10 俺が大型のネズミのような生き物と、対峙しているんだが
俺がデミスとアグレインを捜して叫び声を聞き、草むらを突破して、そこに見たものは……。
何か黒い塊と対峙するデミスの姿だった。
以前見たイノシシじゃない。
大きさは俺達の膝の高さぐらいだろうか?
この前のイノシシに比べれば、一回りも二回りも小さい筈なのに、イノシシなんかより、明らかにはっきりした敵意や殺意といったものが肌にビリビリと伝わってくる。
姿はネズミの頭に鱗の付いた背中をして、眼を赤く光らせ歯をむき出しにし、デミスを威嚇していた。
「ギイイイィィィ!」
今にも二人めがけて襲いかかって行きそうだ。
そして、デミスのすぐ傍にアグレインが倒れていた。
倒れているアグレインはここから見る限り、ピクリとも動く気配が無い。
幸い、出血しているという感じでも無く、デミスの様子から見るにどうやら気を失っているだけらしかった。
倒れているアグレインを庇うように、その前でデミスが必死になってメチャクチャに鎌を振り回している。
「ちくしょう! リノアのかたきだ!」
おい、リノアは生きてるぞ。それに怪我したのは俺だし、アグレインはいいのか? 第一それ、この前のイノシシじゃないぞ。
いろいろ突っ込みたくなるが、当の本人にはそんなこと気にしている余裕はなさそうである。
必死の形相でブンブンと鎌を振り回してネズミの様な生き物を近寄らせないようにしている。
どちらも俺に気付いた様子は無い。
俺はここからなら空間収納の事も気付かれないだろうと、中から手ごろな石を取り出す。
ちゃんとイノシシの時の教訓は生かしてバレないようにと考えてのことだ。
と、次の瞬間。
「ギイイイィィィ!」
叫びと共に大型のネズミの様な生き物がデミスに向かって走り出した。
俺は狙いをつけ、デミスに襲いかかろうとしている生き物に向かって投げつける。
「ギイイイィィィ!」
「 よし! 当たっ……」
俺がそう思った瞬間。
走っていたネズミの様な生き物が急に身体を丸めて転がり出し加速した。
「なっ!」
俺が投げた石はギリギリその後ろをすり抜けて、草むらに吸い込まれていってしまう。
その間にも、ボールのように丸まったネズミのような生き物はスピードを増していく。
と、次の瞬間。
地面を跳ね上がりデミスの腹に直撃した。
「がはっ!」
デミスは吹き飛ばされ、アグレインの傍に倒れ込む。
「デミス!」
ネズミのような生き物はその場から離れて距離を取り、また威嚇体勢に入る。
俺はデミスとアグレインの傍まで走り寄って行き、大型のネズミの様な生き物との間に割って入った。
改めてよく見ると、顔はやはりネズミのような顔つきをしている。背中は何と言っていいか、鱗状になっているように見える。
ネズミ? じゃないよな?
身体の形状は前世ネットやテレビで見たことのあるアルマジロに似ている気がする。
丸まって転がったから、そう思えるのかもしれないが。
確か、丸まって転がるのも種類の中の一部だけだって聞いたことがあるし。
「大丈夫かデミス!?」
野生の獣は目線を反らしたり背を向けて逃げるものに襲いかかる習性があると、前世、田舎の爺ちゃんから聞いたことがある。
だから俺は大型のネズミのような生き物から目を離さないように振り向かずデミスに尋ねる。
が、デミスから返事が返ってこない。
返事がないことに焦り、思わずデミスとアグレインの方に振り向いて確認してしまった。
どうやらデミスもアグレイン同様気絶してしまっているようだ。
そして、やはり目線を外した瞬間に大型のネズミのような生き物が走り出してきた。
さっきと同じように、助走を付けた途中から丸まってボールのようになり、更に加速して迫ってくる。
と、次の瞬間。
案の定、跳ね上がり俺の胸辺りを狙ってきた。
どうやらこれが、コイツの得意の攻撃方法らしい。
当たればかなりのダメージを受けるのは二人を見てれば解る。
こりゃあ、一発アウトだな。
だけどな!
こっちは衝突で2度死にかけてるんだ……一度死んでるけど。そう何度も当たってたまるかよ!
「これならどうだ!」
二人が気絶しているなら大丈夫だろう。
俺は空間収納から平たい胸の大きさくらいの石を取り出してキャッチャーミットのように前方に盾として構えた。
これも前の教訓から反省したものだ。
もちろん、前みたいに片手で受けるような真似はしない。
両手でしっかり両端を握り構え迎え撃つ。
ゴンッ!
「グギイイイィィィ!」
見事に俺の構えた石に激突する。
と、同時に踏ん張っていた俺の身体もすこし後方へと下がる。
結構な衝撃の後に悲鳴と共に転がった大型のネズミの様な生き物が、体勢を立て直すと駆けだして再び距離を取って俺を威嚇してくる。
そのまま逃げてくれれば良かったんだけどな。どうやら好戦的らしい。
正直、かなり手が痺れた。
骨が折れたとかそう言う訳じゃないけど、やっぱり、5才児の身体で受けるにはかなり無理があるのかもしれない。
そう何度も受けていられそうにもないな。
でも、このままでは防戦一方だし。
何かないか?
