41 俺が授業の後、ヒューク先生と話をしているんだが
もうすぐ俺が、7歳を迎えようとしている秋。
俺は授業が終わってから、皆が先に帰る中、ヒューク司祭のところに行って話をしていた。
リノアも一緒に来るかと思ったんだけど、
「フォルトちゃんはヒューク先生とお話? わたしはミリアーナ先生に聞きたいことがあるから、終わったら教会の入り口で待っててね。いっしょにかえろ」
「分かった」
そういって、ミリアーナ先生の所に駆け寄っていって何やら話してから、二人で教室代わりの礼拝堂から仲良く出ていった。
二人とも楽しそうだ。
最近、こういう場面をよく見るようになった。
別に今までが距離があったわけじゃないけど、リノアとミリアーナ先生の距離が急に近くなって親しくなった気がする。
何があったんだろうか?
仲がいいことは良いことなので、まあいっか。
「あれから、あの神殿のある穴には行っていないんですか?」
「ええ、町の教会から正式な調査団が来るまではそのままにしておこうかと」
「いいんですか? 折角、ヒューク司祭が見つけたのに」
「フォルト君とリノアさんのおかげですからね」
「待てるんですか?」
何をとは言わない。
ある程度の大人たちは知っているみたいだけど、基本的にはアストランの森に魔物が出るようになったことしか知られておらず、地面の下の神殿の遺跡については伏せられているようだった。
そう考えると、あんまり大っぴらに話していい話題でもないような気がしたからだ。
俺もリノアもアシュランベアに遭遇したこと、大きな穴に落ちたこと、ボムビックアントに襲われそうになったことは話しているがそれ以外は秘密にしていた。
下手に興味を持って森の奥に入り、魔物に襲われるなんて被害を避けるためである。
「大丈夫ですよ」
「本当ですか?」
俺は疑わし気な半開きの目になってヒューク司祭をジトッと見つめる。
そういう意味でいうと、この件に関してだけは一番信用無いのが、このヒューク司祭かもしれない。
お宝探しや魔物狩りが目的の遺跡探索とは違い、学術的な調査が目的となる遺跡調査にはそれなりの装備と人員が必要になることは聞いたし、前世の兄貴が大学で友人のゼミでのフィールドワークの話をしてくれてたことがあったから何となく想像もつく。
恐らくはこれからそれなりの規模で継続的に行なわれることになるのだろう。
それと、将来このパスレク村が神殿遺跡探索の拠点になると考えられるため、ヒューク司祭は最近村長や他の大人たちと話をしているようで、落ち着いて神殿遺跡に行く暇がないのも事実のようだ。
だけど、少し落ち着いたら絶対にソワソワしだすような気がするんだよな。
自分にも前世、近い経験があるし。
「あははっ、信用無いですね」
「この件に関しては前科がありますからね」
「あはは、耳が痛いですね。ミリアーナ先生にも似たようなことを言われてますよ。それにしても、前科なんて言葉、よく知ってましたね。どこで覚えたんですか?」
ヒューク司祭が驚いたような感心したような表情を浮かべる。
あっ、まずい。
地震の時もそうだったけど、時折不用意に村の普通の子供が知らないであろうはずの言葉を使ってしまうことがある。
意識して言葉を選ばないと、無意識に使ってしまうんだよな。
「えっと、オズベルト父さんが冒険者の話をしてくれていた時に、冒険者の中で犯罪や決まりを守らなかった人たちのことを話してくれたことがあったんですよ」
「なるほど。ご両親から、冒険者の事を学んでいるんですね」
良かった。
少し早口になったけど、俺が将来、冒険者になりたがっていることは皆知っていることだから、それでいろいろ学んだり鍛えたりしているんだろうと思ってもらえたようだ。
「……何となくですが、森が神聖さを増したような気がするんです」
不意に間があいてから、ヒューク先生が窓の方を見やり言う。
「そうなんですか?」
俺も一度窓の方に目をやってからヒューク司祭を見る。
窓からアストランの森の方を見るヒューク司祭の横顔はとても清々しい表情を浮かべ、穏やかに見えた。
「分かるんですかヒューク司祭?」
「いえ、神聖魔法を使えるといっても神の存在を感じることはまた別の話です。 聖職者であっても神を実際に感じることのできる者は高位の方々か、もしくはよほど神に愛された方だけでしょう」
フ~ン、やっぱりゲームみたいに一律にレベルいくつで○○魔法と△△魔法を覚えたみたいになるわけじゃないいんだな。
あたりまえだけど。
スポーツでも同じ種目で、同じくらいのレベルである程度同じような身体能力の人でも、それぞれ得意なものが違っていてそれに特化した人がいるもんな。
例えば体操で、基本的には全種目こなせるけど、鉄棒に特化している選手とか、跳馬に特化している選手とか。
「私の場合、長年追い求めていたものを見つけたから、この森を以前よりも神聖視しているだけなのかもしれません」
ヒューク先生が苦笑気味に笑った。
「ヒューク司祭ほどすごい司祭でも分からないのかあ」
素直にそう思う。
治療の魔法も使えるし、神殿の存在を信じ続けて追い求める信仰心も本物だと思えるし。
「ふふっ、ありがとうございます。ですが、私程度の者なら町の教会に行けば何人もいますよ」
「でも、ヒューク司祭なら、いつか神様の声も聞こえるようになると思うよ」
「ありがとうございます。そうなると良いですね」
そう言ってまた、ヒューク司祭は窓の外を眺めていた。
オズベルト父さんから、冒険者にも種類があることは聞いていたけど。
魔物を狩るだけじゃなくて、なんか、こういうのも良いな。
って、そう思った。




