14 俺が将来の目標として、冒険者を目指す切っ掛けになったんだが
「フォルトちゃん、何か隠してないかな?」
森でヒューク司祭と出会い、一緒に村まで帰って来てから、司祭と別れて家に帰ろうとしている道すがら、それまで無言だったリノアが唐突に尋ねて来た。
何を思ってかは分からないが、妙に疑いのこもった様な声と視線を俺に向けてくるリノア。
森からの帰り道、それまで俺とヒューク司祭とで、これから受ける事になるかもしれない教会での勉強の事に付いていろいろ話していたんだけど、途中からリノアはあまり会話に参加していなかったように見えたのだが、いきなりこの質問とは不意打ち過ぎる。
「いっ、いや、何も」
意味も無く焦ってしまった俺はその質問にうまく返しが出来ずしどろもどろになっていた。
何だろう? 別にさっきの会話から疚しい事は無いはずなのに、何か後ろめたい気持ちになる。
これはあれだな。前世、俺には大学生の兄貴がいたんだけど、合コンの次の日に彼女が家に押しかけて来て、兄貴が彼女に問い詰められていたあの感覚に似ているな。
特に兄貴には疚しい所は無かったらしいのだが、第一声に同じように問われて動揺してしまってて、そこからは追及の嵐だった場面をよく覚えている。
よくよく考えると何で俺、あの時一緒になって隣に並んで座って聞かされていたんだろう? あっ、思い出した。兄貴が頼むからいてくれと目で訴えかけていたから仕方なくいたんだっけか。
「そうかなあ」
リノアが俺の正面に立って俺の眼を覗き込んでくる。
そのハチミツ色の瞳が、真正面から俺を捉える。
ヤバいもしかして空間収納の事がばれたかな?
思考の海に沈んでいる時に何か口走っていたりしただろうか?
前世、女の子って男より勘が鋭いって聞かされた事があったけど、こんな小さな頃からそうなのだろうか?
だとしたら勝てない訳だ。
思わず飲まれそうになる。
いやいやいや、ここは疚しいところがないんだから毅然とした態度を取るべきだ。
「って言うかいきなり何だよ?」
取りあえず必死になって声を出してみるが、にしても出た言葉がこれとは情けない。
しばらくの沈黙。
うわあ、何だよこの気まずさ。
「ううん、やっぱり何でもない。ごめんねいきなり」
急にリノアが態度を変えた。
「何なんだよまったく」
「ねえねえ、それより花の蜜吸いに行かない?」
まるで気まぐれな猫のようだ。
俺は一気に緊張が緩み脱力する。
本当に何なんだよまったく。正に女心と秋の空だな。
「いや、今日は止めておくよ。取りあえずはこの籠の中身を家に持って帰らないと」
「そっか、うん、そうだね」
「「リ~ノ~ア~ちゃん!」」
遠くからリノアを呼ぶ声がする。
声の方を見れば俺達と同じくらいの女の子が2人、手を振ってリノアを呼んでいた。
リノアと仲が良いシスカとククルだ。
「お花の冠作りに行かない!?」
「向こうの原っぱで綺麗なお花がたくさん咲いていたの!」
「うん、行く!」
そう返事してからリノアがチラッとこちらを見る。
「おれは行かないからな。3人で行ってきなよ」
「……うん。分かった」
そう短く返事するとリノアはシスカとククルの元に向かって走り出していった。
俺はその後ろ姿を見送ってから、自分の家へと足を進めた。
しばらく続く畑の間の道をのんびり歩きながら抜ける。
そろそろ収穫時期を迎える麦畑は見事な実りの金色絨毯を作り出していた。
時折吹く風にサワサワと一斉に靡いている穂はまるで、波の様に流れているかのようにも見える。
とても和やかで、平和な風景が広がっていた。
本当に良い所だと、素直に思える。
俺はそんな道を歩きながらさっきヒューク司祭と話していたことを思い出していた。
オズベルト父さんからも聞いていたが、村の外には魔物が生息する場所が沢山あり、いろいろな魔物が存在している。
実際に遭遇もした。
あの薄紫髪ツインテール少女天使のパスティエルも言っていた通り、間違いなく、この世界は魔物の存在する世界なのだろう。
そして、さっき考えていた空間収納に地球の品物が出現する現象は多分、魔物を倒すと空間収納に地球の品物が出現する可能性が高いと、俺は考えている。
もちろん、この村では確かめる術がないから、一応他の可能性も探ってみるつもりではあるけど。望み薄である事も何となく気づいてはいる。
その根拠は俺が今までにも魚や虫なんかはたくさん捕っていたことがあるからだ。流石に動物や鳥は捕った事が無いけど。そして今まで空間収納に地球の品物が出た事は一度も無かった。
そう考えると、たった一回の事だけど、タイミングから考えてもそれ以外には無さそうに思える。
あの大型のネズミノような魔物、アルマジラットからはダブルグロスターチーズが出現した。
たの魔物なら違った地球の品物が出て来るのだろうか?
