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1 俺が気が付くと、知らない場所で変な恰好の女の子が声を掛けて来たんだが

 んっ? ここはどこだ?

 少なくともこんな大ホールの待合ロビーみたいな所知らないし……。

 俺は確か部活でグラウンドを10周してから守備練習をしててノックを受けてたはず……あれっ? どうもその辺りが曖昧だな。

「あの、ちょっとよろしいですか?」

 考え事をしていると、後ろから声を掛けられた。

 多分、俺を呼んだのであろう方に振り向くと、いきなり怪しげな恰好をした女の子がそこに立っていた。

 何が怪しいって、その服装。白い、なんて言ったらいいだろうか。神話の挿絵に描かれてそうな腰の辺りで帯を締めた如何にもな衣装を着て、両手を胸の前で組んでこちらを見ている。

 更に、これまた如何にもな声の掛け方をしてきた。

 顔は結構可愛いのに、薄い紫色というちょっと通常じゃ有り得ないような色の髪をツインテールにしている。

 何かのアニメキャラか? 俺、あんまりそういうのは詳しくは無いんだけど。

 なんて言ってる場合じゃないよな。これはあれだよな。駅前でよく見かける勧誘の類だよな。

 取りあえず状況は分からないけど、関わらない方がよさそうだ。

「あっ、俺、そういうの間に合ってるんで。じゃあ、これからアルバイトの時間なんで失礼します」

俺は短くそう言うとこの場を立ち去ろうと踵を返す。

「ちょっ、ちょっと待ってください! 人間社会の駅前とか路上での勧誘と間違えてませんか? 第一、あなたアルバイトなんてしてないでしょ!」

 おおっ! この子、なかなかいいカンしてるじゃないか。にしても、何で俺がアルバイトしていない事知ってるんだ? もしかしてストーカーか? 可愛いし、追っかけクラスならまだいいんだけどな。まあ俺、追っかけどころか彼女もいないけどな。

「違うのか?」

「違いますよ。それにすでにあなたは亡くなられていますので、勧誘も何もここが天界です!」

 もっとヤバかった!

 やっぱり変な子か。可愛いのにもったいない、って言いたいけど、そうか。

「ああ、やっぱ俺死んでたんだな」

 逃避行動もここまでか。薄々とは解っていたけど。

 流石にさっきまで高校のグラウンドにいた筈なのに、病院のベットの上ならいざ知らず、こんなホールに変わってれば少しは疑う。

「一ついいか。俺、何で死んだんだ?」

「あなたは放課後、部活をしていてボールが胸に当たり心臓震盪しんぞうしんとうを起こして亡くなられています」

 へえ、そうなんだ。で、

「わりぃ、『しんぞうしんとう』って何?」

 病名とかあんまり詳しくないんで、取りあえず聞いておくか。折角意識があるんだから自分の死因くらい知っておきたいし。

「『心臓震盪』はボールが心臓付近に比較的弱く当たった際、タイミングが悪く心室細動を起こしてしまい、心臓が正常に働かなくなってしまう状態です。除細動器(AED)が近くにあれば助かる可能性もあったのですが、あなたの場合、運悪く近くに有りませんでしたのでそのまま……御気の毒です」

「はあ、だから、守備練習からの記憶が曖昧なのか」

 溜め息しかないな。しかし、AEDがあれば助かったのか。神様が言うんだから間違いないだろうな。こんな所でAEDの重要性を認識するとは……今更な話もいいとこだけどな。

 家族とか、チームメイトとか、友達とか、何て思うかな?

「ご納得いただけましたか? ではこちらへ付いて来て下さい」

「ああ、分かったよ。死因、教えてくれてありがとな」

「いえ、意外とあっさりしてらっしゃるのですね」

「まあね。どうせここでゴネても生き還れないんだろ?」

「ええ、ですがあなたは特別に異世界転生が出来る権利を獲得されました」

「異世界転生って、あのファンタジーとか、ラノベとかの?」

「はい、たまたま物質界に顕現していた女子高生風女神を暴走車から庇って引かれて亡くなったとか、たまたま物質界に遊びに行っていた幼女風女神をナイフを持って暴れていた通り魔から庇って刺されて亡くなったとかのあれです」

「……くっ、詳しいね」

「最近、勉強しましたから」

 勉強する方向性が間違っている気がするのは俺だけだろうか? まあいいか。

「へえ、クラスメイトのヤツが聞いたら狂喜乱舞してそうだな」

「あなたは嬉しくありませんか?」

「正直よくわからん」

「そうですか。詳しい事は部屋に着いてからご説明致します。このまま、わたしに付いて来て下さい」

「ああ、頼む」

 そんな会話をしながら、俺達は長い廊下を歩いて行く。

 それにしてもすげえな。ほんと神話に出て来る神殿みたいだ! 天井高いし、なんか壁に彫刻有りまくりだし、カニが廊下を拭き掃除してるし……カニ!?

