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28 俺がリノアを連れて、森の中を逃げたんだが

 ガアアアア!


 森の奥。

 俺はリノアの手を取って木々の間を必死に走り抜けている。

 ヒューク司祭の言う通り、狭い木々の間を縫うように必死に駆け抜けていた。

 6本腕を持つ熊のような魔物、アシュランベアに遭遇し、ヒューク司祭が俺とリノアを逃がすため、アシュランベアに向かっていった。

 けど、強力な魔物に対し、一人では太刀打ちできず、アシュランベアに吹き飛ばされ、ヒューク司祭は地にしてしまう。

 俺は倒れているヒューク司祭に食らいつこうとするアシュランベアを阻止する為、アシュランベアに向かって石を投げたが、そのせいでアシュランベアが自分たちに標的を変え向かってくることになってしまった。

 でも、仕方がなかったと思う。

 今の行動が正しくないのは頭の隅では分かってはいるけれど、あのままヒューク司祭を置き去りにしてなんか逃げられない。

 ヒューク司祭が俺たちを逃がすため、自分を犠牲ぎせいにしてまで時間を稼ごうとしてくれたことは分かってる。

 けど、それで見捨てて見殺しにするなんてこと、俺にはできなかった。

 悪手なのは理解してる。

 こうなる事も。

 先に目線を外す事も、背中を見せて走る事も、木に登る事も、ましてや死んだふりをすることも、間違いであることは前世の知識で知っていた。

 でも、咄嗟とっさにはこうするしかできなかった。

『今回は運が良かっただけだ。魔物を甘く見るとすぐに命を落とすぞ』

 以前、アルマジラットと戦った時、帰り道にオズベルト父さんに背負われながら聞いた言葉が心をよぎった。

 今回はどうすれば良かったんだろうか。

 そんな思いを胸に俺はリノアの手を引っ張って、木々の間をひたすらに走り抜けた。


 ザザッ、ザザッ、ザザッ!


 それでも、すぐにアシュランベアが追い付いてくる気配を背中で感じていた。

 それ以外はリノアの小さな手の柔らかい感覚だけが伝わってくる。

「ごめん、リノア」

 自然と俺は小さく口にしていた。

 リノアからは何も返事が返ってこなかったので、聞こえていたかどうかは分からない。

 けど、手を引いて走るのが精一杯で、それを気にしている余裕なんてない。

 ただ、握っているリノアの小さな手がやけにひんやりしているような感じだけが伝わってくる。

 多分、恐怖感から来るものだろう。

 段々、夢中で走っていたため、何処をどう走ったのか分からなくなってきた。


「はあ、はあ、はあ」


 息が上がって、そろそろキツくなってきた。

 リノアも、もう限界のようだ。

 男の俺が厳しいのだから、女の子のリノアがもう無理なのは当たり前だろう。むしろ、良く俺の足にここまで付いてこられたと思う。

 そして、俺たちは足を止めてしまった。

 振り返って見れば、木々の間だったおかげで間合いを見計らってか、アシュランベアも一度動きを止め、それからゆっくりと近付いてくる。


 ザクッ、ザクッ、ザクッ!


 草を踏みしめて近付いてくる音がやけに大きく耳に響く。

 こげ茶色の毛並みと赤い瞳。

 俺はリノアを後ろにかばいながら、足元の石を拾い上げて身構えた。

 ふと、手に持った石を見る。

 小さい子供が手にするには大きめの石。

 けど、ひどく心もとない。

 こんなものでは何の役にも立たないだろうが、こんどは俺がおとりになればリノアを逃がせるかもしれない。

 よく考えれば、さっきの時もそうしていればよかったんじゃないだろうか。

 今更ながら、自分の考えの足りなさをやむ。

 俺は手に持った石に力を込めて握りしめてから、リノアを横目で見た。

「リノア、俺がアシュランベアの気を引き付けたら、出来るだけ遠くに逃げろ。下手に隠れたりしないで、とにかく木々の間をジグザグに走れ。ヒューク司祭の言う通り、熊と同じなら、鼻が効くから何処に隠れても意味がないし、足も速いはずだ」

「フォルトちゃんは?」

「俺は出来るだけアシュランベアを引き付けながら逃げ回る。大丈夫、俺は身が軽いの知ってるだろ」

 虚勢きょせいであるとは自覚していても、俺はリノアの頭を空いている左手ででながら、軽くリノアに向かって笑って見せた。

「ヤダ! フォルトちゃんと一緒にいる!」

 けど、その行動は意味が無かったようで、リノアが俺の服のすそをギュッとにぎりしめてきた。

「いいから行け! そして村の人にアシュランベアのことをしらせるんだ」

「やだ! フォルトちゃんもいっしょ」


 グルルルルルッー!


