3 俺がみんなと川で遊んでいると、大変なことが起きたんだが
「待ってろよリノア。オレが魚いっぱいとってやるからな!」
デミスが意気込んで片手を上げている。
「オレもこ~んな大きいのをとって見せるから!」
アグレインが両手を大きく広げて負けじと言う。
それから、デミスとアグレインがリノアにアピールしつつ、張り合う様に川に勇んで入っていく。それは良いのだが、あんなに水しぶきを上げたら魚が逃げるだろうに。
「綺麗な石ないかな?」
それをあまり気にしていないのか、リノアが楽しそうに河原の石を拾いながら眺めている。
「はあ、何か気の毒だなあ」
何故かは分からないが、何時もはそんなことないんだけど、午前中でちょっと疲れたのか、俺は皆と少し離れた所から川の水の中に足を入れ、ぼんやりとそんな風景を眺めていた。
大きな欠伸を一つ。
周りを見渡してみる。
村からほど近い所に川は有り、このスパレク村の日々の生活に密着している。
流れは緩やかでそれ程の深さも無いらしく、こうして子供たちだけでも遊びに来ることが許されていた。
季節は初夏に入る少し前で水温も丁度いい。透明度も高く澄んだ川は底までも見通すことが出来た。
風は無く、陽の光はまだ柔らかい。川岸の向こうからはキーキーという鳥の声も聞こえてくる。
それにしても、魔物や魔法のあるファンタジー世界とは思えない程穏やかな所だとつくづく思う。
あの薄紫髪ツインテール少女天使と相談して転生する場所を希望したが、何と言うか、クラスメイトが教室で話していた異世界ファンタジーな所とは思えない程、この辺りは平和で安全だ。ともすれば、前世日本の田舎にでも来ているかの様な錯覚さえ覚える。
そう言えば田舎で思い出したけど、前世、田舎の婆ちゃんから、ちょと怖い話を聞いた事があったな。
確か、
「河原の綺麗な石は持って返ってはいけないよ。昔、戦があった所だと、その石に霊が取り憑いているかもしれないからね」
って言われたことがあったっけか。
なんでもつるつるした石の表面に討ち死にした霊が映り込むんだそうだ。で、それを家に持って帰ると怨念の霊も一緒に連れて帰ってしまうからという事なのだそうだが。
こんなことを思い出してしまうのはあまりにも日差しがポカポカでのんびりし過ぎているからだろうか? それとも「ノスタルジア」とか「ホームシック」とかいうものなのだろうか?
パシャーン
すぐ傍の水面で魚の跳ねる音がした。
その音にふと我に返る。
そういえば、水みたいな液体は収納できるんだろうか?
あと魚とかの生き物も空間収納に入れられるんだろうか?
試した事なかったなあ。
折角だから、やってみるか!
只の迷信だとは思ってはいるものの、さっきの前世の田舎の婆ちゃんの話を思い出したせいか、河原の石を収納する気にはなれないが。
俺は早速、水の中に手を突っ込んで空間収納の能力を発動してみた。
おおっ、水も収納できるな。
森で草や石を空間収納に収納した時と同じ感覚が俺の頭の中で感じられていた。
更に意識を集中すると水の収納されている部分がどんどん大きくなっていく感覚がする。例えるなら風船に水を入れて膨らましていっている感じが一番近いだろうか。
このまま収納し続けたら、一体どれくらいまでいけるだろうか? 容量を調べるには丁度良いかもしれない。
よし! ちょっとやってみようか。水の中に手を突っ込んでおけば気が疲れないだろうし。
「フォルトちゃん、何か見つけたの?」
「!」
リノアが俺の横にしゃがみ込んで水に突っ込んでいる俺の手元を覗き込んできている。集中し過ぎていた為か、傍に来ている事に全く気が付かなかった。
「いっ、いや別に、水に手を突っ込んでいると気持ちが良いからさ。ははっ」
俺は慌てて誤魔化す
いくら水の中で分かり難いとはいえ、一人の時にやるべきだった。ちょっと迂闊だっただろうか。
ガサガサッ
「ふ~ん。それより、ねえねえこの石、卵みたいな形してて綺麗でしょ?」
リノアが俺の目の前に掌に載った石を突き出して見せてくる。それは確かにウズラの卵のような見事な卵型をしていた。
「あっ、ああ、ほんとだね」
へえ、自然にこんな形になるんだな。素直に感心したよ。
「へへん、良く見つけたでしょ。褒めて褒めて!」
リノアが満面の笑みを浮かべて俺を見ている。
こっ、これはどうしたもんか? 頭でも撫でてやれば良いのだろうか?
