27 俺が三人で森を散策していると、森に異変が起きたんだが
少し暑さが厳しくなり始めてはいるが、森の中は比較的凌ぎやすい。
そんな穏やかな木漏れ日の差し込む森の中を、俺とリノアとヒューク司祭の三人で歩いている。
俺が森の奥へ入っていくヒューク司祭の後をこっそり追いかけて見つかってからヒューク司祭に話を聞いたところ、ヒューク司祭がこの地の教会に赴任して来た理由は、このアストランの森の何処かに忘れ去られた神殿があるのではないかと考えているからだった。
その際、俺もここ最近何とも言えないモヤモヤした思いを抱えていたのをヒューク司祭に聞いてもらった。
全部を話せたわけではないし、うまく話せたわけでもないけれど、今まであまり人に話していなかったことを声に出して話し、誰かに聞いてもらったという思いからか、少しスッキリした気がする。
夢を語られた後、ヒューク司祭から少し森を散歩してみないかと提案された。
「フォルト君が無茶をして一人で森の奥に入るよりは良いでしょう。ですが、指示には従う事。私から離れない事。知らない物を無闇に手で触らないこと。良いですか?」
「「はい!」」
それから俺達は話しながら森の中を『散歩』している。
「私も若い頃冒険者をしていたことがありますが、確かに動物と魔物の痕跡は見分けが付きにくいですからね。」
そういうと、ヒューク司祭が地面にしゃがみ込み、指でチョンチョンチョンと地面にへこみを作り、最後に握りこぶしでその下にへこみを付けて離すと、動物の足型のようになった。
「うわあ、じょうず」
「うん、そうだね」
リノアがその地面に描かれた足跡に感心したように声を上げ、俺もそれに頷く。単純な事なんだけど、なんかちょっとしたワザを見せてもらった気分だ。
「この辺にはいませんが、これはシープルフの足型です。足型からだと普通の狼と区別するのは無理でしょう」
「前に習った覚えが、確か羊の毛のような体毛に覆われた狼ですよね。群れで行動していて、一見大人しそうに見えるけど、油断して近づくと一斉に襲って来るって」
リノアが答える。俺も以前に教会の授業で見せられた本の絵を思い出していた。
「正解です。良く覚えていましたねリノアさん」
ヒューク司祭が満足そうに笑ってリノアを褒めた。
それから立ち上がって再び歩き出す。
この辺までは狩りや木の伐採で人が入っているのだろう。
歩きながら周囲を見渡せば、所々で切り株が見受けられる。
そういえば、切り株での方角の見方をオズベルト父さんに教えてもらったっけ。
~ ~ ~
「森で道に迷ったとき、もし折れた木の切り株があったらその断面を見てみるんだ。木は年輪と言って成長するごとにこういった輪のような模様を作っていく。この輪のでき方によって方角が大体わかる。日があたる方が成長して間が広くなる。一番広くなっている方が南、狭くなっている方が北になる。後は北を向いて右手が東、左手が西と覚えておくんだ」
「「「はい、父さん」」」
オズベルト父さんが実際に木の切り株の前に立って手を広げて説明してくれる。
「ただし、森の中に入ると日当たりが悪くなり、この年輪の幅があまり変わらなくなる場合もあるから、あくまでも目安として覚えておきなさい」
「「「はい、父さん」」」
~ ~ ~
俺がそんな事を思い出していると、
「私が希望して、ここにミリアーナを連れて赴任してきてから、もう10年くらいが立つのでしょうか。そうですね、リノアさんのお姉さんのマノアさんはまだ小さかったですし、フォルト君のお兄さんのアムルト君は生まれたばかりでしたから……」
歩きながらヒューク司祭が懐かしそうに目を細めて話してくれる。
こんな話をヒューク司祭から聞くのは初めてかも。
「ミリアーナ先生を連れて?」
そういえば、ミリアーナ先生は助祭見習いとしてパスレク村に来たのではなくて、俺が小さいころから教会にいた記憶がある。……俺、今でも小さいけど。
俺が赤ちゃんの頃のぼんやりとした記憶だけど、可愛らしい女の子って印象がある。
それ位で、最近までラドンツの町の学校に行ってて時折帰ってきてたみたいで、他の村の人に比べて俺はあまり印象に残っていなかったんだよな。
「ええ、……ミリアーナは戦争孤児なんです。10年前に、ここからは離れていますが、国境付近で起こった戦争で両親はもちろん、親戚も無くしています」
「「えっ!」」
俺もリノアも驚いて同時に声を上げた。
「えっと、その……いいんですか? 俺たちにそんな話をして」
「パスレク村の大人なら誰でも知っていますから、秘密と言うものではないですよ。心配してくれてありがとうございます。気を使わせてしまったみたいですね」
そう言って頭を撫でてくれたヒューク司祭ではあったが、穏やかな場所に思えるけど、意外とすぐ近くに戦争という爪跡が残っているんだと考えると、俺はそれで喜ぶ気にはなれなかった。
しばらく沈黙して歩く。
「そろそろパスレク村に戻りましょうか」
「「はい」
俺たちが戻ろうと向きを変えたその時だった。
グガアアッ!!