「カルキノス、お疲れ様です」

 なんかフレンドリーに挨拶してるぞこの女神? 声かけられたカニも気軽そうに左のハサミ上げてるし。

「なんでカニが廊下掃除してるんだ!」

「珍しいですよね」

「ねえよ! 珍しいも何も!」

 これ、挟まれたりしないよな。

 廊下をせっせと雑巾がけしているカニをしり目に、スタスタと廊下を歩いて行く女神に付いて行くと一つの扉の前にたどり着いた。カニの横を通る時、少し腰が引けたのは内緒だ。

「こちらへどうぞ」

「おっ、おう」

 白く彫刻の刻まれた3mはありそうな扉を開け、俺を中に入るように促している女神。

 それに従って部屋の中に入ってみると、今までの景色とは一変していた。

「どうです! 荘厳で美しい光景でしょ? これが天界です!」

 目の前には確かに室内の筈なのに、外の風景の中に荘厳な西洋風神殿が建っているという不思議な光景が広がっている。んだけどさ。

「そりゃあ、美しいは美しいけど、さっきの役所のごった返している光景を目にした後で「これが天界です」と言われてもなあ」

「ちなみに、このピカピカの床は先程のカルキノスの仕事です」

「スゲえなカニ!」

 素直に驚いたわ! 顔が映りこんでるし! 後、女神さん、立ち位置によっては中見えるぞ。怒られそうなので言わないけど。取り敢えず、手を合わせて拝んでおくか。拝むのは女神なんだけど女神じゃないんだけど。ありがたや、ありがたや。

「我が転生課の自慢の戦力、貴重な清掃要員です。ちなみに、親類縁者ボランティアです」

「いいのか天界、それで!? っていうか『課』ってここやっぱ役所かよ!」

 俺が突っ込みを入れている間に女神は祭壇らしき所の前、いかにも立ち位置ですと言わんばかりの所に立ち軽く両手を開いて語りだした。

「では改めまして。おめでとうございます! あなたはお亡くなりになりましたが特別に異世界転生の権利を獲得されました!」

「……」

 何て言うか、最初っからこれなら雰囲気もあったんだろうけど、あの人がごった返しているような所から案内されてきた後にこれやられてもなあ。

「申し遅れました。わたしは天使パスティエルです。あなたの手続きを担当させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

「……」

 ほんと、何というか今更感で声も出ないな。でも取りあえず分かった事がある。

「女神じゃなくて、天使だったのか」

「いやですよ、褒めても何も出ませんよ」

 オレ、褒めたのか? ……褒めたのか。

「時間が押してしまって申し訳ありません。もめてたわけではないのですが、ちょっと前が長引いていたもので。すでに残業時間に入ってますけどね」

「別にいいよ。その辺の予定とかはこっちは知らないし」

 っていうかこの女神、さりげなく残業とか言ってるけど、愚痴か? 愚痴なのか? その恰好で残業とか言われると折角取り戻しつつある雰囲気をまたぶち壊しにしてるぞ。

「それで、スキルはどういったものを希望されますか? ……もしもし、聞いていますか?」 

 おっと、考え事してるうちに何やら説明が進んでいた様だ。

「んっ、ああ、俺こういうのあんまり詳しくないんだわ」

「そうですか。なら、お任せでよろしければ」

「なんか高い和食の店みたいな言いようだな」

 まあ、下手に考えてもこんなの良く知らないし、天使に任せた方が無難だろうか?

「んっ、待てよ。確かこういうのに詳しいクラスメイトが「空間収納が最高!」とか騒いでたな。それで頼むわ」

 そう言えば思い出した。教室でネット小説を熱く語ってる奴がいたっけ。正直これがどう最高なのかよく分からないけど、少なくとも俺が考えるよりは多分マシだろうな。

「はあ、そんな他人まかせで自分の来世を託しても良いのですか?」

 天使に溜め息を付かれてしまった。

 『天使の溜め息』って言うと、何か響きがいいけど、実際呆れられてるなこれ。

 まあ、呆れられても仕方ないか。

「分からないものは分からないし。こういうのは詳しそうなヤツからアドバイスを受けたと考えればいいんじゃないか」

「そうですか。割り切ってますね。最後の方ですし、新年初仕事の期間中なので『福袋』的なものを空間収納のスキルに付加しておきますね」

「最後の人だからと言っている時点で在庫整理感がひしひしとするんだけどな」

「そっ、そんな事はあっ、ありませんよ」

「せめて、こっち見て詰まらずに言えたらよかったのにな」

「そっ、そうです! 前世の知識の持ち越しに加え、ある程度のステータス強化も最初からつけておきますね!」

「おっ、おう!」

「あとご一緒に言語理解も如何ですか?」

「……何かトレーに乗って出て来そうだな」

 その後、俺達は転生する地域や意識が戻るタイミングなど、諸々の説明や決めることを話し合っていく。


「それでは、良き来世を!」


 そして、天使のその言葉を聞きながら俺は意識を失っていった。

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