「お~い、リノア! こっちに魚いるぞ!」
そんな事をかんがえているとデミスが少し離れた所で大きく手を振っている。おっ、ナイスタイミングだ、助かった。でもな、だからそんなに騒いだら魚が逃げてしまうだろうに。
ガサガサガサッ
「フォルトちゃん、いこう!」
リノアが俺の手を引っ張ろうとする。
その時だった。
「グヒイィ」
茂みの中から奇妙な動物の鳴き声が聞こえて来た。
俺は咄嗟に茂みの方に視線をやる。
皆も同様に茂みの方を見ている。
ガサガサガサガサ、ガサッ!
と、同時に茂みの中から黒い塊が飛び出してきた!
「グヒイィ」
「うわあ、イノシシ!」
大きさは俺達の胸くらいの大きさは有るだろうか。いや、もっとあるかもしれない。多分、大人だと思うが、この辺りまでイノシシが出て来るのは珍しい事だ。縄張りとか生息域とかいうのなら森のもっと奥の方になる筈なのだが。
河原を駆け、そのまま真っ直ぐデミスとアグレインの方に突進していくイノシシ。
それに驚いて体勢を崩し川の中に尻もちをつくデミスとアグレイン。
バッシャーン!
「グヒイイィィ」
その水音で今度はイノシシの方が驚いたのか急に方向を変えて俺達の方に突っ込んでくる。
「きゃあ!」
「まずい! リノア、横に走れ!」
「あっ、足がうごかないよ!」
見れば驚いてしまたのだろうリノアがペタンと座ったまま動けないでいる姿が目に入る。
どうする?
このままだと間違いなく衝突コースは避けられない。
リノアを抱きかかえて逃げるのは5才児の今の俺じゃ無理だ。突き飛ばして避けさせるにしても座り込んでいるし。
かといって、俺だけ避けるなんてできないし……。
仕方ない。覚悟を決めるか!
いくら薄紫髪ツインテール少女天使からステータスが普通より少し高めにしてもらっているとはいえ、5才児から見たらの話だろうから多分無事ではすむまい。
でも後ろのリノアにケガをさせる訳にはいかない。女の子なんだから顔だろうが身体だろうが傷にでもなって一生傷跡でも残ることになったら大変だ。
俺はリノアの前に立って両手を前に突き出す。
ふと、突き出した右手を見て、俺は有る事を想い出した。
んっ、空間収納でイノシシを収納できないだろうか?
正に、さっきやろうとしてた事で、生き物は収納した事ないけど、もしかしたらいけるんじゃないか。
よし! 正に言葉通りぶっつけ本番!
やってやろうじゃんか!
俺はいつもの様に右手に意識を集中する。いや、いつも以上に意識を集中させていたっていうんだよな。
そしてイノシシを待ち構える。何故だろうか? 妙にイノシシが近付いてくるスピードがゆっくりに思える。確かプロ野球の選手の中には動体視力が物凄く優れていて、ピッチャーが投げたボールが止まって見えるという名打者がいるそうだが、まさか俺にもその素質が開花したとか!?
って、違うな。これはあれかな? 走馬灯っていうやつかな? 確か脳が助かる為の手段を必死に探すためにゆっくりに感じたり、いろんな場面が見えたりするってやつだよな。そう言えば、さっきから妙に思考がグルグルとよく回ると思ったけど……。
って事は、また、死ぬのか俺。
不意に弱気になる。
「グヒイイィィ」
まずい!
気が付けば目の前にイノシシが迫っていた。
「はっ! うわああ!」
俺は慌てて意識を集中しなおす。
ドンッ!!!!
「グヒイイイィィィ」
「ぐあっ!」
「フォルトちゃん!」
どうやら駄目だったらしい。
跳ね飛ばされて後ろ向きに宙に浮きあがってる感覚がある。
滞空時間が妙に長く感じられる。地面に激突した衝撃による痛みは未だ襲って来ない。
リノアは無事だったろうか? 怪我とかしてないと良いなあ。
一度目は野球のボール。二度目はイノシシ。……そういえば、クラスメイトたちが言ってたっけ。正統な異世界転生はぶつかるならトラックだって。
また、薄紫髪ツインテール少女天使に合うのかな? 何か言われるだろうか。記憶取り戻してからすぐだもんなあ。あの廊下を掃除していたカニにまた会えたら、今度はお疲れ様って声を掛けよう。
そして、俺は右手の鈍い痛みと共に意識を失った。