17 俺が将来に向かって、いろいろと習い始めたんだが
「いいか、エラのこの部分に刃を入れて、ここにも刃を入れてから……ここをこうやってワタを取り出して……これをしておかないと苦いからな。分かったか?」
「「「はい、父さん」」」
「よし、お前たちもやってみろ。刃物だからな、握り方に気を付けるんだぞ。力任せにやると思わぬ怪我をするからな」
「「「はい、父さん」」」
俺が6歳を迎えてから、オズベルト父さんがアムルト兄さんと俺に狩りの仕方や採取の仕方、獲物の解体の仕方などを少しずつ教えてくれることになった。
俺はオズベルト父さんに将来冒険者になりたいと言った結果、それとは別にと前置きされて教えてもらえることになったのだが、それを見ていたハワルト兄さんも「フォルトがやれるなら俺もやる!」と言って、結局兄弟三人で教えてもらうことになった。
他の兄弟がやっているのを見ていると真似したくなるのは前世、俺も小さい頃兄貴の真似をよくしたがっていたから気持ちは解るので思わず苦笑してしまった。
とは言ってもいきなり小さい俺達を連れて森の中を歩き回って獲物を探し回るのではなく、今は川で吊った魚の扱い方を教えてもらっている。
前世でも、釣りはしたことがあるし、釣った魚をその場で塩焼きにして食べた事もあった。
だから、なんか当たり前でちょっと拍子抜けだが、多分少しずつ慣れさせようとしているのかもしれないと思う。
「うえぇ、なんかヒクヒク動いてる!」
「こっち見てるよ、父さん」
ハワルト兄さんとアムルト兄さんがおっかなびっくり刃物を入れていた。
うん。普段、釣りはしているけど、捌くとなると話が変わるよね。
◇
「フォルトは将来、冒険者になって何がしたいんだ?」
河原でオズベルト父さんと二人で後片付けをしながら、改めて冒険者になってどうしたいのかをオズベルト父さんに問われた。
アムルト兄さんとハワルト兄さんは一足先に帰ってナーザ母さんの手伝いをすることになっている。
「もしこの間のことが原因ならたまたま弱い魔物を倒せただけだ」
「それは分かっているよ」
今までも何度か同じようなやり取りをしている。
「冒険者になるという事は様々な依頼をこなすという事だ。まだ、小さいお前にいうのは酷かもしれないが、その中には人の命を殺める事もある。例えそれが悪い人間だとしてもだ」
「……魔物だけを狩る冒険者になるのは?」
「魔物を専門に狩る冒険者は存在する。遺跡を探索する事を専門にする冒険者も、貴重な素材を採取することを専門に活動する冒険者もだ。だが、そんな冒険者でも時には人と戦わなければならないこともある」
「……」
俺は黙ってオズベルト父さんの話を真剣に聞いていた。
「例えば、魔獣を追い、山道の途中で野盗に出くわしたとする。自分は魔物専門だからと見逃してくれるなんてことはない。向こうが命を奪いに来ている以上、自分達も身を守らなければならない。自分の身を、仲間の身を。そして、それは相手の命を奪うことにもなる」
オズベルト父さんは小さい俺を怯えさせないよう、でも真実を伝えようと言葉を選んで話をしてくれているのだろう。
この世界の冒険者という職業は、深い森に分け入ったり、険しい山を進んだり、未知の遺跡に挑んだりという過酷な状況に加え、魔物や野盗といったものと命を懸けて戦うことも避けて通ることができない職業であるらしい。
最初はというか、大半は地味な仕事が多く、実入りも少ないという。
ランクが上がればその危険の分の見返りも大きい様だが、釣り合いが取れるかと言うと疑問も多いと素直に思った。
そして、俺は将来、その冒険者になりたいと思っている。
それも魔物を狩ることを専門、あるいは中心にした活動をする冒険者になろうとしている。
そのまんま俺の持っているファンタジー世界のイメージそのものではあるけれど、いざその当事者となると感じ方は別物だ。
命を懸ける。
命を奪う。
言葉で言えば、恰好良くも聞こえるが、いざそれが現実味を帯びた時自分はどう考えどう動くのだろうか?
