13 俺が考え事をしていると、森で出会ったんだが
デミスとアグレインが森の奥に入ってしまい、救出されてから数か月。
一先ず森については奥に差し掛かった辺りとはいえ、小さいながらも魔物が確認されたという事で、森の浅いところ以外への子供達だけでの立ち入りが禁止された。
実際上、今まで魔物が確認されたのは、数十年前、奥と言っても森の奥の奥、滅多に人が入る事のない深い領域だったとのことなので、村としては慎重に判断するべきとの意見が多かったらしい。
流石に生活に直結しているため、完全に立ち入り禁止とまではならなかったが、独りで森に入るのは避けるようにと言われていた。
そして次の日以降から、リノアがまた俺の傍をピッタリと付いて歩くようになっていた。
あの時は別に逃げた訳じゃないから心配ないと説得したのだが、どうやらそういう事では無いらしい。
「リノアちゃんは不安なのよ。フォルトは男の子なんだから広い心で受け止めて上げなさい」
とは、ナーザ母さんの弁であるが……はあ。
あれから、ちょくちょく空間収納にしまってある『ダブルグロスターチーズ』の事について考えている。
一時は今は皆に出してあげる事が出来ないと落ち込んでもいたが、空間収納にしまって置けば、時間の経過がないので充分日持ちするから、切っ掛けとタイミングを見計らって出せばいいと言う事に気が付いて、少し気持ちが楽になった。
日持ちという言い方はちょっと正しくないかな?
何せ時間の経過が無いようなのだから。
まあ、それにその切っ掛けとタイミングを考えるのが難しそうだけどな。
街に行く機会でもあれば、珍しいお土産を見つけたとでも称して、あるいはいけるだろうか?
そうなると一体何年後になるだろうか?
そしてなぜ俺の空間収納に前世日本……地球の品物である筈の『ダブルグロスターチーズ』なんて物が入っていたかという事だ。
ただ、これに関しては少し心当たりがある。
それは、俺が転生する際に出会った薄紫ツインテール少女天使のパスティエルの話の中にあった言葉だ。
~ ~ ~
「最後の方ですし、新年初仕事の期間中なので『福袋』的なものを空間収納のスキルに付加しておきますね」
「最後の人だからと言っている時点で在庫整理感がひしひしとするんだけどな」
「そっ、そんな事はあっ、ありませんよ」
「せめて、こっち見て詰まらずに言えたらよかったのにな」
「そっ、そうです! 前世の知識の持ち越しに加え、ある程度のステータス強化も最初からつけておきますね!」
「おっ、おう!」
「あとご一緒に言語理解も如何ですか?」
「……何かトレーに乗って出て来そうだな」
~ ~ ~
『福袋的な物』。これに関しては軽く考え、殆ど空間収納のオマケ要素くらいにしか思ってなくて詳しい事は聞いていなかったが、前世地球の品物を手に入れられるのであれば、もっとちゃんと詳しく聞いておくべきだったか。
特に、どうやったら地球の品物が出て来るかというところはかなり重要なポイントだ。
『福袋』と言っている以上、出て来る品物は選べない様な気がするが。ただ、前世日本の福袋の中には『スケルトン福袋』とかいう、もうすでにセット販売と変わらない意味不明になっているような福袋もあったけどな。確かにお得に買えるから福袋で間違ってはいないんだろうけど、なんとなく俺のイメージでは「中に何が入っているのかわからないけどお得な物」の感覚が強い。もしくは「在庫整理で普段見もしないよく分からない物が入っている物」である……。
さて、今回の『空間収納内の福袋』が出現したタイミングについて考えてみる。
明らかにあのアルマジラットとかいう魔物を倒したタイミングで出てきたであってるよな。
ただ、出現する条件が分からない。
確かに状況を考えただけなら、魔物を倒したことによる所謂ゲームで言うところのドロップ品の可能性が一番強いんだけど、この辺の森には魔物がここ数十年以上殆どいなかったため、あれが本当にたまたまだったとすると、この先確かめるのは難しそうだ。
なので、今は希望的観測かも知れないけど、他の条件での可能性を考えてみるしかない。
数だろうか? 何匹目で一個とか。あるいは何匹目でレベルアップとか。
魚や虫なら今まででも取った事があるけど、動物や鳥は取った事がない。
たまたまあの魔物が俺がとった100匹目の得物ですって感じなら、今後も魚とかを取りまくればいい話だけど……。
「……ル……ゃん」
それともレベルだろうか? レベルアップをするたびに出現とか。
そう言えば、それで気づいたことがある。
イノシシやアルマジラットと対峙した時、相打ちだったり吹っ飛ばせたりした際、何かが手から纏わり付くような感じで出ていた気がした。その後気を失ったり、眠くなったりしていた。思い返してみると空間収納もいつもより頻繁に使ったりすると疲労感が有ったような気がするし、これってクラスメイト達が言っていた「魔力をなくなるまで使い切ることを繰り返すと上限値が上がる」ってやつだろうか? だとすると俺、魔力を持ってて魔法が使えるかも?
