、ナーザが妊娠して冒険者を引退することを決めて王都ドーザリブを離れてからだから10年は経つか。それにしても、お前もドーザリブから離れて、ラドンツ側に来ているとは思わなかった」
「そうか。すまんな、パスレク村にいるのは知っていたんだが、任務中だったんでな」
「任務? お前、その恰好」
「ああ、これか。これは……」
ベーシウスさんは古い知り合いに見られたのが少し気恥ずかしいのか、照れたように自分の服装を見下ろす。
「もしやと思ったが、やはり騎士に取り立てられたのか!?」
「ああ、ある依頼で貴族の警護をすることになってな。その時の功績が目に留まって、仕えないかと声をかけられたんだ」
「そうか。良かったじゃないか。という事は爵位持ちか。もう気軽には話せなくなったか。10年の時の流れを感じさせるな」
「一代限りだ。子には継がせられんし、お前だって一線から退いているとはいえ、Bランク冒険者だろうに。今まで通りで構わんさ。10年か……もうそんなになるか。んっ、その子たちはもしかして?」
騎士の中にも、地位とは別にランクみたいなものがあるらしい。
この事は前にオズベルト父さんに聞いたことがある。
普通に騎士に取り立てられた場合は大体が一代限りで子には継がせられない。
騎士だけではなく「名誉騎士」「名誉男爵」と呼ばれる人たちが、これにあたるそうだ。
その後、大きな功績を立てたり、よほどの信頼を得たりすることで、代々騎士の家系を継ぐことが出来るようになるシステムらしい。
一回だけのまぐれな功績だけじゃ駄目って事なんだろうな。
まあ、分からないでもないけどね。
これも忠誠心を高めるためのシステムの一つだとオズベルト父さんは肩を竦めて渋い顔をしながら言っていたのが印象的だった。
何か嫌な思い出でもあったのだろうか?
「ああ、こっちの男の子は俺の子だ。フォルトと言う。こっちの女の子は村の知り合いの子でリノアという。ほらフォルト」
そういってオズベルト父さんは俺の背中を軽く押して少し前に出させる。
「こんにちは」
「こんにちは」
俺がベーシウスさんに挨拶をすると少し遅れてリノアも挨拶をした。
「おお、俺はベーシウス。オズベルトとナーザ達の冒険者時代の知り合いだ。にしてもオズベルト、10歳にしては小さくないか?」
どうやらナーザ母さんのことも知っているらしい。
あたりまえと言えば当たり前か。
オズベルト父さんとナーザ母さんは一緒にパーティーを組んで他の人達と冒険者をしていたのだから。
「フォルトは三男だ。まだ、7歳になったばかりだ」
「そうか、それは済まなかった。そうか、あのナーザに3人も子供が出来たのか」
ベーシウスさんは感慨深げに言葉を噛みしめている様だった。「ベーシウスどの」
ベーシウスさんの話の途中で、馬車の方にいた女性騎士から声が掛かった。
「エニム、おっと、済まない……エニム、大丈夫だ、俺の旧知の者だ」
「しかし、ヒューク司祭は兎も角、平民の者を馬車に近づけるのは不用心ではありませんか?」
真面目というか、職務に忠実というか、お堅い感じのする女の騎士様だ。
さっきの話ぶりからすると、代々騎士の家系の人なのかもしれない。
若いし。生真面目なのかもしれないけど、俺たちを見て「平民」と言い放ってしまうあたり、完全に貴族育ちという感じがする。
この世界では当たり前で仕方のないことなのかもしれないけど、初めてこういう言い方をされると、相手が若い女の人でも何となく感じが悪い。
「轍に嵌ったか?」
少し空気が悪くなりかけたのを察して、それを変えるべくオズベルト父さんが事情を聞き始めた。
「ああ、どうにも抜け出せなくてな。済まないが手伝ってくれないか?」
「構わないさ」
「ええ、私も非力ですがお手伝いいたします」