命を奪うという事。
魚なら釣ったりしているのに、いざ、それが動物となると気後れする。ましてや、それが人となれば、その先を考えることを拒否したくなる。
前世日本ではそういう事とは無縁な生活をしていたから、実際に直面すると思考が拒絶反応を起こすかもしれない。
そりゃ、残酷なシーンはネットやテレビや映画で見た事が有るから知らない訳じゃない。
でも、いざ現実に目の当たりにすると別物だった。
暗がりに照らし出された『アルマジラット』といった魔物の木に突き刺さって息絶えていたあの姿。
小動物程度の大きさなのに、死んでいる筈のあの目が自分を捉えて離さないような気がしていた。
恨めしそうなあの目。
森に広がる、あの空気。
いつもと同じ筈なのに、酷く、重たく、身体に纏わり付いてくる様な気がしていた。
鼻孔に届いていた、あの臭い。
広い森の中だというのに、充満して鼻を突く血の臭い。
オズベルト父さんが魔物を調べるために切り裂いた瞬間、周囲に広がった、よく「鉄さびの様な臭い」と言うが、それを何倍も濃くした死の臭い。
どれもが、画面越しではないんだと物語っていた。
だけど、このままだといつまでたっても確かめることが出来ない。
どこかで覚悟を決めなければならないんだよな、この世界で冒険者になって生きるには……。
帰り道、思い切ってオズベルト父さんに頼んで、狩りに連れていってもらえるように言ってみたが駄目だった。
「まずは魚からだな。次は鳥、俺が狩ってきた物を解体するところから始める」
オズベルト父さんの優しさなのだろう。
一歩一歩順を追って教えてくれようとしている姿勢がよく伝わって来るのが理解できてしまう。
俺は家に帰って来てから夜、自分の寝床の上に寝転がり、目の前に翳した右手に握られたアルマジラットの緑の魔核を眺めながら考える。
『空間収納』の『福袋』はあの薄紫髪ツインテール少女天使のパスティエルの言い方からしてオマケ要素なのだろう。
前世地球のアイテムが手に入るのは魅力的だが、何処までリスクを負えるかと考えるとかなり悩む。
それが命がかかるとなるとなおさらだ。
自分の命、仲間の命、そして相手の命。
魔物を狩ることを目的としても避けて通れないこと。
ああ、もう! 堂々巡りだ!
「けど……」
思考を止めちゃ駄目だ。
焦っても仕方がないのは良く分かっている。
知識も経験もまだ全然足りていない。
「しばらくはいろいろ身に着けないとな」
俺は素直にオズベルト父さんの言葉に従うことにした。
◇
それから数日。
オズベルト父さんとナーザ母さんに、アグレインのお爺ちゃんであるボライゼさんから剣を習って良いかを相談してみた。
詳しい事は聞いたことがないけど、ボライゼお爺ちゃんは若い頃ドーザリブ王国とは別の国で正式な剣を学んだことがあるのだそうだ。
冒険者時代、オズベルト父さんもナーザ母さんも剣を使っていたが、オズベルト父さんは剣より弓が得意らしく、ナーザ母さんは使い方が普通の剣の使い方とは違うようで、正式な剣の使い方を学ぶならボライゼお爺ちゃんに習うのが良いだろうと、剣を習うことに頷いてくれた。
「アグレイン、剣先がぶれておるぞ。しっかり振らんか!」
「はっ、はいっ! 爺ちゃん」
「訓練中はお師匠様と呼ばんか!」
「はっ、はい! お師匠様」
「うむ。コラァッ! デミス剣を手だけで振るんじゃない!」
「はっ、はいっ!」
「ハワルト、息が乱れとる。ちゃんと呼吸に合わせんか!」
「はっ、はいっ!」
「フォルト、もう少し足を開かんと安定せんぞ」
「はいっ!」
「リノアちゃんは無理をしてはいかんからな」
「はい」
俺がアグレインのお爺ちゃんボライゼさんから剣を教えてもらうと言ったら、アムルト兄さんは遠慮していたが、ハワルト兄さんも案の定、一緒に習うと言い出した。
もちろん、デミスも巻き込んでいる。
そして、何故か当然の様にリノアも俺の隣で木剣を振るっていた。
リノアはシスカとククルにも声を掛けていたみたいだが、シスカとククルは遠慮したみたいだ。
まあ、普通そうだよな。
前世では剣を振るなんて中学・高校の体育の剣道の授業くらいで殆ど経験がなかった。
身体を動かすのは好きだったけど、格闘技系は殆ど学んだことは無かった。精々柔道や剣道を学校の授業でやった程度のものだ。
でも、こうやって剣を振っているのは悪い気分じゃないと思う。
ここ数日、ボライゼ師匠に教えてもらって、基礎の型の素振りを暇を見つけては一人で森の中で反復練習してたりする。
「ほう」
それはここ最近悩んでいたことの気分転換のためでもある。
「「なんかすげえ」」
よく「剣を振るっていると無心になれる」と聞いた事があったが、
「でも、なんかコワい」
あの時は「どんなスポーツでも集中すれば同じなんじゃ?」と思ってた。
「う、うん」
でも、
「……フォルトちゃん」
今、何と無く解ったような気がする。
「フォルトはなかなかいい剣の才を持っておるようじゃの」