 そんなやり取りをしている間にアシュランベアはすぐそばまで近付いて来ていた。

 俺はリノアが服の裾を掴んでいるのも構わずにアシュランベアに向かって石を投げつける。

 だけど、こんどは正面だったせいか、前足の一本で簡単に跳ねのけられてしまう。

 そして、


 ガアアアア!


 アシュランベアが後ろ足で立ち上がり、その6本の腕を目一杯広げ俺たちに襲いかかろうとしてきた、正にその瞬間だった。


 どっどっどっどっどっどっど


「きゃあ!」

「うわあ!」

 木々のざわめきと鳥たちのあわてて鳴きながら飛び出すけたたましい声とともに物凄い揺れが襲ってきた。

 子どもの俺たちがまともに立っているのも難しいくらい激しく大地が揺れている。

 これはかなりマズい。

 俺とリノアは咄嗟とっさに身体を互いに寄せ合って、揺れに耐えようとする。

 それからリノアをかばって地面にしゃがみ込ませる。

 確か、シェイクアウトって言ってたっけ? ドロップ、カバー、ホールドオンだっけ? ドロップ、姿勢を低くしゃがみ込む、カバー、頭や身体を守る、ホールドオン、揺れが収まるまで下手に動かないだったと思うけど。

 前世、中学生のころ、防災訓練の時に大きな地震の揺れを体験できる起震車きしんしゃに乗ったことがあるけれど、あの時の揺れ方を思い出す。

 直下型だっただろうか?

 周りはキャーキャー騒いでいたし、自分も自身のバランス感覚なら楽勝とか考えていたけど、体験してみてこんなのが実際に起こったら下手に動けないなと感じた。ある程度の安全性が保障されている起震車だから気楽に構えていたけど、簡単に机が動いたり、棚が倒れて者が飛び出し落ちてくるのは傍目はためで見ているよりも危険だ。

 今の揺れは前世なら震度7って言われるくらいの巨大地震だろうか。

 太い木々ですら揺れているように見える。

 俺はリノアをかばいつつ、チラッとアシュランベアの方を見た。

 今、襲って来られたら身動きが取れない。

 そう思ったけど、流石にアシュランベアもよろつき、6本の腕を地面につけ、大きな揺れに耐えようとしていた。

 が、そのアシュランベアの後方に亀裂が走り始める。

 あれは一体?

 その亀裂は徐々にはっきりとしていく。

 そして、

 アシュランベアのいる辺りから地面が崩れはじめた。


 グギャアアア!


「地面が落ちてる!」

 リノアも俺の下から見ていたのだろう。

 リノアの言った通り、悪戯いたずらで作った落とし穴のように単純な落ち方じゃなくて、回りの木や石が、まるで地面に吸い込まれていくかのように滑り落ちていく光景は鳥肌が立つような恐怖を感じる。

 そこに、暴れるように叫び声を上げたアシュランベアが、もがきながら地面に開いた穴の中へと吸い込まれていった

 ほんの一瞬の出来事だった。

「助かった……のか?」

 幸いにも俺たちの所までは亀裂が入らなかったためか難を逃れることが出来た。

 俺は少しだけ安堵の息を吐く。

 だけど、この辺りは地盤が弱そうな事は俺にも分かった。と、言うか気付いてしまった。

 それから俺はゆっくりと立ち上がって辺りを見回して確認する。

 少し前に空いている穴以外はそれ程被害があるようには見えなかった。

 だけども、一刻も早くリノアを連れてこの場から立ち去った方が良いだろう。

 ヒューク司祭は無事だったろうか?

 リノアに手を差し出し立ち上がらせてから、スカートに着いた土をはらってやる。

「リノア、はやくここから逃げよう!」

「うん」

 リノアもうなづき、俺達はこの場から移動しようとした。


 どっどっどっどっどっどっど


 いきなり、また再び地面が揺れた。

「えっ!」

「フォルトちゃん!」

 さっきの地震よりは小さそうだが、地面が陥没するかもしれないと分かってしまった以上、動くことが出来ずに俺とリノアはお互いに支え合う様にその場に一瞬硬直してしまった。

 それがまずかったのかもしれない。


 ピキッ!


 そんな音が聞こえた気がした。

 次の瞬間には俺たちの周りにひびが入る。

(ヤバい!)

 俺たちの前の一部に穴が開き、その穴は徐々に大きくなっていくと、アシュランベアが落ちて行った穴と繋がっていった。

そこに石や土が吸い込まれていく。

「きゃっ!」

「わっ!」

 そして、急に足場が無くなった!

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