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20 俺が休んでいると、何か遠くの様子が変なのに気づいたんだが

「今日はここまでじゃな。儂は森に行ってくるから、お前達はちゃんと片づけをしてから寄り道せずに帰るんじゃぞ」

「「はい! 有難うございました」」

 皆で剣の先生となってくれているアグレインのお爺ちゃんのボライゼさんにお礼をいう。

 剣の稽古中はお師匠様と言わないと怒られるんだよな。

 ボライゼお爺ちゃん……お師匠様は結構高齢にもかかわらず矍鑠かくしゃくとした動きで、身のこなしとか俺のイメージだと西洋の老剣士というより、日本の剣の達人とか、中国拳法の老師とかいった感じを思わせる。

 そんなお師匠様の後姿が丘の上の近くの森に消えていくのを皆で見送った。

「あああ、今日も疲れたー!」

 姿が見えなくなってから、アグレインが叫んで地面へ大の字になって寝転んだ。

「俺、もう腕が動かない!」

 デミスもその隣で寝っ転がる。

「フォルトは平気なのかよ?」

 デミスたちが放り投げた木剣を片付けている俺に向かって、アグレインが寝転んだまま声を掛けてくる。

「訓練前の準備運動とか、終わって家に帰ってからの筋肉のほぐしとか、前からちゃんとやってるからな」

「フォルトちゃんすごい!」

 リノアの一言にデミスが反応した。

「むう、俺だってまだまだいけるぞ!」

 デミスが手を突いて腕立て伏せよろしく起き上がろうとする。

「ぬぐぐぐっ! 痛てえ!」

 だけど、筋肉痛に負けてその場に崩れ落ちた。

 前世でも、サーキットの後の休憩中、うつ伏せになって寝てる時に起き上がろうとすると、何人かはあれで起き上がろうとするんだよな。まあ、時折他のチームメイトに頭か背中を押さえられて、しばらく抵抗した後潰れたりするんだけど。

「無理すんな。下手すると痛めるぞ。軽い運動とか揉むとかしておくと後の痛みが少なくて済むから」

 俺は一通り後片付けを終えると、切り株に腰を下ろして、見晴らしのいい小高い丘の上から村中の方を眺める。

 こうやってのどかな村の風景を眺めていると心が落ち着く感じがするので、俺は結構この稽古が終わった後の時間が好きだったりする。

 ところがである。

「んっ、煙が上がってる?」

 何となくだけど、いつもと違う感じに、多少の違和感を覚えた。

「どうしたんだフォルト?」

 俺が変な顔をしていたのに気づいたのか、ハワルト兄さんが訪ねてきた。

「向こうで煙が上がってる」

 俺が村中の煙の上がっている方を指さす。

「なんだよ、そんなこと」

「まだ夕食には早いけど、なんか焼いてるんじゃねえの?」

「あっ、そう思ったらなんかちょっとお腹がすいてきたかも」

「パンかなあ」

 草の上にゴロゴロと寝ころんだままでデミスとアグレインが話している。

 確かに炊事の煙なのかもしれないけど、何かがいつもと違う気がする。

 何だろうか?

 ……そうか。

「いや、なんかいつもと煙の色が違う気がする」

「そうなの?」

 リノアが俺の両肩に手を置いて背伸びをしながら村中の方を眺めようとする。

「どれどれ? いつもとあまり変わらないような?」

「うーん、そう言われてみればそんな気もするような?」

 稽古には参加していないがいつも見に来ているシスカとククルも俺の近くに寄ってきて、手を翳しながら村中の方を眺めて言う。

 俺はなにか胸騒ぎがして立ち上がると皆に言った。

「行ってみよう!

 そういうと俺はリノアの手をどけて立ち上がり、村中に向かって走り出す。

「あっ、おい、フォルト、待てよ!」

 ハワルト兄さんの声を背後で聞きながら、俺は丘の傾斜を駆け下りた。


   ◇


 丘を駆け下り村中に入ると、その様子はよりはっきりとしてきた。

 あれはマイクスさんの家の方だけど。

 やっぱり変だ。

 何時もの白っぽい煙と違ってなんか黒っぽい感じがする。

 大分近くまで行くと、間違いなく火事だということが分かった。

「女の子たちは手分けして近くにいる大人たちに知らせて!」

「「「うん」」」

 俺は一度立ち止まり、後から追いついてきたリノアたちに指示を出す。

 それからハワルト兄さんたち男子を連れて再び走り出した。

 さらに火事の場所へと急ぐ。

 家はかなり火に包まれていて、さっき丘の上から見た時よりも黒い煙が増している気がする。

 多分気のせいじゃない。

 村中の人たちは気付いていないのか、まだ周りに人気は無い。

 いくら田舎の村で家と家との距離が開いているとはいえ、近くにいるであろう他の大人がまだ気が付いていないということはそれだけ火の回りが早いんだ。

 いや、家の前に二人の人影が見えた。

 遠目だと、なんか掴みあっているように見える。

 言い争っているのか?

