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23 俺がこっそり鍛えているのを、父さんが見守っていてくれたんだが (オズベルト視点)

 - フォルトの父親、オズベルト視点です -


「いいかお前たち、この羽根の後ろの部分に刃を入れて……それから、ひっくり返してこの部分から真っぐに刃を入れていくんだ。分かったか?」

 最近、子供たちに狩りで取ってきた獲物の解体の仕方を教え始めている。

「「「はい、父さん!」」」

「よし、やってみろ」

 フォルトが冒険者になりたいと言い出した後、丁度10歳になるアムルトにそろそろ森のことや狩りのことを教えようとしていたので、冒険者になりたいという話とは別として、一緒にやらせてみることにした。

 その際、弟に張り合ってハワルトもやると言い出したのはまあ予想通りと言えば予想通りだが。

 兄弟というのは他の兄弟がやっている事をやってみたくなるものだからな。

 俺も小さいときはそうだった……。

 最初は魚から慣れさせていった。

 続いて今は鳥。 何れは、動物と、徐々に慣れさせていって抵抗感をなくしていく。

 今は恐々(こわごわ)獲物に触れている子供達だが、そのうちに慣れてくるだろう。

 三人をそれぞれ見る。

 アムルトはもうすぐ10歳になる。教会での勉強も頃合いを見て終わりになるだろう。

 穏やかな性格をしているため、あまりこういう作業は得意ではない。どちらかと言うと作物を育てることに興味がある様で、将来は村で作物を作りたいと言っている。だが、村で生きて行くなら、一通りのことが出来ておいた方がいいので、しっかりと教え込んでいる。

 ハワルトはまだ、何になりたいかはあまり考えてはいないようだ。まあ、8歳なら、いま少し早いかもしれない。

 3人の中では一番やんちゃで、今も遊び半分で解体しているせいか、鳥の肉がグチャグチャになってしまっている。

 フォルトは6歳になる。先に話したように、将来は俺や妻のナーザと同じ冒険者になりたいと言い出している。正直、冒険者になりたいと言い出すのは次男のハワルトだと思っていた俺達は二人とも驚いていた。フォルトは、同年代の子供達やそれより年上の子どもと比べても、かなり落ち着いているし、頭もよさそうだったから、町で学校に行きたいと言い出すかもしれないとはナーザと話していた。そうなったら、できるだけ行かせてやろう共思っていた。

 二人の兄に比べてフォルトの身体からは少し大きめのナイフをその小さな手に握り締め、危なっかしい手つきで解体していく。

 アムルトの様におっかなびっくりではなく、

 ハワルトの様に遊びながらでもなく、

 真剣な目つきで獲物と向き合っている。

 上の二人の兄はそろそろ集中力が切れ始める頃だな。

「3人とも、その辺にしておこうか」

 アムルトとハワルトは手を止め、片付けを始める。

 フォルトはまだ鳥と向き合っていたので、声を掛ける。

「最初はコツと根気がいるからな。子供には退屈だろう。もう少し大きくなってから始めてもいいんだぞ」

「大丈夫、俺こういうの好きみたい」

 そういうと、フォルトはまた真剣に獲物の鳥と向き合い始めた。

「もう終わりにしておけ。後は父さんがやって置く」

「はっ、はい」

 ようやく手を止めて、アムルトとハワルトと一緒に片づけを始めた。

 フォルトが冒険者になりたいと言い出したとき、俺は直接ではないにしろ、冒険者になる事の危険性を話して聞かせ、いいとは言わなかった。いずれは心変わりをして別のものになりたいと言い出すのではないかとの考えもあった。