突然、森の奥から木々を揺らすような雄叫びのような声が聞こえ、それに驚いた鳥たちが、あちらこちらから一斉に叫びながら慌ただしい羽音と共に飛び立っていった。
「今のは?」
ビクッとなり、その場に立ち止まり俺たちは耳を澄ます。
辺りがしんと静まる中。
グガアアッ!!
再び唸り声が聞こえた。
今度の声はさっきよりもかなり大きい。
つまりはさっきより大分近いということになる。
身体に緊張が走った。
耳と目に神経を集中して辺りを探る。
その直後、ガサガサという草木をかき分けて木々の中から現れたのは大きな熊だった。
ガアアアア!
けど、一見、熊のように見えるけど、只の熊じゃない。
前足が左右に3本ずつある。
「アシュランベア! なんでこの森にこんな魔物が!」
隣でヒューク司祭が驚愕の声を上げた。
アシュランベア? ……あっ! 確か教会の授業で見たような、確か前足が6本腕の熊で物凄い攻撃的な性格をしている魔物だって言っていたと思う。
「いいですか、フォルト君、リノアさん。私がアシュランベアを引き付けて足止めしますから、二人はその隙に村まで走りなさい。その時は小柄な体を生かして狭い所を縫うようにしなさい」
ヒューク司祭の反応は早かった。
「司祭様は?」
「先程、話したでしょ。私はこれでも元冒険者です。大丈夫、時間くらいは稼いでみせますよ」
そうヒューク司祭は俺たちを安心させるように穏やかに笑ってみせた。
これは大人の優しい嘘だ。
アシュランベアは中級クラス以上のパーティーが相手をすべき魔物だって授業で言っていた
とても現役を離れた元冒険者が一人で相手をするような魔物ではないはずだ。
前世だって、野生の熊に襲われて命を落としたという悲惨な話はテレビの番組やネットのニュースで見たことがあった。
今だって、俺の問いに対し、時間を稼ぐとは言ったけど、生き残るとは言ってない。
なまじ理解できてしまう分、言葉が返せなかった。
「フォルト君、リノアさん、行きなさい!」
そう叫ぶとヒューク司祭はアシュランベアに向かって袋に付けていたメイスを手に持つと、振り翳してアシュランベアに向かって走り出した。
「「司祭様!」」
冒険者をしていたが、戦いには慣れていないと言っていたヒューク司祭だったけど、流石は素冒険者らしい動きでアシュランベアの6本ある腕の攻撃を避けて攻撃を仕掛けている。
ただ、本来アシュランベアは中級クラス以上のパーティーが相手をすべき魔物だって授業で言っていた通り、すぐに劣勢に立たされ始めた。
徐々に押され始めていく。
「ぐっ!」
振り抜いた腕に横薙ぎに払われ、ヒューク司祭が横に吹き飛ばされた。
「「司祭様!」」
俺とリノアの声が重なる。
「行きなさい」
地面に倒れた状態を上半身だけでも起こそうとしながらヒューク司祭は俺達に逃げろと言っている。
でも、すぐに力尽きて地面に突っ伏してしまった。
「ヒューク司祭様!」
リノアの悲痛な声が、すぐ隣で聞こえる。
グルルルルッ
アシュランベアは獲物に止めを刺そうとヒューク司祭に歩み寄っていく。
そして、ヒューク司祭の足に喰らいつこうと口を大きく開け、その鋭い歯を剥き出しにした。
「このっ!」
俺は考えるよりも先に、咄嗟に拾い上げた石を振りかぶって投げていた。
グギャアアッ!
丁度アシュランベアの目に当たったらしく、アシュランベアが前足の2本を目に当てて苦痛の叫びを上げる。
けど、大したダメージを与えたわけではなさそうだ。
そして、前足を地面に下ろすと、こっちをジロリと見た。
その目の輝きが怒りと獲物を狙う鋭い光に満ちている。
「リノア!」
俺はリノアの手を取って森の中へと走り出した。




