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19 俺が教会に通って、勉強し始めたんだが

「バーバラお婆さん、キノコを持ってきました」

「おやおや、フォルトちゃんいつもありがとうね」

 俺はナーザ母さんのお使いで、近所のバーバラお婆ちゃんの家に、森で取れたキノコのお裾分けにリノアとともに来ている。

 近くの少し高さの高い台の上に、背負ってきた籠を下ろそうとする。

「フォルトちゃん、しっかりしているけど、意外とお寝坊さんなんだねえ」

「えっ?」

 突然振られたバーバラお婆ちゃんの言葉に、俺の動きが止まる。

「毎日リノアちゃんに起こしてもらってるんじゃろう?」

 バーバラお婆ちゃんがニコニコとしながら先を続ける。

 が、俺はいきなり妙な事を言われて困惑してしまった。

 何でそれを知ってるんだろうか!?

 はあ。

 っていうか、狭い村だし、すぐに広まるんだろうなこの手の話は。

 なんていったって、その日の隣の家のニワトリの卵の数まで井戸端会議の話題に上がっているくらいなんだから。

「えっと……それは」

「この前朝早く散歩していたら、リノアちゃんが走ってフォルトちゃんの家に向かっているところにばったり会ってねえ」

 俺は思わずリノアの顔を見る。

 けど、リノアはすまし顔で話を聞いていた。

 俺はバーバラお婆ちゃんに顔を向け口を開こうとする。

「えっと、あれは、その……」

「早起き頑張るんだよ」

 バーバラおばあちゃんがニコニコとしながら頭を撫でてくる。

 あっ、これは言い訳……じゃなくてちゃんとした理由を話してもダメなヤツだ。完全に誤解されている。

 俺は決して朝寝坊の方では無い。むしろ前世では部活の朝練とか自主トレーニングとかで早起きの部類である。

 ただ単にリノアが俺より早起きなだけだ。

「いいの。フォルトちゃんはわたしがずっと起こしてあげるの!」

「おやおや、そうかい」

 バーバラおばあちゃんは微笑ましい物を見るように頬を緩め俺とリノアを眺めている。

「いや、ずっとはちょっと……」

「フォルトちゃんはいや?」

 潤んだ目でこっちを見て来るリノア。マズいこのパターンは前世の兄貴が……。

「これこれ、女の子を泣かしちゃダメだよ」

 ああ、やっぱりこうなるよな。

 この流れで男子が分が悪いのは目に見えている。

 だからこういう時は。

「しばらくはいいよ」

 妥協案を提示してみる。兄貴伝来の回避技だ。

「良かった!」

 ふう、どうやら満足してくれたようだ。

 にしても、バーバラお婆ちゃんの細められた二人を見る視線がいたたまれない。

「そう言えば、リノアちゃんももう6歳だねえ」

「うん! ヒューク司祭様の教会にお勉強に行くの楽しみなの」

「そうかいそうかい、そりゃあ良かったね。しっかりヒューク司祭様に教えてもらってくるんだよ」

 満面の笑顔で応えるリノアを見ながらご近所さんのバーバラおばあちゃんがニコニコとリノアの頭を撫でている。

「うん! はやくフォルトちゃんと教会に行くの! 楽しみなの!」

「そりゃあ、楽しみだねえ。フォルトちゃんももう6歳なんだから、これから教会に行くのにリノアちゃんに起こしてもらってばかりじゃダメだよ。ちゃんと一人で起きられるようにならなくちゃ」

「バーバラおばあちゃん!」

 思わず俺は抗議の叫び声を上げていた。

 話題が変わったと思ったのに、こういう年長者の会話ってループするよな。


   ◇


 それから数日後。

 俺が6才を迎え、リノアも6歳の誕生日を迎えてから一緒にヒューク司祭の元で読み書きなどの勉強を見てもらうことになった。

 教会とは言っているけど、前世の教会とは違うようだ。

 ところどころ似たような所はあるんだけど、何かが違うそんな違和感が俺にはある。

 服装とか、呼び方とか、お祈りの仕方とか。

 なまじ前世の教会というイメージがあるためだろう。

 建物の外観は飾り気のない簡素な造りで、白さが映える前世日本でも見た事ある様な地方の小さな教会といった風情がある。

 ちなみに一口に教会と言っても信仰している神が何柱? かいるらしく、ヒューク司祭のいるこの教会は月の双子女神エボーナ神とボニーナ神を信仰する教会なのだそうだ。

 俺が前世の歴史で習ったイメージだと、教会=一神教なんだけど、この世界は多神教だ。しかも精霊も信仰されているし、殆どの場合、互いに宗教上で争っているということも少ないらしい。

 なんか不思議な感じだが、それは実際に魔法という状態で神の奇跡が実在しているのが大きいのかもと俺は思う。

 だからこそ、自然と互いに信仰する神や精霊は違っていても、お互いに尊敬する心を持って尊重し合えるんだと思えた。

 教会の中に入ると、長椅子が真ん中を起点に左右に10列ずつほど並んでいる。

 教会に通い始めて数日たつが、毎回座る席で揉める。

 結局最終的には大体リノアの隣にデミスとアグレインが座る事になる。

 今日もそうだ。

 俺はリノアの前の席でアムルト兄さんとハワルト兄さんと並んで座る。

 シスカとククルはリノア達の後ろに座った。

 教会で教えてくれることは、まずは教会らしく神様のお話とか、聖書を読むための文字の読み書きとか、パスレク村以外のところに行く時に困らないようにと、このザードリブ王国の周辺の国の事とか、知らない植物・動物・魔物なんかの話をしてくれる。