 落ち込むか膨れるかすると思っていたが、フォルトはどちらでもなく冷静にあの時の自分の状況を振り返って俺の言葉を受け入れていた。

 アムルトなら落ち込み、ハワルトなら膨れていただろう。


   ◇


「んっ?」

 真夜中に、家の外から人の気配がする。

 ここ数日、このくらいの時間になると感じていた。

 気配を消そうとはしているが、あまりうまく出来てはいない。

 そう言った意味では殺意と言った類の害意も感じない。

 村の人間の誰かとも考えたが。

 すぐに察しは付いた。

「……」

 俺はナーザを起こさないように靴をはき、そっと部屋を出た。


   ◇


 森の浅い部分、少しひらけた場所。

 二つの月が薄くひらけた場所に差し込み、っすらと周囲を照らし出している。

 普段は『森』とだけいっているが、正式には『アストランの森』という。

 その広場の真ん中に薄く月明かりに照らされてフォルトが立っていた。

 手にはボライゼさんに剣を教えてもらっている時に浸かっている木剣をたずさえている。

 俺はフォルトに気付かれないよう気配を消し暗がりの木の影からフォルトを見つめていた。

 しばらくの間精神集中をしているのか、そのままの姿勢で動かずに立っている。

 そうしていると、聞こえてくるのは暗がりからさざめく虫の声だけで、段々にその声が大きくなってくるような感覚にさえ感じてくる。

 やがて、

 フォルトが木の枝に石を投げつけ、投げると同時に木に向かって走り込んだ。

 石は太い木の枝に当たり、枝が揺れ、葉っぱが数枚落ちる。

 木の下まで走り込んでいたフォルトが木剣を振るい、ひらひらと舞い落ちてきた葉っぱの一枚を捉えて打ち込む。

「ほう」

 俺は思わず小さく感嘆の声を上げた。

 流石に斬る事は出来ないが、見事に当てている。我が子ながら大したものだ。

 筋は良い。

 この年で努力を続けることの大切さも理解しているようだ。

 だが、

 冒険者を目指したいのなら、もう少し考えてから行動をすることを覚えなければならない。

 出なければ、間違いなく早死することになる。

 イノシシの件といい、アルマジラットの件といい、マイクスの家の火事の件といい。

 話を聞く限りではそこまで判断が悪いというわけじゃない。

 だが。

 過去に、俺やナーザも数多くの冒険者仲間が先走り、命を落としていった光景を何度も見てきている。

 ある時は魔物の特性を疎かにして。

 またある時は、おのれの強さを過信して。

 それ以外にも、罠に気付くのが遅れたり、野盗の待ち伏せに後れを取ったり。

 冒険者は用心深く臆病な方がちょうどいいとも言われているくらいだ。

 今のフォルトは直感で動いている節が強い。

 もちろん、それも大切な資質の一つだが、それだけに頼っていると、そう遠くないうちに大きな失敗をすることになる。

 命を含めて……。

「んっ?」

 ふと、後ろに気配がした。

 敵意がある訳ではないのでゆっくりと振り向くと、そこにはナーザが立っていた。

「この年で夜遊びとは困った息子だな」

 俺は肩をすくめて見せる。

「貴方」

 ナーザは俺の言葉には答えずフォルトに視線を移していた。

「相変わらず、傍に来るまで気付けないな」

 それに苦笑しつつ、俺も再びフォルトの方に向き直った。

 起こさないように気配を消して部屋を出たつもりだったが、ナーザには気付かれていたのだろう。

 俺は少し冒険者時代のことを思い出し、また苦笑交じりに右手を自分の口に持って行く。

 ナーザは冒険者時代、パーティー内では主に斥候の役割を果たしていた。

 だから、気配を察知する感覚は俺よりも鋭い。

 恐らくはフォルトのことも最初から気づいていたのだろう。

 ナーザは静かに俺の隣まで歩みより、フォルトの方を見つめ続けている。

「どうだ、俺達の子は。なかなかいい動きをしているだろう?」

「そうね」

 ナーザは短く応えただけで、それ以上は何も言わず、しばらくフォルトを見守り続けている。

 長男のアムルトは穏やかで優しいところがあるのでこういった事には向いていないから、正直、兄弟三人の中で冒険者に憧れるのは次男のハワルトの方が先だと思っていた。

 だが、三男のフォルトが真っ先に興味を持つとは。

 冒険者をやっていた俺達夫婦からすると信じられないくらいに、このパスレク村はどういうわけか魔物がおらず、とても平和な所だ。

 だからこそ俺達は子供を育てる際、この村を選んだ。

 森に小さいとはいえ魔物が現われてから半年近く経つが、あれ以降森の奥で他の魔物を見かけることはなかった。

 これだけ時間が経っても特に変わった事がないという事は、本当にたまたま何処からかあのアストランの森に迷い込んできただけと考えていいのだろうか。

 だが、フォルトのあの様子を見ると、フォルトは何かを感じ取っているようにすら思える。

 子供の感性というものは存外見過ごし得ないものを持っている事がある。

 フォルトの引っかかっている感覚を汲んでやって、もう少し、奥まで調べてみるべきだろうか?

「ねえ貴方、フォルトは村を出てしまうのかしらね」

 不意に、ナーザからそんな質問が飛んできた。

「……多分な。俺達の子の中で一番俺の小さい頃に似ていると思う。」

「あら、あなたもですか」

「んっ?」

「実は私も何ですよ」

「アムルトの優しさやハワルトの元気の良さの方が、お前譲りだと思っていたけどな」

 俺は再び苦笑する。自分で言っていて、なんだか照れくさいことに気が付いた。

「そうですか? でも私は結構無茶をする方なんですよ」

「……そうだったな」

 二人してなつかしさに微笑みあい、再びフォルトの方を見る。

「まだ、フォルトは6歳だ。少なくとも町の学校に行く事になったとしても4年先、冒険者登録をすることにしたとしても9年は先になる。考えは変わるかもしれん」

「ええ」

 自分で言っていて、我ながら説得力の無い言葉だとは思う。

 すこしヒューク司祭に相談してみようか。

 自分に似た事を親としてえ喜ぶべきか、折角の平穏な暮らしを捨てようとしている息子に悲しむべきか、悩まところだが、一つだけ分かった事がある。

 俺の親もこんな思いで俺のことを見守っていたんだな。

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