オズベルト父さんとヒューク司祭が快く引き受ける。
「ベーシウス殿!」
ところが、オズベルト父さんの知り合いで、昔冒険者をしていたというベーシウスさんと違って、こっちの女性騎士は子ども連れでもかなり警戒しているようだ。
護衛としては当然だろうけどね。
そういえば、前世の暗殺者物の番組でも、子ども連れとか家族連れを装って標的に近づくなんて話はよくあったっけか。
「心配ない、俺の昔の冒険者時代の知り合いだ。オズベルトは信頼できる。それに一線から退いているとはいえBランク冒険者だ」
「ですが……」
「このまま、どちらかが助けを求めにラドンツまで馬を走らせるか? 単独で馬を走らせれば確かに速いが、それでも夜通し走っても、往復で2日は掛かるぞ。その間、このような状況でお嬢様の護衛を一人で熟せるのか?」
「……仕方がありません」
まだ何か言いたそうな雰囲気を出していたエニムと呼ばれた女騎士だったが、ベーシウスさんの説得に渋々了承した。
ただ、まだ納得はしていない様子だ。
それから、オズベルト父さんと、ヒューク司祭、それにベーシウスさんとエニムさんが馬車を押し、御者の人が馬を操って轍というか、泥濘というようなところから抜け出そうと奮闘を始める。
しかし、運が悪かったのか、相当深くはまり込んでいて少し揺れたように動くだけで一向に抜け出せるような気配はしなかった。
大人たちが力を合わせても抜け出せない。
「駄目だな。これは相当不覚はまり込んでいるし、まだ地面がぬかるんでいてどうにもならん」
「地面が渇けばもう少しましになるかもしれません。日も傾き始めてきましたし、いたずらに押して状況を悪くするより少し地面の状態が良くなるのを待った方がいいかもしれませんね」
「うむ、そうだな」
「ですが、このままでは……」
「どちらにしても、今抜け出せたとしても何処かで野宿をしなければならない。不幸中の幸いというべきか、少しだけ開けた場所だし、近くに沢があったはずだ」
「確か、そのあたりの森を下れば、そう遠くない所に河原があったと私も記憶しています」
「それに今なら、司祭様とBランク冒険者と一緒に野宿することが出来る」
「相変わらず計算高いな」
自分たちを織り込み済みで話すベーシウスさんの言いように、少し呆れた感じで苦笑いをするオズベルト父さん。
「まあな」
それを見てニカッと笑うベーシウスさん。
何となく騎士様というより、昔の冒険者時代に戻っている感じがする。
昔はこんなやり取りがちょくちょくされていたのであろうと思わせる気安さだ。
10年の時が経っていても変わらないでいるのだろうことが感じさせられるやり取りだな。
何となく羨ましく感じる。
「……分かりました」
エニムさんよりベーシウスさんの方が地位が上なのか、最終的に仕方ないのでここで野宿をすることになったことを了承したようである。
「キサナティアお嬢様、申し訳ありません。今日はここで夜を明かし、明日、地面の状態が良くなってからもう一度抜け出す試みをして見たく存じます」
ベーシウスさんが馬車の中に向かって声をかける。
「仕方がありません。自然の事ですから、ベーシウスとエニムが気にする必要はありませんよ」
馬車の内側から声がする。
結構幼い女の子のような声だ。
エニムさんが馬車の扉に近づき出迎えの準備をする。
そうしてしばらくすると、馬車の扉が開き、仲から人が出てきた。
おおっ、本物のメイドさん。
前世日本で見たことのあるカワイイ系のメイド服ではなくて、本当にシンプルな長めのスカートのメイドさんだ。
その後から、メイドさんに恭しく手を取られて降りてくる女の子。
いかにも「お嬢様」って感じの雰囲気の子だな。
輝くような茶色の長い髪をした理知的な顔の少女。
でも、あれっ? あの子、前に見たような……。