「動物と魔物の違いは体の中に魔核や魔石といった物があるかどうかで分かれています」

「司祭様しつも~ん!」

「はい、アグレインくんなんですか?」

「爺ちゃんが昔若い頃、魔人と戦ったって言ってたんだけど、『魔』がつくってことは魔人も魔核とか魔石とかが身体の中にあるって言う事?」

「その通りです。良く気が付きましたねアグレインくん。人間と魔人の違いは、外見的な違いもありますが、大きな違いは体の中に魔核や魔石を持っているかどうかの違いになります」

 アグレインがヒューク司祭……今は先生か、に質問を褒められて嬉しそうにしている。

「へえ、魔人も魔物なのかあ」

 デミスが感心したように驚く。

「魔人って魔物と同じなの?」

 ちょっと考え込んでいるようなリノアの声が背中から聞こえる。

「そうですね。少し誤解しないで貰いたいことは分類上魔物の中に魔人が含まれているということですね。動物の中に人が含まれているのと同じことです。基本的には私達と同じで考える事も出来ますし、話す事も出来ますし、文化も持っています」

「でも、昔どこかで魔人たちと戦争があったんでしょ?」

「そうですね……話が脱線しそうなので、歴史についてはまた今度。今日は魔物について絵を見ながらお話していきましょう」

 そういうと一番後ろで静かにヒューク司祭の授業を見守っていた助祭見習いのミリアーナさんがヒューク司祭の元に本を持ってきた。

「ヒューク司祭様」

「有難うミリアーナ」

 ミリアーナさんは多分、前世俺が死んだときか少し上くらいの歳の女性で、明るい緑色の髪を長く伸ばした青いクリッとした瞳の穏やかな感じの雰囲気をまとった人だ。

 本を渡すとミリアーナさんはまた後ろへと戻って行き俺達を微笑ましく見守っている。

 ……。

「『シープルフ』はこの絵のように一見すると動物の羊のような毛に覆われていますので、遠目には区別がつきにくいです。ですが、油断して近付き気を緩めるとその狼の様な爪と牙をむき出しにして襲いかかって来ますので草原などで羊飼いなどがいない羊の群れを見つけたら、無暗に近寄らず、十分に気を付けてください」

「「は~い!」」

 子どもたちの元気に揃った声が、教会の良く反響する室内に響く。

「でもさあ、一見大人しそうで実は凶暴なんてシスカみたいだな」

 デミスがニヤニヤとシスカを見て言う。

「なんですってデミス!」

 ガサッと音を立ててシスカが立ち上がる。

「おお、こええ、こええ」

 おどけたようにデミスも避ける仕草で立ち上がった。

「デミス君、シスカさん、静かに聞いてくださいね」

 穏やかだが人を諭す説得力のある声で、ヒューク司祭が二人に注意した。

「「ごめんなさい」」

 二人が揃って謝り席に着く。

「ほら、怒られたじゃない」

「俺のせいじゃないだろ」

「デミスのせいでしょ」

「ふたりとも、シー」

 ククルが人差し指を立てて自分の唇に当てて言うと、慌ててシスカが両手で自分の口を押えた。

「では、次の魔物ですが、同じように一見すると普通の動物に見えるような……」

 ……。


   ◇


『『ヒューク先生、ミリアーナ先生さようなら!』』

「はい、さようなら」

「気を付けて帰って下さいね」

 俺たちは授業を終え、ヒューク先生とミリアーナ先生に見送られながら教会を出ると、それぞれ家に向かって歩き出した。

 いつものメンバーは途中まで一緒だ。

「ふああ、眠かったあ!」

 デミスが途中から静かに話を聞いているだけに飽きたのか、眠気と戦っていたのには背中越しで気付いていた。

「そうか? 動物に似た魔物とか、結構面白かったよ」

 俺はこの世界の動物のなかに前世の地球にいた動物と同じような種類がいることに驚きながらも興味深く聞いていた。

 まあ、冷静に考えれば、人間がいるんだから同じように動物がいてもそれ程不思議ではないか。

 前世、生物の授業で先生が「今の生態系は数え切れない生物が生まれ、数え切れない生物が滅んでいった結果成り立っている奇跡」と言っていたが、異世界で同じではないにしろ、似たような生物がいる事を知ったら、先生はこの奇跡を見て何て言うだろうか。

 そう言えば、別の先生が世界史の授業で歴史上、その時代には交流を持っていなかった地域で同時期に同じ様なことが起こることがあるって言ってたけど、異世界同士でも、そう言う事があるのかもしれない。

「やっぱドラゴンだろ!」

「ハワルトは魔物の話の時、そればっかりだな」

 アムルト兄さんが苦笑気味に右手を軽く握ったまま口元に当てて言う。

 確かに、ハワルト兄さんは家でも、そんなこと言ってるし。

「だって、カッコイイじゃん」

 それには同意するけど、実際に間近で見ることになるのは避けたいな。ああいうのはアトラクションとかゲームの映像越しならいいけど、この世界、万が一の確率がありそうで怖いよ。

 それから、他愛もない話に前世の小学生時代の下校の時のような懐かしさを覚えつつ、適当な所で分かれていき、最後はアムルト兄さんとハワルト兄さんと共に家に帰った。

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