「……ォる……ちゃん」
いずれにしてもまた一つ一つ試して見る必要がありそうだな。
「フォルトちゃん!」
「どわっ!」
気が付けば、リノアが物凄いドアップで俺の両肩に両手を置いて揺さぶりながら目の前に迫っていた。
「やっと気が付いた。もう! さっきからずっと呼んでるのに全然気が付かないんだもん!」
ちょっとむくれたように頬を膨らませてリノアが言う。
「疲れちゃった?」
すぐに表情が気遣ってくれているものへと変わる。
「ごめんごめん、ちょっと考え事をしててさ」
俺は心配ないと慌てて否定する。
「何考えてたの?」
聞きながらリノアは俺の横に座ってくる。
今俺達がいるのは森の浅い部分、俺が野草取りがてら、よく考え事をする時に使っている場所の一つだ。いつもの野草取りを終え、帰る前に少し二人で休憩を取っていたところだ。
「そっ、それは」
流石に話せないよな。話しても理解しずらいだろうし、第一この能力は内緒にしていた方が安全の為に良いって前世のクラスメイト達が語ってたしな。
「おや? フォルトくんとリノアさんじゃないですか」
俺がリノアへの答えに困っていると、ふと森の奥側の方から声が掛かった。
見れば、紺色の法衣に身を包み、銀髪を綺麗に短く整えた30代後半くらいの男性がこちらに手を振りながら近付いて来る。
「「司祭様」」
木々の向こうから現れたのは俺の腕の怪我を治してくれたり、アムルト兄さんとハワルト兄さんたち子供達に読み書きなどを教えてくれたりしている月の双子母神エボーナ神様とボニーナ神様に仕えるヒューク司祭様だった。
「仲良く野草取りのお手伝いですか?」
「「はい」」
「そうですか。えらいですね」
ヒューク司祭は目を細めて俺とリノアの頭を交互に撫でてくれた。
「ですが、けっして森の奥には入ってはいけませんよ。あの後、魔物は見かけていないとはいえ、まだある程度の安全が確認されたわけではありませんからね」
「司祭様は森の奥に行ってたんですか?」
俺が頭を撫でられながら問いかける。前世、高校生の意識がある身としてはちょっと恥ずかしい。
「はい、少し調べたい事が有りましてね。ただ、そこまで奥ではありませんよ」
「調べたいこと?」
「はい、数か月前に大きな揺れがあったのは覚えていますか?」
「あっ、はい。震度……結構揺れましたね」
「? お二人は知らないかもしれませんがああいう大地が揺れることを『地震』と言うのですよ」
「「へえ」え」
リノアが感心したように声を上げる。俺も慌てて一瞬遅れて感心した風な声を上げた。
あぶないあぶない、それにしてもうっかり変な口を滑らすところだった。
中途半端な知識をひけらかして、変に目立ってしまい、いきなり表舞台に立たされ、国や世界の命運を掛けて戦うとか、前世のクラスメイト達の中でも「憧れはするけど、実際そういうのに巻き込まれるのは嫌だよな」っていう意見もあった。
俺を転生させてくれた薄紫ツインテール少女天使のパスティエルも、あまり目立たない方が良いみたいな事を言っていたし、変なきっかけを自分から率先して作る様な真似は出来るだけ避けるようにしよう。
「それで森に変化が無いかを調査し続けているんですよ」
地震が起きた時に聞いてみた話だと、この地方で地震が起きた事はここ数百年無かったらしい。オズベルト父さんとナーザ母さんが地震の事を知っていたのは、昔冒険者をしていて各地を回っていた時に山の多い土地で何度か経験したことがあったからだそうだ。
「何だかむずかしそう」
「一人で大丈夫なんですか?」
「わたしも一人でそうそう奥には入ったりしませんよ。だからフォルトくんとリノアさんもよいですね」
「「は~い」」
俺とリノアは声を揃えて返事する。
「良いお返事です。それに仲が良い事もね。そう言えばフォルトくんもリノアちゃんももうすぐ6歳になりますね。お二人が学びたいと言うのであれば、親御さんと相談して教会に来ると良いですよ」
「「ほんとう!」」
「ええ、その時を楽しみにしていますよ。二人ならすぐに読み書きも覚えてしまいそうですね。本当に楽しみです」
ヒューク司祭が再び目を細めて俺達を見る。
「先生、魔物のことについても教えてもらえますか?」
「ふふっ、先生とは気が早いですね。勿論です。この辺りにはいませんでしたが、皆さんが大きくなってこの村を離れる事になれば、間違いなく魔物に遭遇することになるでしょう。その時何も知らなければ、なまじ穏やかな土地で育ってしまったが為、対処できないままに命を落としてしまいかねません。そうなっては欲しくないので、知識として学んでもらいます」
ヒューク司祭はちょっと苦笑しつつも俺の質問にちゃんと答えてくれた。
「じゃあ、アムルト兄さんやハワルト兄さんも知ってるの?」
「もちろんです。聞いたことはありませんか?」
「ハワルト兄さんは「ドラゴン、カッコイイ!」って騒いではいたけど」
「ふふっ、そうですか。らしいと言えばらしいですね」
「うん、でも、そっかあ……村の外かあ……」
「……フォルトちゃん……」
俺達3人は……主に俺とヒューク司祭だが、その後も教会での勉強のことなどについて話しながらパスレク村まで帰ってきた。
 