 いや、違う。一人がもう片方を引き留めているんだ。

 良く見れば、バーバラおばあちゃんと、その娘のブレイラさんだ。

 どうもバーバラお婆ちゃんが必死に家に入ろうとしているブレイラさんを留めようとしているらしい。

 俺は走る速度を上げバーバラおばあちゃんとブレイラさんの元へ駆け寄っていく。

「バーバラおばあちゃん! ブレイラさん!」

 俺は声を掛けるが、二人の耳には届いていないのか、こちらを見る様子はない。

 さらに走り寄って行くと、

「赤ちゃんが! 私の赤ちゃんがまだ中に! フレア!」

 ブレイラさんの悲痛な叫びが聞こえてきた。

 家の中に赤ちゃんがいるのか!?

「ブレイラ、お待ち! ムチャだよ。火の勢いが強すぎじゃ!」

 必死になってバーバラおばあちゃんが娘のブレイラさんを留めている。

 赤ちゃんを助けるためとは言え、火の中に飛び込もうとするのを止めようとするのは当たり前だが、それだけじゃない。バーバラおばあちゃんが必死になるのには理由がある。

「だからって!」

「そんなお腹で無理じゃ」

 そう、ブレイラさんのお腹にはもうすぐ生まれる予定の赤ちゃんがいて、かなり大きくなっているため、普通に動くのだって結構大変なはずだ。

 前世も今も男の俺には経験がないからよくは分からないけど、かなりつらいんじゃないだろうか?

 そんな身体で火の中に飛び込めば、お腹の赤ちゃんだって無事で済むとは思えない。

 俺がそんな事を思っていたその時。


 オギャア! オギャア! オギャア!


 燃え盛る家の中から、微かに赤ん坊の泣き声が聞こえて来た。

「フレア!!」

 声にもなっていない様な半狂乱の悲鳴がブレイラさんの口から発せられる。

 それと同時にバーバラさんが止めているにも拘らず、ブレイラさんはズルズルとバーバラおばあちゃんを引きずって、家の方へと近付こうとしている。

 やはりお年寄りと、妊娠しているとはいえ成人女性とでは、女性同士といえども力の差が出てしまう。

 しかも自分の赤ちゃんが火の中に取り残されて正気を失くしている今のブレイラさんの取り乱し方ではバーバラおばあちゃんが抑えておくのは難しいだろう。

 振りほどいて家の中へ飛び込んでしまうのは時間の問題に見えた。

 そうなるとあの状態では……。

「ハワルト兄さん、デミス、アグレイン、井戸から水を汲んでこよう!」

「「「あっ、ああ」」」

 追いついてきたばかりで息を切らせている三人に振り返り叫ぶと、俺は真っ先に井戸へと駆け出す。

 幸いなことに、井戸はそんなに離れていなかった。

 大体30mってとこか。

 井戸に着くと、俺は周囲を見渡す。

 周りには桶が幾つかあった。

 桶の中をみると、幸いにもいくつかの桶にはすでに水がいっぱいに入っている。

 俺は水の入った桶を一つとると、自分の頭から桶の中の水を被った。

「おい、フォルト! 何やってんだよお前」

 アグレインから声が飛ぶ。

「ハワルト兄さん! デミス! アグレイン! 扉の足元付近に向かって水を掛けて、あとは火のついている根元を狙って水を掛けるようにして! オズベルト父さんが言ってた」

 おれはその声は気にせず皆に指示を出すと、水の入った桶を一つ持ち、バーバラおばあちゃんたちの元へと走り出した。

「あっ! そう言えば、火を起こす練習の時に」

 ハワルト兄さんはオズベルト父さんが言っていたことを思い出したのだろう。

 すぐに行動に移してくれた。

 デミスとアグレインもそれに続いてくれているようだった。

 この辺の反応の良さはここ最近のボライゼ師匠の教えの賜物たまものだろうか。

 俺は3人がちゃんと動けているのを確認するとブレイラさんたちに視線を移した。

 家の前ではバーバラお婆ちゃんがもう止めるのも限界なのかブレイラさんに引きずられ始めている。

 このままじゃマズい!

「ブレイラさんどいて!!!」

 俺は思いっきり叫ぶと、更に走るスピードを上げ、ブレイラさんたちの目の前をかすめるように通り過ぎ、家の扉の前に着くと桶の水を扉に掛ける。

 狙い通り、いきなり突っ込んできた俺に驚いたのか、ブレイラさんが動きを留た。

 バーバラおばあちゃんがその隙に体勢を戻し、しっかりとブレイラさんを掴み直したようだ。

 俺は水を掛けた後その様子を確認すると、迷わず扉を開け中へと飛び込んだ。

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