それとも同じだろうか?
違ったとして、どんな物が出現するだろうか?
……見てみたいな。
でも、パスレク村ではこの先、魔物を狩るどころか、目撃することも殆ど機会に恵まれる事はなさそうだ。
理由は分からないけど、この森周辺には魔物が寄ってこないらしい。
それだからこそ、オズベルト父さんとナーザ母さんは俺達子供達のため、冒険者を辞めてまで、このパスレク村に住むことを決めたくらいなのだから。
そういう意味では俺は運が良かったのか、悪かったのか?
デミスとアグレインを捜して森に入り、魔物に遭遇したあの日の夜。直前までオズベルト父さんとリノアと俺で将来何になるかの話を少ししていたけど、あの時は突然振られた話題だし、特にコレというものは考えていなかった。
無難にいってオズベルト父さんのように森に入って狩りをする狩人になるか、畑を耕すかするのだろうと思っていた。
「……冒険者をめざそうかな」
ところがいま、自然に漏れた一言に自分でも驚いていた。
俺達子供達が安全に育つようにと冒険者を辞めた両親。
その両親から産まれた俺が冒険者を目指そうとしている。
やっぱり、前世日本や地球の物に懐かしさを覚えているのだろうか?
そんな、俺はまだあやふやな感情を抱えながら家へと向かった。
井戸の近くを通り過ぎ、もう少しで家にたどり着く辺りでふいに俺を呼び止める声がした。
「おいフォルト」
声のした方向を振り向いてみれば、デミスとアグレインがそこに並んで立っていた。
「よう」
俺も軽く手を上げて応える。
デミスとアグレインが森の奥近くに入って、魔物に襲われ救出されてから数か月。
案の定、二人はこっぴどく二人の両親に叱られ、しばらくの間遊びに行くことが許されず、家の手伝いをしっかりさせられる事となっていた。
とくにアグレインは家からお爺ちゃんの冒険者時代に使っていたショートソードを無断で持ち出したことがバレ、お爺ちゃんから大目玉をくらい「そんなに剣が振るいたいのなら儂が鍛えてやる」と、お手伝いの他に7才にしては結構ハードそうに見える訓練をさせられていた。
剣の訓練か……ちょっと羨ましいかも。機会が有ったら俺も教えてもらおうかな。冒険者になりたいなら剣の一つも扱えないと駄目だろうしさ。
それにしてもこういう時、ときどき思うことがある。
怒られる子供の中に女の子が混じっているのと混じっていないのとでは、怒られる度合いが違うのではないかと。
「どうしたんだ二人とも?」
何かいつもと様子が違う感じがするデミスとアグレインに俺は首を傾げる。
「お前が言えよ」
「デミスこそ先に言えよ」
俺を呼び止めたはいいが、お互いに何かを押し付けあっているような態度でしばらく押し問答している。
何なんだ一体?
「じゃあ、一緒に言うか?」
「そうだな」
「???」
一瞬沈黙してから、二人が意を決したように揃えて口を開いた。
「「……あの時は……ありがとう」」
「はい?」
思わず間の抜けた声が出てしまう。何の事だと頭を捻っているとデミスが口を開いた。
「魔物に襲われたときの事だよ。俺、すぐ気絶しちゃったけど、チラッとフォルトの姿が見えたのは覚えてる」
「俺は気絶していて覚えていないんだけど、フォルトが先に来てくれていなかったら間に合わなかったかもしれないって父さんが」
「ああ」
そう言う事か。もう数か月も前の事だ、何か唐突過ぎてかえって面食らってしまう。
それまでだって今まで通りに話していたのにいきなりどうしたんだろうと思うが、どうやら二人にとってはそうではなかったらしい。ずっと心の中にわだかまっていたのだろう。
「だけど、次こそはリノアに良いところ見せる!」
「俺だって絶対強くなってやるからな!」
その辺は変わらないんだな。
何と無くいつものデミスとアグレインで少し安心する。
でも、そっか。
きっと、コイツらなりのけじめのつけ方なんだろうな。
なら、言ってやることは決まっている。
「わかった。そうしたら、いつか、強くなったら今度はみんなで森の奥に魔物退治に行こうぜ!」
俺の言葉にデミスとアグレインが互いの顔を見合わせる。
それから、二人は互いに頷いてからこちらに振り向く。
「「おう!」」
そして、晴れやかな笑顔を向け返事を返して来た。
この瞬間、何と無く前より距離が近くなり、連帯感が生まれたような気がしていた。