何か?
俺はチラリとデミスとアグレインが倒れている方を見る。
すると、アグレインのすぐ横に小ぶりの剣が落ちているのに気が付いた。
小ぶりと言っても大人の身体から考えての話で、子供からしてみれば充分大きい。
恐らくどちらかがイノシシ退治の為に家から持ってきた物だろう。
そして、またもその瞬間を見計らったかのように大型のネズミのような生き物が突っ込んできた。
俺は再度石を構え、だが今度は受け流す様に少し角度を付けて突進に応じる。
「グギイイイィィィ!」
逸らしたおかげで大したダメージにはなっていないようだが、弧を描く様に飛びあがるようになったせいか、さっきより体制を立て直す時間と距離が開いた為、俺はこの瞬間を見逃さず、石を捨て、アグレインの横に落ちている剣を拾い上げた。
振り向いて体勢を立て直し、俺は真正面に剣を構える。
大人の使う剣というよりかなり短めの、ゲームとかでいうところのショートソードぐらいの長さのおかげで、子供が持っても構えられないという程でもない。
けど、やはり5才の子供が自由に振り回すには体格的に大きすぎる感がある。
それに構えたはいいけど、剣なんてまともに振った事ないぞ。
精々が前世、中学の剣道の授業での竹刀を振った程度か、チャンバラごっこぐらいだ。
大型のネズミのような生き物は威嚇を止めない。
俺もそいつから視線を外さない。
しばらくのにらみ合い。
すると、
「ギイイイィィィ!」
大型のネズミのような生き物が動いた。
やるしかないか! 来い!
俺は剣を振り上げて待つ。
すると、直進して来た大型のネズミのような生き物が少し左にずれてから転がり出し跳ね上がってきた。
「なっ!」
フェイントかよ!
タイミングを外された。
俺は一瞬遅れて振り下ろす。
ガキン!
剣と背中の鱗がぶつかり、生き物の皮膚に当たったとは思えない様な硬質な音がする。
が、次の瞬間。
「どわっ!」
力負けして剣が引かれる様に跳ね上げられる。
思わず万歳をする様な形になってしまった。
その拍子に数歩後ろにたたらを踏んでしまう。
その間に大型のネズミのような生き物は距離を取り体勢を立て直していた。
俺も慌てて構え直す。
石で防いだ時は分からなかったが、予想以上に背中の鱗が堅い。
こりゃ、確かにまともに当たったら気を失ってもおかしくないか。
視界も暗いし、それに大型とはいえ、そこまで大きいという訳では無い物が飛んでくるところを剣で正確に狙うのは今の俺じゃ無理だ。
しかも、何かフェイントっぽいことまでしてくるし。
付け焼刃のやり方じゃ凌ぎきれない。
どうする?
「ギイイイィィィ!」
考えをまとめる間もなくまたも突っ込んできた。
時間すらくれないか。
なら!
「やっぱ、やり慣れたやり方じゃないとダメだよな」
俺は立ち方を変えた。
左足を前に。
右足を後ろに引く。
そして、ショートソードを握り直し、バッティングの構えをとる。
大型のネズミのような生き物は真っ直ぐ走り込み、今度は少し右にずれるようにしてから丸まって転がり跳ね上がってきた。
俺は、少し右足を引き、体の位置をずらし、
「これなら、どうだ!」
剣も刃で斬るのではなく表面積の広い剣の腹で叩き付ける様な感じでフルスイングした。
バキンッ!
が、腕に掛かる抵抗感。
押し戻されそうになる感覚を踏みこたえて、力任せに振りぬく。
その瞬間、手の周りに何か纏わり付く様な感覚があったが。
確か、イノシシの時もこんな感覚が。
まあいいか。それより今は!
「吹っ飛べ!」
フライを撃って遠くに飛ばせばあるいは逃げ出してくれるのではないかとの期待があったんだけど。
実際は力負けしてライナー性の当たり。
「ギイイイィィィ!」
引っ張っちまった。これじゃダメか!
なら、もう一度!
俺は油断無く、相手を見据えたまま構え直す。
吹き飛ばされた大型のネズミのような生き物が、飛ばされながら体勢を立て直そうと身体を伸ばした直後。
「グギャアアアァァァ!」
すさまじい絶叫のような鳴き声が辺りに響いた。
見れば、飛ばされた先に突き出ていた太く鋭い枝に腹部から突き刺さっている。
体勢を立て直そうと体を伸ばした為、恐らく柔らかい腹部に突き刺さってしまったのだろう。
大型のネズミのような生き物は苦し気な叫び声を上げてジタバタと暴れる。
だが、深く腹部に刺さっているらしく、もがけばもがく程傷口をくじり、地面にボタボタと血が流れていった。
やがてもがいている動きも段々力を失くしていき、暴れる動きも弱々しくなり、しばらくして完全に動かなくなった。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
俺は肩で荒い息をしながら大型のネズミのような生き物が完全に襲って来ないと実感するまで凝視し続けていた。
が、安全だと認識すると、構えていた剣が急に重たく感じる。
俺は身体中の力が抜け、持っていた剣を地面に落としてその場に座り込んでしまった。
 




